第5話 本当の恐怖

首を回し、軽く跳び跳ねる。肩を合わして、関節を揺らし、コンディションを整える。

視界に蜂を捉えたシンが、号令を下す。

「結界展開、己の命を最優先にし、危険な際は即時撤退!!あと、俺の戦いに手を出すな!!」

「了解!!」

途端、フィールが結界を生成。シンのみが結界外にいる状態となる。

およそ2000匹以上いると思しき蜂の群れに対して、シンは睨みをきかせる。

「ティル、50%でいくぞ」

シンが呟くと、周囲の霊力が一度に吸われる。空気中の霊力濃度が一気に低下、結界の中にいるラルラの体調が悪くなる。

シンの右手、ティルを持っている右腕に鎖が巻き付く。二重螺旋状に巻き付いた鎖は手首から肩までを覆っている。

「おうおう、花の蜜は無ぇが恐怖と生暖かい血ならあるぞ!!」

大きな声を出し、さらに蜂をあおり立てる。

2000匹の刺客が立てる羽音は超音波のように響き、周囲のモノの耐久力を容赦無く削る。

「〔隷属の義務を果たせ〕・・・<災禍災厄ディザスター>ッ!!」

シンの眼が深い碧に染まり、臨戦態勢に入る。


戦いは、唐突に始まった。

シンの右腕の鎖の一本の先、楔のような物がとある蜂の首元に突き刺さる。

断末魔をあげさせる暇も無く楔を捻り、頭部と胸部を切り離す。

悍ましい色をした粘液が地面に落ちる前に、シンがその蜂を起点として跳び上がる。

美しい弧を描いて跳び上がると、鎖を再び右腕に巻き付ける。

跳び上がった先に蜂が殺到するが、シンは怯えず動じず。

周囲の霊力を自分の精霊の元へと送る。

鳥の羽のように薄くて軽く、木の葉くらいの大きさの刃が無数に生み出される。

虚空に生まれた刃が、意思を持つ生き物のようにうねり、蠢き、蜂の元へと向かい、突き進む。

「<天災刃てんさいじん:豪雨>」

地面に叩き付けるような横殴りの雨を想起させる軌道で刃が飛び回る。

一撃で百匹程度の蜂が地面に縫い付けられて絶命、ピクリとも動かない。

重力に従って落ち行くシンだが、さらに別の蜂に同じく楔を打ち、捻って首をぎ、またしても弧を描いて跳ぶ。今度は蛇よりも細長い刃を幾つも生み出し、蜂に突き刺す。中空に縫い止められたように動きを止めた蜂が、そのまま地に堕ちる姿は壮観と言っても過言では無かった。

