第7話 闇奴隷市場

 闇奴隷市場。それはニコラウス闘技場の地下にあった。暗く、広い空間に、貴族たちのローブが妖しく照らされている。


 ステージ横に檻が数個並んでおり、中には様々な種族がいた。獣人、魔族、人間。どれも若い雌の個体だった。司会進行が、一匹ずつオークションにかけていく。貴族たちが落札価格を叫び、最も高い金額になったところで、誰も声を上げなければ落札。奴隷は、最も高い金額を示した者の物となる。


「100!」


「120!」


「150だ!」


 その熱気には、スラム街にあるものとはまた違う、鬱屈した気味の悪さがあった。


「あの獣人、かなり弱っているな。あれ以上、どうするつもりなのか。制限を失った人の欲望というのは、時々怖くなるよね」


「そうですね……自分もその一部になっていると思うと、余計に」


「違いないね。けれど、今更止められないだろう? さあ、次だ」


 遂に、スレイアがステージ上に現れた。


「本日のおすすめ! 魔族と人間の混血種、スレイアです! 高い魔力を持ち、ニコラウス闘技場でもワイバーンやブレイオンといった強敵を討伐してきた強力な個体です! 1000カネーからスタートです!」


 オークション開始の鐘が鳴る。


「1500!」


「1700!」


「2500!」


 全体的に、かなり強気な滑り出しだった。声を上げる者は特別多いわけではない。やはり奴隷と言えど、魔族を購入するのには抵抗がある貴族が多いのだろう。


「3100!」


 アベルもその中に混じる。自分の財力と、エリックの融資も含めて、出せるのは7500カネー。それ以下で留めたかった。


「5000!」


「5100!」


「5500!」


 しかしそこまではあっという間だった。


 声を挙げているのは3名。アベル、ジャン・サンソン、そしてローブで顔を隠した男。


「余程ジャン・サンソンの目に留まったのだろうな、あのスレイアという少女は」


 と、エリック。


「7500!」


 そしてスレイアの金額は、遂にアベルの目標としていた上限を超える。


「アベル」


 エリックが声をかけ、アベルは頷く。


「売ります。魔竜石」


 アベルはその場で書類にサインをし、エリックに渡した。


「……本当に大丈夫かい?」


「はい」


「……確かに、受け取った」


 平民アベル・フェルマーの切り札。それが魔竜石。ドラゴンの体内に存在すると言われ、ドラゴンを討伐しなければ手に入らない。ドラゴンを討伐できる者は世界中探しても数えるほどしかおらず、実現させれば「ドラゴンスレイヤー」としての栄誉を国から受け取れる。


 無論、その魔竜石の金銭的、そして実用的価値は、貴族すら喉から手が出るほど欲しがるほどの高さがあった。


「10000!」


 アベルが叫ぶと、残り二人は反応しなくなった。小額を重ね粘るといったこともしない、綺麗な幕引きだった。


 かくして、スレイアはアベルの所有物となった。次の商品が売られる中、エリックと並んで、控室へ向かう。


「おめでとう」


「ありがとうございます」


「けれど、結局一番得をしたのは僕みたいだね。後悔はないかい?」


「ないですね。今後の金策のことを考えると、若干憂鬱ですが」


「出来ることならまた、いくらでも協力しよう。それでは僕はここで。今後の手筈はメイドに任せてあるから」


「分かりました。では、明日」


 エリックが会場を出ていくと、入れ替わりに、メイド服の女性が来た。


「ええと……フィオさんですね。よろしくお願いします」


 ロイヤルバーグ邸でアベルを案内してくれたメイドだった。長い青髪を後ろで束ねており、若いながら、歩き方や所作からメイド経験の長さが推察できた。


「はい、よろしくお願いします、アベル様。エリック様にご用件は全て仰せつかりました。今後のご対応は、私にお任せくださいませ」


 とうに時刻は20時を過ぎている。当たり前のような長時間勤務。アベルはふと、ティアのことを思い出した。


「どうかいたしましたか?」


「ああ、いえ」


「アベル・フェルマー様」


 名前を呼ばれ、出向く。職員がスレイアの首輪のリードを握っていた。


「改めて、ご契約のサインをお願いいたします。ロドルフ銀行中央支店でよろしいですか?」


「はい」


 アベルは書類にサインをして、奴隷首輪の説明を受けたのち、晴れてスレイアが引き渡された。


「よろしく、スレイア。俺は人間のアベル・フェルマーだ」


「……」


 スレイアは何も答えなかった。アベルの目を見ているようで、見ていない。その橙色の瞳には、警戒、不信、無関心が混じり合っている。


「とりあえずお前の居住地に行く。これを羽織ってくれ」


 フィオから受け取った長めのローブを渡す。


「……不要だ」


 スレイアの角から術式が光ったかと思うと、角はかき消えた。


「擬態魔法か、便利なもんだな。ただその格好だと人目を引くから、ローブは着てくれ」


 腰に巻き付けた布は、脚を太腿の半分ほどしか覆っておらず、上半身も胸にバンドをつけているに過ぎない。いくら彼女の体色が人間に近いと言っても、それ以前の問題が感じられた。


