第3話 未開の地と持たざる者

「ええと、じゃあ白井君は欠席と」

 先生は苦笑いを浮かべ、そう言った。


 信じられなかった。

 入学初日から遅刻して、さらに即サボり。こんな倫理観破綻人間が存在するのかと、唖然とした。

 二限が始まる少し前。修二は「ちょっと手洗い」と弘樹に告げると教室を出て行った。そしてそのまま二限が始まっても戻ってこなかった。


「やっぱり不良…」

 などと教室が少しざわつく。

「初日からやるなー」

 そう弘樹がこぼした声が聞こえた。







 二限が終わるとようやく修二は教室に戻ってきた。


 席に着いた修二を、私は横目で睨み付けた。

「どこへ行っていた」

「手洗い」

 呆れた回答だった。


「…随分時間がかかっていたようだが」

「一ヶ月ぶりだったからな」

「新種の珍獣か、お前は」

「故郷は未開のジャングルに御座います」


 私の非難の声もどこ吹く風といった様子で、修二は鞄に手を突っ込んでいた。ほとんど空っぽなんじゃないかと思われるほど薄っぺらな鞄だった。修二は鞄からシャープペンシル一本と消しゴム一個を取り出した。

 そして立ち上がって再び教室を出て行こうとした。


 まさかまたサボるのか。


 当然私は声をかけた。


「待て」

「なんだよ、話ならマネージャーを通せ」

「ならばそのマネージャーとやらを連れてこい」

「一休さんか、お前は」

 私は一休さんの「びょうぶの虎」を思い浮かべ…じゃなかった。いけないいけない、ペースを乱されては。

「マネージャーを連れて来てください!縛り付けてご覧にいれましょう!」

 などと勇んでいる一休さんのイメージを頭から追い払った。


「真面目に答えろ」

 頑として譲らないでいると、修二がやれやれと言った調子で話し始めた。

「学力テストですよ。なんか俺だけ別教室で受けるんですって。あなた方も受けたんでしょう?」

 そういえば、と思い返す。

 確かに私たちも新入生の学力を計るためのテストを受けた。本来であれば入学直後に実施されるはずだ。修二の場合は入学が遅れたので特別措置なのだろうか。


「そうか」

 一応納得はしてやるが、今度は別の疑問が口をついて出た。


「ではその持ち物はなんだ」

「純さん、ご存じないんですか?これはシャープペンシルといって、文字や線が書けるのです。そしてテストではたくさんの文字を書かなければならないのです!」

 イラッとした。

「それからこれは消しゴムっていうのです。これを使うと、間違って書いてしまった文字を消すことができるのです!」

 一般常識なんですけどね~の辺りから私は話を聞くのを放棄した。

 

 人を怒らせる天才か、お前は。


「そういう話をしているんじゃない」

 私はなんとか怒気を鎮めて指摘した。

「なぜ筆入れごと持って行かない?別にテストは筆入れ持ち込んでも大丈夫だったぞ」

 持って行きづらいだろう。わざわざペンと消しゴムだけ。


「持ってない」

「は?」

「筆入れ、持ってない」


 絶句した。


 筆入れを持っていない学生なんてあり得るのか。筆記用具を鞄の中で、裸で管理しているのか。

 あまりの衝撃に思考が追いつかなかった。


 気付けば修二は既に去り、教室では三限が始まろうとしていた。

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