第9話 攫われたスレイア

「こ、この、僕が負けるなんて……」


 貴族の青年はわなわな震えたまま、広場で棒立ちしていた。


「剣技は悪くなかったぜ。もっと瞬発力をつけるトレーニングをした方が良いかもしれないな。飛んでくる石を避け続けるとか」


「う、うるさい!! 平民風情が、僕に指図するな!!」


「あっと」


 貴族の青年は走り去って行ってしまった。アベルは頭をかいた。


「俺なんかやっちゃったかなぁ」


「おつかれさん」


「おめでとアベルー! これで何連勝目?」


 バサスとコレットが駆け寄る。


「これで5だな」


 ここ数日で、決闘を申し込まれることが増えた。ラシェルにライバル宣言されたことや、出自が田舎の一般人であるにも関わらずAクラスでいること等が関係しているようであった。かの青年も先ほど決闘を申し込まれた口で、アベルがやんわりと勝利すると、先ほどの様子となった。


「雑魚を倒してご満悦。気分は良いか? アベル・フェルマー」


「いつのまに来てたのか、ラシェル」


 毎度のように、ラシェル・ユースティティアは従者のティアを引き連れて、気づかぬうちに会話に入っていた。


「たまたま通りかかって、決闘していたことを耳にした。そこらにいる凡夫との戦いになど全く興味はないがな。しかしバサス、ダロ、サラと決闘する時は必ず私に教えるように」


「はいはい……あ、ティアの時は伝えなくていいのかよ?」


「ティアと決闘したいのか?」


「いや、特にそういう考えはないんだが」


「私より先にティアと決闘するというのか?」


 元から高いラシェルの威圧感が、より増した。


「そういうことじゃなくて。実力者と決闘の時は伝えろという意味合いに聞こえたから」


「そういうことか。ティアもお前も決闘を申し込むようには見えなかったから、予想外だった。しかし……ティアと決闘、か」


 ラシェルは隣のティアを見た。


「ラシェル様? 私はラシェル様のご意見なしに決闘することは……」


「別に、しても構わない。ティアの意思は、私も出来るだけ汲み取りたいからな」


「あ、ありがとうございます。ですがやはり、私は1秒でも多くラシェル様に仕えていたい身ですので」


 ティアは毅然と答えた。


 


 


 


 ラシェルと分かれ、アベル、バサス、コレットの三人で大学敷地内を歩く。


「ラシェルとティアの関係って面白いよね〜」


 と、コレット。


「ティアは従者であり生徒であり同じクラスだもんな。珍しいんじゃないか?」


「僕も聞いたことがないな。貴族はみんな従者を学内まで連れてくるけど、生徒という形でなんてね。ふつう、若さゆえの実力不足で成り立たない。それを成り立たせる、しかもラシェルほどの逸材が主人ともなれば……プレッシャーなんかも半端ないだろうね」


 バサスの言葉で、アベルはランニングの時に過呼吸になっていたティアを思い出した。


「結構無理してんだろうなあ、あいつ」


「……アベルって妙にティアちゃん推すよね」


 コレットがジト目でアベルを睨んだ。


「そ、そうか?」


「そうだよ。好みの女子の話題になった時もティアちゃんで即答だったし、ラシェルと話す時もティアに話振ったりするし。あとティアちゃんがまともに会話した男子はアベルぐらいだし……」


