第15話 社交パーティー

 社交パーティーは、パーティー用の屋敷で開かれていた。男性の年齢層は広く、スーツなどを着ている。女性も同じぐらいの人数がおり、若めの者が多く、皆ドレスを着飾っている。


 アベルとエレーナが馬車でパーティー会場についた時、エリックは既に会場内で婦女子たちに囲まれているところだった。


「失礼。……アベル、久しぶりだね。エレーナもよく来てくれた」


 エリックは婦女子たちに断りを入れ、二人の元にやって来る。右手には赤のグラスワイン。


「お久しぶりです、エリックさん」


「お、ちゃんとドラゴンスレイヤー勲章を付けて来てくれたんだね」


 寮にエリックから送られてきた招待状で、ドラゴンスレイヤー勲章を持っているなら付けろと書いてあった。言われずともつけてくるつもりであったが、言ってもいないのにその事実を把握しているエリックにはつくづく油断できないと感じさせられる。彼も情報屋を使っているのだろう、とアベルは思った。


「ブレイブ大学生だけじゃさすがに弱いですからね……それよりもお話は良かったのですか?」


「いいよ、いいよ。あれはただの逆ナンだし。アベルにも来るかもね?」


「それはどうですかね? いくら見栄を張っても、結局は一般市民ですから」


「そんなことないよな、エレーナ? なんて言ったって、君が指導したんだから」


「あったりまえですわ。……って、うそうそ、嘘ですわ。せいぜい恥ずかしくないレベルってだけで、モテるだなんていう領域にはけして……って、ラシェル様!?!?」


 エレーナの視線の先には、ドレス姿に身を包んだラシェル・ユースティティアがいた。同じくドレス姿の従者のティア・サントメールも傍にいる。


「え、エレーナ。それにアベル!?」


 ラシェルも驚いている。アベルも驚いた。


「おや、知り合いかい? まあ、ブレイブ学生もそれなりに呼んであるからね」


 エリックは飄々としている。


「ききき、聞いていませんわ!」


 エレーナはわたわたしている。


「ウチが教会系な以上、呼ばないわけにはいかないだろう? 初めまして、ラシェル・ユースティティア嬢。僕はエリック・デ・ロイヤルバーグ。エレーナの兄だ。妹がいつもご迷惑かけているね」


「エリックさん。この度は誘って頂き誠に有り難うございます。エレーナは学友として、良くさせてもらっております。同じく教会騎士を志す者でもあり、互いに切磋琢磨できる関係だと思っております」


 聞き慣れない丁寧な言葉遣いで、ラシェルがエリックに返す。


「そ、そう言って頂けるなんて……感激ですわッッ!!」


「落ち着けエレーナ、今のは世辞だろうが!」


「私は本当のことを言っているぞアベル・フェルマー」


「エリックさん、俺以外に呼んだブレイブ学生っていうのは……」


 アベルは無理やり話を変えた。


「ああ。ラシェルと、ティア。それに君たちとは面識ないかもしれないが、他学部の生徒を何人かね。ティア・サントメール嬢も来ていただき有り難う」


「こちらこそ、このような身分の者もご招待して頂き、誠に感謝しております」


「あのラシェル嬢の従者ときたら呼ばないわけにはいかないからね。それにしても生徒兼従者とは面白いよね。生徒だからこそできる範囲というのはあるのかい?」


「え、ええ。やはり講義の時間も近くにお仕えできることに過ぎますね。他の従者は寮内か、敷地内の移動に限られるので……」


「面白いな。僕の若い使用人も、それ用に何人か育ててみようかなあ。あ、ティア嬢はアベルとお話することもあるのかい?」


 エリックは、十以上も年が離れているブレイブ学生たちに対し、軽快なトークを弾ませ続けた。どれも相手の話を引き出すことが上手く、比較的全員がついていける話題を振る。見事な手腕だった。


