第12話 計算と行動の差

「よく私の居合いを防げたな・・・初見で防げたのはお前で三人目だ」

「見えたからな・・・」

シンの目には四歩目を踏み出そうとした地点が赤黒く染まって見えた。故に、静かにティルを抜き、攻撃を受け止めたのだ。

「幾つか質問させてもらう。貴様がモトナリ・ムラムネ。現在起こっている連続霊師殺害事件の犯人という事でいいか?」

「調べが早いな・・・いかにも、私こそがモトナリ・ムラムネ。確かに霊師どもを殺した張本人だ」

威厳溢れる声と表情で刀の切っ先を向けながらシンに答える。

「・・・そうか、では最後の質問だ・・・動機を答えろ」

「動機、か・・・二つあるな」

ゆっくりとモトナリが語る。

「お前達にも覚えはあるだろう、世襲制という言葉には」

世襲制、家督としての仕事を長男が継ぐ事。確かにかつてこの国に存在していた貴族達にはその制度が好まれていたらしい。

「本来長男の私が継ぐ筈が、我が家では実力至上で家督を継ぐのだ・・・弟のヒデナリはヤマトで力ある者として下克上を起こし、さらに下のマサヒロはギルシュにて実力を錬成・・・私も武勲をあげねば家督を継げぬ」

平然と、さも当然であるかのように振る舞うモトナリ。

「そして、単純に美しい華を見たかった、というだけだ」

その一言でシンの怒りは沸点を超える。もはや沸点どころか蒸発さえしてしまいそうな怒りがシンを突き動かす。

ティルを振り、凄まじい速さで猛攻を仕掛ける。時折突きを含めたラッシュ攻撃を捌く事しかできないモトナリ。

ティルだけでは足りない、そう思ったシンはさらにもう一本の無名武器ロストネームを抜き、ラッシュに加える。

(・・・ッ!!やっぱりか・・・)

完全に凌がれた。技の威力や回数も通常状態としては最高ランク、しかしそれすら防がれた。

(ウイングを使うか・・・?いや、相手の出方が分からない内はまだ・・・)

そこで、ふと大事な事をしていなかった事に気づく。


まだ、演算を行っていない。

シンは戦闘を開始すると、まず相手の出方や行動パターンを定数として扱い、それを式にし、戦略を編み出す。まだ彼の定数を求めていない以上、やはり奥の手を使うべきでは無いとシンは判断する。

「定数はaからzまで・・・さぁ、仮説を実験、証明してやる・・・」

目を真っ碧まっさおに光らせて、戦闘に戻る。


「――フッ――!!」

彼我の距離、四百メートル。燕進で距離を詰めようとするシンの目に、また赤黒が飛込む。

反射的に両手の剣を逆手に持ち替え、赤黒い場所にぶつける。剣から火花が散り、シンを後退させる。

(これがおそらく遅延の隷霊の力・・・なるほど、事象としてここに残るという訳か・・・)

瞬間、視界がすべて真っ赤に染まる。

急いで霊力を吸収、刃を大量に生成し、壁を生み出す。

壁ができあがるのが早いか、刃に何かを打ち付ける澄んだ音が鳴り響く。

(何故だ?何故この距離で攻撃が届く?刀の間合いはせいぜい五十メートルだろう?)

この国の最強の刀の使い手でさえ射程は五十メートル。なのにこの太刀はその距離を遙かに超える長距離斬撃ロングレンジ・スラスト。シンの理解が追いつかない。

「お前、壁越しではあるが驚いているな?」

「・・・よく分かったな、透視でも使えるのか?」

あくまで余裕をぶっこいているように振る舞う。壁越しだからこその駆け引きだ。

「良い事を教えてやろう。私の精霊は<遊撃>だ」

成る程遊撃ならどこにいようと攻撃はできるだろう、同僚もその精霊を使っていたという事を思い出し、考慮の内に入れる。

「・・・さぁて、定数はgまで求まった。一気にQEDに持ち込んでやる」

しかし、現実は上手くいかない。たとえ検証できても体が動かねば意味をなさない。

これが計算と行動の差。しかし、この過酷な環境でさえもシンは笑える。

壁を溶かしながらシンは呟く。

「上等だ、絶対計算通りに動いてぶち殺してやる」

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