3章14話 絶望と希望
シエラと別れた、シークは自宅へは向かわずに街を両断する繁華道を少し南側にそれただけの場所に向かった。
そうするうちにも、夕日はどんどんと沈んでいき、あたりは暗くなる。
すると、クラウドナインの上空に、揺らめく光のカーテンが降りる。
白く、時に強く、時に弱くはためくカーテンは、地上の、魔力クリスタルの結合炉が放つ魔法の発動光だ。
幻想的な魔法に見えるが、これは単なる副産物でしかない。
鉱夫がまず、魔力クリスタルの含まれた岩のかけらを砕き、魔力クリスタルを含むものを集める。それをだんだん細かくして、地上の湖で、光るものだけを取り除く。その工程を何度も繰り返す。
岩は石に、そして砂利ほどの大きさになる。
そして最後にはきわめて魔力クリスタルの含有率の高いものだけの細かな魔力クリスタルが取り出される。
その魔力クリスタルのかけらを、高魔力で結合するのだ。
魔力クリスタルは魔力をキャパシティ以上に流し込むと、砕けてしまう。
しかし、周りに魔力クリスタルがある場合は違う。まるで砕けまいとする意志を見せるかのように、隣の魔力クリスタルと結合してより多くの魔力を取り込もうとする。
その性質を使って細かな魔力クリスタルを結合させ大きな魔力クリスタルを作り出す。
昔は、人間が自らの魔力を長時間流し込む、重労働だったという。
タリズマンなんかはその方法で作り出される。
常に一定の魔力を慎重に流し込む、集中力と時間のかかる作業。そのため、魔具の一種であるタリズマンしか作れなかったし、タリズマンは当然高価で簡単に手に入るものではなかった。
そして、人が自らの魔力で作る魔力クリスタルには作成者の魔力がしみこむため、属性の偏りのある魔力クリスタルができる。
つまり、その与えられた属性の許す範囲の魔法しか使えない。
炎の魔力の高いものが作ったタリズマンに水の魔法は付与できない。
だがそれも今は昔の話だ。
現代の結合炉はクラウドナインから噴き出す魔力をまず無属性の魔力に変換し、それを魔力クリスタルに流し込む魔具だ。
故に人のように疲労しないし、効率がいい。しかもどんな魔法でも使える無属性の魔力クリスタルが完成する。
シークは頭上の白いオーロラを見上げもせずに歩き続ける。
ここで生まれ育ったシークにはいつもの光景だ。
逆に満天の星空を見上げれば、きっともっと感動するだろうとシークは思う。この街の光のカーテンは、夜空の星々を己の輝きの中に消してしまう。
繁華道に近いとはいえ、街の南側は人の数こそ多いものの、どこかすさんだ空気をはらんでいる。
道には夜に飲んでそのまま道で酔いつぶれているものが大勢いる。
鉱夫の多くは一日の稼ぎを酒に費やす。きっとこの世界から一時的にでも逃避するために。
それに比例して、吐しゃ物にも時々行き当たる。誰かの食べ残しや、それを包んでいた紙袋なども普通に捨てられている。
衛生的で、こぎれいな街だという北側とは大きな違いだ。とはいえシークは北側に行ったことがないので比較はできない。
シークにとってのクラウドナインはこういう町だ。
魔法灯の少ない南側では、地面を注意して見ていないと、何かしら踏んづける可能性が高い。
シークはうつむきがちに地面を見ながら歩いていく。
すれ違うものにはボロボロの服を着て歩くものも多い。
シークもそこまで多くの服を持ち合わせていない。稼いだ金で大体シエラと話しに行く。秋が近づいてきているこの季節は暖かなコートがないと身にこたえる。
体を温めるためにシークは歩く速度を上げる。この季節に体を温めるには動くのが一番だ。
だから鉱山での仕事も、夏よりは冬の方がまだましだった。
乾燥したクラウドナインの夏でも、坑道の中はじっとり熱くなる。そしてその中でつるはしを振るうと息苦しさとめまいさえ感じる。
実際に熱中症になるものも多いし、それが原因で死ぬものさえいる。
しかし、反対に寒ければ動いている間、つるはしを振るっている間は少なくとも寒くはならない。とはいえ、真冬の岩でできた坑道は冷たいし、手はかじかむ。それでも動いていれば幾分か暖かいというだけの話。
シークは道をすいすいと歩く。