「っと、僕は少しアベルに話があったね。すまないが一瞬だけ、君たちのアベルを借りさせてもらうよ」


「はい」


「え、エリックさん、私は、そんなっ」


「お兄様、そのまま帰らせてあげてください」


 ラシェルは平然と返事をし、ティアは何故か狼狽し、エレーナは冷たい言葉を放った。


「……それにしてもティアさん、今日は随分と素敵ですわ。香水もティアラも違うようですし」


 ブレイブ大学教会騎士科Aクラス3人きりとなり、エレーナはティアを見て言った。


「従者としては不相応な格好ですよね……お恥ずかしいです」


「そうだろう? エレーナ。今日はティアの婿探しも兼ねているところがある」


 卑下するティアをよそに、ラシェルがぶっちゃける。


「ラシェル様っ!?」


「そうなのですねっ! 私のお知り合いの殿方が何人か来ていらっしゃいます。よろしければご紹介いたしますわ!」


「し、しかし」


「いいじゃないか、ここはアベルを除いて金持ちばかり。エレーナの伝手を頼るというのも」


「ら、ラシェル様はどういたしますか……? よろしければ、ラシェル様もご一緒に……」


「……そうだな。私はロイヤルバーグ家の誘いは無視できないから来ただけで、社交に興味もない。従者の成功を見届けるぐらいしか、することがないな」


「やったー! ですわ! それでは、3人で参りましょう! とりあえずお食事です!」


 エレーナはうきうきで二人を引き連れ、ビュッフェのコーナーへ行った。


 一方アベルとエリック。二人は会場の外の庭に出ていた。人気はない。魔法灯が仄かに光っている。


「モテるね、アベル」


「からかわんといてくださいよ……」


「いやあ、あれはかなり意識しているね。特にティアという娘は……っと、あまり介入するのは無粋かな。さて、君を彼女たちから奪ったのは、さしあたり、互いの近況報告としゃれこみたくてね」


「ええ、俺も同じことを考えていました。まずは闇奴隷市場と、スレイアの件はありがとうございました」


「気にすることはないさ。僕も魔竜石が手に入ったしね」


「それと、エルフ魔物狩猟団ですが……」


「エルフズだね。あれについても君のトリックプレーが上手く働いた。直接参加ではなくなってしまったが、僕としてはレストランで使う魔物食材を直で仕入れたくてね。四人増えたことで一気に仕入れが安定できそうになった。王都で活動しているエルフはあそこだけだし、後に巨大化したとしたら、うちの家の存在感も増すというものだ」


「そう言って頂けると安心しました。ただ、気がかりな点が。エルフの集落が教会に侵攻されたかもしれないというニュースですが……」


「あれは裏を取ってみたが、事実だね、残念ながら」


「やはりそうですか……」


「ただ、教会も一枚岩ではない。敵は魔族に限定とする考え方が主流であることに変わりはない」


「それ以外の一派ですが……今日、ノードに聞いたところ、アディパティ商会が関係していると」


「それについては僕も最近調べてもらった。教会騎士団と協力して傭兵業で侵略、さらに支配先の先住民を奴隷市場に流す。おそらく仕えそうな奴は、傭兵に加える。上手い商売だよね。」


「さすが、情報が早いですね。初めからエリックさんに聞いていればよかったかな……」


「いや、君がアディパティ商会を探っているとフィオから聞いたんだ。巧妙に商号を変えてやっているものだから、全て合わせたアディパティ商会を知っている者は上流世界ではまだ少ないだろうな。もっとも、それも時間の問題の気もするが」


 アベルは、貴族でも瞬時に知ることが出来ない情報を仕入れるノードの実力に舌を巻いていた。そしてそれ以上に、エリックの情報収集への速さ、貪欲さに対しても。


「しかし俺は、アディパティ商会が教会と協力しているところまでは分かりましたが、教会の内部がどうなっているのかまでは掴めませんでした。魔族と協力する一派がどういうものなのか。よければ、聞かせて頂けませんか」


「おそらくは、ドット・クロスを中心とする一派だね」


「ドット……というと……かつてのグレイティスト教会騎士団副団長、でしたっけ」


「そう。ロラン・ユースティティアとの団長争いに負けて、本部隊から外れて今は教会騎士魔族討伐専門部隊の隊長を務めている。統括がグレイティスト大聖堂ではなくブレイブ中央教会だから、管理が及んでいないんだろうな」


「エリックさんはその一派をどうみますか?」


「当然、奴隷市場と関わっているような者だからロクデナシだな。アディパティ商会もだ。問題なのは、それらの底知れない影響力。どれだけの有力者が彼らに加担しているか分からない。正直に言えば、脅威を感じている。アベルから見たらどうだい?」


