第31話 たとえ
底冷えするような怒気と殺意を孕んだ言葉。
人間が放てる限界をとっくに越えた冷気、物理的な
「・・・総員、
炎も水も、金属も砂も、混沌の渦がシンに殺到する。しかし、シンがティルを一振り、同時に鎖を射出しぶつければ、弾けて消える。
霊力が変質して発動される
「<
攻撃が止んだ刹那、霊力を純粋な電気――雷に変換させる。槍を形作った雷は、回避の暇も与えさせず兵士達へ飛び、三名が胸を貫かれる。
鼓動が荒くなり、軽く目眩がする。
『ほら、君の本質はそこなんだろう?』
呪いのようにキリアの声が響く。
あの日のあの言葉が脳裏に鮮明に蘇る。身体が拒絶反応を起こし始める。胃が急激に収縮する。筋肉が強ばる。
『うるさい、誰だろうと大事な奴を傷つける奴は許さない・・・傷つける事も殺す事も厭わないぞ?』
言い返す。ある程度の冷静さは保てている。そう考えればあの日から進歩した、シンはそう想い、今一度戦況へと視点を移す。
周囲に三名、剣を持っている為近接型とみられる。少し奥に視線を移すと隊長含め数十名が構えている。全員、右手の甲には精霊師を表す紋章が入っている。
(先刻の攻撃からおそらく
戦況を冷静に判断する。忌避感も違和感も、リミッターを外したシンには感じる暇も無い。より効率的に、より素早く、決着を付ける。その為の剣、その為の力だ。
地面を蹴る。同時に跳ね上がった小石が再び地面に落下し、音を立てた。
いつの間にかシンは人混みの外側に居る。
何があったか、認識する間も無く周囲に居た近接戦闘の兵と数名の術士が倒れた。鎧やローブは鋭く切り裂かれ、倒れ伏した地面には真っ赤な粘液が広がっている。
隊長には仲間が惨殺される、最後の一瞬しか見えなかった。
シンの攻撃は、一瞬で終わった。
全身を加速させた上、剣に雷を纏わせる。地面を軽く蹴り、前に出る。目の前の兵士の左肩から袈裟懸けに切る。さらにその加速を利用して回転、近くの兵士は剣で、遠くの近接兵には刃の霊力を帯びたティルの鎖が襲い来る。金属音も火花が散るのも置き去りにする速度。さらにすぐ近くの兵士を踏み台に跳び、一直線に加速。術士の首筋や肩口を狙って刃を立て、加速すれば勝手に刃と筋繊維が触れ合って繊維が千切り裂かれる。そして静かに着地すれば――――この凄惨な現場の完成、という訳だ。
悲鳴も逃亡の意思も与えない、無慈悲で無惨なその姿。
両手を鮮血で染めた、彼こそが。
霊師犯罪者達を震撼させ、その名を口に出すことすら禁じられた『歩く天災』、シン・グレース。その目の青色は、見た者全てを凍てつかせる。
その場の兵達、フィールやユンナ、ラルラさえ筋肉が強ばり、視線が動かなくなり、思考を一瞬放棄する。
殺気は研ぎ澄まされた刃のように鋭く、痛い。存在するだけで重圧を放ち、戦意をへし折らんとする。
千の災害を集めて尚足りぬその恐怖は、精神の奥底に眠る本能的な恐怖を呼び起こし、気が狂いそうになってしまう。
「・・・理不尽が戦場の常なら、俺がお前達に理不尽を喰わせてやる・・・無理矢理にでも捻り混んでやるよ」
その声を置き土産に、さらに加速。初速からトップスピードだ。
恐れをなした隊長は、ここで最悪の選択を犯してしまう。
「あ・・・あの娘を奪え!あやつを奪えば、止まる!!」
即座に数名の兵が対応、アリスに向け駆け出す。
訓練された兵はいかに遠距離戦の兵であろうと素早い。あっという間に距離を詰めていく。
しかし、その手はアリスには届かない。
駆けた兵全員、その喉に刃が突き刺さり、地面に縫い合わせられている。口から血を吐き、伸ばした腕から力が抜け、だらしなく地に臥せる。
不規則な氷のように、成長した歪な形状の刃。
当然その生成者は、シン。
「・・・俺は、たとえこの手を真っ赤に染めようと、絶対にアリスを護る――!」
あの日の、傷つける行為を嫌い、何もかもを失ったあの日のシンはもういない。
復活した天災は、もう止まらない。
『へぇ・・・それが君の決断か』
『あぁ、そうだよ』
キグルが納得したかのように言う。
『これが俺の決断だ、だからもう何も言うな』
『・・・ふふ、そうするよ・・・あらゆる殺戮が、正当化されるとは想わない事だね』
それだけ言い残し、去って行く。
『・・・一番分かってるのは、俺だよ』
「・・・我々とて、護るべき物がある――その為には、貴様の大事な者も壊さなければならない――故に、共に死んで貰えるか?」
「そうかよ、じゃあ護るべき物を護れねえ苦痛ってモンを命を持って教えてやる――死ねよ」
脚に霊力を溜め、加速する――と想った瞬間だった。
(――ッ!!脚が、重――!!)
