第21話 まだ

間に合わなかった。


シンが、死んだ。


後悔と非力が惨めに我が身を焼いた。

「あ、うわあああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

フィールは泣いた。世間体だろうが、今までの自分が見せてきた姿だとか、そんな物はどうでもよかった。

自分が救えなかった。

あれほどまで頑張って、あれほど悩み詰めた相棒シンに、もう会えないんだ。

そう思う度に、涙が溢れて止まらなかった。

認めたくなかった。

また会えるんだと思ってた。

シンの胸からはまだ血が滴り、笑顔で弓形になった口の端からもまだ血が伝っていた。

頬に涙の痕が残り、本当に居なくなってしまった事を確認させた。

大きな喪失感で、体が軽くなってしまう気分だった。


そんなフィールの肩に、ポンと手が置かれた。

「まだ、終わってないぞ・・・」

クロウだった。

腕が半ばからあり得ない方向に曲がってしまっているが、痛みなど想起させないその立ち居振る舞いは、組織の長たる風格に満ちていた

「でも・・・でも!!もう、何もできないじゃないですか!!!!」

泣き声で激昂する。

そんなフィールに有無を言わせぬ威厳に満ちた声でクロウは告げた。

「・・・この周囲に、不純物や細菌が存在しない結界を展開しろ」

「な、なんで・・・そんなの」

「何で、どうしてなどと聞くな。無茶でもやれ、今すぐにだ」

その瞳は、決意した者のみが魅せる瞳だった。

ならば、それに応えねば。フィールは、霊力を集めて結界を生み出す。

(この空間は、不純物や細菌は一切無い・・・砂一粒とていらない!!)

結界を張る時はイメージが重要。主が思う形に結界は変化するのだ。

「まだ体内に霊力余ってる奴はこっちに来てくれ!!ユンナ、ラルラ!お前らは特殊な要求だが、頼んで良いか!?」

組員が頷く。

「ラルラ!誤認をかけろ。『お前はまだ死んでない』とな」

「し、シンにですか・・・?」

思わず問い返してしまう。

「そうだ・・・今から行う事に必要なんでな。ユンナ、俺の意思を貫き通してくれ」

「りょ、了解しました!!」

そう言うと、クロウは折れてしまった腕を正しい向きに戻して、宣誓した。

「今から、シンを蘇生する!!」



「蘇生ですか!?でも、もう・・・」

「無理じゃない。まだいける」

クロウは己の左手をシンの亡骸に翳す。

「リっちゃん、こいつの魂を探してきてくれ、頼む」

クロウの体から何かが離脱し、シンの中へと入る。

「さぁ、皆俺の背中に手を当てて、霊力を注いでくれ」

霊力が流れ込むと、クロウの手から淡い緑色の光が溢れる。治癒術式だ。

「・・・蘇生って、どうするんですか」

泣きすぎて少し掠れた声でフィールが問う。

「今、俺の隷霊の<死神>がシンの魂を探しにあの世向こうに行ってる。あいつが戻ってくるまでに俺達はシンの体を元に戻す」

元に戻す。つまり、刺す前の姿に戻すという事。

クロウの術式によってシンの溢れた血液がシンの体に戻り、傷口の筋繊維が生き物のように蠢き、傷口を塞ぐ。

「・・・なぁ、霊力の正体を知ってるか?」

ふと、クロウが質問を投げかけた。誰も答える事が出来ず、頭を捻るだけで終わってしまった。

「俺達や隷霊、そして死人達のだよ」

その一言で全員が凍り付いた。

「簡単に言うとそういう事になる・・・何でも、この世界と別の世界は糸で繋がってるらしくてな・・・それが隷霊の世界らしい」

「じゃ、じゃあつまり俺達が使ってる隷霊って」

「そう、旅先で拉致されて、働かされてるんだよ」

隷霊師達は、言葉の重みを噛み締めた。

今までぞんざいに扱ってきた存在が、それほどまで悲しい人生を辿ってきただなんて思ってもいなかったのだ。

「そして、その世界同士は糸とユグドラシルで繋がって、霊力を送ってくれるらしい・・・じき、俺の隷霊が戻って来る。シンの目覚めまで、あと少しだな」

明るく笑ってクロウはまた術式に集中する。

隷霊が己の元に戻って来た事で、より一層集中を高める。

(ここを逃すと、次は5年後・・・失敗は許されない!!!)

クロウのこの術式は、馬鹿にならない代償と引き換えで行われる。

まず体内の霊力を全て持って行かれる。そして、死神の餌たる命・・・つまり、己の細胞を凄まじい速さで世代交代させまくって養う。そして何より、その後免疫が落ちるので発熱、病気を繰り返す事になる。

そして、これほどまで術式に集中できる状況はほとんど少ない。

五年周期でしかこの術は行えないのだ。

死者を蘇生させるというのには、それだけの代償を要する。


「ふうぅ――――ふっ!!」

クロウが鋭く息を吐き出し、腕に力を込める。

「ど、どうなった!?」

フィールが慌てて、ユンナ達に問いかける。

急いで、シンの胸元に耳を宛がう。


トクン、トクン――――


静かながら脈打つ心臓の音が聞こえたのを表したのは、ラルラの涙。

Re:Le組員達の喜びの声が、辺りに響いた。


この日、シンは一度死に、そして二度目の生を受けた。

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