第1章 再会と映画
第1話 一人目の風紀委員と空席
それから6年が経った。
4月下旬。
私は鞄と竹刀を持って、玄関を出た。振り向いてしっかりと施錠した。これまであまり馴染みのなかったこの行動にもようやく慣れてきた。そのことに少しだけ満足した。
高校入学とともに一人暮らしを始めた。両親の転勤で私も引っ越すことになっていた。どうしても地元の高校に行きたかった私は、両親に頼み込んでこの街に残った。元々家事や料理は得意だった。
と言うか得意になるまで努力したので、あまり労せず学校生活と両立できている。
並木高校。
私がこの春から通っている高校。中学の頃、この高校を見学して最初に感じたのは、とにかく大きいということだった。まず校舎が大きい、敷地が広い。職員室、図書室、保健室、美術室、どの教室も広い。グラウンド、体育館はそれぞれ二つあって、当然大きい。何もかも中学より大きくて圧倒された。
校門から自分の教室へたどり着くのもちょっと苦労する。
私は一年八組。教室は校舎4階の端にある。物理的に一番遠い教室に対して、不公平だーとクラスメイトの嘆きの声が聞こえたこともあった。それでも、私は八組で本当によかったと思っている。
なぜなら。
八組の教室に入ると、そこには見知った二人の顔があった。
「純、おはよー!」
「うっす」
私は少し安心して「二人とも、おはよう」と返した。花蓮と弘樹が笑顔で迎えてくれた。
入学直後、クラス分けの用紙が貼られた掲示板を三人で確認した。同じクラスだー!と花蓮が抱きついてきた。
「クラス分けぐらいで大げさな」と呆れたが、内心では私も嬉しくて安堵した。
恥ずかしい話だが、私は友人が少ない。と言うかこの二人しかいない。いつの頃からか私には誰も寄りつかないようになってしまった。
中学は大体そうだったし、それは並木高校に入学してからも変わっていない。そのことに二人が大分心を砕いてくれていると、私は知っている。感謝している。でもそれ以上にふがいなく、謝りたいと思っている。
情けないったらありゃしない。
何か嫌われるようなことをしているんだろうか。昔から花蓮に何度も相談に乗ってもらっていた。その度に彼女から返ってくる答えはいつも同じものだった。
曰く「完璧すぎて近寄りがたい」のだと言う。
「昔はもっとポンコツで隙だらけだったんだけどねー」
などと失礼な言い出しだ。
「まずアンタ、クール美人過ぎ、キリッと凜々し過ぎ」
「普通だ」
「本当鈍いよね、そういうとこ」
むしろ自分では地味な方だと思っている。目つきなんかあまりよくないと思う。あまり着飾ったり髪型をいじったりするのは得意じゃなかった。髪は長すぎると動きにくくなるのが嫌なので、適当にショートにしている。
私はいつも地味さを花蓮に主張する。
「純は素材がいいから。はー、ホント鈍感っ子はもったいない」
なんだそれは。
「私は花蓮の方がずっとかわいらしいと思うが」
「アンタはタラシか」
顔を赤くする花蓮。普通にかわいらしいと思うんだが。
「スタイル良過ぎ。スレンダー過ぎ。普段何食ってんだーって話」
「普通のものしか食べてない」
小学生の頃に始めた剣術道場にはずっと通っている。だから多少締まってはいるんだろうなとは自覚している。
花蓮はビシッと私を指さして言った。
「雰囲気が冷たい。笑顔が足りない。話しかけんなオーラが出てる」
そんなオーラは出していない。いつものやり取りで相談は終わってしまった。
先月交わしたこの相談も、やはり高校生活では生かせていないのだろう。クラスで委員を決める際に、私は風紀委員に立候補した。風紀を守ることは当然である。
「純は品行方正だねー」
花蓮によくからかわれるが、私はこれでいいと思っている。だが私の他に風紀委員になる者はいなかった。やはり嫌われていると嘆くと、花蓮は「だからさー」と呆れたようにため息をついた。
「みんな純が完璧すぎて尻込みしてるだけだって。とてもじゃないけど隣に立てないって」
そのうち解消されるんじゃない?と慰めてくれた。そういうものなんだろうか。
花蓮、弘樹と一緒にいられるのは素直に嬉しい。
だがそれ以上に寂しさを感じてしまう時もあった。私が無理をしてでも並木高校に通いたがったのには理由があった。
幼馴染二人と、この街だけが、私とあいつを繋ぐ最後の縁みたいに思えてしまって。
私はこの街から離れられないでいた。
忘れられてしまったんだろうな。こう考える度に落ち込む。いや、自分では落ち込んでいるつもりはない。だが「それを落ち込んでるというのだよ」と花蓮に指摘された。
6年間、修二からはなんの連絡も無かった。
当時、私たちはまだ子供で、お互いの住所を聞くなどという概念はなかった。向こうはこちらの大体の住所を知っているはずだ、自分の住んでいた街なのだから。調べようと思えばいくらでもこちらの住所を調べて、手紙とかを送ることができる。それがないというのは、やっぱり忘れられてしまったんだろう。あいつは手紙送るとかそういう柄じゃないだろ、と弘樹は言ってくれた。
だが私にはそう思えなかった。
昼休み。
私の前の席で花蓮と弘樹がゴチャゴチャと言い争っていた。決して険悪な感じではない二人の様子に、私は目を細めた。
教室の一番後ろで、窓際の空席を一つ挟んで私の席があった。左に視線を向けると空席越しに窓の外が見えた。春に染まった並木高校の中庭が映っていた。
このクラスのこの席になってから、こうやってぼーっと外を眺める癖がついてしまっていた。
ふと視線を感じ、正面に目を向けると花蓮がこちらをジトーっと見ていた。
「まーたそうやって未亡人オーラ全開にしちゃって」
「誰が未亡人だ、そんなオーラは出していない」
「いーや出てるね」
花蓮は不満げに言った。
「もっとこう、ニコニコ―ってしてればいいのに」
たまに言われる、この小言に私は弱かった。私に人が寄りつかなくなった頃から、私はなんだか自然に笑えなくなっていた。いや、自然に笑えなくなったからみんな離れて行ってしまったのか。
わからない。
最後の授業が終わり、みんな下校や部活動の準備をしていた時。担任の先生が教室に入ってきて連絡事項を告げてきた。なんでも明日転入生が8組に来るらしかった。
「正確には正式な新入生なんだが、手違いで入学が遅れてな」
先生は言葉を濁した。
女子ですかーとか、いいや男子だとか、カッコいいですかーとか。本当にこんな会話あるんだなと思った。
私はあまり興味が無かった。
花蓮と弘樹は部活へ行ってしまった。
「じゃあな、また明日」
「一人の夜道は気をつけるんだぞー?」
花蓮は指をわきわきと動かして私をからかった。私は常に竹刀を携行しているし、そこそこ腕に覚えがあるからそんな心配は必要ない。
「ああ、また明日」
私は一人暮らしがどの程度大変か計りかねていたことと、道場に通っているからと言う理由で部活には入っていなかった。
「焦らなくてもいいか」
小さく一人呟いた。
スーパーで食材を買い足してアパートに帰った。
集合ポストをチェックして鍵を取り出しながら、自分の部屋に向かった。何か騒がしいと思ったら、私の隣の部屋に引っ越し業者がせっせと荷物を運び込んでいた。隣に誰か引っ越してきたのか。
変な人じゃなければいいが。
そう考えながら、私はドアのシリンダーに鍵を差し込んだ。
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