3章9話 ケテル・ケフェウスの依頼

次の日の早朝。

まだ外が暗い時間にフレイは目が覚めた。倉庫だったこの事務所に窓は少ない。だが一番天井付近に小さな窓がいくつか並んでいる。カーテンをつけていないので、朝や昼には灯りをつけずとも事務所兼自宅は明るくなる。

いつもならまだ眠っている時間。昨日は特にシオンたちを心配して疲れていた。そのうえ魔法院に行く途中飛行魔法を限界まで使った。

だから魔力と体力を回復するため、いつもより長く寝る気でいた。そして早めに眠りについた。どうやら早く寝た分、早く起きてしまったようだ。

ハンターの朝は遅い。大概が昼頃に起きる。

それでも毎日昼に起きれるなら、規則正しいほうだ。

魔法犯罪を追うハンターたちは、もっと仕事に応じて変則的に寝起きすることも多い。

フレイとシオンは主に魔物を倒して生計を立てている。

だから黄昏時に活動するのに適した昼頃に毎日起きる。つまりフレイの目覚めた時間は、本来よりはるかに早い。それどころか、ふつうの仕事をしている人たちよりも早いくらいだ。もしかしたら、夜中かもしれない。フレイはそう思い、ベッドで身じろぎして時計の時間を確認しようとした。

そこで、自分の上にずっしり重たい何かが乗っていることに気が付く。

侵入者か?とフレイが慌てて起き上がると、それはフレイの上から転がり落ちる。

そして非難がましく、ナア!と鳴いた。

フレイはベッドから落ちたケット・シーを見て。もう一度寝ようとする。つまり目が覚めたのはケット・シーが上に乗ったからだった。どうりで夢見が悪いはずだとフレイは忌々しく思う。

二度寝をきめこむ前に時計をちらりとみると時刻は朝の四時。まだ寝る時間は十分にある。

クラウドナインでケット・シーは珍しくもない。彼らは空間魔法が使えて、あちこちに出現する。

シオンはケット・シーが、というより動物全般が好きでケット・シーにご飯をあげていることもある。フィンの食事を分けあたえるので羽根つきトカゲのフィンがそれを嫌がる。

だから、このケット・シーもそれをあてにしているのだろうと思った。シオンが餌付けした猫の一匹だろう。

フレイ自身は動物、というより話の通じない相手全般(子供も含む)が好きでないのでケット・シーにご飯を上げるためにわざわざベッドから起き上がるつもりはない。シオンがいなければすぐにいなくなるだろうと思った。

だが、無視して二度寝を決め込んだフレイにケット・シーはあきらめずに鳴く。

ナア!ナア!ナアナア!

だんだんと声が大きくなり。まるでフレイを非難しているようだ。

それでもフレイが起きないと、その上にひらりとのって、フレイを遠慮なく踏みつける。小さくともそれなりに重いので上をどすどす歩かれると足が食い込んで痛い。

だから話の通じない奴は嫌いなのだ、とフレイは腹立たしく思いながらも、仕方なく起き上がる。

飛行魔法で台所に降りる。

猫は当然のようにそれについてくる。正確には空間魔法で先回りして台所にいる。

フレイは猫を忌々しく思いながら、フィンの食料を猫に差し出す。羽根つきトカゲのフィンも物音に気が付いて飛んできた。

仕方なくフィンにもご飯をやる。フレイとしては不規則な時間にフィンにご飯を食べさせたくない。だがケット・シーが食べているのになぜフィンにだけ食事をくれないのか、とへそを曲げられても困る。すでにケット・シーにご飯を分けていることに対して不機嫌そうである。それをごまかすために、フィンにも食事を出す。

フィンはすぐに食べ始める。だがケット・シーは何か出されたものに不満があるのか、再びナア!となく。今度は長い尻尾で床をべしん、と強くたたいた。何かにいら立っている動作。フレイは早朝に起こされていら立っているのは自分のほうだ、この上なんの文句があるのかと思う。

