第4話 不真面目と真面目

 昼休みになっても修二は戻ってこなかった。

 学食で食事でもとっているのだろうか。


 私は教室で花蓮と一緒に弁当を食べていた。

「花蓮。私は今日たくさんの衝撃を受けて疲れ果ててしまった」

「アハハ、大変だねー」

 花蓮は無邪気に笑った。


 教室では他にも何名かの生徒が雑談しながら昼食をとっていた。話題は一様に修二に関するものだった。弘樹は男子の友人と購買のパンを食べていた。

 その話し声が聞こえてきた。

「弘樹、白井と仲良いんだな」

「なあ、白井ってやっぱ不良なのか、ヤンキーなのか」

「あいつはそんなんじゃないよ」

 やんわり否定する弘樹の表情は修二への信頼が感じられた。


 ちょっと一般論を聞きたいんだが、と前置きして私は花蓮に問いかけた。

「筆入れを持っていない高校生なんて実在すると思うか?」

「え?筆入れってあのペンとか入れる、あの筆入れ?」

「ああ」


 彼女はなんでそんなこと聞くの?と言いたげな顔をした。だが少しだけ考えてくれたようで、こう答えた。

「いや、あり得ないでしょ」

「お前もそう思うか」


 やはりそうだ、あり得ない。

「もしそんな高校生が存在するとしたら、そいつは何者だと思う?」

「…非常識の塊?」

「…お前もそう思うか」


 うんうんと一人納得した私を、花蓮が不思議そうに見つめていた。







 放課後になってようやく修二は戻ってきた。


 クタクタといった感じで、怠そうに席にどかっと座った。修二がくたびれているのは珍しい。思えば6年前もこんなに疲れた様子の修二はあまり見たことがなかった。


 そう、6年。

 6年なのだ。


 この6年どこにいたとか。

 何をしていたとか。

 素行を正せとか。

 授業をサボるなとか。

 こいつには言ってやりたいことが山のようにある。


 しかしなぜか気恥ずかしく、どう切り出したものやらと私はまごついていた。するといつの間にか教室に来ていた先生が声をかけてきた。

「黒川、ちょうど良い。白井に学校案内してやってくれないか」

 お前ら、知り合いなんだろ、と。

「な、なぜ私が!」

 思いのほか大きな声が出てしまった。


 ちらとクラスの様子を伺った。皆一様に修二のことを恐れているようだった。クラス委員長までも。

 知り合いなら、と言いかけて花蓮と弘樹は既に部活に行ってしまったことを思い出した。

「…わかりました」

 私は渋々と先生の頼みを引き受けた。


 だが。


「いらん」

 私の隣から否定の言葉が聞こえてきて、心が少しチクリとした。

「午前中サボってる時に大体回った。案内は必要ない」

「お前!先生に対してその態度はなんだ!」

 私は声を張り上げた。

 本日二回目、教室が凍り付いた。


 二限の時間に校内を見て回ったのか。

 サボってそんなことをするやつは見たことがない!

 と言うか先生の前でサボりを堂々とカミングアウトするな!


 先生は顔を引きつらせていたが、私をなだめてこう言った。

「ま、まあ落ち着け黒川。そういうことなら今日はもう帰っていい」

 先生はそう告げると、そそくさと教室を後にした。


 修二は帰り支度もそこそこに、さっさと教室を出ようとした。

「ま、待て」

「待てと言われて待つやつはいないのです!」

 修二はそうビシッと言い放つと、教室を出て行った。私は急いで帰り支度を済ませ、鞄と竹刀を引っ掴んで修二の後を追った。







 学校の廊下を走ってはいけない。

 常識である。

 特に私は風紀委員だ。

 早歩きで昇降口へ移動しながら、私は先ほどの修二の「いらん」という言葉について考えを巡らせていた。


 修二が否定したのは案内であり私ではない。

 そんなことはわかってはいる。けれどどこか自分自身が拒否されたような気がした。悲しいのか、寂しいのか、腹立たしいのかよくわからなくなった。それでつい語気を強めてしまった。


 はあ、とため息をついた。

 小娘か、私は。

 自らの未熟さを痛感し、自嘲するほかなかった。







 昇降口に近づくにつれて、下校しようとする生徒の数が増えてきた。部活に所属してない生徒も結構いるんだなと再認識した。

 私もそうなのだが。


 見つけられなかったらどうしようかと思っていたが、修二はあっさり見つかった。周りの生徒から一定の距離を置かれていて、目立つのだ。修二を中心に円形の空間が出来上がっているようだった。不良オーラを発している修二に、誰も近づきたくないのかもしれない。

 私はそう考察した。


 既に外を歩いている修二を確認し、私は急ぎ靴を履き替えた。そして私も校舎の外に出ると、他の生徒の迷惑にならないよう走った。校舎の中では決して走らない、だが外ならオーケー。我ながら真面目で堅物だなと思う。


 追いつきかけて、さてなんと声をかけようかと考えて、ふと気付いた。

 6年ぶりに再会したにもかかわらず、私は一度も修二の名前を呼んでいなかったのだ。

 おいとか、お前とか、待てとか。無意識に名前を呼ぶのを恥ずかしがって避けていた。


 なんなんだ、さっきから。

 小娘か、私は。

 恋する乙女じゃないんだから。

 昔散々名前で呼び合っていただろうに。





 勢いで言ってしまえ。

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