クラウドナインで生まれ育ったシークにとって街の南側はかって知ったる道だ。
いくつもの一つ一つが狭苦しい同じようなアパートの並ぶ、分かりにくい道が多い。ここに来たばかりの者は迷うことが多い。
外から来たものにはクラウドナインは地下も地上も迷宮のようだ。と文句を言う者もいる。
道を覚えるのにはこつがいる。主に途中にある看板を出した店を目印に進んでいく。
店は大体が酒と食事をふるまう、同じような味と酒を提供する店だ。
陸の孤島のクラウドナインでは当然農業は行われていない。外からポータルゲートを通じて食物が運ばれてくる。だから食べ物は高いし、そこまで新鮮ではない。
鉱夫は大体酒を飲むし、それにつける食べ物は味の濃いものになりがちだ。それは素材の味をごまかすためであり、酒の肴としての味付けでもある。
同じような店。だがそれぞれが出している看板の名は大きく異なる。
名前ではくつけしようとして、凝った名前にするものもあれば、ただシンプルに店の商品を文字った名前など色々だ。
どの店も他の店と、名前ばかりでも差別化しようとしている。
そのおかげで、店の看板を良く知っていれば、この街で迷うことはない。
シークは店を出ると、今度は街の南側を目指す。
行く場所は街の最南端に近い場所だ。
クラウドナインの南端と北端には飛行艇がとまる空港がある。
そして北端に行くほど、家賃があがる。高級そうなビルの住宅街が並ぶ。南端に行くほど、ぼろぼろのアパートが目立つ。
そして端にいけばいくほど、建物の高さが低くなる。
迷宮のような道を歩き、たどりついたのは、建物の間にひっそりとある、公園だ。都市計画として作られた公園だが、ここで遊ぶ子供はいない。
坑道では小回りの利く子供は重要な労働力であり、子供たちはある程度育つと、すぐに鉱山に潜るようになる。
遊んでいられるような暇はない。
そして多くの子供は貧困のうちに死んでいくことも多い。生き残れるのはごくまれだ。シークはその稀な部類に属する。
生まれてから一度も外の世界に出たことがない。
死亡率の高い仕事。それでもこの街に人が多いのは、他の都市から流入するものが多いからだ。
魔力クリスタルの採掘を行う鉱夫たちの賃金は歩合制だ。
魔力クリスタルは岩の間に育つこともあり、多くの鉱夫たちがとるのはこういう魔力クリスタルが不純物の中に混じっている姿だ。
だが、ごくまれに、巨大な純粋な魔力クリスタルだけでできた塊が見つかる。
もしそれを掘り当てられたなら、その鉱夫は一獲千金を狙える。
そんな夢のような話を聞いてくる人が後を絶たない。
だがそんな夢をもつものたちはもちろん、もともと貧乏だ。
彼らが流れ着き、住むことになるのが、クラウドナインの南側なのである。
シークが訪れたその公園に遊び道具はなく、家賃さえ払えないものたちの行き着く先になっている。
つまり、ホームレスが大勢いるのである。青いビニールシートと、段ボールで作られた家が並ぶ。
シークは意外と広い公園を、青いかりそめの家の間をぬって進む。してたどり着いたのは、他のテントとは異なるものだった。
普通のテントより一回り大きく、円筒形だった。
そして意外としっかりとしている家の枠にかけられているのは赤地の布だ。
温かみのある赤色は、雨風にうたれて色落ちしている。だが、それが逆になじんだ靴のような安心感を与える。
シークは赤いテントの前で立ち止まり、中に声をかける。
「アリオク。いるか?」
しばらくして、中からアリオクが顔を出した。
「シーク、か。なんのようだ?」
アリオクが警戒するように言う。
「酒でも飲まないか?あの鑑定士からもらった酒が、思ったよりいいものだったんだ。俺一人で飲むのはもったいない」
シークは片手に持つ酒瓶をかかげる。
「…いい酒のようだな」
アリオクはしばらくの沈黙。おそらく逡巡ののちに、シークを家に招き入れた。
テントの入り口には鈴や、ビーズを連ねたひもがいくつもかかっている。
それはおそらく装飾と同時に、誰か他の人間が入ってきたら分かるようにとの防犯目的だと分かる。
