3章10話 坑夫の日常
シオンは闇の中を落ちていった。
そして、すとん、と何かにはまった気がした。
視界が取り戻される。
初めに目に映ったのは青白く瞬く星のような輝き。
だがそれはやけに近くで輝いているようで。手を伸ばせば届きそうに感じた。
よく観察すると、それは星ではない。びっしりと祈りのように呪いのように刻まれたルーンの文字。支えというルーンの言葉。シオンにはなぜかそれが分かった。
「シーク。またぼんやりしているのか。そろそろ仕事に戻るぞ」
誰かの声。そしてシオンの視界が動かしていないのに動く。
「分かった。今行く」
そしてシオンのものではない声が自分の中から響く。
それでシオンはやっと自分が他人の意識を通して何かを見ているのだと分かる。
その場所は薄暗くほとんど人の輪郭しか見えない。天井のルーンの言葉。そして足元にある、不思議な色合いの炎を揺らめかせる魔具だけが光源だ。
天井は低く。身をかがめないと通れないほど。閉塞感にシオンは息苦しいような感覚を抱く。
そんな狭い場所で、シオンが見ている体の持ち主は、つるはしをふるう。
シークと呼ばれていた。つまりこれはシーク・アスターの記憶なのだろう。シオンが眼鏡で心を読み解いたからこうなったのかもしれない。
だが古物商はこんなことが起きるとは一言も言わなかった。誰かの行動を追体験する。そんなことができる魔具。その希少さは計り知れない。
狭い坑道に、いるのはシークを含めて三人。
天井が低いから身をかがめて。つるはしをふるう。
金属に金属を当てるような。コーンコーンという音が響く。それは、その場にいる彼らだけが出しているわけではない。
遠く、あちこちの方角からその音が響く。重なり合い響く音はリズムのある音楽のようにも感じられる。
だが美しい音色に反して、岩を砕くのは過酷な仕事だ。
つるはしをふるうたびに柄の魔方陣が輝く。それはそのつるはし自体が魔具なのだと分かる。とはいってもそう高価なものではない。岩を砕くのにわずかな力添えをするだけで。ほとんど身体強化抜きの身体能力にたよっている。
そして、つるはしは坑夫と認められて初めに渡されるものであり。それでありながら自分でお金を払って買うものだ。中には借金までして買うものもいる。
それがないと採掘ができない。そして初めにお金をかけさせておくことで、簡単に坑夫をやめられないようにする、そんな縛りでもある。
そんなことがシオンの意識下に浮かび上がる。
まるで誰かの考え事をなぞるように。
シオンはここが坑道であり、かつてクラウドナインが魔力クリスタルの生産地だったころの時代だと分かる。
シオンの趣味は読書だ。昔のクラウドナインのことも小説の中でだけなら知っている。
シオンが予想したように、視界は固定されていて。シオンは自分がいるように感じる体を動かすことができない。
シークと、他二人の坑夫しかその場にはいない。
彼らはもくもくと岩盤を削り続ける。話しながらランニングするのが難しいように。この過酷な労働の中わざわざしゃべろうという気も起きなかいようだ。
だが、ふいに一人の坑夫が警告するような鋭い声を上げる。
「アナジだ!アナジの吹く音がする。この場を逃げるぞ」
その人物はそう警告だけして、自分はつるはしをさっと背中に結わいて走り出す。
一目散にわき目もふらずに。まるで巨大な怪獣から逃れるように。
見た目には周囲に何の変化もない。
だが警告を聞いてシークともう一人の坑夫も慌てて立ち上がり、つるはしを背負う。シークが足元を見ると、天井の輝き以外では唯一の光源である魔法の灯りが風にたなびくように揺れている。
アナジに間違いない。
アリオクのことは信用しているが、念のための確認だ。シークは素早く魔法の灯りも手に取り、走り始める。
アリオク、というのが、先に警告をあげて逃げていった坑夫の名らしいとシオンは把握する。
もう一人の坑夫はわずかに出遅れた。
すでに履きつぶされている靴の紐が切れたのだ。だから坑道に潜るときはたとえお金がなくとも、きちんとした靴を履くべきだと言ったのに。シークはまだ新米のその坑夫におしえたことを思い出す。まだシークが名を覚えたばかりの新米坑夫レオーネのことを。
だが、すべてはもう遅い。シークは後ろを振り返らずに走る。自分の身だけを守る自分の身勝手さを知り、その気持ちをかみ殺す。
