3章15話 フレイの決意

「グヴィン、ハントが無事終わった」

リーダーのラレースがバーステラ、にたどり着いて、バーのマスターであるグヴィンに報告する。

「あー、ぎりぎりだった」

ルーがバーのカウンターの席を取り、テーブルにつっぷする。

「そんなに大変だったか?」

グヴィンが心配顔で彼らクランのメンバーを見渡す。

「シオンがいなかったら、失敗していたわね」

リリックが同意してうなずく。

「すごいよな。シオンは!」

アルビスが笑ってシオンの背をたたく。フレンドリーで、すぐに距離を詰めるアルビスらしい。

「きちんとレベルにあった魔物を紹介したつもりだったんだがな。俺のミスか」

グヴィンが言う。

「グヴィンのせいじゃないよ。前情報が間違っていた。あの魔物は精神魔法妨害魔法と、瞬移動までしていた」

ルーがグヴィンに非がないと、訂正する。

「そんな力まで、か?確かに前情報とは違う。戦闘の記録を見せてくれ」

グヴィンが言い、ラレースがガラス片のキーホルダーをカウンター越しに渡す。

グヴィンがキーホルダーを指ではじくと、シーフィッシュが泳ぎだす。翼のように広げたひれから光の粒子が舞う。

シーフィッシュの記録した映像が、立体的に立ち上がる。グヴィンは戦闘を最初から最後まで観察し、思案する顔で見終える。

「確かに、こんな能力は載っていなかった」

「前に戦ったハンターが情報を記載し忘れた、あるいは間違えたのかもな」

「いや、俺はきちんと戦闘の映像まで確認した。あの魔物が一日でそこまで強くなった、ということだな」

「そんなに早く、か?」

「おそらく、レベルの見合わないハンターが魔物を刺激して、勝てずに引いたのかもしれないな。最近多いんだ。レベルの高い魔物に挑戦したい無謀な初心者とか、資金繰りが怪しくて見合わない魔物を倒そうとするやつらとか、の仕業だな」

「魔物は日がたつと強くなるだけじゃなく、戦闘を重ねて強くなるからか」

ラレースが納得顔になる。

「この魔物のレベルは、指定しなおす必要があるな。俺から魔法院に申請を出しておく。余分に報酬が入るはずだ」

グヴィンが言い、ルーたちは喜ぶ。魔物のレベルが査定しなおされるなら、より多くの報酬が手に入る。

「今回うまくいったからといって、無謀に強い魔物を倒しに行くのはダメだからな」

グヴィンが釘をさす。

「分かっている」

「シオンと、フレイもだ。強い魔物を倒すことで報酬が必要なら、クランの戦闘に参加すること」

シオンとフレイはこっそりお互いの顔を見合わせる。彼らはいい魔物が見つからなくて、レベルの高い魔物に挑んでしまおうと話していたこともある。

グヴィンが彼らの胸の内を言い当てる。

「じゃあ、とりあえずは今出る報酬を渡そう。レベルが高く査定されたなら、もう少し上乗せされる。その分はまた今度だ」

グヴィンが言い、ハンターたちはそれぞれに報酬を受け取る。

「俺は、ほとんど何もできなかったから」

フレイが報酬を受け取るのをためらう。フレイはそういうところは気にするたちだ。

「いいんだぞ。戦闘に参加していたことに違いない。次にもっと貢献できるように頑張るといい」

ラレースが言う。

フレイはまだためらっていたが、今月は資金繰りが苦しい。いつものこと、ではあるが。だからおとなしく受け取ることにする。

「これから、おごり飯の代金を払いたい」

フレイが言いだす。

「それは、いいんだ。俺からのハンターたちのサポートの一環だからな」

グヴィンが手を振ってお金を受け取らない。

グヴィンは見守っているハンターが経済的に苦しいときには、無料でご飯をふるまう。グヴィンは引退したハンターである。かなりの魔力の持ち主だが、こうしてハンターたちを集めてサポートする役割を果たしている。