中は広く、意外と暖かい。ぬくもりのある赤い布に囲まれているのでそう感じるのかもしれない。
中心に丸い木のテーブルが置かれている。その荒っぽい作りと、何の塗装もされていないことから、おそらく手作りのものなのではないかとシークは思う。
その上に魔法灯のランタンが置かれていて、あたりを明るいオレンジ色に染めている。
地面には色あせた絨毯がひかれている。それは先住民の織物ではないように見える。どこかから中古で引き取ってきたのだろう。新品のものを買うお金はないだろうと予想できたし、絨毯はすり切れて、もとの模様もよくわからないものになっている。
テーブルのわきには寝袋がぞんざいに置かれている。別にそれは不思議ではない。ホームレスの鉱夫たちにベッドなどというものを使えるものは少ない。
このアリオクのテントは、先住民たちが、魔獣狩りをするときに使う移動用のテントらしい。
鉱山で働く先住民は少なくない。
だがそうしないものたちからは、アリオクのような鉱山で働くことを選んだものへの侮蔑があるという。
先住民にとってクラウドナインは聖地だった。それを後から来たものたちに奪われたのだ。
だがシークはアリオクが一緒の組で働いてくれているのは助かる。
アリオクは先住民のシャーマンの血筋の者だという。
魔力クリスタルのある場所が大体わかる。クリスタルのある場所からは音がするのだ。とアリオクは一度シークに教えてくれた。
それは魔眼に近い能力で、魔力を音として認知するもの、らしい。
「どうして、ここに来た?」
アリオクがシークに聞く。
「レオーネの弔いに飲もうかと思って」
シークが酒瓶を差し出すと、アリオクはあきらめたようにため息をつく。テントのわきの骨組みにひっかけられるように収納されたコップを二つ取る。そして簡素なテーブルに乗せる。
木をくりぬいて彫られたコップのようだ。やはりアリオクの手作りなのかもしれない。
シークはアリオクと自分の分の酒を注ぎ、一口、口に含む。
めったに飲めない高級な酒だ。そんなにがぶがぶと飲むものではない。
シークはそんなに酒が得意ではない。酒に弱いわけではないが、そんなに好きになれないのだ。酒におぼれて身を崩すものが多い、そうした現実を見てきたためかもしれない。
だが今日はレオーネの死を悼んで飲むことにした。
現実を忘れたいときはきっと誰にだってある。
「レオーネは、どうしてあんなに金が欲しかったんだろうな」
シークは酒を飲みつつぽつりという。
何か言わないと、アリオクは貝のように黙ったままだ。アリオクは普段も口数が少ない。何か、口に出したくない、複雑な感情がその心の中にあるからかもしれない。
「富と名声は誰だってほしいものだ」
アリオクが短く答える。
「でも、命にはかえられないだろう?」
シークはあんなにお金に執着して、そのせいで死んでしまったレオーネが哀れな気がした。
レオーネはこのクラウドナインの生まれではない。どこかほかの地で、平和に暮らす方法だってあったはずだ。
「命あって物種だが、命より大切なものは存在するだろう」
アリオクは無表情に言う。
「お金がそういうものだとは思いたくないな」
シークは返す。
「シークは、何を悩んでいるんだ?」
「なぜ、悩んでいるのだと思うんだ?」
「人は死者を語るとき。自分のことを振り返っているものだ」
アリオクはいつもそうだ。格言が好きで。まだシークと年齢は同じくらい。若い身だと思うのだが。まるで老人のように語る。
今は追放されているが、先住民のなかでは先導者のような立場にいたのかもしれないとシークは思う。
そしてしぶい顔をしながらも、こうしてよくシークの相談にのってくれる。実は面倒見がいい。それなりに長い付き合いだ。アリオクのことならシークも少しは分かる。
「それは、また先住民の格言、か?」
「いや、私がいま作ったものだ」
アリオクが真顔で言うので、シークは飲みかけていた酒にむせてしまう。
冗談を言っているのか否か。シークは反応に困る。
「…そうかもしれないけどな。あいつはあんなに何かを願って地下にもぐっていた。どうしてもカネが欲しいという願望があった。俺はそういうものを持ち合わせていないのに。俺には願いがない。目標もない。なのにあいつより長く生き延びてしまった」