「正直に言えば、危険視しています。嫌悪も少し」


「君とはやっぱり気が合うよ」


「俺と踊りますか?」


「それもいいな! お互い迫り寄る美女を差し置いて男同士友情を深めると言うのも。ま、踊りは冗談としてもだ。今後僕のことはエリックで良い」


「さすがに躊躇いますよ」


「いいんだ。僕は君を、対等な友人と認めている」


「貴方がそう言うなら。でも俺は、貴方を仲間と思うと同時に、尊敬もしている」


「嬉しいことを言うね、アベル。嬉しいついでに、一つ昔話をさせてくれないか」


 アベルは頷いた。


「僕が君と同じぐらいの年の頃、僕は身分を隠して、ロイヤルゴーストの一号店を作った。そうは言っても今あるような立派な店構えじゃない。小さい貸家に、従業員は僕一人。客はほんの少しの常連を除いて全く来なくて、家からは辞めるよう再三言われる始末。もう畳もうか、なんて思ってある日厨房に立っていたら、常連の女性が言ってくれたんだ。『貴方のお陰で、牛肉の味を知ることができた』と。肌が薄青い女性だった。僕はその言葉を支えに、ここまでやって来ている」


 エリックは遠い目をしていた。


「彼女が今や何処に行ったのかも分からないけどね。教会騎士に討伐されてしまったのかもしれない」


「……いまだに独身なのはそれが理由だったり?」


「さすがに未練というわけではないけどね。その思想が邪魔になってしまっているのは確かだね」


「グレゴワール家に、アルベール家。嫁候補としては十分すぎる家柄の公女に迫られながらの無関心も納得だな?」


「それは君に言われたくはないねえ。ユースティティア家にロイヤルバーグ家だぞ?」


「いやいやいや……エリック……」


「フィオからも聞いたが、アベルはおよそ完璧に見えるが、女性に対してだけは洗練されていないきらいがあるね。どうだい、今夜本当に色街にでも」


「ははは……痛いところをつくなあ。しかし、色街か」


「っと、そういうのは苦手だったかい」


「エリックの勧めるところなら悪いところじゃないだろうさ。ただ、妹さんにバレたら大学で目を合わせてくれなくなりそうだ」


「違いない! やっぱり怒ってたかい?」


「そりゃもう、吐瀉物を見るかのような侮蔑の目で……」


 夜の庭園で男二人、会話を弾ませていたところ、会場からピアノの音が鳴り響き始めた。


「っと、もうダンスが開始してしまった。すまないね、時間を取らせてしまって」


「いや、こっちも久しぶりにゆっくり話せて楽しかったよ。エリックも忙しいだろうが、土日はエルフズにいくようにするから、少しでも顔を出してくれると嬉しい」


「もちろんだ。さあ、それではまいろうか。レディーたちが待っている」


 会場内では、男女がペアとなって、ピアノの旋律に合わせて踊りを始めていた。エリックは彼を待っていた10人近くの女性集団がいたようで、それに取り囲まれていた。彼と同等以上の家柄、財力を持つ男は数人ながら他にもいる。それらと比べても、エリックはもてた。アベルはそんな友人を、改めて誇らしく思っていた。


「俺も相手を探さないとな……」


 エレーナは別の貴族の男と踊りを始めていた。


 辺りを見回すと、ティアもまた男と踊っているのが目に入る。


「と、なると……」


 立ったままパスタを頬張り続ける美少女と目が合う。


「……む……」


 美少女、ラシェル・ユースティティアは誘う前から不服そうな顔をした。アベルはやれやれと肩をすくめたくなるのを堪え、彼女に手を差し出す。


「俺と踊りませんか?」


「……これを食べ終えたら、だ」


「お前は、色気より食い気だよな」


「うるさい」


 食い気の少女は皿を給仕に渡してから、アベルの手を取った。


「お手並み拝見といこうか」


「偉そうに。それは俺のセリフだ」


 アベルはラシェルの手を引き、テーブル等のない中央に出る。そこではたくさんの人々が自由に踊っているところだった。アベルとラシェルは手を取り合い、回り、見つめ合い、踊りの群れに入り込む。