 コレットは、ずいとアベルに顔を近づけた。


「まさかラブ? ラブなのかい?」


「ラブではない……ただ何となく、親近感があるというか……。それより、好みの女子の話題の時、お前はいなかったはず……」


 なんてことを話していると、メイドがこちらに走り寄ってきているのが見えた。


「あれ、バサスのメイドさん?」


「いや、コレットのじゃないの?」


「強いて言うなら、俺のだ。正式には違うけど」


「え?」


 コレットが聞き返す。アベルのような一般人がメイドを雇うことなどは通常ない。


「アベル様! お話が!」


 ロイヤルバーグ家のメイドは息を切らしている。その表情から、切迫した事態があることは見て取れた。


「分かりました。バサス、コレット、またな!」


 アベルはフィオと共に、人気のない建物の裏手に回った。フィオは誰も近くにいないことを確認すると、要件を伝えた。


「スレイア様がいなくなりました」


「……! いつからですか」


「本日の昼過ぎ、様子を見にスレイア様のご自宅に赴きました。鍵が開いていて、スレイア様の姿はありませんでした。家具の配置から、少し荒らされた形跡も見えました」


「捕われたか……犯人の推定は?」


「不明です。知人の教会や警察関係者に聞きましたが、市内で魔族を捕らえた事実はないそうです。ですからおそらく、拐ったのは雇われの犯罪集団かと」


「ジャン・サンソンの可能性は」


「動機を考えても、可能性が見えるのは彼ぐらいというのが私の見立てです。いかがいたしますか」


「当然、取り返しに行きます。今すぐに。まずはアパートまで向かいます。フィオさん、協力してもらえますか」


「勿論です。こちらへ!」


 ブレイブ大学の馬小屋。フィオは乗ってきていた馬に乗り、アベルを自分の後ろに乗せた。


「飛ばしますよ!」


 道が馬で混むため、同伴と言えど学生の乗馬は禁じられている。


 しかし事態が事態だった。門兵の注意する声を無視して、フィオは馬をとばした。


 


 


 


 スレイアのアパートはフィオの言っていた通り鍵が開いており、荒らされた形跡があった。アベルは部屋の物一つ一つを入念に確認していく。


「誘拐した奴が魔術に疎くて助かった」


 アベルは絨毯をどかしていた。フローリングに手をかざすと、見えなかった文字が光り出していた。


 魔法文字。魔法陣を書く要領で、あらゆる材質のものに文字を書く魔術だ。魔力に反応して浮き出てくる。


「何と書いてありますか?」


「……」


 フィオの質問に対し、アベルは閉口していた。


「アベルさん?」


「『ありがとう』だそうです」


 アベルは椅子に深く座り込み、自分の頭を押さえた。


「今更そんな言葉求めてねえよ……ばかたれが……」


「……サンソン家に探りを入れてみましょうか。おそらく時間的に、もうサンソン家への引き渡しは済んでいるので、犯罪集団から探るのは難しいかと思います」


「サンソン家はほぼ確定でしょう……。それよりも、どうすればサンソン家から奪還できるか、です」


 スレイアが欲しいのなら、闇奴隷市場に赴くのが通常だ。魔族であれば比較的安価で購入できるし、人攫いを依頼した方が遥かに高くつくからだ。もっとも、前回の競売はアベルの介入があったため通常とは言えないほどに値が釣り上がった。それこそ、依頼した方が安くなるほどに。


 途中までスレイアの競売に参加していたローブの男も気になったが、降りるのが早かったため、執着はさほどないと見えた。


「……すみません。私としては、もう手のうちようが……。それこそ、強行突破するしか……」


 フィオが言った。


「……そうだ、強行突破だ」


「え?」


 アベルは持ってきた魔導書を開いた。


「これも初めてだから……やるしかない……!」


 アベルは時計を見ながら言った。


 


 


 


 


「どうですか、フィオさん」


「え、ええ。お似合いです。アベルさん」


「いえ、今のわたくしはアヴェリア・フェルマータです」


 アベル・フェルマーの肉体は完全に女性となっていた。髪は少し伸び、身長は10センチほど縮み、胸も10センチほど出た。スレイアの服を着こなし、いつものロングソードでなくフィオから借りた短剣を腰にさげている。


「アベルさん、体調に問題はありませんか。性別転換魔法は肉体的に負荷がかかりやすい魔術です」


「少し身体が熱いぐらいで、問題ありません」


 自分の性別を変える魔術について存在は知っていた。そしてそれは偶然にも、スレイアに送った書物の中に、術式が載っていた。アベルは初見でそれを読み解き、実行した。


「……正直、驚きました。まだ大学一年生なのですよね?」


 本来魔術を自在に行使できるようになるのは、大学卒業後だ。さらに修士、博士過程を修了し、一年以上の魔術修行を経て初めてプロとしての魔術師として活躍するのが通常である。アベルの術式を見て、実行に移るまでのスピードと、魔術の精度は、プロと言って遜色ない出来栄えであった。