「やったぜ!」
後ろでその新米の坑夫の歓声が聞こえて。シークは思わず背後を振り返る。
レオーネの周囲には金と変わった岩がごろごろと転がっている。レオーネは重そうなそれを喜び勇んで運ぼうとしていた。
アナジ。クリスタルの産地に吹く魔法の風。
すべての願いも思いも等しくかなえる力の風。魔力とはすなわち願いの対価。それがあふれる地でのみ起きる現象。
金の岩もレオーネがそう願ったのを叶えたから。
それだけなら夢のような現象だ。
だが人はいい願いだけを持てるわけではない。必ず悪い予感や予想もしてしまうもの。
金をとろうとしていたレオーネは思ってしまったのだろう。重い金を持ち上げようとするこの瞬間。天井が崩れれば自分は死ぬ。
それはあまりにもありえそうな想像で。簡単に思い浮かんでしまう。
そして地鳴りとともに天井が崩れてくる。
「シーク!先導をしろ!走れ!俺やお前まで巻き込まれる!」
アリオクが立ち止まったシークに叫ぶように言う。
最後にはレオーネの恐怖に染まる顔しか見えず。
シークは後ろを見るのをやめて、すぐに走り出す。アリオクを追い越して、その先へ。レオーネはもう助からない。それだけは確かだった。
魔法が使えれば何か違うのかもしれない。だが自分には魔法を学ぶだけのカネはない。奇跡たる魔法の力があってもなお、あるいはそれゆえに世界は不平等で。
自分の無力さをかみしめながらシークは走る。
そして、地響きが後ろから追いかけてくる。やっとそれが止んだころにはシークの中のシオンには自分がどこにいるのか、まったくわからなくなっている。
暗い狭い場所。自分がどこにいるのかわからなくなる感覚。それはシオンに恐怖を感じさせるのに十分だった。
それはシークの思いと共鳴する。自分が息苦しい人生に閉じ込められているような感覚。
先も見えず、進む場所もわからない。暗い未来を歩き続けているような。
「もうアナジの範囲外だ。ここまで走れば安全だろう」
アリオクの目の前を先導するように走っていたシークが立ち止まる。シークが振り向くとアリオクがうなずく。これで危険は去ったのだ、と。理解してシークは安堵する。だが自分だけ助かってしまった。罪悪感が心をしめる。
「お前が先導しなければ、俺まで埋まっていた。そのことも心しておけ」
淡々とした声音。死が坑夫の日常なのだとその無表情に近い顔は語っている。だがそれでもシークを気遣う言葉をそえた。
シークも、自分にはどうしようもなかったのだ、と理解はできる。
だがシークの顔を読み取ったアリオクがため息をつく。その顔は厳しく口をひきむすんでいるがシークは彼が心配しているのを感じ取る。それだけ長い付き合いで。ずっと同じ組で組んできたから。
「またその顔か」
「どんな、顔だ?こんなこと別にいつものことだろう」
「自覚がないならかまわん。俺から見ると今にも泣きそうな顔をしているがな」
「そりゃ泣きたくもなるさ。明日には自分がああなるのかもしれない」
「別におせっかいを焼く気はない。だがそうして自分をわかろうとしないのはよくないことだと覚えておけ」
「それも先住民の教え、か?」
「そうだ。自分が何をしたいのか知ること。願いを持つことが重要だ。それが未来への一歩になる」
「願いが叶ってしまう魔法の風が吹くこの場所で。願いを持つなんてかえって危険だ」
「迷子になるのは心の中だけでいい。今は先導してくれ。三人組の一人欠けた報告が必要だ。一度上に戻るか」
「…とりあえず、あいつの生存を確認するべきだ」
シークが言い、その顔から何を読み取ったのか、アリオクがため息をつく。
「あれで生きていることはまずあるまい」
「だが、確認の義務がある。俺たちの組の一員なんだから」
「仕方がないやつだ。なら行くぞ。道案内はできるな?」
「大丈夫だ」
シークがいともたやすいことであるかのように言う。
だがそれを見ているシオンは驚く。先ほどからシークたちは方向も定めずにとにかく走っていた。入り組んだこの坑道で、それは致命的に思えた。つまり帰り道が分からなくなる、ということ。
昔の坑道は深く入り組んでいて。どこかに迷い込んでそのまま死んでしまう坑夫もいたとシオンは聞いたことがある。
当時はリンクがなく。立体の地図もない。坑道がどんどん拡張されるためにそういうこともあったのだと。