「その程度のリードか、アベル・フェルマー」


「舐めるな。俺は戦いの中で成長する」


 アベルはラシェルの動きについていきながらも、目線を他の貴族たちにやっていた。そしてエレーナに教えてもらっていない動きをその場で覚え、ゆっくりと実践していく。いつもは合わせることに興味なしとでも言いたげなスピードで振り回していくラシェルだが、その時だけ、露骨にゆっくりとした動きになる。


「素敵ですわっっ! ラシェル様!」


「ど、同意です!」


 気づけばエレーナとティアが踊りの手を止めてそんな感想を述べていた。


「アベル様への感想はないのかな」


「うるさい、黙って踊れ」


 アベルとラシェルはそんなやりとりをしながらも、周囲の視線を独占していた。若く、踊りのキレがある男女というだけでも魅力を発するところが、それ以前に二人の容姿、放つ雰囲気が圧倒的であった。


「独善的かと思いきや、意外と気が利くんだな」


「何のことだ?」


 ラシェルは素知らぬ顔をして、踊り続ける。


「……ラシェル。俺もお前をライバルとして認める」


「漸くか」


「同時に、尊敬もしている」


 アベルが真顔でそう言うと、ラシェルは動きを露骨に速めた。彼女の反応を催促するよりも先に、ピアノの音は止んだ。


 


 


 


 


 アベルは庭のベンチで一人くつろいでいた。


「お疲れ」


 エリックが来て、隣に腰掛ける。背もたれに大きく体重を預け、夜空を見上げる。


「そっちこそ。ずっと集中していたじゃないか」


 二人はあれから次から次へと女性と踊っていた。エリックは立場というものがある一方で、アベルにはない。完璧であり続けなければならないプレッシャーというものを、アベルは知らない。


「国の上流を代表する者としての努めだね。アベルもいずれこうなるんだ、他人事じゃないだろう」


「どうかな……」


「……さて、二次会にでも行くか」


 エリックは立ち上がった。


 


 


 


「お兄さん、もう一杯どう?」


 ウサギ獣人の女性がエリックにひざまくらされたまま、甘い声で囁く。


「よーし、じゃんじゃん持ってこい!! ボトル開けろ!!」


 エリックはひざの上のウサギ獣人を抱えたままソファの上に土足で乗り上げ、叫んだ。きゃああ、とウサギ獣人たちの歓声が、薄暗い建物内に響き渡る。


「エリックぅ〜、それは誰が飲むと思ってんだぁ?」


 アベルはグラスに残っていた液体を飲み干した。両脇ではウサギ獣人が腕をからめ、うっとりとした目でその酒豪を見つめている。


「お兄さん、私にも私にもぉ」


 右脇のウサギ獣人が言う。ノースリーブの紅色のジャケットの胸元が、アベルの目に飛び込む。


「さすが、ウサギは年中発情期種族だけある。外見までもが、オスの性欲を高めさせるために効率的な作りをしているな」


「外見だけじゃないよぉ? ね、お兄さんの身体……凄く鍛えられてるね……すごくすごく、頑張ってきたんだね……格好良いなぁ……」


「へあぁっ」


 喜びのあまり変な声が出る。こちらの機嫌を取ると言う話術は、人間すらも凌駕しているのではないか。


 グロスマン地区の一画。アベルはエリックに「キャバクラ」なる場所に連れてこられて、延々と酒を飲み続けている。自分の接客を担当する給仕の酒も頼めるシステムで、頼めば頼むほどサービスも過剰となる。エリックの両手は既にウサギ獣人の胸の谷間に突っ込まれているし、アベルも既に二十回はキスされていた。


「ねえお兄さん、よかったらこの後も飲まなぁい?」


「えっえっ」


 無論、サービスの上限がその程度で終わるはずもない。より高次元のサービスの示唆にアベルが動揺していると、酔っぱらったエリックが突撃してきた。


「アベル〜〜〜! 飲んでるか〜〜〜〜!?」


「飲んでるぞ〜〜〜〜〜!!」


 二人は自分に絡みつくウサギ獣人を振り払い、二人で肩を組んで店内をスキップしながら周回し始めた。


「ロイヤルバーグ家に幸あれ! ウサギ獣人に幸あれ!」


「僕たちは世界を変える! 誰もが幸せに過ごせる世界を!」


「俺とエリックならできる! 誰もが笑って暮らせる世界!」


「人間万歳! ウサギ獣人、万歳!!」


 


 


 


