第2話 氷魔法とモッキンバード
翌日。
いつも通り部屋を出た。昨日引っ越し作業をしていた隣の部屋のドアに目を向けた。荷解きでガタガタうるさかったら嫌だな、と思ったが特に物音がすることはなかった。
私は普通に学校へ向かった。
教室で花蓮と弘樹に挨拶を済ませると、話題はすぐに例の転入生に移った。
「入学が遅れたって、怪我か病気でもしてたのかね?」
「どんな人なんだろー、先生は男子って言ってたけど」
「花蓮はカッコいいやつだと嬉しいんじゃないか?」
「んーそういうのあんまり興味ないかな」
弘樹がからかうが、花蓮は本当に関心が無いようだった。
「ただ」
その時、花蓮が私をちらっと見た気がした。
「面白い人だったらいいかな」
朝のホームルームの時間になり、担任の先生が教室に入ってきた。
「えーと、昨日転入生が来ると連絡したが、まだ学校に着いてないらしい」
はあ?という声が教室中から聞こえてきた。
転入初日から遅刻とはふてぶてしいやつもいたものだ、と私も内心呆れた。それともこれも何か事情があるのか。
「登校し次第みんなに紹介して、クラスに合流させるから」
一限が終わるとすぐにまた担任の先生が教室に駆け込んできた。
忙しい先生だ。
「転入生が来たから手短に紹介する」
教室がざわついた。花蓮は興味ないと言っていたが、私もどうでもいいと感じていた。平穏な高校生活の邪魔さえされなければ、どんな人物でも構わない。
私は先生の声やクラスのざわつきを耳に入れずに、また無意識に窓の外を眺めていた。
「じゃ、じゃあ入って」
先生が言った次の瞬間、教室の空気がピシリと凍り付いた。
花蓮と弘樹が「お?」「ん?」と小さく声を上げた気がした。
「白井修二」
「え?」
思わず呟いた。
聞き覚えのある名前に、反射的に顔を正面に向けた。どこか見覚えのあるような男子が立っていた。
驚きのあまり、私は机に両手をどんと叩きつけて勢いよく立ち上がった。その際に机と椅子で随分大きな音をたててしまって、私もクラスの注目を浴びていたと、後に花蓮から聞いた。
だが今はそんなことはどうでもよかった。
私は目を見開いた。
「そ、それじゃあ席は…黒川の隣、あの隅の席だ」
先生が指示すると修二は席の間を通ってこちらに近づいてきた。修二が近くを通った席の生徒は、皆一様に青ざめて視線を彼に向けないようにしていた。
どうやらクラス中が萎縮しきってしまっているようだった。
「やっぱりお前だったか」
私の目の前までやってきた修二はこう続けた。
「久しぶりだな、純」
そして口元をニヤリと歪ませた。
私がかつて見慣れていた、懐かしい彼の癖だった。
二限が始まるまでまだ時間があった。
花蓮と弘樹は修二の席まですっ飛んできた。修二もすぐに二人に気がついた。
「おお、やっぱりお前らもまだ生きてたか」
「それはこっちのセリフだっつうの。連絡もよこさないで、今までどこで何してたんだよ」
「北欧でトロールハンターの仕事が忙しくてなあ。あいつら言葉通じねえから面倒なんだぞ?」
「はいはいわかったわかった。ところで何かお土産とかないのー?」
「ツチノコ発見した功績で授与されたメリット勲章があるな。今度見せてやろう」
「お前そういう軽口垂れ流すとこ本当変わってないのな。懐かしくてなんか泣けてきたわ」
わいわいと再会を喜ぶ3人に、私はなかなか加われないでいた。
私はなんだか素直になれなかった。
全然気にしてませんよー、などという雰囲気を醸し出しているらしかった。後に花蓮にそう聞いた。背筋をピンと伸ばしてツンとしていたらしい。
それでもやっぱり気になってチラチラと隣の席の様子を伺ってしまっていた。その度に何度も花蓮と目が合った。花蓮の目はによによとからかうようで、落ち着かなかった。
そうやっている内に修二と目が合ってしまった。いけない、とすぐに目をそらしたが、修二が声をかけてきた。
「純、お前」
「な、な、なんだ」
びくびくと、ひどくうわづった声が出てしまった。恥ずかしくて情けない。修二は私をじーっと見つめていた。
「しばらく見ないうちに」
なんだなんだ、何を言われるんだ。
綺麗になった、とか言われるんだろうか。
女らしくなった、とか言われるんだろうか。
「…グレた?」
「いやお前だー!!」
私は再び机を叩きつけて立ち上がった。
勢いのあまり椅子が後ろに倒れてしまった。背後に誰もいなくてよかった。
「なんだお前その格好は!制服を正しく着用しろ!」
修二は制服をかなり着崩して着ていた。
チャラチャラとアクセサリー類を身につけているわけではないのだが、印象は悪かった。普通の生徒からしてみれば近寄りがたいだろう。風紀委員である私からしても当然目に余った。
「それにその悪人顔をやめろ!どこぞの極道かお前は!」
なんと言うか「二、三人殺ってます」みたいな表情と悪そうな目つき。そのせいで私たちを除いてクラス中が萎縮してしまっていた。
そう一方的にまくし立てたが、修二は余裕の表情だった。
「相変わらずやかましいやつだな。お前はアレか、俺のオカンか」
「私はお前のオカンではない!」
「じゃあオトンか」
「両親の話題から離れろ!」
本当にのらりくらりとかわすやつだ。
しばらくきゃんきゃんと言い合っていたが、花蓮たちの様子がおかしいことに気がついた。
「純がこんなに積極的に…!しかも懐かしの夫婦漫才まで…」
横では弘樹がうんうんと感慨深げに首肯していた。花蓮は少し涙ぐんでいるようだった。私は混乱してしまった。
まるで我が子の成長を実感する夫婦みたいな二人の雰囲気。当然私は突っ込まざるを得なかった。
「なんだ、なぜ泣く?お前たちはアレか、私の両親か!」
「そういうところ、ホントそっくりだね、純と修二は」
そう言って花蓮はパッと笑顔になった。
そっくりとは。
全然わからん。
私は冷静になるよう努めた。ふと気がつくと私たちは教室の注目の的になっていた。
「黒川さんってあんなに勢いよく喋るんだ」
「黒川さんの大声初めて聞いた」
などと聞こえてきて、恥ずかしくなり慌てて着席した。
まったく。
ペースが乱されて仕方がない。
横を見やれば修二が勝ち誇ったような表情を浮かべていた。腹立たしいことこの上なかった。
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