だが実際にシークの頭の中には複雑な地図が描かれている。意識をトレースするシオンにはそれが分かる。
シークは元来た道を通り直し、暗い道を案内していく。
「なぜ、そう道に迷わぬくせに、迷子のような顔をするのか。俺には理解できない」
アリオクがいい。シークは自分が一体どんな顔をしているのか、よくわからない。だが普段無口で無感情を通すアリオクがそういうのだ。おそらくそうなのだろうと思う。
「俺には俺がどんな顔をしているのかなんてわからないからな」
シークが反論する。だがシークは自分のほうが分が悪いと知っている。大体の知人に顔に出やすいやつだと言われる。だがシークとしては自分がどんな顔をしているのかわからないのでいつもなんといえばいいのかわからなくなる。
「人生の迷子。シークを端的に表すならそういうことなのだろう」
アリオクが言う。アリオクは先住民のシャーマンのような存在らしい。時々意味が分かるような、わからないような格言のようなことを口にする。
シークは黙って先導する。
そして、当然のように、元居た場所にたどり着く。
彼らがいた通路は大きな岩のがれきにおおわれている。
血の一滴も、体の一部さえ見えない。押しつぶされて死んだのであろう。だがこれでは確認すらできない。遺体の回収も不可能だ。
「確認は済んだか?」
アリオクが冷たく言う。だが実際には死を目前にして、ひるむシークを叱咤しているのだとシークは理解する。
「せめて弔いをする」
シークが首を振り、手に持つ魔法灯のランタンをかざす。
そしてそれを上下に振りながら、その灯りのボタンを押し、灯りを点滅させる。
天井の近づぎる星がそれとともに瞬く。
そのランタンは単なる灯りだけではない。魔力クリスタルの有無を確認するための手段だ。周囲の魔力を呼応させる魔法の灯り。
そのランタンをかざせば、岩のうちの魔力クリスタルの含有量が分かる。その魔力の多さに応じてクリスタルが光を放つのだ。
「亡き者に星の導を。冥府の闇にも迷わぬように。灯りを頼りに世界の終わりなき輪に戻れるように」
シークがランタンを点滅させながら、つぶやくように言う。これは坑夫に伝わる弔い。死に対しては簡素すぎる言葉。
「気が済んだか?」
冷たく聞こえるアリオクの言葉。アリオクはいつも無表情で近づきがたい。彼は先住民の出だ。かつて先住民の聖地だったクラウドナインを奪われて。先住民の多くはシークたち移民を嫌っていると聞く。アリオクそれなのに坑夫として働いている。長く同じ組でいるシークもその事情は知らない。だがクラウドナインを奪った自分たちを憎んでいるのだろう。だから彼らの一人が死んでも心動かされることがないのかもしれない。
しばしの瞑目ののち、シークは目を開いてうなずく。
「とりあえずここから地上に一度戻る」
「分かった」
シークは今度はアリオクの言葉に従う。
だが、一度立ち止まる。坑道の隅にきらめく光を見たからだ。見慣れた魔法の発動光ではない。金色の輝き。
シークは一度立ち止まり、それを手に拾い上げる。
それは小さなこぶし大の岩だ。坑道には珍しくもない。だがそれは間違いなく金色に輝いている。アナジが顕現させた死んだ坑夫レオーネが願った、金塊だ。
シークは考えたのちにそれをポケットにすべりこませる。これは別に魔力クリスタルではない。だから坑道の出口で取り上げられることもないだろう。
「行くぞ。俺一人では戻れん」
アリオクがずいぶん先の道から声をかける。
「今、行く」
シークは答えてアリオクに追いつき、先導する。
シークが複雑な道を正確にたどる。
だんだんと、何人かの坑夫を見るようになる。二人だけで歩くアリオクとシークを見るものもいる。坑夫は基本的に三人の組で作られる。だから一人欠けているシークとアリオクを見れば何があったのか大体は想像がつく。
だが大概の坑夫が何かに縋りつくような必死さで岩盤を砕き続ける。そういうものは彼らのほうを見もしない。
やがて広い道に出る。
ゆるくカーブした、太い道。
昔、土魔法の使い手が魔法でくりぬいた通路だ。
ここだけ滑らかな断面を見せる岩肌。これだけの通路を作るのには魔法を使ってもなお何年もかかっている。
だが土魔法を使って作られた道は、何層にもわたる階層につき一つずつ。大きな円を描いて作られた道にはトロッコが通る線路がひかれている。