「確かにお前はぼーっとしているように見える。それでも。だからこそお前は長く生き延びているのかもしれないだろう。アナジは願いに反応する。強い願望を持たないからこそ、アナジに取り込まれることが少ない」
「そうだな。アリオクが今日言っていた通りだ。俺は人生に迷っているのかもな。導き手なのに」
「だから、私はお前を選んだんだ」
アリオクが言ったことは嘘には聞こえなかった。
アリオクはシャーマンの血筋だ。魔力を音で聞く力を持つ。だからアリオクは組を選ぶとき。組む導き手を選ぶことができた。
坑道で迷うことない導き手は少なく。それでもその少ない中でアリオクがシークを選んだのだ。
アリオクが音で魔力を聞き分けて、進む。どんなに細い道に入っても導き手がいれば迷子になることはない。だから魔の耳をもつアリオクは導き手のシークと組んでいるのだ。
「アリオクの、魔の耳はかなり希少なんだろう?」
「そう、だな。魔の耳、目を持つものは一族の中でも少ない。そういったものはトーテムを持たぬが、一族の中では大切にされる。大概は一族を導くものとして育てられる」
「先住民にとって、クラウドナインの聖地である、ことは知っている。だが中にはクラウドナインに移住するものもいるだろう?それはどうしてなんだ?」
「それは、竜の予言がかかわっている。竜はこう言った。冬至ではない日、クラウドナインに光の祝福が下りるとき。それは救世主の現れる前触れである、と。魔力クリスタルの融合炉のうえにかかる白いカーテンこそがそれである、とするもの。虹の輝きを持たぬゆえに予言に書かれた意味ではないとするものがいる」
「先住民の間で意見が分かれているということか」
「それでも一族のなかでは白いオーロラは予言に記されたものではないという意見が主流だ。クラウドナインに移住したものは追放者とみなされる」
「アリオクも、白いオーロラが、神の印だと思っているのか?」
「いいや。俺は違うと思う」
「それなら、一族を追放されてまで、アリオクはなぜ、坑道に潜るんだ?魔の耳は一族の導き手なんだろう?」
シークはずっと同じ組のアリオクに聞けなかったことを尋ねる。酒を飲んだ勢いというやつだ。
「私は、この地がどんな未来を進むのか。この地に今住まうものにその資格があるのか、それが知りたい」
アリオクは無表情に言う。
シークはアリオクの顔を見返す。感情が出ていないと思った顔に何かのさざ波がたった気がしたからだ。
おそらく、アリオクが嘘をついていないのだろうとシークは分かりなんとなく安心した。
そこでそれ以上は聞かなかった。この地に今住まうものにその資格があるのか、どうやって、それを知るつもりなのかを。
「なぜいまさら聞く?」
アリオクが今度は質問する。
「レオーネとも酒を飲んで、話せたらよかったのかもしれないなと思ったんだ」
だれがいつ死ぬか分からないから。という最後の言葉はシークから発されることはなかった。同じ鉱夫のアリオクになら言わなくても通じることだ。
「レオーネの、死だけじゃないな。何があった?」
今度はアリオクが踏み込む番だ。シエラにもアリオクにも見透かされてしまった。自分が顔にでる人間なのだとシークは痛感する。
しかも本人はそうでもないと思っていても、周りからはそう見えないらしい。
「レオーネがアナジに願った金塊は、ただの金色の塗装をした岩だった」
シークは言う。その声にはやるせなさがにじみ出ている。
「それは、そうだ。そんなにうまい話はないだろう」
アリオクが言う。アリオクの言う通りそれはごく当然のことだ。普通幸せは突然降ってわくものではない。行動と努力と積み重ねが必要だ。
「分かっている。ただ、レオーネはあれだけ富がほしくて、でも手に入れられるとは完全に信じ切ることができていなかったんだな、と思ったんだ。あいつもきっと俺みたいに、未来が本当はないことを分かってしまっていたんだな」
レオーネは魔法の風に金を願った。それが具現化したということはレオーネの心からの願いだったのだろう。