「<天災刃てんさいじん:氷結>」

凍てつくかのような声が響くと、さらに増えた細い刃が蜂を突き刺し、撃墜する。

丸まり、堕とされた蜂の総数は1000匹程度。半数がシンの手によって殺されている。

粘液が水たまりを作り、不快な匂いと色をまき散らす。地面に立つ事さえもためらう程の量だ。

シンは、今度は二匹の蜂に鎖を打ち込む。鎌首を擡げるように身体を持ち上げ、空中に躍り出る。

上下反転した状態で浮遊したシンは身動きが取れない。言わば、なのだ。

当然蜂もこの好機を逃すまいとシンの元へ飛ぶ。羽音が響き、強靱な大顎や鋭い毒針が自分へと肉薄する。


シンが、深く息を吐く。

右腕が、尾を引いて振られる。

一対の鎖が舞い踊り、襲い来る蜂を切り刻む。さらに間合いの内側に入り込んだ蜂に対して、ティルヴィングの刃が幾重にも重なった斬撃を喰らわせる。

近づいていた蜂の群れは幾千、幾万もの肉片となって己の生を終える。

それは、誰が見ても、凄惨、無惨としか言いようのない死だった。

「<擬似天災イミテーション火災ファイア>」

シンが左手を突き出す。その手の中から見えるか見えないかくらいの大きさの霊力マナの塊を放出、それが火種となって周囲の霊力に燃え広がり、火災を引き起こす。

虫の性質か、火に向けて飛び、そして燃える。余程の高音なのだろう、突っ込んだ蜂が瞬きする間に消し炭となる。

みるみる内に蜂は頭数が減り、遂に最後の一匹、女王のみとなった。

「・・・ま、そう楽にらせてはもらえなさそうだ」

女王は、羽を四枚から八枚に、針も枝分かれ、顎も発達した、最強と思われる形態で臨戦態勢を取っていた。

唇を舐め、一度着地し、今一度空を見上げる。

「・・・なぁ、お前、何人殺した?」

シンが、相手にした敵の首魁によく聞く言葉。蜂に通じる訳でもないが、やはり聞いてしまう。

一瞬、蜂が小首をかしげたように見えたが、気のせいだと思う。

荒野といえど、近くにはまだ岩が残っている。そこに鎖を突き刺して、また中空に躍り出て。

最後の空中戦が始まる。

片方の鎖が女王蜂へと向かうが、簡単に避けられてしまう。

(まだ鎖の速度が遅い・・・さらに加速させなければ)

より速く。一対の鎖を交互に突き出し、加速させる。たとえ躱されようと、大岩に突き刺さってそこを起点とし、跳び上がる。

「速く、速く、速く・・・!!・・・だぁクッソ!!!」

加速させても当たりにくい。当たったとしても掠る程度。煩わしさに反吐が出そうになる。

そこでふと、シンの眼はある物を捉えていた。

(・・・ん?なんかあそこ、赤黒い・・・?)

自分がいる場を中心とした立方体。その底角に赤黒い靄がかかっているように見える。

(よくわかんないけど・・・なんか、ヤバい気がする!?)

そう思った瞬間だった。

女王蜂がその地点に飛来、毒針をそこから発射する。

ヤバい気がする、その直感だけでシンが回避。事なきを得る。

「うおぉ危ねぇ・・・よし、殺すッ!!」

あの毒針、当たれば即死。感づいたシンの怒りは最高潮に達する。

周囲の霊力をほぼ全て吸い込み、大量の刃を生み出す。

より細く、鋭く。幾星霜もの刃が虚空より出でて、シンの周りに浮遊する。

大気中の霊力が薄くなった所為か、蜂の動きが一瞬鈍る。

その隙を、シンは見逃さない。

右腕を突き出し、鎖を蜂に巻き付ける。楔を打ち込み、鎖で締め付け、蜂の動きを止める。

左腕を突き出し、号令を放つ。

「行けッ、刃よ!!<天災刃てんさいじん:絶対零度>ッ!!」

無数の細刃が女王蜂に突き刺さる。刃が氷の様に煌めき、蜂の動きが凍ったように固まる。

とどめの一閃、ティルヴィングを縦に振り、女王蜂が縦に裂ける。

溢れ出た粘液の量は他の蜂とは比べものにならない程多かった。

「おーい!!結界、解除して大丈夫だぞー!!」

「・・・お疲れさん、怪我無いか?」

「あぁ、無ぇよ・・・ちょっと休ませてくれ・・・」



その後、フィールの連絡によってRe:Leの組員が蜂の巣の撤去作業と囚われた人々の救助活動が行われた。

当然、大半の人間は怪我をしていたし、数百名は手遅れだったり、生を終えていたりしていたが。

そして、女性の怪我は全て女性組員が行った。男に見せてたまるか、という謎の執念によって男は追い出されたのだった。


「おかえりシン、お疲れ様だったな」

「いえいえ、仕事ですから・・・」

そう労いの言葉をかけたクロウが次に手渡したのは、三枚の紙。

「事後報告書だ、明日提出な」

「め、面倒くせぇ~・・・」

そう言うと、自分のデスクへと戻るシン。

すれ違い様に、フィールに報告書をひったくられる。

「あ、おい何すんだ!!」

「報告書だろ?僕に書かせろ」

冷めた顔でシンに向けて言う。

「今回、僕はあんまり動けなかったからな。これくらい書かせろ」

「・・・分かったよ、任せた!!!!!明日までだぞ!!」

「余裕で書上げてやる」


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