第27話 格子の中へ

『シン、どうだった?』

「・・・どうもこうも無いです・・・この依頼、続けさせてもらって良いですか」

ひどく掠れた声でクロウへの報告を終える。

シンは冷静を装ってはいるが、内心穏やかでは無かった。

初めての感情。

一目見ただけで体が感電したかのような感覚だった。

あの感情が体に残ってしまって、どうにも別の依頼を受けるつもりになれないのだ。

「泊まりがけでこなしてみせますよ・・・」

『お、おぉ・・・国軍で不穏な動きもあったらしい、気をつけろよ』

それだけ言って、機関の通信は終了した。

フィール達三人は一度首都へ帰ったが、シンはただ一人ここに残った。

複雑な感情が、シンの中で渦巻いていた。




「ふわぁ、あ、ぁ・・・」

シンの一日は大あくびから始まった。

昨夜は一睡もできず、まんじりと寝返りをうつだけの寝床であった。

彼女と出会って三日。未だ進展は無い。

朝食も録に摂らず、格子の隙間にティルヴィングを突き立てて薄い幕を破り、侵入する。

「・・・また来た、懲りないわね」

「懲りる訳ねぇだろ、何度でも来てやるさ」

これまでに五回ここに侵入していた。

以前のような恐慌状態にこそならないが、まだシンに対する不信感は消えていないらしく、口をむっつりとへの字に曲げ、眉もつりあがっている。

しかしすぐに格子の外へ排除しないあたりある程度の信頼も得た、という事だ。

「なぁ、いい加減教えてくれよ」

「・・・やだ」

たった二言。気まずい沈黙が流れる。

「・・・名前くらい教えてくれたっていいじゃねぇか」

「よくない」

取りつく島も無いとはまさにこの事である。

シンは先日からずっと彼女に名前を聞いているのだ。

しかし反応は冷たいものばかり。

「・・・帰って」

「そうか、じゃーな」

「えっ!?」

シンはきょとんとした顔を彼女に向ける。

帰れと言われたから帰るというのに、何をそんなにも驚くことがあるのだろうか。

「帰っちゃう、の・・・?」

少し不安そうな顔を向ける彼女。

「お前が帰れって言ったからな。お前、俺のこと嫌いだろ?」

飄々とした態度で帰ろうとするシン。

足取りも軽くて重く、重くて軽いものへと変わる。

「・・・アリシア」

少女は、小さな声で言った。

「アリシア・メルティーナ。それが、私の、名前」

か細くて、細切れ。

しかし、シンにはそれが嬉しくて堪らない。

「俺は、シン・グレースだ」

名乗りあった二人、アリシアとシンは、少し信頼を深めた。




出会って、約9日。

シンとアリシアの仲はかなり良かった。

まだ最後の不信感がアリシアの心中に渦巻き、完全な信頼関係とまではたどり着いていない。

互いのこれまでに経験した事や他愛の無い話を繰り返し、いつの間にか、自然と親睦を深めた。

気付けば日が暮れ、シンが格子の外へ出ようとした時、不意に後方から引っ張られて立ち止まる。

振り返れば、アリシアが服の裾を掴んで、寂しげな表情を浮かべて小さく言った。

「・・・お願い・・・今日は、ここにいて、ほしい・・・」

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