土魔法は採掘に便利に思えるが、魔法を使うと魔力クリスタルが変質して、属性を得てしまう。偏った属性の魔力クリスタルを無属性にするのには、手間と費用が掛かる、らしい。
そのためクリスタルは魔法を極力使わずにつるはしで採掘される。
手動のトロッコを人が推していく。中に積まれているのはクリスタルがほとんど含有されていない石。
そんな石も、選別され、細かく砕かれ。魔力クリスタルの部分だけを取り除く作業が待っている。
車輪がついているとはいえ重いトロッコを数人がかりで押していく。誰かが力を抜くとトロッコが倒れてくる事故だってある。坑道には死の可能性があふれている。
だから、今日仲間がいなくなったのも。いつものこと。シークは自分に言い聞かせる。
まだ新米の坑夫だった。何が何でも魔力クリスタルを掘り当てる。そんな一獲千金の夢をもってここに来た、ありふれた人間。
ここで生まれ育ったシークには理解しがたいもの。
シークはここで生まれて。坑夫の仕事しかしたことがない。そんな自分にほかの場所に行く未来なんてない。
彼らはそれなのに、自由だったのに。わざわざこの都市に来て。夢を見る者たちの気持ちがしれなかった。あのレオーネのように死が隣り合わせの仕事。
シークは坑夫を続けている。だがいつか魔力クリスタルを引き当てるなんて信じられない。
だがアリオクの言う通りなのかもしれない。
何も願わない自分には何もかなえられないのだ。
シークはそんなことを考えながら、円環の大通りのわきの道を歩く。
石を積んだトロッコが通るたびに、わきによけて、立ち止まる。
そうしてゆっくりと進んでいくと、天井がひときわ高くに見える場所につく。
天井の先まで大きく円筒形にくりぬかれていて。比較的広い空洞がその周囲にあり。
何人かの坑夫が地面にひかれた円を取り囲むようにそこで何かを待っている。シークたちはその中に混じった。
やがて上空から、巨大な円盤が下りてくる。人が何人も乗っても。重い岩を積み上げられたトロッコが乗っても移動可能な空中を浮遊する巨大な魔具の円盤だ。
シオンはそれを見ながら、現代の魔法エレベーター(フロウト)のもとになった魔具なのだろうと推測する。
そして、坑夫たちの安全を考えていない安全対策のなさに理不尽さを感じる。
現代では魔法エレベーターには管がついていて、フロウトが下りてくるまで管の扉が閉まっている。
だがここにはそんな安全対策は全くとられていない。
ただ円盤が空洞を上下するだけ。
坑夫たちが上空から降りてくる円盤につぶされる可能性も、円盤から落ちてしまう可能性もある。それは坑夫たちの命がどれだけ軽く見られているのかを示している。
円盤には緻密な魔方陣が描かれている。輝く円盤の中心には魔力クリスタル。
円盤はゆっくりと降下してくる。
そして円盤の周囲で待つ坑夫たちの前。わずかな隙間を残して地面に接続するように止まる。
待っていた坑夫たちが円盤の上に乗る。大きめの警告音、ブザーのような音とともに円盤が今度は上昇する。
そして、一番上の階層で止まる。
だが一番上は外に直接通じていない。シオンはやはり小説で読んだ知識を思い出す。魔力クリスタルが勝手に持ち出されないように、坑夫が出れる道は制限されている。
その知識を裏打ちするように、最上階は物々しい武器を持った兵士たちが立っている。坑夫を見張る兵なのだろう。
円盤が到着すると、坑夫たちはそれを下りて、兵の見張る細い通路を通る。シークたちもその列に並んだ。
そして暗い狭い通路を歩くとその先に思いがけないほど広い空間が広がっている。
天井に輝くのは、まぶしいくらいの空色の巨大な魔方陣。
シークは暗いところから急に明るいところに出てくらんだ目を細める。
そして鑑定を待つ列に並んでいる間、その空色に見入ってぼんやりとしていた。天井の緻密な空色の魔方陣は、この空洞の天井を支えるための物。シークはそれを見るといつも心が落ち着く気がする。
そしてその天井の高い広い空間の壁際には出店のように見える、机が並んでいる。何人かの、一様に片眼鏡をかけた男性たちが机の後ろに座っている。
その机にシークたち坑夫が並んで待つ仕組みだ。机の後ろにいるのは鑑定の眼鏡をかけた、鑑定士だ。