 アベルは無理やりローブを羽織らせた。スレイアは嫌そうな顔をしただけで、抵抗はしなかった。


 


 


 


 


 フィオの案内で、王都東部にある共同住宅に向かった。ロイヤルバーグ家所有の物件であるため、家賃はほとんどタダだった。また、王都東部は比較的ブレイブ大学とも近く、また人口も少ないため、生活していて魔族だと発覚するリスクが少ないという見立てだった。


 結局、居住の手続きを済ませ、フィオが邸宅に戻って行った時には、深夜の12時を回っていた。30平米ほどの何もない一室に、アベルとスレイアが向かい合っている。


「ふう……寮に外泊届けを出しておいて正解だったな。このぐらいの時間になるのは予想していたが……ふああ」


 アベルはフローリングに座り込んだ。


「狭いな……ま、バサスと二人部屋よりはマシか」


「……貴様もここに住むのか」


 スレイアは立ったままで、アベルを見下ろしている。


「大学が全寮制だから難しいな。ただ休日は自由だから、できるだけこっちに来るようにするよ」


「……来なくて良い」


「でも行く。明日、午前中は銀行に行って、午後から生活について色々教えるから。あ、お前も食えよ」


 道すがら買ったパンをスレイアに渡す。


「平日は俺は大学があるから基本的に顔出せないが……何かあったら手紙を出せ。午前に出せばその日中に届くから。これが俺の寮の住所と、部屋番号」


 アベルはパンをかじりながら、メモを走り書きする。


「お前、ブレイブ語読めるよな? ルーン語の方がいいか?」


「どちらでもいい」


「じゃ、ブレイブ語で。はい、ここ貼っとくから」


 アベルはのりで壁にそのメモを貼り付ける。


「んじゃ、俺は寝るわ。最近慣れないことをたくさんするもんで、疲れが溜まって仕方ない」


 そう言って、横になる。


「……何故、私を助けた」


 しばらくして、スレイアが口を開いた。


「ん? それは……今の話か?」


「それも気になるが」


「ああ」


 アベルはスレイアが、何故ワイバーンと戦っている時に指示をして助けたのかを聞き出したかったことを察した。また、スレイアを購入した理由についても疑問に思っていたということも。


「お前のことを助けたいと思ったからだよ」


 スレイアは何も言わなかった。見えるのは天井だけなので、表情すらも分からない。


「スレイア。お前これからどうしたい?」


「望みなどない」


「仲間の元に会いたいとか、思わないのか?」


「私に仲間などいない」


「……じゃあ、死ぬか?」


「それもいいかもしれないな」


「せっかく買ったのにそんなこと言わないでくれ。生きていりゃそのうち、やりたいことぐらい見つかるさ。あれ食いたいとか、これ食いたいとか。それが見つかるまでは、俺の奴隷として俺のために生きろ、な」


「……」


 スレイアはまた何も言わなかった。もしかしたら何か言ったのかもしれないが、仮にそうだとしても、アベルが眠りにつくのが先だった。


 


 


 


 


 朝日と共に目覚めると、壁の端の方でスレイアが座っているのが見えた。


「寝れたか?」


 スレイアは黙って壁を眺めていた。


「……じゃ、俺は銀行に行ってくるから。その前に、シャワー浴びるか……あ、スレイア、シャワーの使い方は」


「もう使った」


「そうか」


 アベルはシャワーを浴び、アパートを出た。


 


 


 


 アベルは銀行を出た。


(さあて……とんでもないことになってきたなあ)


 魔竜石をエリックに売ってしまったことで、スレイアを購入してもなおお釣りが来た。しかしエリックの話を聞いてから、アベルは自分の目的を達成するためには、莫大な資金が必要と確信していた。それを考慮すると、この程度の端金は生活費に消えるだけとなる。


(ああは言ったが魔竜石なんて簡単に手に入るものじゃない……また別の手段を考えないとな……魔物討伐のことばかり考えてたから、効率的な金稼ぎの方法がどうも思いつかない。またエリックさんに協力を仰ぐか……)