だがその金はきっと偽物で、自分の手には本物は手に入らないのだ、と心のどこかで思っていたのだ。それを魔法の風は読み取った。
シークも同じだ。いつかシエラを引き取ってともに暮らしたいと願う。だがその願いが本当に叶うとは思えない。
「希望を持ちながらも、それが叶うことがないと心のどこかであきらめてしまっている。そういうものに星はつかめないという」
アリオクが奇妙な言葉を口にする。
「星をつかむ?魔力クリスタルを先住民は星、と呼んでいたな」
シークはコップの中の酒をちびりと飲んだ。アリオクが時に話してくれる先住民の物語を思い出す。
アリオクは、先住民の口伝の物語に詳しいのだ。シークはその物語が珍しくて聞くのが楽しかった。それらの物語には先住民たちの思想が反映されている。
文字も読めないシークには聞く物語が面白く感じられた。
「あきらめるものには未来がないという先住民に伝わる話だ」
アリオクが言った言葉にシークは興味を持った。
「星をつかむ話、か。興味があるな。どんな話だ?」
シークは酒を飲む手をとめて聞く。
「星をつかむもの、という寓話だ」
アリオクが話し始める。
「ある日、われらのうちに、神から託宣を賜った三人の兄弟が現れた。彼らは聖地、クラウドナインの大地に潜り、星を探すように、と神が命じた」
「先住民の神はたしか魔獣だったな。多くのものが精霊を信仰するなかで、珍しいよな。神が託宣をしたってことは、その魔獣は言葉を話せたのか?」
シークが今まで聞いた話から推測する。
「そうだ。この時の神、は魔獣でも人族よりはるかに上の知能と力をもつ、竜種だったという。彼らは人の言葉を話し、先住民たちからは神とあがめられていた。たまたまこの地によった竜を我々の先祖は歓待した。そのお返しとして、神が我々にクラウドナインの英知を授けた」
「竜種、もういないと言われている失われし種族、か。本当にあった話なのか?ただの作り話ではなくてか?竜種の存在については議論されているだろう?彼らはほとんどひととかかわらずにいたがゆえに存在が確認できない、というものと、実際には存在しなかったのだというものがいるだろう」
「物語は脚色されているが、実際にあったことだろうと言われている。彼らは人族より賢い。おそらく今も滅びることなくどこかに隠れ暮らしているのだろう」
アリオクが確信しているように言う。
「そして竜種の神託により一族の長の息子たち、三兄弟がクラウドナインの地下に潜った。彼らにはそれぞれ魔法の灯りが与えられた」
アリオクが話を続ける。
「魔法の灯り?今使われている魔法のランタンと同じものか?」
シークが興味を持つ。鉱夫たちは、それぞれ魔法の発動光を放つ特殊なランタンを与えられる。火と異なり引火する可能性は低い。そして魔力クリスタルを呼応させて光らせる。そのうえアナジが吹くと警告するように揺らめく魔法の炎。
坑夫にはなくてはならないものだ。
「いいや、この灯りには竜の加護が加えられていた。竜は言った。地下は暗くて深い。だが希望を持ち続ける限り、この灯りは消えることはない。それは持ち主の希望を具現化した灯りだったと言われている」
「心の在り方に反応する灯り、か。今の魔法技術でもそんなものは聞いたことがない」
シークが自分の乏しい魔具の知識をもってしても、その魔具がいままでにないものだと分かる。
「竜種は人より魔力も多く魔法にたけていたというからだろう。竜の宝珠と呼ばれる魔具は国宝級の魔具とされることが多い。そして太古に作られていながら、未だに使えるものもあるという」
アリオクが魔具に詳しくないシークに語る。
「国宝か、すごい魔具なんだな。あまり聞いたことがないが」
シークは言う。そんなに強力な魔具なら、もっと有名でもおかしくないはずだ。
「竜の規格で作られているため、人間の魔力では使えないものが多いと聞く」
アリオクが補足した。
「それはなんというか、魔具としての意味がない気がするな。そんなものを、魔具が普及していなかった昔に作れるなら、竜種は確かに人間より優れているのかもしれないな」