ある一定以上の魔力を持つものは、義務として魔法院かその傘下に入るか、軍に入るかのどれかをしなければならない。

だがグヴィンはこうして、サポート役に徹している。何か理由がないとそんなことはできないはずだ。訳ありなのだろうなとハンターたちは理解している。

面倒見がよく、人を見る目も確かだ。クランの戦闘力をはかり、適切なレベルの魔物を選定してくれる。

「俺たちは、今日の報酬で飲もうと思う。シオンとフレイもどうだ?」

アルビスが彼らに聞く。ほかのクランのメンバーも、報酬がでれば、ともに食事にするのがいつものことのようだ。

初めて参加するシオンに主に聞いている。フレイまで誘ったのは社交辞令だろう。フレイが人づきあいが嫌いなのだろうとクランのメンバーはすでに察しているようだ。

「俺は参加しない」「よし、飲むぞ!」

シオンとフレイが言ったことは真反対で。二人の性格をよく表していた。

「フレイは俺のことは気にせず、帰っていい。帰宅時間は少し遅くなる」

シオンがフレイに言う。

「だが、俺だけ参加しないというわけにはいかないだろう」

「フレイが人間関係が苦手なのはよくわかっているから、気にするな。そういうのは俺に任せてくれ」

シオンが言い、正直フレイはそれがありがたかった。

シオンと別れてフレイは一人、帰途につく。

だが歩きながら気が変わる。

シオンにばかり人間関係を任せるのも、甘えだろうと思った。フレイは人を頼るのがあまり好きではないということも理由としてある。

フレイは道を引き返す。まだ地下鉄に乗っていなかったので、バーステラにはすぐに戻れる。ステラはビルの半地下にあるバーだ。フレイは階段を降り、重い扉をゆっくり開ける。

