第20話 嫌

「シン!!いい加減起きろよ!!」

轟焰が焼き、固まった霊力を壊し、解く。

「よし、押せてる!!」

フィールが叫ぶ。

推測するに、周囲の霊力が薄くなった事で抵抗力が少し落ち、ある程度の攻撃は通るようになったらしい。

当然、シンのような演算もできないし、シンみたいに推測や憶測の精度だって高くない。

でも、やってみせる。彼の代わりは、自分が務める。

ただそう思い、フィールは動く。

「ユンナ!!ねじ込め!!」

「了解!!シン、一発抉ってあげるわ!!」

ユンナがダーツの容量で錐を投擲する。

ジェル状の霊力体を錐が貫き、霊力が弾ける。

「ボス!!今です、普通に斬って!!」

クロウが壁を蹴り、弧を描いて鎌を振るう。

黒い太刀筋がシンの霊力体を断ち切ろうとした。



――しかし、霊力は霞となって鎌の攻撃をいとも容易く無力化して見せた。

予想外の事態にクロウは眼を丸くする。

(マジかよおい!!いかにもあいつが考えそうな事だな!!)

どうすれば勝てる、フィールがその頭で考えていた時だった。


シンが使っていた無名武器、二本の短剣がシンの家の瓦礫の中から飛出てきたのだ。

流星の如きスピードで飛ぶその剣がシンの体に突き刺さる。

痛いのか、暴霊はただ泣き叫ぶ。

すると一本の剣から布が出でてシンの体を簀巻きにし、もう一本が鎖を出して地面につなぎ止めたのだ。

シンの動きはピタリととまる。

「今だ!!攻勢に出る!!」

全員、死力を尽くした攻撃を開始する――!!


「大丈夫!!シンは、人殺しなんかじゃない!!」

「お前がいなきゃあ、僕達は今頃死んであの世で見てんだぞ!!」

「シン、帰って、きて・・・!!」

組員達がそれぞれシンへの思いを紡ぐ。


シンの耳に、届け――




「・・・ここ、は・・・」

眼を開けると、ただただ黒が埋め尽くしていた。

あぁ、自分は呑まれたんだとシンは悟る。

でも、不思議と居心地がよかった。

他人もいない、自分だけしかいない。自分だけだから、誰にも何も言われない。苦しまなくていいんだ。

何かから解放された気分でシンは身を委ねる。


シンの想いはただ一つ。

この『地獄』から解放されたい。

苦しい、辛い、死んでしまいたい。

だから、だからもう。

「俺に、救いを差し伸べないでくれよ・・・」

絞り出す声。

黒の向こうに透けて見える、彼らの声。

自分への肯定さえ、今や怨嗟の声に聞こえる。


「もう、来ないでくれよ・・・」

嫌。嫌。嫌だから。

攻撃を透かし、抵抗する。

戻りたくない。現実なんて見たくない。

見たら、もう保たない。そうなる事が理解できていた。

自分の霊力体に剣が刺さるのが分かった。

縛られる、つなぎ止められる。

皆が迫る。

皆が、こっちに。

嫌だ。

嫌だ。

嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だいやだいやだいやだいやだいやだいやだ――

気持ちが暴れる。

「嫌」

その一言が言えたら楽なんだろうけど。

生憎、今はそんな事も言えない。

だって、今の俺はそんな理性なんて保っていられないから。

「やめろよ・・・もう、俺に、構わないでよぉおおお!!!!!!」


気づけば、泣いていた。

拒絶する。嫌だという意思を体現する。



「ぐお、あぁあああァアあああ!?!?」

向かっていた組員達、そしてクロウが吹き飛ばされる。

肋骨や腕が折れ、壁に叩き付けられ、脳震盪で気絶する者まで出た。


シンが咆吼する。

近くの霊力からチリチリと音がし、発火する。

「・・・<擬似災害イミテーション:火災>・・・・」

フィールには分かった。

絶望的な状況の中、フィールやクロウは――――



周囲が炎に包まれた。

荒い息を吐き、頭をかきむしる。

汗と動悸が止まらなかった。

「はぁ、はぁ・・・近づく、な・・・」


でも、シンは見てしまった。

腕があり得ない方向に曲がって倒れたクロウ。

肌に幾つもの火傷痕が残ったフィール。

側頭部から血を流して倒れるユンナ。

脚が瓦礫に埋まって動けなくなったラルラ。

組員達が、倒れて。

そして、また意識を持ち直して、自分に向かってくる姿。


そこで、自分が何をしてしまったのかを、理解


「あ、あぁあ・・・・」

力ない声が零れる。

涙が溢れる。

「こんな・・・こんな力なんて、いらない・・・!!」

シンは、この力を呪った。

こんな、皆を傷つける力なんて、欲しくなかった。

そんなものには、委ねられない。

シンの意識と自我が打ち勝ち、霊力体が解ける――




「シン!!!」

霊力体から解き放たれたシンを、組員達が呼ぶ。

気絶から醒めたクロウやフィールが、シンの元へと駆け出す。


「・・・近づかないで」

シンが、か細い声で呟いた。

その声は、とても少年とは思えない澄んだ綺麗な声で。

黒い長髪が風になびく姿は、眼を奪われる美しさだった。

そして、その喉元には、あの黒い霊力。

チョーカーの様に巻き付くそれを、フィール達は見つけてしまった。

「やめろ・・・やめろ。シン――――ッ!!!」

霊力が、ゆっくりと締まり始める。

空気が喉を通らず、血も巡らなくなる。視野が狭窄し、暗くなり始める。


白い肌に涙を流し、掠れて消え入りそうな声で、呟いた。


『 じ ゃ あ ね 』


「やめろ――――――――!!!」

フィールが、クロウが、ユンナが走り出した。

でも、もう間に合わない。


微かに残った霊力が形を編む。


細く、鋭い刃。


シンが、にっこり笑って。



シンの胸を、刃が貫いた。


「シィィィィィィィン――――!!!!」

フィールの叫びが、虚しく響く。


シンの生命が、止まった。


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