「そして三兄弟は地下へ降りた。地下には自らの持つ魔法の明かり以外はなく、完全な暗闇を彼らは歩かなければならなかった。常人なら気がふれそうな暗闇の中を歩いていく。竜は彼らに言った。自らの心の声に耳を澄まし、従え。そうすれば星のありかが分かるだろう、と」
「心の声?つまり、アリオクの持つ魔聴の力と同じもの、か?」
シークは考える。
「そうだろう。先住民の中でも魔法の耳があるものは彼らの血を引いているのだと言われている」
「アリオクの先祖ということか」
「三兄弟が歩き進むと、目の前に光が灯った。そして夢のようなまほろのような人々が現れた。彼らはかつて死んだ村のものたちだった。一番上の兄はその顔のなつかしさにひかれ、その光を追いかけた。現在の希望を忘れ、過去を懐かしんだ。そして希望の光は消えた。心の声を忘れた彼は死者を追いかけて道を失い地下から出ることなく死んだのだという」
「それは失ったものを追いかけてはいけない、という意味合いか?」
シークがこの物語が寓話なのだ、と言われたことを思いだして聞く。
「そうだ。われわれの間では、失ったものを追いかけることは逃げることと同じだった。現実にあるものを見据え進むことがほこりなのだ。われわれは皆戦士だ。現実と戦うものこそが強者なのだから」
アリオクが先住民の思想を説明する。
「なんというか、いつも思っていたけど、アリオク達先住民は頑固でストイックだな」
シークも多くの先住民に会ったことはない。だから全体がそうだと断言はできない。だがアリオクから聞いた物語の数々から彼らの思想の根源に戦士たれ、という強い意志とかたくなさを感じる。
「そして、残りの二人兄弟が、道を進むと、巨大な魔獣が現れた。そのあまりの巨大さに、二番目の兄は恐れおののき、逃げ出した。希望を持って戦うのではなく、意思を放棄して逃げ出した。そして彼の灯りが消えて彼も地の底で死んだという」
「魔獣は神なのではなかったのか?戦わずに逃げるのが正解なのでは?」
シークは先住民の信仰に矛盾を感じて聞く。
「魔獣は神であり、獲物であり、捕食者でもある。彼らと戦うことは戦士にとっての誉れであり、彼らの血も肉も骨も彼らの与える恵みでもある。魔獣と戦い、その強き魂を身に宿すのが我々の魔法なのだ」
アリオクが答えてくれる。
「そうだったのか。確かに先住民は魔獣の魂をその身に降ろす、血筋の魔法の使い手だったな。同じ魔獣を直接使役する魔獣使いとは考え方が違うんだな。彼らは魔獣と家族の様な絆を持つと聞く」
「そして、三兄弟の末っ子が巨大な魔物にひるまずに、剣を抜くと、魔獣は幻のように消え去った。末っ子は暗闇の中、自らの心の声に耳を傾け続け、ようやく星のもとにたどり着いたという。これが星をつかむ者の説話だ」
アリオクが締めくくる。
「昔話としては面白いが、よくわからない話だな」
シークは迷った末にそういう感想を言う。あまり批判するとアリオクの気を悪くするかもしれないと思ったからだ。
だがせっかくアリオクがこうして話してくれたのだから、何か感想を言うべきだと思った。
「つまり、現実に立ち向かい、絶望の中でも自らの声に耳を傾け希望を持ち続けることができるものが未来を勝ち取れる、ということだ」
アリオクが話をまとめる。
「説教臭いな、そりゃ」
シークは正直に言う。それにアリオクが笑い声をあげる。
「現実がつらいのか?」
アリオクが聞く。
「そうだな。俺は三兄弟の末っ子みたいにはできない。ずっとあきらめてきた。先がないことが分かっているからな。きっとレオーネと同じで、希望を信じているふりをして、実は無理だろうと思っている」
だから鉱夫たちの多くが酒におぼれる。
「なら、これを持っていくといい」
アリオクはテーブルの上に、ビニールの袋を置く。中には白い粉末が入っている。
シークにもそれが砂糖や塩ではないのが分かった。
「これは、スリーパーか」
シークは袋を手に取り言う。
スリーパーは魔法の麻薬の一種だ。
過去では魔力クリスタルの採掘によく使われた。
気分を高揚させるのではなく、落ち着かせる。使用者はぼーっとして意識がはっきりしなくなる。
そのおかげで考えることがなくなり、アナジが吹いても魔法に巻き込まれずに済む。