 アパートに帰ると、誰もいなかった。


 アベルは誰もいない空間で、筋力トレーニングと読書を交互に行った。


 2時間後、スレイアが帰ってきた。


「どこに行ってたんだ?」


「……逃げたかと思ったか?」


「少しな。でも、帰ってきてくれたんだな」


「……」


「んじゃ、買い出しに行こうか。生活必需品揃えねえとな」


 アベルは外へ出た。スレイアは黙って後ろをついて来た。


「スレイアはどこ出身なんだ? 俺はモンスター地方のストファー村なんだが」


 歩きながら、アベルは会話を始める。


「……分からない」


「出所不明てとこか。幼い頃過ごしていた地域は?」


「……ビヤバンが主だった。他にも色々行ったが、覚えていない」


「ビヤバンか! 俺、国を出たことないから気になるな。なあ、黄金の塔って本当にあるのか?」


「ある」


「へえ、すごいなー。行ってみてえなー」


「……」


「スレイアはそこで何してたんだ?」


「フリークスショー」


 要するに、見世物小屋だ。ブレイブ王国では宗教上の理由で禁止されているが、ビヤバン王国であれば可能だったのだろう。


「なんか芸とかできるのか?」


「魔術を使ったトリック」


「そりゃすげえ。後で見せてくれよ。あ、それと俺、魔法について勉強してるんだ。よかったら教えてくれよ」


「……」


 無視。彼女がどのタイミングで無視するのか、アベルは徐々にその法則性を掴んできていた。具体的には、アベルが好意的な発言をすると、ほぼ確実に無視をする。


「ってかさ、スレイアの肌って綺麗だよな」


「……」


「髪も綺麗だ。人間離れした綺麗さだ。魔族とのハーフだから当然っちゃ当然なんだが、ただの魔族でこんな綺麗な色合いにはならないよな」


「……」


「何よりも、その瞳。宝石みたいだ。吸い込まれそうになる。本当に、綺麗だ」


 そう言って、瞳に自分が映るぐらいに覗き込む。


「……っ」


「お、もうすぐ雑貨屋につくぞ」


 こんなものだろうと、アベルは一人で納得した。スレイアは必要もないローブで頭を覆っていた。


 


 


 


 


 ほとんど家具もないアパートで、スレイアは、フローリングの上にタオルを挟んで鍋を置いた。


 夜ご飯の時間だ。


「おお、いい匂い!」


 トマトベースのどろどろしたスープに、マカロニや野菜等を放り込んだ料理だ。一応、二人で協力して作ったものだ。計画立案は主にアベルであったが。


「あーうめー。やっぱり自炊には自炊の良さがあるよなあ。ブレイブ大学食堂も当然美味いんだが、こっちの方が温かみがあるというか」


 アベルはスレイアに無視されることに慣れ切っていたため、口数が増えていた。


「アベル」


「え、今俺の名前呼んだ?」


「……」


「わ、悪い。続けてくれ」


「何故、私を買った」


「お前を助け出したかったからだよ」


「どうして、私なんだ」


「理由は、俺の故郷と関係している。俺の故郷は魔族と協力して、魔物と戦って来た歴史がある。それは今もだ。俺も例外なく魔族とは仲良くさせてもらっている。だから魔族のことは助けたいと日頃から思っている。もっとも、王国で取引されている魔族の奴隷全員を俺の手で救い出すことなんて到底できない。だから助けられたのは、現状お前一人」


「その理屈では魔族を助けるのが筋だろう。なぜ人間と混じった私をあえて選ぶ」


「だからこそだ。人間と魔族、どちらにも居場所がないようにも見えるが……裏を返せば、どちらにも居場所があるということにもなる。その点お前の存在は、人間と魔族の架け橋的存在になると考えたんだ。それがお前を優先的に選んだ理由」


「人間と魔族の架け橋? はっ。とんだ妄言だな」


「と、いうのはほとんど建前で……ほんとのところ言うと、個人的感情が大きい。俺、お前と一度会ったことがあると思うんだよ。っていうか、ある。絶対に。そしてその、当時10歳にもみたない俺は、一目惚れをしちゃったといいますか……」


「私に、か」


「ああ……。って言っても! 俺は他に好きな人がいるし、決して邪な思いでお前を買ったわけじゃないからな!? 単純に、情と言うか、なんつーか……いや、これも邪と言えるのか……?」


「貴様と会った記憶はない」


「俺はストファー村というところに住んでいたと言ったが……ほんの一時期だけ、そこを離れて移動生活をしていたんだ。魔物に襲われて谷底で気絶していたところを、ある旅団に拾われた。コルダ旅団って名前に聞き覚えは?」


「コルダ旅団……確かに、私は一時期そこにいたが……まさか、傷だらけのヒューマンの少年……」


「あ、思い出したか?」


「そうだな……だが、私も幼かったから、あまり覚えていない」


「スレイアって今何歳なんだ?」


「分からない。おそらく16ぐらいだ」


「俺のだいたい3個下だな」


「年上、には見えなかったな。当時は。何の変哲もない、ただのガキ。そんな印象しかない」


「ひでーな。でも、今はそれなりに年上と認めてくれてるってことだよな。なあ、旅団のみんなは元気にしてるか?」


「分からない。お前がいなくなった後すぐに、私も旅団を去ったからな」


「どうして?」


「……」


 アベルは鍋を傾け、残りのスープを皿に入れながら、考える。これは例の法則とは違う沈黙だろう。


「何にせよ、また出会えてよかった。そして、救い出すことができて良かった」


「……」


 また、スレイアは黙った。それが法則に則ったものなのかどうかは、アベルには分からなかった。


「……さて、俺は今から大学に戻る。また来週だな。何かあったら俺かフィオさんに連絡くれ。ロイヤルバーグ家に直接コンタクトは駄目だからな。外出もできれば控えて欲しいところだが、人気が少なけりゃ問題ないだろう。ここじゃあ教会も遠いし。そんじゃ。あ、片付けはよろしく」


 アベルは荷物をまとめてアパートを出た。終始、スレイアは無言だった。

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