第4話 エリートたちの休日
「アベル、起きて! 朝食の時間終わる!」
「俺パス……一人で行ってきてくれ」
「ええ、勿体ない。あんなに安くてクオリティー高いのに」
休日と言えど、学食は早朝から夜遅くまで開放されている。朝の限られた時間帯は安価・食べ放題のビュッフェであり、バサスの食欲を満足させられる点で、彼にとって大いに重宝されていた。
しかしアベルは睡眠欲の方が上だった。
「そうだよアベル、起きて〜!」
窓から、聞こえるはずのない少女の声。
「え、だれ!?」
バサスが驚く。
「コレット・シャイニングだよ〜。声忘れるだなんてバサスひどーい!」
桃髪の少女が窓からぬっと顔を出す。ここは二階であり、どうやって足場を確保しているかは不明であった。
「ああ、同じクラスの……顔は覚えてたよ」
「バサス、そいつ連れてとっとと学食行ってきてくれ!」
なぜ男子寮に女性である彼女が侵入して来ているのか。それについて思考を巡らせるよりも寝たかった。
アベルが昨日、寮に帰ってきたのは日付が変わる寸前だった。夜遅くまでエリックと話していたため、馬車の最終時刻を逃したのだ。彼は親切にもロイヤルバーグ家所有の馬車を出すと提案してくれたが、借りを作るのは申し訳ないと思い、歩いて帰ってきた。さらにそこから、自室で夜明け近くまでエリックに頼まれたことについて整理していたため、大いに寝不足だった。
「お食事誘ったのはアベルの方じゃんかー!」
「誰も翌日の朝とは言ってねーだろうが!」
「コレット、あんま騒がしくしないで! ここ男子寮だから! ほら行くよ! アベルは後から必ず来るから!」
バサスも窓から外へ出た。コレットを引きずり下ろし、どさっと鈍い音が二つ。
「アベルー! 絶対来てね!」
地上からコレットの、成人女性とは思えぬ甲高い声がした。
それにしても、良いルームメイトを持ったものだ。「後」であればいつでも良いと言うことはつまり、今から五時間睡眠をとってから行っても問題ないということだ。
「アベル!!」
四年生の寮長が扉をぶち開け怒鳴り込んできた。
「今女の声がしなかったか!?」
「してません!」
「それについても気になるが、まずは昨日、門限を盛大に破って帰宅してきたことについてしっかりとお話しないとなあ?」
「そ、それについては書き置きで説明したはずでは……」
「んなもん通るわけねえだろバカタレが! 寮規則読んだかてめぇ!? 憲兵騎士科Aクラスだからと言って調子に乗るなよ! 説教だ、来い!」
アベルは布団から引きずり出された。
「ああああああ! 助けてバサス!」
アベルの安眠は遠い。
「うお、マジでいた」
「マジでいた、じゃないよー! 遅いよ!」
バサスとコレットはご丁寧に食堂で待っていた。
「じゃあ昼食取りに行こうか」
と、バサス。
「さんせー!」
朝食を食べ、そのまま居座り続け、そのまま昼食を買いに行く。バサスとコレットは、およそ王国最高学府の最高クラス生徒とは思えない品性に欠けるムーブを平然とかましていった。
「いなかったら寮に戻って寝ようと思ってたのに……まあいいか。食った後寝るか……」
アベルもふらふらと、皿を手に取った。
「そろそろ僕たち、食堂のおばちゃんたちの視線が痛いから、場所を変えて外で食べよう」
そんなバサスの提案で、お日様の下、外のウッドテーブルで食べることとした。休日のため、席は容易に確保できた。
「ふああ……」
「アベル眠そうだね。昨日何かしてたの?」
コレットが尋ねる。
「ちょっとな……お勉強を」
そう言って、もう一度欠伸する。
「まっじめー! さすがAクラス!」
「バサス、突っ込んでくれ」
「自分でやりなよ……」
「ってかアベル、食べ方汚くない?」
シリアルをぼろぼろテーブルにこぼしながらコレットが言った。アベルはスプーンを使わずにスープを飲んでいる。
「俺は物を食べるとき、基本的にその場の空気に応じた食べ方をしたいわけ。今はこうやって食う空気。分かるだろ?」
そう言ってコレットのこぼしたシリアルを拾い、食べる。
「まだ短い付き合いだけど、アベルは相当な適応力を持っているとみたね。確か、村では魔物ハンターみたいなことをしていたんだよね」
パンをちぎらずにそのままかぶりつきながら、バサスが言った。
「ほえー、そうなんだ! だからいきなりブレイオンの話をしだしたんだね」
「高卒認定とるために勉強で苦労させられたが、それも含めていい経験だったよ」