「おんぶるぶぉえぇぇあああぁああ!!」


 エリックは四つん這いになり、流れる川へ向かって嘔吐していた。


「大丈夫か、エリック?」


「ふぅ……君こそ大丈夫か」


 アベルは河川敷で大の字になって寝ているが、右足と右腕は川に浸かっていた。


「冷えて気持ちいーんだな、これが」


「なる程」


 エリックは両足を川に浸したまま、隣で仰向けになった。


「ありがとうな、エリック。俺みたいな一般人にこんなに良くしてくれて」


「生まれなぞ関係ないさ。むしろ立場が違うからこそ話しやすいものもあるというものだ」


「俺も同じだ。村の仲間とは話したことのないことを、あんたとは話した」


 二人はキャバクラを出た後、アフターを取らず、バーで延々と政治、商売、文化、哲学、宗教、歴史等語り合った。すでに太陽が顔を出そうとしており、黒色の空に青みが見え始めている。


「アベル……スレイアを幸せにするんだぞ。魔族を助けるんだ」


「ウサギ獣人もな」


「分かっている。可愛い種族は全員救う」


「可愛くない種族もついでにな」


「そうだな! 全て救うぞ! それこそがロドルフ神の御言葉の真意!」


「……あんたの真意じゃなくて?」


「かもしれない。神とは……おそらく誰の肉体にも存在する。信じた時、その威光を知ることになる。では人が存在しなければ神は存在しないのか? それは分からないが、唯一分かることは、人が信じたから神は形となる。人の言葉となり、行動となり、影響となり、繋がりとなる」


「それは時として政治となり、権力となり、搾取となるけどな」


「そして本来の福音を忘れていくんだ。だがアベル、僕たちは違う。僕たちが信じる神は、慈愛と平等に精神に溢れ、誰をも救う存在だ。信者、などという言葉では当てはまらない。エリックはエリックであり、アベルはアベルだ」


「まるで、自分こそが神の使徒にでもなったような言い草だな?」


「結構! なんなら、僕が神だ!」


「じゃあ、俺も神だ!」


 二人の笑い声が、青空に溶けていく。


 


 


 


 アベルはふらふらのエリックを邸宅まで送り届けた後、一人で早朝の街を、スレイアの待つアパートを目指して歩いていた。


 酒の大半は抜けていた。疲れは感じるが、10時間以上トップスピード近くで走り続けたことや、ただでさえ魔力を酷使する女性の肉体のまま魔術を使いまくった時に比べれば、幾分ましであった。


「都会ってのは、過酷だな……」


 そう呟いて、どうにかアパートに到着する。ノックすると、すぐにスレイアが出てきた。


「朝早くで悪いな」


 アベルは大きく欠伸をして、部屋に入ろうとする。しかし、スレイアの身体が行手を阻んでいる。


「スレイア、どいてくれねえか?」


「……酒臭いぞ」


「あ? 悪い悪い。顔洗うからさ……とりあえず入れてくれよ」


「何か私に言うことはないのか」


「え? いつもありがとうな。お前が家で待ってくれるから……頑張れるよ」


 真っ直ぐにスレイアを見つめて、心の底から、そう言う。


「は?」


 しかしスレイアの声は冷たい。アベルの脳の動きが速まる。スレイアは明らかに怒っている。


「スレイア……もしかして俺、お前を怒らせてしまうようなこと、してしまったか?」


「……」


「いや、したよな」


 アベルは真剣な目でもう一度スレイアを見つめた。


「本当に、すまない」


「……」


 スレイアは顔を背けた。


「お前が謝る理由は何一つない」


「……じゃあ、余計に悪いな」


「え?」


「俺に怒っているのに、俺は悪くない。そう感じさせてしまうことは……悪いことをして怒らせる時よりも罪だ。正義という膜に守られた謝罪ほど、辛くさせてしまうものはないよな」


 アベルはスレイアを押し除け、部屋に入った。


「ということで俺はお前の怒り諸々を全てガン無視して寝るぞ」


「な、なんだそれは! 言うに事欠いて!」


「ふはははは!」


 アベルはベッドに飛び込み、布団をはがそうとするスレイアを足で蹴りつけた。


「スレイアの温もりがまだ残ってる〜!」


「きっ、きもいぞ! おい、起きろ変態!」


「やだやだ!」


 アルコールは未だ彼の体に残っていた。

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