そのため、以前は坑夫たちの間に広まっていた。
しかし、それの乱用により意思のない生きる屍のようになってしまうものが多く出た。そのため現在は使用が禁止されている。
「神の薬だ。先住民の間では本当に苦しいことがあったとき、悩みを消してくれる薬とされている」
アリオクが麻薬、という言葉を嫌い、神の薬と言い換える。
「ありがとう。アリオク。これはもらっておく」
シークは麻薬の入った袋を受け取る。
アリオクはおそらく先住民のつてでこの薬を手に入れたのだろう。彼らには独自のネットワークがある。
麻薬は売れば大金になる。それを無料でシークに譲ってくれたのだ。
「戦士は現実から逃げないんじゃなかったのか?」
シークは麻薬が先住民の思想と相いれないような気がして聞く。
「竜が人に与えた薬だ。戦士が休息したいときに使えばいいと竜は言った。強い悲しみや苦しみにあるものが一度立ち止まって休むことができるようにと。休むことは逃げることではない、と」
「竜は意外と親切なのかもしれないな」
シークは竜種が、この頑固に戦う先住民たちが休めるように気にかけてこの薬を渡した気がした。遠く昔の異なる種族、竜種もそう考えると意外と先住民たちを気にかけて気を回したのかもしれないと思った。そう考えると竜種も親しみやすい印象を与える。
「さあ、もう帰るといい。お前は酒に強くないだろう」
アリオクが有無を言わさず、酒の栓をしめる。
「まだ大丈夫だ」
シークは言い張る。
「酒に酔ったお前の相手するのが面倒だ。早く帰れ」
アリオクはシークに言いわたし、シークをテントの外へ押し出す。
シークとアリオクは長い付き合いだ。だからアリオクはシークが酒に弱くはないが強くはないことを良く知っている。
迷惑だと言いつつアリオクは面倒見がいい。
そして、シークは初めてアリオクの本音を聞いた気がした。
クラウドナインという土地の未来を知りたい、ということ。
それをどうやって知ろうとしているのか?までは聞けなかったな。と、シークはアリオクのテントから出てから思う。
日はすっかり暮れて秋風が冷たい。だがシークは自分の家に戻るのは気が乗らなかった。
足早に道を歩いていく。
行き着いた先は、繁華道の果てにある、シエラの娼館だ。
シークはひとめでもいいから、シエラと会いたい気分だった。
ただ、会って話がしたい。シエラのうたを聞きたい。
しかし、彼女に自由な時間はほとんどない。娼館の一室にシエラはいつもいる。
今年は、シエラを連れて、カーニバルに行きたいな。とシークは強く思う。今は秋だが、冬なんてすぐそこだ。
冬のカーニバルはこのクラウドナイン最大のイベントだ。冬至の日に、魔獣をかたどった山車が練り歩く。
シークは祭りに興味はないが、シエラに話して聞かせるためにカーニバルの街を歩いた。
そんなことをしようと思えるのも、シエラのおかげだ。
カーニバルにともに行きたいと願う、そんな願いもシエラと結びついている。
シークはシエラと初めて会ったこの日のことを思いだしながら、アリオクの語った希望と絶望と勇気の話を思い出す。
シエラには絶望しかない世界しかなかった。だが彼女は暗闇の中でも希望の灯火を捨てなかった。だから、あれほどに歌う力を身に着けた。
きっと暗闇はいつまでも続くようで、先は見えなくとも、シエラは進み続けるだろう。
全てを諦めてしまったシークとは反対に。
だがシエラのおかげで、シークは未来に淡い期待を抱くようになった。
シエラとともに過ごす未来があったらいい、と。
自分は果たしてどうしたいのだろうか?シークは自分の心が分からなかった。
ずっと迷子みたいに感じていた。この人生の迷宮にとらわれているようだ。
出口を見つける希望もなく。ただ過ぎていく毎日に摩耗して。自分が向かいたい先も自分の心さえよくわからなくなっている。
シークはため息をついて空を見上げた。あの白いオーロラが街を覆い隠すように神秘的なベールをかぶせていた。
導きの星は、この都市の空では見れない。
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