「魔術教育過程の方が問題だと個人的には思ってます。とにかく私はこの格好でサンソン家に突撃します。フィオさんは近くで馬の手配をお願いします。できれば、三匹。それと、新しい部屋の用意を。場所は北部の中高層住居専用エリアを希望します。私はスレイアを救出し次第、その近隣の宿に泊まるつもりです。そののちまたご連絡いたします」


「かしこまりました。他にできることはございませんか? 使用人の手配などは?」


「危険を感じたらすぐに逃げて頂いて構いません。使用人の手配も不要です。そこまで迷惑をおかけするつもりはありませんよ。そもそも許可を取るのが難しいでしょう。あくまでフィオさんの使命は私のサポート。直接人員を割いてしまえば、ロイヤルバーグ家とサンソン家の争いと見られてしまいますから」


「……本当に、単身で乗り込むおつもりなのですね」


「はい」


「どうしてそこまで、スレイアさんを?」


「……大切なんです」


 フィオはそれを聞いて、微笑んだ。


「では、行きましょうか」


 再びフィオの馬に乗り、中央街でアベルは降りた。


 アベルは狭い路地道の物陰に隠れ、時計を見る。おおよそアベルの予想していた時刻通り、馬車がやってきた。闇奴隷市場が終わる時間帯。ちょうどジャン・サンソンが購入した奴隷が運ばれてくる時間である。


 アベルは馬車が通り過ぎようとする時、その側面に張り付いた。窓は開いていたので、するりと中に入る。


「えっ……!?」


 中にいた鎖で繋がれたエルフの女性が驚きの声を上げる。その向かいには、サンソン家使用人と思われる警備兵。警備兵が反応する間も無く、アベルは短剣を警備兵の喉元に突きつけた。


「騒いでも動いても殺す」


 警備兵は頷いた。アベルは持ってきたロープで警備兵を拘束し、テープで口を塞いだ。


「お嬢さんも静かにね」


 小声でエルフに語りかける。彼女はこくこくと頷いた。その目元は腫れぼったく、ひどく泣いた痕跡が見て取れた。アベルは彼女の拘束具と、隷属首輪を解除した。前回は6時間かかったが、今度は約30分でそれを終わらせた。


「お嬢さん、お名前は」


「あ、えっと、リリィです」


 女好きに選ばれただけあって、エルフの中でも一つ抜けているほどの容姿だった。華奢な身体は幼さが残るが、艶のあるセミロングの水色髪や、楽器が奏でられるような声が、女性としての色香を際立たせる。


「リリィさん、この住所のところに行ってください。オーギュストかソレーユというエルフがいます。アベル・フェルマーに言われてきたと言えば味方してくれるはずです」


 アベルは住所の書かれたメモ用紙をリリィに渡し、馬車の扉を開ける。


「あ、あの……」


「早く!」


「この御恩は、一生忘れません!」


 そう言ってリリィは飛び降りた。幸い、操縦者は気づいていない様子だった。


「さて」


 次にアベルは警備兵の口のテープを取った。


「いいですか。私はリリィです。貴方は私はリリィとして、通常の任務の通りに、邸宅に入れます。私の言うことを聞かなければどうなるか、分かりますね?」


「わ……分かった……」


 アベルは警備兵のロープを解き、リリィがされていた拘束具を自分にはめた。もちろん、見せかけだ。外そうと思えばいつでも外せる状態にする。頭にはローブをかぶり、耳を隠した。首には、スレイアのしていた隷属首輪をはめた。真っ二つに割れていたが、術式を上手い感じで調整すると、ぴったりと貼りついた。


 警備兵は終始アベルに攻撃をしなかった。


 馬車は門を抜け、邸宅敷地内で停車した。足の拘束だけ外され、馬車を降り、警備兵に連れられて邸宅内まで入る。


 邸宅内部は豪華絢爛な出立であったが、特徴的なのが、使用人の露出が激しいことだ。


(へそ出しのメイドなんて初めて見たぞ……)


