第5話 オスカーと金メダル

「修二!」


 修二は歩くのを止めずに、顔だけ少しこちらに向けた。なんとなく、私が追いかけてくるのがわかってた風に話し始めた。

「今日は疲れたんですよ。おとなしく帰らせてもらえませんかね」

「駄目だ、話がある」

「宗教の勧誘ならお断りです。俺はヒンドゥー教徒。改宗する予定はないし、変な壺も買いません」

「勧誘でも詐欺でもない!」


 やいのやいの言い合っていると、私と修二が下校中の生徒から注目を浴びていることに気付いた。そういえば教室でもこんな空気だった。

 気まずさを感じていると、いつの間にか立ち止まっていた修二の背中にぼふんと突っ込んでしまった。注意散漫。


「おい、急に立ち止まるな」

 修二は私の言葉に反応せず、横を向いて一点を注視していた。私もそちらに視線をやった。






 校舎の外壁の端、そこには三人の男子生徒がいた。

 それは一目でわかる喝上げの現場だった。小柄な男子生徒は顔を真っ青にして壁際に追い詰められていた。不良と思われる二人組は威圧しているつもりなのだろう、すごい剣幕で声を荒げていた。下校中の生徒たちからもその様子は見えているはずだが、誰も止めようとしなかった。


 喝上げなんて本当にあるんだな、と思った。並木高校くらい大きな学校だと、良くも悪くもいろんな生徒が集まるのだろうか。

 さて。

 風紀委員として止めに入るのは当然として、どう接触しようか。場合によっては荒事になるかもしれない。


 私は手元の竹刀を意識した。







 すると気付いた。

 先ほどまで隣にいたはずの修二が、いつの間にか三人に肉薄していた。

「な、なんだお前」

 驚いた様子の不良が修二に吐き捨てた。修二は酷く邪悪な笑みを浮かべていた。


「面白そうなことしてんじゃねえか」


 私たちと話していた時の声色と全く異なっていた。脅し、恐怖させ、攻撃するような話し方だった。


「俺も混ぜてくれよ」

 なんだあの滅茶苦茶な迫力は。私は顔が強ばった。


 修二は男子生徒と不良二人組の間に体を滑り込ませた。

「こうやんのか?」

 私だけでなく、下校中の生徒も呆気にとられてその行為を見ていた。修二は男子生徒に顔をくっつけて、脅すようにこう言い放った。


「金出せよ」


 その場の誰もが絶句した。

 本日三回目、空気が凍った。しかも今回は強烈だった。

 私も周りで見ていた生徒たちも。

 なんだかんだ口悪いながらも不良を追っ払うために修二が乱入したのだと思っていた。

 しかしまさか恐喝行為に加担するとは。見てみろ、あの目付き。鬼の形相とはああいう顔を言うのか。悪人そのものだ、本当にどこぞの極道のようだ。


 男子生徒は元々青かった顔をさらに真っ青にして震え上がった。ガタガタと震える手で財布を取り出した。

 修二はそれを乱暴に取り上げた。


 見損なった、という思いの中。

 早く割り込まねば、という思いの中。

 私は思った。


 …いや。

 いやいやいや、さすがにあり得ないな、うん、あり得ない。

 あいつはぶっきらぼうで嘘つきで最低男だが。

 超弩級のひねくれ男でもあるから。

 きっと何か考えがあって。


「…お兄さんさあ」

 財布を弄んでいる修二の言葉に、男子生徒の両肩がビクンと跳ねた。


「スマホって知ってる?」


 ほ、本当に何か考えがあるんだよなー!?

 私は心の中で全力で叫んだ。


 何もかも観念したように、男子生徒は携帯を取り出した。修二はフンと鼻を鳴らし、これまた乱暴に奪い取った。一時のお金ならともかく、だ。

 携帯みたいな個人情報の塊を取り上げるのは洒落になっていない。


「お、おい。こいつやべえぞ」

「あ、ああ、行こうぜ」

 修二の異常過ぎる異常性に押しやられたのだろうか。不良たちはそそくさと立ち去っていった。







 私は恐る恐る修二に近づいて声をかけた。

「…おい」

「白井修二。アカデミー賞秒読みの男」


 修二は得意そうにしていた。

 私は心底ほっとした。よかった。修二のトーンが元に戻っている。演技じゃなかったら百叩きしてやるつもりだったから安心した。


 修二が目を白黒させている男子生徒に財布と携帯を放った。

「へ?え?」

「アンタさあ、もっと堂々としてたほうがいいよ。オドオドしてるとああいうのに狙われやすいんだぜ?」

「た、助けてくれたんですか」

 いや、助けたというかなんというか。あんな馬鹿みたいな助け方は見たことも聞いたこともない。


「よし、アンタがPTSDに悩まされないよう、こいつをあげよう」

 そう戯けた修二はポケットに手を突っ込んで、何かを取り出した。それを見て私は大きく、それはそれは大きく脱力した。

 それはカラフルな包装紙に包まれた飴玉だった。


 しょうもない。

 しょうもなさ過ぎる。

 相手は男子高校生だぞ。


 男子生徒は飴玉を受け取った。少し動揺した様子で、けれどもしっかりと礼を言って彼は去って行った。

 男子生徒が見えなくなると、私は深いため息をついて言った。


「修二。お前は変わり者だ」

 しかも喜べ、と私は続けた。

「私が会ったことのある人物の中で、他の追随を許さぬぶっちぎりの一位だ」

「光栄に御座います、女王陛下」

 修二がニヤリと口角を上げた。


 ほざけ、と私は久しぶりに自然に笑顔になれた気がした。

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