「これ以外に食事を出すつもりはない」

フレイがとりあえず口に出して言う。だが当然のように猫に話は通じない。

ナア!猫が何かを主張する。話が通じない!と猫のほうが怒っているようだ。それはこっちのセリフだ、とフレイは思う。

人や動物の意図をくみ取るのがうまいシオンは今、ここにいない。シオンは人の心だけでなく動物の心を読むのにも長けている。

そんなささいなことで相棒の不在を思い知ることになったフレイは余計にいら立つ。そして肝心な時にいない奴だと心の中でシオンに怒る。

シオンが以前に言っていた言葉を思い出す。人の気持ちを読むなら、その人の立場で考えるといいんだと。

この猫は話が通じない、と怒っているように見える。つまりは。

「何か、食事以外に欲しいものがあるのか?伝えたいことがあるとかか?」

フレイは考え、そしてやっと思いつく。ナア!猫が肯定するように強く鳴く。そうだ!と言わんばかりのどや顔。

猫に話が通じた、ことにフレイは違和感を覚える。そしてついに思い出す。

「お前、もしかして、フェイ・シーの使いか?」

ナアナア!猫が元気に鳴く。満足そうにごろごろとのどを鳴らす。

そして、さあついてこい、と言わんばかりに長い尻尾をぴんと立てて、玄関へ向かう。

「面倒ごとの予感しかしない…」

フレイは猫についていきたくない気持ちでいっぱいだった。

それに自分はまだ寝間着から着替えてさえいない。

フレイは猫に言う。

「ついていくのは構わない。だが着替えと朝食のあとだ」

猫は不満そうな顔をしたが、仕方ないと言わんばかりに回れ右して、フレイが出した食事を食べ始める。使いの猫も腹が減っていたらしい。それかフェイの命令より猫の本能のほうが勝ったのかもしれない。