今日はまだ早いから人も少ないとシークが心の中で思う。なじみの鑑定士の列に並びながら。鑑定士にもいろいろな性格のものがいる。シークは若くても生まれた時からこの坑道に潜ってきた。いい鑑定士とそうでないものは知っている。時には鑑定士が坑夫の上前をはねることすらある。
「おう~。シークか早かったなあ」
とはいえいい鑑定士といってもこの鑑定士はいつも酒浸りだ。その鑑定士は怪しいろれつでシークに挨拶する。
「おまえ、何かあったのか?」
鑑定士はシークの顔を見て、やや真剣な顔になる。顔の赤さは隠せていないが。酒に好きである以外は気のいいやつだ。
「別に、ただ、仲間が一人欠けた」
シークが言い、鑑定士がますます真剣な顔になる。
そして机の下をごそごそしたかと思えば、酒瓶を一つシークに押し付ける。
「飲んで、忘れろ。それが一番の薬だ」
「体に悪い薬だな」
「心のためのものだからな、多少の代償は仕方なし!」
「あんたもほどほどにしておけよ。酒で死ぬこともあるんだからな」
「いいってことよ。それならそれで本望というやつさ」
鑑定士が、がはははと笑う。それもカラ元気のような空虚な笑いだ。
「気にかけてくれたのはありがとう」
「まっ。お前さんは今は珍しい導き手だしな。これぐらいのサービスはするさ。そのうちいい感じの魔力クリスタルを見つけてきてくれ」
導き手。この坑道のすべての道を知り。迷わない記憶力の持ち主。シークはそんな導き手の一人。けれど人生においては自分がどうすればいいのか、どうしたいのかよくわからない。
「今日取った魔力クリスタルを出してくれ」
鑑定士が言い。シークは腰に下げている小袋から石をいくつか取り出して机にのせる。
「今日は少ない。時間があまりなかったからな」
「そんなもんさ。最近はとれる魔力クリスタルもめっきり減ってきた。このクラウドナインも斜陽を迎えているのさ」
「あんたは、鑑定士なんてやめて、他の都市に行けばいいんじゃないか?」
シークの口をついて出たのはそんな言葉だった。
結局自分も逃げたいのかもしれない。この死と隣り合わせの日常から。
「おれぁ。この通りの酒浸りで。この鑑定の眼鏡なしには仕事はできないからな」
鑑定士が言い。シークは自分と同じだと思う。
自分も、ここから逃げたくても逃げることができない。いずれ今日死んだ仲間のように死んでいくのだろう。
「よし、今日の報酬だ」
鑑定士は石の中の魔力クリスタルの配合を眼鏡の魔具で読み取り、坑夫に報酬を与える。
シークはわずかな報酬を受け取り、結局返せなかった酒瓶を持って出口へ向かう。
出口への道は細い通路になっていて、一度に二人ほどしか通れない。だからその前に列ができている。通路の前には兵が二人、扉を守るように通路の両脇に並んで立っている。
そして通路の左右には巨大な鉄の板。それぞれ番号を振られたたくさんの杭が打ち付けられてる。
入り口の前で、シークとアリオクは首から下げていた、銀色の小さな番号札を係の者に渡す。
「一人足りないな?」
彼は番号を受け取り聞く。
「死亡しました」
「そうか、了解した」
係の者の反応はそれだけだ。それだけ坑夫に死はつきものだ。彼はシークとアリオクの札を照合する番号の付いた杭にかける。そしてその隣の番号の杭。死んだ仲間、レオーネの番号に赤い紐をかける。
こうすることで死んだ者を記録し、坑道に出入りする坑夫たちの管理をしている。
坑夫が三人一組にされるのも死者を確認するための措置でもある。それ以外にも何かあれば連帯責任を取らせられる。
「魔力探知の門をくぐれ」
係の者が言い、シークとアリオクは、魔力クリスタルを探知する門の魔具をくぐる。クリスタルの密輸を防ぐための魔具だ。その際、つるはしの魔具は一時的に係の者が預かる。魔法の灯りのランタンはその場で回収される。それは坑夫のものではなくクラウドナインが貸し出しているものだからだ。
シークはポケットの中にあるアナジの作り出した金塊を意識する。大丈夫なはず、だ。魔力クリスタルを密輸するわけではないのだから。だがわずかに緊張する。
「よし、通してよし」
係の者が言い。
シークはほっとする。
シークとアリオクは兵士の間を通り、暗い通路へ足を踏み出す。
細い道を抜ければ地上はもうすぐそこだった。
死と隣り合わせの地下から地上へ。シークは今日も生き残ってしまった。
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