 交代した警備兵に連れられて、邸宅内を歩いている時にすれ違ったメイドは、見慣れたロイヤルバーグ家のメイドに比べて、衣服の布地が著しく不足していた。


 アヴェリアはリリィとして、二階の部屋に案内された。


「ぶひひ、待っていたよ、リリィちゅわん!」


 ジャン・サンソン。豚のような男が、バスローブ姿で待ち構えていた。


「ん〜? どうして顔を隠してるの〜? 恥ずかしいのかな〜?」


 ジャンがアベルのローブを持ち上げる。


「ぶひっ!? おいこれはどういうことじゃん! 耳が短い! エルフじゃないじゃん!!」


 ジャンが警備兵を棒で殴りつける。


「も、申し訳ございませんジャン様!」


「……でもなんか、かわいくね? むしろ、可愛くなってる……? じゃあまあ、いっかこれで!」


(まじかこいつ)


「ぶひひ、早速愛の営みをするじゃん!」


 ジャンに手を惹かれ、ベッドに連れて行かれる。


「ジャン様。身体は洗わなくてよろしいのですか?」


「ちょっと臭うぐらいが興奮するじゃん! ていうかキミ、むしろいい香りするじゃん!?」


「そ、そうですか」


 むしろ自分の臭いを気にするべきだ、とアベルは思った。


「あ、ジャン様。あちらの壁に」


「ん?」


 ジャンがアベルに背を向ける。アベルは後ろからジャンに抱きついた。


「ぶひょひょ!? いいね〜随分と積極的じゃん!? 俺様もうボッ……き……」


 アベルは意識を失ったジャンをベッドに寝かせた。抱きついていると見せかけて、眠り薬を飲ませたのだ。


「あー重て……バサスといい勝負だな。それにしても、結構いけてるよな、俺」


 アベルは自分の胸を揉みながら、ベッドの縁を台にして飛び上がり、短剣を天井に突き刺した。


「がっ!!」


 鈍い悲鳴。アベルは壁とタンスを足場に、短剣をノコギリのようにしてギコギコと天井を切った。持ってきていたダガーナイフも使い、人が入れるほどのスペースを天井に開ける。


「覗き見とは趣味のお悪いこと!」


 上品に言って、開けた穴から天井裏に上がる。既に、上からの監視者は逃げていた。しかし血痕が残っている。


 アベルがそちらに向かうと、廊下に降りられた。逃げている後ろ姿が見える。アベルはダガーナイフを投げた。10メートルほど飛んで脛に突き刺さり、監視者は転倒した。


 監視者はダガーナイフの刺さったまま立ち上がり、剣を抜いてアベルを睨んだ。


「驚いたな……警備も女ばかりだ」


 覗き見していたのは少女だった。馬車での警備兵と似たデザインだが、露出が多く、守りも薄い、特殊な防具だった。


「あんなデブに仕えるのやめて、私と脱走しませんか?」


「そういうわけには行かない!」


 振るわれたロングソードをかわし、短剣で手首を叩き切った。防具で守られこそしたものの、強い衝撃に警備兵は剣を落とした。


「詰みです。奴隷が囚われている場所に案内して頂けますか?」


「くっ……」


 警備兵が場所について話した後、ジャンと同じようにして薬で眠らせた。ダガーナイフを回収し、女警備兵の着ていた鎧に着替えた。女警備兵をまた天井まで運び、ジャンの隣に寝かせて、また廊下に戻る。そしてナイフや顔についた血を拭きながら、静かに走り出す。


 途中メイドとすれ違ったが、これといって反応されることはなかった。


 アベルは地下室へたどりついた。


「急だが、交代と仰せつかった。変わってくれ」


「はっ」


 アベルが適当なことを言うと、入り口と思しき扉で立っていた警備兵はあっさりと持ち場を変わってくれた。


 扉を開けると牢獄だった。たくさんの美少女たちが、檻に閉じ込められていた。人間、獣人、エルフ、魔族と幅広い種族がいたが、その全員の目は生気がなく、アベルが入ってきたところで無反応だった。


 アベルは牢獄内を走り回る。しかしどの檻を見ても、スレイアの姿はなかった。

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