フレイは手早くいつもの服装に着替えて、簡単な朝食をとる。

猫はとっくに食べ終えて、大変不満そうな顔でフレイを見ていたが、それ以上せかそうとはしない。

「いつもは、お前に人が合わせているんだろうが、たまには人に合わせるんだな」

フレイが大人げなく猫に言う。

ナア…。猫は大変面倒くさそうな顔になり、フレイの足元で丸くなってふて寝をし始めた。

そしてフレイが食べ終えて動き始めると、すぐに起き上がって玄関へと向かう。

フレイはため息をついてから、コートを羽織り猫のあとに続く。

早朝のクラウドナインは静かだった。

空の片側がわずかに白んでいる。それでも空はまだ暗く、太陽光に反応する街灯がまだついている。だから灯りには困らない。

夜も眠らぬ街であるクラウドナイン。だが夜に働くハンターやその他の職業の活動が終わり。朝から働く人たちはまだ出勤の時間ではない。

そんな夜と昼の間の時間は人の姿が少なく、車も少ない。普段はこんな時間に起きないのでそれがフレイには新鮮だった。

猫とフレイがたどり着いたのは、閉鎖された地下鉄の駅への入り口だった。

扉は鎖でつながれて、重そうな南京錠がついている。

シールドで封鎖されているわけではない。魔法は発動し続けるのに魔力を食うので、長期間封鎖するときには普通のカギが使われるのは珍しくない。

もし無属性のシールドなら、フレイにも壊せる。だがこのようなアナログなカギには通用しない。

猫は小さいので、格子の隙間からするりと中に入る。

そしてフレイを振り返り、ナア!と鳴く。当然通れるはずだ、という意味にとれる。

フレイはどうすればいいのか、考え。とりあえず南京錠をいじってみた。するとすでにカギが開いていた。フレイの手の中で南京錠はあっさりと開いたのだ。

フレイは周囲を見渡す。早朝のため通行人はいない。誰にも見られていないことを確認してからフレイは地下への扉を開き滑り込む。

続く地下への階段。

秋の早朝は、まだ地上さえ淡い光に照らされているだけで。まだ上り切っていない太陽には地下を照らすのに足りない。

先を行くケットシーはすぐに闇に消えて見えなくなる。

だが階段の暗闇で立ち止まり、フレイを振り返ると。その緑の瞳が光って見える。そしてナア!と催促するように鳴いて、案内していく。

先に行くほど、闇に飲まれていく階段を見て。フレイはだが躊躇することなく月光石の灯りの魔具を使って灯し猫のあとをついていく。

階段の足元をわずかに照らす光。フレイはほこりだらけの道を足元に気をつけながら歩いていく。

そして階段を下り続けると、先に光が見えた。下るにつれてその灯りが大きくなっていく。

フレイが階段を下り切ると、そこは使われなくなった地下鉄のプラットフォーム。

たった一つだけついたスポットライトのような灯りの下で彼をまっていたのは、やはりフェイ・シーだった。

「こんなところに呼び出して、何の用だ」

フレイが警戒心もあらわに聞く。

「そんなにせかすことはないでしょう」

フェイ・シーがにこやかに笑って言う。

「要件がないなら帰る」

「本当はもっと早くに呼び出したつもりだったんですけどね?ずいぶんとゆっくりだったですね?そんなにのんびりする時間があるなら、少しぐらい時間があるでしょう?」

フェイ・シーが嫌味たらしく言い。足元にいた、フレイへの使者の猫が俺には関係ありません、この人のせいです。という顔でそっぽを向く。

「あなたは、ご飯までもらったんですね?」

フェイに指摘されて、猫は気まずそうに頭を垂れる。

「要件がないなら、お前にかまっている時間はない」

フレイがもうここからいなくなろうか、と考えていると、フェイが思わぬことを言った。

「分かっていますよ。シオンが何かに巻き込まれているのでしょう」

フレイが驚いて振り向くと、満足した猫のような訳知り顔。

「何か、関係のある話なのか?」

「ええそうです。都市を見守るものとして気になる出来事でしてね。それで、あなたに頼みがあるんです」

「話だけなら聞こう」

フレイが仕方なしにつきあうことにする。

「ああ、違いますよ。今日あなたに頼みがあるのは、私ではないのです。このお方ですよ」

フェイ・シーが言い。

プラットフォームの暗闇から、足音が響く。コツコツと静かな廃棄された駅に響く足音。

フレイは思わず飛びのきそうになる。まさかフェイ・シー以外に人間がいるとは思わなかった。フェイは人間に自身の存在を隠しているように思えたので、まさか人前で妖精族の姿になっている、とは思わなかったのだ。

シオンなら、すぐに分かったのかもしれない。その人物からあふれる魔力を。

フェイ・シーは足音の主に敬意を払うように、灯りから一歩離れる。敬意をはらうと言っても、わざわざこうべをたれるような仰々しくて、なんとも嘘くさい動作である。

そして人の輪郭が光の下にさらされる。

強い光の中、ローブのような古めかしいコートのフードを深くかぶる人物の顔は陰になって全く見えない。

だがそのフードの形からして、すでにその人物を隠すのに成功していない。

人の小さな頭の輪郭でない。明らかに人間の頭を超える大きさにフードは膨れている。

答えは一つ。その人物が魔人であること。

魔人は魔獣の魔力制御機関である角を頭に移植される。だからフードをかぶればそうと分かる。

しかし、それだけではない。

普通の魔人の角は二本までが限度とされている。

だが二本の角にしてはフードの形が合わない。まるで複数の角がついている、かのようだ。

それが意味するところはたった一つ。

フードが払いのけられる。現れたのは年若い顔。

その頭上には冠のように頭を取り囲む、鹿の角。

「魔法院の長、ケテル・ケフェウスです」

フェイ・シーが仰々しく礼をして、ケテルを紹介する。

フレイは一瞬何を言えばいいかわからない。

ケテル・ケフェウス。現魔法院の長。

鹿の魔獣の角は、最も使い手を選ぶもの。そして適合すれば人の持ちうる最大の魔力を使えるようになる。その適合条件としてもとより魔力の高いものである必要がある。

魔人の多くは平民からなる。より多くの魔力を得るために。

だがケテルは違う。彼は旧貴族の家柄であり。もとより多くの魔力を持っていた選ばれしもの。

ケテルはその魔力量の多さから若くして魔法院の長になった。

だが彼は旧貴族派であり、この国の軍の最高司令官、エンリルの傀儡だとされる。

だからお飾りの長だ、と陰で言われている、と聞いたことがある。

末端のハンターであるフレイには関係がない話だ。と思っていた、今までは。

「敬語を使ったほうがよろしいですか?」

フレイが聞く。彼は別にケテルに敬意を払っていない。それはお飾りの長であるという噂ゆえではなく、ただ単に人の上下関係を無駄なものだと思う傾向があるためだ。

「敬語を使う必要はない。君のことはアーヴィングに聞いている。あまり上下関係など気にするたちではないだろう」

ケテルの言った名前を聞いてフレイは眉をあげる。

「アーヴィングを知っているのか?」

「知っているとも。君たちの試験運用をしているのは俺だ」

ケテルは旧貴族派だ、と言われている。だが彼らは貴族の利権を尊重するはず。フレイはともかく、魔力なしのシオンにハンターの試験運用をするのは理にかなわない気がした。

「アーヴィングは、権力に興味がないのだと思っていた」

「そうだな。彼は俺の部下ではなく。同じ目的を持っている、それを果たす約束をした同志、のようなものだ」

「フェイ・シーがケテルを連れてきたんだな?なぜだ?」

フレイが疑問を口にする。

「もちろん、我々に報酬を払うことができないから、ですよ?あなたを動かすなら、お金が一番だと理解しています」

フェイが訳知り顔で言う。それが間違っていなかったので、フレイはあえてそれを無視した。

「そもそも、お前らはカネを使う必要があるのか?」

フレイが疑問を口にする。

「失礼ですね。我々とておなかはすきます。そして人の世を生きるにはお金が必要なんです。なんて世知辛い!」

フェイ・シーが大げさに嘆かわしそうに言う。

「お前が仕事をしている姿が浮かばない…。というより仕事ができない気がするぞ」

フレイが冷たい目でフェイを見る。妖精が仕事ができない、という意味ではない。そういう態度で同僚を怒らせないのが不思議である。とフレイは自分を棚にあげて考える。

「もちろん、私にぴったりのお仕事があるではないですか!猫使いに決まっています」

「猫使い。そのまんまだな」

フレイが一応は納得する。

猫使いは猫を使い、建物の中のまだ弱い魔物を駆除する仕事だ。ケット・シーは、弱い魔物を食べる習性がある。その習性を利用した職業だ。

「これでも私の仕事ぶりは評判なんですよ?」

ケット・シーは気まぐれで、人と契約しない魔獣だ。だから普通の猫使いは魔物を完全に駆除することはできない。ただの予防策とされている職業だ。

「そりゃ眷属が言うことを聞くからだろう。それに働いているのは猫でお前ではない」

フェイが誇るように言い、フレイが真顔で切り捨てる。

「私の猫たちは有能ですから。それに猫使いは私たちにぴったりの仕事です。魔物が増えすぎるのも私にとって都合が悪い。だから、猫使いの仕事は一石二鳥なんですよ」

フェイはフレイの指摘にも動じずに笑う。

「そもそもどうして、お前が魔法院の長と知り合いなんだ?」

フレイはケテルを見て聞く。フェイと魔法院の長に接点があることが不思議だった。だが考えてみれば、自称都市を見守るもの、だ。代々魔法院の長に仕えているのだろうかとも思った。

「彼は我々に接触を図ってきた。だからその前に姿を現すことにしたんです」

「へスぺリデスのシールドベルの塔。夜の黄昏時の始まりに塔の頂上にいること。そうすれば都市を見守るものと接触できる。と魔法院のかつての長が残した文献を調べて見つけたんだ」

ケテルが言い添える。

「魔力の奔流が塔を伝って鐘を鳴らす。その時は危険だから一般人の立ち入りは禁止なのは知っているでしょう。その危険をおかしても、我々と接触を試みた。だからその覚悟に免じて姿を現すことにしたのです」

「フェイ・シーとのつながりはどうしても欲しかった。都市を見守るもの。私たち人間より多くの情報を持っていると言われていたからな。使えるものはなんだって使うつもりだった」

「俺は、俺の協力者に妖精のことを聞いた。フェイ・シーを信用するのか?妖精は人と似て非なるもの。そのことを心得ておけと忠告を受けた。俺はそいつは信用できないと思う」

「嫌ですね。あなた方人間に言われるとは」

「だが、人とは違うのだろう?」

「それは間違いないでしょう」

「俺は使えるものはなんでも使う。フェイとは何も約束したわけではない。その本当の名も知らない。ただ何かあったとき協力するだけ」

「だまされたとしても?」

「それぐらいできないと、魔法院の長たりえない」

それはケテルの確かな意思の表明。

「そうか。分かった」

フレイはそれに敬意を示す。それはケテルが魔法院の長であるからでなく。そうであろうとするその覚悟を知ったから。

「それで、今回は私からの依頼だ。正式な依頼ではないが、私個人でお金を払う。受けるか受けないかは、話を聞いてからにしてもいい」

「シオンと迷い道と関係ある話、なのか?」

「そうだが、直接的に、ではない。クラウドナインの要の魔方陣が、この地下深くに隠されている、のだという。それを探してほしい」

「要の魔方陣?それは魔法院の長ですら知らない秘密なのか?」

「代々魔法院の長に伝えられてきた。だが、戦争の時、当時の魔法院の長が死に。その情報がうまく伝わらなかったらしい。私もできる限り調べたが、そういう魔方陣がある、とだけしかわからない」

「それが、何か迷い道と関係があるのか?」

「フェイによるとそうらしい」

「それは、信用にたる情報なのか?」

「裏はとれている。地下に大きな魔方陣が隠されている、のは間違いない。調べた結果、シーク・アスターと関係がある、あるいは彼がその魔方陣を作った可能性がある」

「それなら、もしかしたら関係はあるのかもしれないな」

フレイはロアが言っていたことを思い出す。迷い道はシークが作ったものである可能性が高い。

「やはり、何か情報があるのだな?だからこそフレイに依頼したい。要の魔方陣を、探してほしい」

「だが、正直俺には荷が重いと思う。魔法院の長なら、いくらでも部下がいるのだろう?」

「いや、真実私の頼みを聞いてくれる部下はほとんどいない。私はしょせんお飾りの長。部下に命ずればおそらくエンリルにつつぬけになる。もし要の魔方陣のことを知ったら。エンリルはそれを悪用する可能性がある。私はクラウドナインの魔法院の長として、この都市を守り切りたい」

自分でお飾りの長だ、と認めるケテルは。それでも魔法院の長としての務めを果たそうとしている。

「シオンさんが、かかわっていることです。迷い道と要の魔法はつながっている。まさか相棒を見捨てたりはしないですよね?」

「それはそうだが」

「報酬ははずむそうですよ?ケテルが」

ケテルは微妙な顔をしていたがうなずく。このままではフェイのペースに巻き込まれる。

「だが、もし要の魔方陣がかかわるなら、シオンと連絡を取る必要がある。手紙しか通信の手段がない」

フレイは最後の抵抗を試みる。

「それはアルバイトのアルトの出番でしょう?彼がリンクで手紙の内容を送ればいいだけのこと」

フレイは言いくるめられている気が強くして。できればこの依頼を受けたくはなかった。

だがシオンがかかわっている。それは事実だ。

そしてこの依頼を受ければ、報酬が入る。シオンのお人よしのしようとしていることにはお金がまったく入らないことが多い。せっかく時間を割くなら、報酬が欲しいのがフレイだった。

