Three days
第32話 猶予の三日/個別の依頼
「・・・・・・ふわぁ・・・・・・」
カーテンの隙間から朝日が漏れ出ている。あぁ、また億劫な一日の始まりだ。シンのテンションは朝も早くからどんどん下がる。
(・・・・・・なんか良い匂いする)
寝ぼけ眼を擦り、寝癖で跳ねた髪を手ぐしで梳く。洗面所で顔を洗い、次いでに濡れた手で寝癖を撫でる。
鏡を見れば、ボブよりちょっと伸びた髪が似合う少女――のような少年、シンの姿。
「・・・・・・結ぶか」
寝ぼけてぼんやりとしている目は頼りにならないと、洗面台周りを手でバンバンと叩いて髪紐を探す。
「髪紐・・・・・・髪紐・・・・・・」
「はい、髪紐」
「おう、ありがとうアリス」
髪紐を手渡され、髪を結うシン。そこでふと違和感に気づく。
「・・・・・・ん?」
「え?」
たっぷり3秒。目を丸くしたシンの眠気は一瞬で吹っ飛んだ。
(な、なんでアリスが我が家に――!?)
一気に思考を駆け巡らせる。該当するのは、昨日の午後6時頃の事――
「・・・・・・シン?」
「お、アリス。おはよう」
Re:Le事務所、医務室にあるベッドの上で目覚めたアリス。過度の疲労で睡眠を取っていた彼女がやっと目を覚ましたのだ。
「君がアリスさんか」
どこからともなく現われたクロウが、アリスに名前を尋ねる。
一瞬警戒の色がアリスに浮かぶが、シンの表情を見て緩まった。
「アリス・・・・・・アリシア・メルティーナです。アリスって呼んでください」
フレンドリーに話せるようになったアリスの表情は、微かに柔らかくなっていた。
そして、立て続けに声を発する。
「私を、ここで雇ってください」
クロウも、シンも、驚きを隠せなかった。
「あ、アリス!?・・・・・・お前は、俺みたいになりたいのか!?」
自身がこの仕事で辛い思いをした為、アリスがここで働く事について難色を示す。しかし、アリスは引かない。
「私は、私で頑張る。シンだけが辛い思いをするのは耐えられないし、私はできる限りのサポートをしたい」
それに、とアリスは付け足す。
「シンの意見に賛成だし、同じ景色を見たいから」
他人を護る為、己の敵を斬る。
シンが背負った
「・・・・・・いいよ、歓迎しよう」
クロウが、数瞬の逡巡の上で、結論を出す。どうやら、就職を認めるようだ。
「出られるなら明日から。出勤時は動きやすい服装でもなんでも良い。ただし、シンを起こして連れてきてくれ!」
「分かりました!!」
あぁ、よかった。安堵するシンだが、ここで一つ違和感に気づく。
「・・・・・・俺を起こして連れてくる?」
「あぁ、社員寮が今満室でな」
さらっと、平然と恐ろしい事を口にする。
「いやいやいや!!部屋俺の家にもないし!何より若い男子ですよ俺は!?」
「おいおい・・・・・・俺の情報量を舐めるなよ、お前の家、この前ぶっ壊した時に増築改修したそうじゃねぇか」
「うぐっ」
何でそれを知ってる、シンは冷や汗が止まらない。
「い、いやでも俺とアリスが同棲は」
「私はシンにされるのは、別にいいよ・・・・・・?」
頬を朱に染めたアリスがこちらを向く。
「それとも、愛してくれないの・・・・・・?」
「ぐぅっ」
ダメだ、こんな事を言われたら――
シンは、己を律しようと必死に葛藤を重ねる。
しかし。
(あぁ、ダメだ――あぁあああああむりぃいいぃいぃいっちゃうよぉおおおお!!)
「いい、よ・・・・・・!!」
顔も羞恥で真っ赤に染め、半分泣きながら、シンはゴーサインを出すのだった。
「うぅ、ずるい・・・・・・」
シンの呟きが拾われる事は無かった。
という訳で。
朝食まで用意された生活が始まった。料理の腕は凄まじく、朝はあまり量を食べないシンでさえも凄まじい勢いで食べる程だった。
「おーい、そろそろ行くぞー!」
現在は着替え待ち。シンはいつもの白ワイシャツに動きやすい素材の黒パンツ、そこに黒のレザージャケットだ。
かれこれ10分待ち。シンに眠気が迫ってきた頃――
「お待たせー!」
部屋のドアから出てきたのは、アリス。シンと同じ白シャツに、紺色のミニスカート、黒のニーソックスを穿き、羽織ったトレンチコートは砂色。
長い髪をリボンでまとめた、『仕事中の双霊師』姿のアリスが出てきた。くるりとその場で一回転、トレンチコートが空気を孕んでふわりと舞う。
息を忘れたシンは、ただ口を開けてアリスの姿を見る事しか出来なかった。そして、酸素を求めてあえぐ。
「ヒュー、ごほっ、ごほっ・・・・・・」
「し、シン!?」
アリスが慌てて背中をさする。
「い、いや大丈夫・・・・・・アリスが可愛すぎて呼吸忘れちゃってた」
笑いながら言うシンの姿に、アリスは耳まで真っ赤になる。
「い、いいから行くよっ!!」
「おう、そうだな」
記念すべきアリスの初出社は、こうして幕を開けた。
「おはようございます!!」
「うぃーす」
「温度差が激しくないか!?」
フィールの大声から始まる今日の仕事に、シンは早くもうんざりしていた。
「おはようアリスちゃん、よく寝れた?シンに変な事されなかった?」
「・・・・・・しんぱぃ」
ユンナとラルラが心配そうに駆け寄る。
「はい!全然大丈夫でした!!・・・・・・ほんとは、してほしかったけど」
不穏な文があった気がしたが、シン達はあえてスルーする事にした。暗黙の了解である。
「ようアリス!」
クロウが声をかける。アリスも元気に挨拶を返す。
「おはようございます!!い、依頼ありますか!?」
興奮して声がうわずっていた。クロウは苦笑いを浮かべていた。アリスが不思議そうな表情を浮かべると――シンが肩に手を置いた。
「アリス・・・・・・お前はまだ依頼を受けられない」
真剣な表情でそう言われたアリスは――――
「え、ええええええええええ!?」
予想通りの驚愕の叫びを挙げた。
「うぅ、そんなぁ······」
意気消沈したアリス。頭ががっくりと下がって項垂れていた。
「こればっかりはしょうがないな······移動術とか攻撃とか身に付けねえとどうしようもねぇ世界だし」
新人は、基礎、応用の移動術や自身に合った攻撃方法を編んだ上で依頼を受ける。
「まぁアリスには悪いが······お前ら、仕事だぞ」
クロウが声をかける。それぞれ名指しで依頼が入ったらしく、個別に受注表が配られた。
そしてそれを見たシンは、ニヤリと笑って、
「三日だ」
「······え?」
「俺は依頼で三日外泊だ。その間に習った事を極めてみせろ」
難題を吹っ掛けた。普通、習得には一週間はかかる。しかしそれを聞いたアリスは燃えていた。
「よーし、勝負だ!」
「おう、俺から一本とれるかな?」
不敵に笑い合った二人の間には、火花が散っていた。
Re:Le 白楼 遵 @11963232
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