一瞬下を見ると、砂が脚の上に折り重なって乗っている。抜けられない事は無く、加速は開始される。
しかし光速まで上がる事は出来ず、せいぜい神速や音速の域だ。軍に所属する者の中には音速も見切れる者もいる、つまりは見切られる可能性もあるのだ。
(くそ、でもまだ
一度離れた方に距離を取り、着地。再度脚に霊力を溜める。
一瞬、脚に違和感を感じた。
(おいまさか?!)
跳び退る。ふわりと
浮いた不安定な視界の中、シンは違和感の原因を目視する。足下からは、細かな土の粒――砂が湧き上がっていた。
そして、隊の奥で手を小さく動かす者がいる。
隊長だ。シンは、隊長こそがこの砂の主であると推測する。
跳び退った際の着地で、脚を曲げる。太もも、脹ら脛、脚。全てに霊力を充填し、銃弾のようにスタートを切る。
隊形は四角形。上空に行って落雷を多方向に使う。シンの脳内演算によって成功確率は97%まで上げられている。視界に予測される最高の軌道が描き出される。
それをなぞるように駆けたところで――シンは己のミスを憎んだ。
上空、隊列のド真ん中。行こうとしていた地点に、術が集中している。
ここでこのまま動き続ければ、防御力は全くないこの身体はボロボロの蜂の巣になるだろう。
(まずい、どうする、どうする――!?)
手詰まった、詰んだ。不吉な言葉が幾つも脳裏を過ぎっては消えゆく。
(抵抗霊力を身体に纏わせる程の時間は存在しない・・・どうすりゃ・・・)
その時、奇妙な現象が発生した。
視界に映る全て、風景、術、果ては人間の動きまでもが恐ろしい程ゆっくりと動くのだ。カウント五秒で動いた景色はたった数ミリにも満たないような距離する。まるで、意識だけが世界を先行しているようあ感覚だ。
(・・・!この速度で、刃の足場を生成し・・・これは賭けになるな、でもやらねえと)
思考の終了と同時に景色が動き出す。兵士の頭上に差し掛かったタイミング、側面が上側にいるシンに向くように刃の塊を生成、それを足場に上に跳ぶ。
「〈
身体が帯電する。ここでシンは祈りを開始する。
(たのむプラスの電気、上に先行してくれ!)
シンは本を読んだ際、電気にプラスとマイナスが存在する事を知った。互いに引き付けあう性質を持つ電気、故にそれを利用し、上昇しようという作戦だ。
祈りが通じたか、偶然かーープラスの電気の切り離しに成功。上昇していくプラスめがけてシンは跳ぶ。
最も高い位置でプラスと合流、全てを雷として投下する。
当たった者は倒れ臥す。しかし術の塊は止まらない。どんどんシンめがけて突き進む。
「くそ・・・〈
意識が先行する。再びあの不思議な感覚に入る。
より効率よく、よりよい道を紡ぐ。
点を幾つも打ち、線で結ぶ。自分という点と、世界という点を、自分の頭脳が線を引いて繋げる。
無数にあるパターン、無限の可能性。その中からたぐり寄せた、たった一つの最適解。
意識を戻す。視界に映る軌跡をなぞる。
彗星の力――落下すれば隕石、つまりは災害である――を利用して、一気に加速しながら落下。速度と方角を調整しつつ、軌跡をなぞる。
点で進行方向を変える。立ち上った霊力の柱を螺旋を描きながら下る。その速度、分速250キロ。
鍛えていようと追いつけない速度だ。
短剣が吸い付くように首筋に触れ、頸動脈に切り込みを入れる。鮮血が吹き出、地面を真っ赤に染める。
先程は半数以上いた隊員も、今や隊長一人。部下は皆赤い体液をまき散らして倒れている。
「そ、ん・・・な・・・」
辛うじて声を捻り出した。手塩にかけ、どの部隊より強いと自負していた自分の隊。
それを、たった一人の少年に全て打ち砕かれたのだから。
「・・・投降しろ」
ぽつりと一言、シンが零す。
「・・・少々やり過ぎてしまった・・・すまない」
後悔と自責の表情を浮かべた彼に、隊長は激しく動揺する。先に私欲の為に攻撃したのはこちら、しかし正当防衛である少年が謝ってきた。
隊長は機関を起動し、上層部に連絡する。
「・・・本当に、すまない事をした」
シンに、深く頭を下げる。己の失態のケジメは己が付けよう。隊長は、自分に向き直った――。
「・・・まだ、寝っぱなしか」
アリスの元に戻ったシンが見たのは、アリスの寝顔。起こすのも忍びないので、ひょいと抱き上げる。
「・・・大丈夫、これからは一緒だからな」
こんな生臭い身体で言う事でもないかと、シンは苦笑する。
かくして、
これより先、二人は数奇な運命を辿る――――
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