「でも、魔物と人間相手するのは全然違うよね? よくエレーナちゃんに勝てたよね」
と、コレット。
「魔物っつってもオークとか、二足歩行で武器使ってくるものも多いぞ。あと正確には俺がやっていたのは自警団で、その仕事の内で魔物倒すのがメインってだけだったから、対人訓練もそれなりにしてたし」
「自警団! 軍隊とか、警察とか、教会騎士団とかとはまた違うんだ?」
「うちの村は特殊でな。強力な魔物が頻出する山脈の麓にあるせいで、一律の訓練を受けた国や教会の軍団じゃ限界があるんだ。だから村主体で魔物討伐に特化した集団を作ったわけ」
「そうなんだー。移り住むことは考えなかったんだね。自警団と言えど被害はあるでしょ?」
「毎年何人か死んでいるな。だが今年だと一般村民の死者はゼロ。自警団は収入そこそこ良いし、危険を負ってでも金と名誉を得たいような奴は一定数いるから、それでしばらく成り立ってる」
「なるほどね……アベル、私の家よりもお金持ちだったりして」
「それはさすがにないと思うぞ。何にせよど田舎のあらくれ集団ってことに変わりはないさ」
それが王都の人々にとっての、フェルマー家の一般的な認識だろう。
「そんなど田舎のあらくれ集団の一人が、エレーナを倒してしまうとはな。お前が特別なのか、組織が特別なのか、果たしてどっちなのだろうな」
「さあな……ってラシェル!?」
「え、ラシェル!?」
「ラシェルちゃん!?」
自然と会話に入ってきたのは、入学成績一位のラシェル・ユースティティアであった。彼女は隣のテーブルで、一人で山盛りの料理を食べていた。
アベルたちは皿を持って、ラシェルのテーブルに移動した。
「おい。何のつもりだ」
「同じAクラスだろ。食事ぐらいご一緒させてくれよ」
「……勝手にしろ」
そう言って、ラシェルは綺麗な姿勢で食事を続ける。
コレットは先のテーブルにこぼしたシリアルを全て拾い、バサスはパンをちぎり始め、アベルは置物と化していたスプーンを手に持った。
「今日はお連れの従者はいないのか?」
アベルが聞く。
「ティアのことか。休日は休みを取らせている」
「意外だな。トイレの中にまで付いて行きそうなぐらいくっついてたのに」
「今日日、貴族でもそこまでさせる者はいないだろう」
「そりゃそうか。他のお連れたちは?」
「学内では他に従者などいないが」
「カトリーヌちゃんとか、アニエスちゃんとかだよー」
コレットが口を挟む。アベルやバサスにとっては聞き馴染みのない名前。コレットの交友関係の広さは、この四人の中でも逸脱していると言って良かった。
「ああ、確かそんな名だったな……彼女らは、一緒に食事するような関係でもないし、したいとも特に思わない」
「勝手についてきてるだけってことか」
「そういうところだ」
「でも私たちとは一緒に食べてくれるんだね!」
「アベル・フェルマーはライバルであるから共に食事できうる者であることは当然として……」
(ライバルってそういうものか?)
「バサス・ジークフリートも同じく倒さねばならない相手だ。貴様にはあまり興味が湧かないがな。コレット・シャイニング」
「はうっひどい!! でも名前覚えてくれていたのは嬉しい! ラシェルちゃん、これから3年間同じクラスかもしれないわけだし、仲良くしよ〜よ〜」
「お前3年後もAクラスにいれると思ってんのか?」
「アベルもひどい!! バサス〜二人がいじめるよ〜」
「あはは……」
苦笑いするバサス。うるさいコレット。黙々と食事を続けるラシェル。やれやれ、この大学は、おかしな奴等ばっかりだ。
「アベル!? どうしたのいきなり!?」
アベルは食器類も片付けないまま、草むらで仰向けに寝転んでいた。
「眠いし、天気良いし、ここで寝る」
「私も私もー!」
その隣にコレットも寝転ぶ。
「やれやれ……怠惰な連中だ……」
ラシェルは空になった皿を持って立ち上がった。
「ラシェルはこれからどうするの?」
バサスが聞く。
「特訓に戻る。バサス・ジークフリート、アベルに伝えておけ。そのように怠惰に過ごしていては、私との差は開くばかりだとな」
「うん、いや、聞こえてると思うけど」
ラシェルは去って行った。仕方ないので、バサスも同じくして草むらで寝ることにした。
その後、食器を片付けないまま1時間以上放置したことが食堂の職員に見つかり、三人は酷く怒られることとなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます