第8話 頑固者どもとサイキック

「ミルクと砂糖は?」

「必要ない」

 修二が卓袱台に二つのコーヒーカップを給仕し終えた。


 さあ飲もうという段になった時、問題が発生した。






 卓袱台の一方には座布団が敷かれていた。修二は座布団を一枚しか持っていないようだった。反対の席はフローリングに何も敷かれていなかった。

 私はそちらに正座した。


「おい」

 と、立ったままの修二に声をかけられた。

「なんだ」

「なんでお前がそっちに座る。こっちに座れ」

「お前は家主だろう?それに私なら慣れているから平気だ」


 私は座ったまま澄まして言った。慣れているのは本当で、堅い床に正座など道場でいつもやっていることだった。


「そういう問題じゃない。お前は客人なの」

「このままでいい。お前こそ早く座れ」

「コーヒーが冷める。いいから早く席を替われ」

「断る!」

「わからんやつだな!」


 なんなんだこいつ。

 こんなくだらないことに噛みついてくるとは。

 私と修二は頑として譲らず、睨み合った。

 全く退く様子がない修二に、私は逆上した。


 ガバッと立ち上がって怒鳴ってやった。

「ちょっと待ってろ!」


 そう吐き捨てると、私は力士すら吹き飛ばすような勢いで自分の部屋に戻った。自分の座布団をむんずと引っ掴み、再び修二の部屋に突撃した。


 まったく、相変わらず頑固なやつだ!

 6年前から変わっていない。

 一度言い出したらテコでも動かない。

 子供の時から全然成長していないじゃないか!

 ちびっ子か、お前は!


 私は修二の目の前に自分の座布団を突きつけた。

「どうだ!これで文句はないだろう!」

 修二は呆れた様子でこう呟いた。

「まったく、相変わらず頑固なやつだ」

「こっちのセリフだ!」


 お前が言うのか、それを。







 修二はもう気にしてない風で、自分の座布団に座った。私は自分の座布団に正座し、ツンとしていた。私だって所詮は小娘だが、そこまで子供じゃない。気持ちを切り替えてコーヒーをいただくとしよう。

 とはいえコーヒーを飲む時の作法など心当たりがない。


 さてどうしたものかと思案していると、修二が声をかけてきた。

「別に作法とか気にしないで好きに飲んでいいと思うぞ」

「エスパー行為は止めろ」


 そんなにバレバレだっただろうか、少し恥ずかしい。

「防ぎたけりゃ頭にアルミホイルでも巻いとくんだな」

 修二はとんとんと自分の頭を人差し指で叩きながらふふん、と得意そうに笑った。そして、だがまあ、と続けた。


「最初は香りを楽しむのがおすすめなのです!」

 そう言ってカップを顔に近づけて、うーんとか言いながら自分の世界に入ってしまった。言われたとおり私も香りを嗅いでみる。落ち着く香りだった。香ばしいというか、芳醇というか。私の知っているインスタントコーヒーとは全くの別物で驚いた。


「いただきます」

「律儀だねえ」

 彼の言葉をよそに、充分香りを楽しんだ私は、コーヒーに口をつけた。

「…おいしい」

 と、素直に声が出た。ただ苦いだけでなく、深みがあるというか。これまたインスタントコーヒーとは段違いだった。


「インスタントにはインスタントの良さがあるんだぜ」

「…お前、本当に読心術が使えるんじゃないのか」

「20年修行して習得した」

「-5歳の頃からか。霊魂時代から苦労が絶えんな、お前は」

「インカーネーションしようか迷ってた時期だな」

 修二が私をなだめて続けた。


「インスタントコーヒーはお湯で溶くだけで飲めるだろ?」

 毎朝先ほどのような作業はやってられない、と修二は主張した。


 なるほど、そういう考え方もあるな。言い得て妙だと思った。感心したり激怒したり忙しいやつだ、私は。







「うおっ」

 突然修二が身を震わせた。


 何事かと見れば、ポケットから携帯電話を取りだしていた。携帯はヴヴヴヴと鳴っている。

「この前手に入れたばっかりなんだが、中々慣れないな、こいつは」

「早く出たらどうだ」

「ああ、ちょっとすまん」

 そう断って、修二は慣れない様子で電話に出た。断りを入れる程度の常識はあるんだな。失礼なことを考えていると、修二の減らず口が聞こえてきた。


「その日は教会でミサが」

 何やら親しげに話しているようだった。前に住んでいたところの友人か何かだろうか。はしたないが気になってしまい、チラチラと伺ってしまった。

「冷蔵庫の裏にバーボンが隠してあって」

 男子だろうか、女子だろうか。どのくらい親密なんだろうか。いやいや、なぜ私がそんなことを気にかけなければならないのか。


 気付けば通話は終了していた。

「…友人か?」

 修二は答えた。

「母上で御座った」


 あ、真琴さんか。

 懐かしい名前に私はどこか安堵としていた。…だからなぜ私がほっとしているんだ。よくわからない。






 修二はそのまま卓袱台の上に携帯を置いた。

 あれ、待てよ。これって自然に連絡先を交換するチャンスなんじゃ。いや、チャンスとかじゃないだろう。一応幼馴染なんだから普通に聞き出せばいいじゃないか。不毛な自問自答を繰り返し、私は修二に声をかけた。


「しゅ、修二」

「シュシュージ?どこぞのパティシエの新作スイーツか?」

「黙れ!」

 私はふう、と息を落ち着けて自分の携帯電話を取りだした。

「れ、連絡先を交換しておかないか?」

 これを言うだけなのに、恥ずかしくて顔が熱くなった。

「別にいいけど」


 修二は本当に携帯を買ったばかりらしかった。

「よくわからんからお前が操作してくれ」


 そう頼まれてしまった。携帯を借りて私の電話番号などを打ち込んだ。修二の連絡先は母の真琴さんと、父の隼人さんしかいなかった。

「家族以外だとお前が初めてだな」

 修二は何の気なしに言ったんだろうが、私はドキリとしてまた顔が熱くなってしまった。


 私の携帯にも修二の情報を入力した。私の連絡先は両親、花蓮、弘樹だけだったので、修二で5人目だった。並木高校に入学してまだ一ヶ月経っていないとはいえ、友人が少なすぎではないか。

 はあ、と心の中で嘆いた。しかし私は今、初めて自分から連絡先交換を持ちかけることができた。


 少し前向きになれたようで嬉しくなった。

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