その際に中の声が聞こえてきてしまった。

「シオンは、フレイと相棒でいて、いいのか?その、俺は正直あいつがよくわからないんだ」

聞こえたのはルーの声。

フレイは今すぐ帰るか、中に入るかで迷う。盗み聞ぎをするのは趣味ではない。逡巡ののち、フレイは扉を閉めようとする。逃げるみたいでいやだったが、仕方ない。

「フレイは案外根がいいやつだ。俺はフレイと相棒でいたい」

シオンの返答を聞いてしまった。

重たい扉を音を立てずにゆっくりと閉めようとしていたフレイは、扉の正面のカウンターに座るシオンがこちらを振り返ったのと目が合う。

もちろん、シオンには気配探知が使えるのだ。だからフレイが来たことが分かったのだろう。

気を使われた気がして、フレイは嫌な気持ちになった。

フレイはお世辞とか社交辞令的な無駄を嫌う。

「フレイ、入って来いよ」

シオンがフレイに声をかけて、カウンターで隣に座るルーが気まずそうな顔になる。

フレイはここまできて逃げるのも業腹で。仕方なく扉を再び開き、中に滑り込む。

「ここに座るといい」

シオンの隣に座っていたラレースが気を使って椅子を降りる。

フレイは仕方なく空いた椅子に座った。

「別に、俺と組まなければならないというルールはない。確かに俺がお前をハンターに誘った。だからといって義理に感じる必要はない」

フレイの口をついて出たのはそんな言葉だった。

「確かに、けんかしてばかりだけどな」

シオンが苦笑し認める。彼らは相性がいいとは言えない。

「でも、俺はそうやって意見を言い合えるほうがいい。変に気を遣う必要がないから楽だしな」

「俺は人が良くわからない」

「フレイは人を知ろうとすべきだと思う。そしてもっと人に知ってもらおうとすべきだ」

「余計なお世話だ。それは仕事には関係ない」

「関係はある。例えばフレイはなぜ、ルーがフレイに怒ったと思う?」

フレイはそれが前回フレイが参加したハントの話だと分かる。

フレイがクラン戦に初めて参加したとき。情報の伝達ミスとフレイの独断の行動で魔物を倒すことすらできなかった。

フレイは間違えて味方を誤爆しそうになって。

その時ルーがフレイを敵意を込めた目でにらんでいたのをフレイはよく覚えている。

それから気まずくてフレイはクランの戦いに参加していない。

「別に、俺が嫌いだから、だろう」

「まあそれも正直半分くらいはあるけどな。でも、それだけでは…」「あれは完全にフレイの勝手な行動のせいだったんだからな」

ルーが再び怒り出す。半ば強引にシオンが続ける言葉を遮ったようにも聞こえる。だが人の心の機微に疎いフレイには理解できない。

「別に、俺はラレースのおかげでかすり傷だし。問題ないさ」

アルビスが明るく言う。ルーがその頭をこづく。

「そこはもっと気にしろよ。だから俺が怒る羽目になるんだろう!」

ルーが今度はアルビスに怒る。

「俺は気にしていないから、気にするな。ルーは仲間思いのいいやつだからな」

アルビスがルーの頭をなでる。

「あーもう、心配して損した気分だ」

ルーがぷいっとそっぽを向く。もはや誰に怒っているのかわからない。

「そうだ、もう半分の理由がある。ルーは獣人族だろう?だけど身体強化魔法が使えない。だから一族では疎外されて育ったんだ。姉のアガットも同じ」

「そんな理由で疎外するのはおかしいだろう。現にルーは高魔力を持っている。それは身体強化でなくとも才能には違いない」

ルーはそう言われて、さらにそっぽを向く、フレイはまたルーを怒らせたのかもしれないと思う。

「俺はフレイのそういうところが、根がいいやつだと思う」

「なぜだ。別にほめるつもりはない。ただ単に事実を言っているだけだ」

「フレイは口にしないから、損をしていると俺は思う」

「正直に言ったらルーが怒ったぞ」

「確かに、見た目には怒ったように見えるな。ルーはつんでれなところがあるからな。つまり素直じゃない」

「そうだな。一族に疎外されて育ったから、ほめられなれていない。ほめると怒る。だが本当は怒っていない。ルーのそういうところはかわいいだろう?」

姉のアガットがルーを持ち上げる。

「姉さんのおかげで俺は魔法院で学んでいる。姉さんがいなかったら、俺はいつまでも一族の落ちこぼれ扱いだった。姉さんには感謝している」

「ブラコン、シスコンか?」

フレイが無礼な言葉を吐く。

「アガットとルーは年の離れた兄弟だ。どちらも身体強化を使えず、お互いのほかに頼るものがいなかった。ほとんどアガットがルーを育てたようなものだからな。完全な親ばかだ」