「五百万リピア用意する」

ケテルの言葉がフレイの背を押した。

「なら、依頼を引き受ける」

フレイが言い。ケテルが、うなずき。フェイは満足そうに眼を細める。

「なにか心当たりがあるのでしょう?」

さすがにフェイは抜け目ない。フレイには要のありかの心当たりがある。ロアが教えてくれたあの歌だ。

ハイドアンドシーク(かくれんぼ)、ハイドアンドシーク(かくれんぼ)

隠れた秘密は石のした。夜の墓場で眠っている

星を探してさまようならば

君を導くその人を

探し当てるには真の名を

忘れることのなきように


つまり地の大広場の墓標の石の下に要が隠されているのではないか、と推測した。

「だが、シオンと連絡を取る必要がある。あちらで何かわかったら伝えてもらうように」

「手紙はここでも書けます。私が責任をもってポストに投函しますから」

フェイ・シーが取り出したのは、便箋と紙。まったくもって用意周到で腹立たしい。

フェイはフレイがこの依頼を受けると予想していたのだろう。

フレイは一度事務所に戻るのも面倒だったので、仕方なくそれらを受け取る。

何を書き始めようか悩んでいるとフェイがちゃちゃをいれる。

「せっかくなのですから、自分がどう思っているのか伝えるのもいい手だと思いますよ。人は面と向かっては素直になれずとも手紙でなら気持ちを伝えやすいと聞きました」

どうやらフェイにはすでにフレイとシオンの状況を知っているらしい。

「お前には関係がない。余計なお世話だ」

フレイが言い放つ。

「いえいえ。それがかなり関係があるのですよ。あなたがた二人が相棒であり続けることに世界の命運がかかっている、とさえ言えるのです」

「ばかばかしい。そんなことで世界は変わらない」

フェイの大仰な言い方をフレイは笑い飛ばす。

「それは言い過ぎかもしれないですけどね。私としてはあなたがた二人が相棒でいたほうが面白くていいですけど」

フェイがフレイをおちょくる。

「お前を面白がらせないためだけに相棒関係を解消しても構わないと思い始めた」

フレイはいらっとして、そのペンでシオンに文句を書き綴る。完全な八つ当たりである。

「で、肝心のシオンさんの真名は知っているのですよね?」

「さすがに知っている」

フレイは封筒にハルシオンとシオンの真名を書く。平和な時代、を意味する真名を両親が息子につけたのだ、と聞いている。

「これでいいだろう」

フレイが差し出した封筒をフェイが受け取る。

「これが、地下坑道の地図だ。大体あっているとは思うが、地図には載っていない小道も多くある。地図の範囲の外に出るのはお勧めしない」

ケテルが取り出した地図は、二つ折りのボードでできている。裏に魔方陣が書かれていて。開くと魔方陣がつながり立体地図が出現する。赤いしるしがおそらくフレイの現在地を示しているのだろう。

「時計の魔具はあるな?地図はある程度魔力を食う。継続して展開するのは丸一日ほどだ。それより時間がかかりそうなら地上に出てクリスタルに充力する必要がある」

「分かった」

「これが地下坑道のシールド魔法の承認キーだ。持っていれば封鎖されたシールドはすべて通れる」

ケテルが差し出したのは、カギの形をした魔具。その持ち手の部分に魔力クリスタルがはめられている。魔力クリスタルには色があり。それはつまり誰かの魔力で染めたクリスタルであることが分かる。おそらくこの色はケテルのもの。ケテルの魔力がシールドの解除条件となっているのだろう。

一時的に他人の魔力をシールドの解除条件に加えることは可能なはず。

だがそれをすれば、エンリルの配下に気が付かれる可能性があるのだろう。ケテルは思ってより強く監視されているのかもしれない。

「もちろん、最後にはカギを返してくれ。アーヴィングに渡せば問題ない」

ケテルが言い添える。

「了承した。俺はもう行く」

フレイはいい、灯りの元を離れて暗闇の中に向かっていく。

その背をケテルとフェイが見送った

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