アルビスが笑って説明する。

「姉さんのことは本気で尊敬している。あの緻密な魔法操作は、他の誰におまねできない」

「ルーも強力な魔法を使える上に、私にあの魔具を作ってくれたじゃないか」

「姉さんの魔力操作あってのものだけどな」

アガットとルーはそうとう仲が良いようだ。

「そもそも前回の戦闘がうまくいかなかったのは、そっちの情報伝達ミスだ」

フレイが言い張る。

「でも、どうせフレイのことだから、みんなに相談せずに魔法を使ったのだろう?」

シオンはフレイを見透かして言う。

「…それも、そうだが」

「連携して戦うときは、きちんと意図を伝えたほうがいい」

「クラン全体が俺のことなんか嫌っているはずだ。だから俺に活躍の機会がなかった」

「そんなことはない。今回の魔物が飛行系だったのは、フレイに活躍の場を与えるためでもあったらしい。リーダーのラレースがそう意見したそうだ」

「そう、なのか?」

フレイが一人離れたところで酒をちびちび飲んでいるラレースに聞く。

「それも理由の一つだ。だが気にすることはない。メンバーの活躍の場を確保するのはリーダーとして当然だ」

「それにルーも。フレイが気まずくなって来なくなって、後悔していたらしい」

「別に!そこまで気にしていなかったし。ただ、ホウリィがいなくなって稼ぎがほとんどないとか、あとから聞かされたけど」

ルーが最後のほうをごにょごにょという。

「ルーも、フレイも素直じゃないところは似ているな!」

アルビスが明るく言い放ち。

「こいつと同じに扱われるのは釈然としない」

ルーが微妙な顔になる。

「フレイも、そんな顔になるなよ。それにしてもシオンが相棒になってよかったな。グヴィンがおせっかいをやいたんだろう?」

アルビスが続けて発言する。

「それは別に、ただの偶然、じゃないのか?」

「分かっていないな。グヴィンはフレイを見ていられなくて、シオンと引き合わせたんだ」

「シオンに声をかけたのは、フレイだ。相棒になったのも、フレイの決断の結果だ」

グヴィンは否定はしなかった。

「それなら、そうと言ってくれ。貸しはかならず返す」

「そうしたら、お前さんは余計なお世話だと思ってシオンに声をかけなかっただろう?」

グヴィンはフレイの性格もよく見抜いていた。

フレイは反論できずに黙り込む。

「それにホウリィが相棒じゃなくなって。フレイがハンターを続けられるか、心配だったんだ。ホウリィは、こう、規格外なやつだったからな」

「フレイの前の相棒だな。どんな人だったんだ?」

グヴィンにそうまで言わせるホウリィは、どんな人だったのか。シオンは気になって聞く。

「そうだな。俺の目からしても、底の見えない女性だった。なんだろうな。能力は計っているのに、ホウリィはたぶん、それよりもっと強かった。それを俺から隠し通すことまできる人だったよ」

「それに気が付いている時点でグヴィンもかなりの実力者だ」

フレイが言った言葉は、グヴィンの言ったことを裏付けたようだ。グヴィンは納得した顔になる。

「結局俺はメンバーに気を使われていたわけ、か。だがそんなことは、言わなければわからない」

「それはあんたにだけは言われたくないわよ」

リリックがきっぱり言い放つ。リリックは思ったことをすっぱり言い放つ性格だ。

「…それもそうだな」

フレイが苦いものを飲み込んだ顔になる。

「そうだろう?お互いを理解するために、人は言葉を交わすんだ」

「俺の前の相棒が言っていた。言葉で人は真実理解しあうことなどできない、と」

「そうだな。人は完全に理解しあうことはできない。でも言葉で言わないと伝わらないこともあるんだ」

フレイはその言葉を吟味する。

「俺には過去を話せない理由がある」

「別に、誰にでも黒歴史の一つや二つ、あるものだ」

席から離れたところで飲んでいるラレースが、なぜかしみじみという。

「ラレースは、あまり昔のことは話してくれないんだ。いくら聞いてもだめだから逆に気になる」

アルビスが笑う。

「みんなして、ラレースにお酒を飲ませてはかせようとしているんだけど、ラレースはお酒に強すぎるし、酔っても自制が効きすぎるのよ」

リリックも同意する。

「言っただろう、面白いことは何もない。ただたんに多少、やんちゃ、だったんだ。昔の話だ」

ラレースが言い添える。

「別に過去について話したくないなら、それでいい。それなら、そうなんだな。でも別に趣味の話とかでもいいと思う」

「趣味など時間の無駄だ」

「フレイの料理は、趣味と呼んで差し支えないと思うぞ…。おかげで俺が飯の当番の時評価が手厳しいからな」

「お前が下手なだけだ」

げんなりした顔のシオンがおかしくてクランの笑いをさそう。

「いつか、フレイが過去を話してくれるのを、俺は待っているからな」

「そうだな」

フレイは思う。もしかしたら、シオンには自分の過去を話すときがくるかもしれない。まずはホウリィに確認を取りたいが、彼女はどこにいるのかもしれない。



暗い迷宮を歩きながらフレイはシオンの言ったことを思い出す。

フレイはシオンに相棒でいてほしい。それは間違いなかった。

それでもそれを口にしたことはなかった。

それはフレイがシオンのことが嫌いだから、ではない。

フレイは自分の性格に欠点が多いことも自覚している。そんな自分がシオンに相棒でい続けてほしいと言うのは。むしがいい話だと思うのだ。

シオンが本当に相棒をやめたいなら。フレイはそれを止める権利は自分にないと思っていた。

だがそれも逃げの一種なのかもしれない。とフレイは自分の考えをそしゃくしながら思う。

結局はシオンを引き留めて、それを否定されるのが怖いのかもしれない。人に拒絶されるのが、怖いのだ。

だから、言わないだけの話。

ロアの過去のことを聞いてそうなのかもしれない。と気が付かされた。

ロアもフレイも孤独に慣れていて。誰かに手を伸ばすのが怖いのだ。

シオンはいつもフレイと相棒でいたいと、はっきり口にしてくれていた。

だがフレイがそういったことは一度もない。

だからフレイは地下の迷宮のような坑道を歩きながら決意する。

シオンに自分の口で伝えること。

シオンに相棒でい続けてほしい、と。


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