3章7話 古物商の理由
「フレイさんからの手紙が届きました」
魔方陣はほんの数時間後に輝き、手紙が出現する。
すでにアルトは帰してある。アルトとしては不満そうではあった。いくら自分の好きな場所と時間に帰るにしても、アルトをここにとどめておくのは良くないと判断した。彼はまだ未成年なのだ。
「まだ数時間しかたっていないのに、すでに?早くないか?」
シオンが手紙を受け取り差出人を見る。確かにフレイの字、フレイの名前が書かれている。だがフレイが情報をそんなに早く手に入れられるとは思えない。
「この時空は歪んでいるんです。向こうでの数時間がこちらの一秒だったり。未来から来た人が昔の人とともに現れたり。ここに来る手紙も、新しいもののほうが古いものより先に来たりします」
「なるほどな。よくわからない、魔法の道らしい奇妙さだな」
シオンが納得する。そして手紙を開封する。
「フレイ、ロアさんから情報を受け取ってくれたんだな」
シオンはさっと内容を読む。シオンは読書が趣味であるため読むのが早い。そしてシオンはヴァウに手紙を差し出す。
「それは俺も読んでもいいんですか?」
ヴァウが受け取るのに躊躇する。郵便局の一員としてほかの人へ宛てた手紙を読むのに抵抗があるのだろう。責任感が強そうな彼らしい反応だ。
「もちろん。迷い道を消すのに協力してくれるんだろう?一応情報は共有しておいたほうがいいだろう。こちらとしてはこの道に詳しい協力者がいてくれてありがたいよ。あの古物商は手伝う気は全くなさそうだったからな」
シオンの了承を受けて、ヴァウは手紙を受け取り一読する。
「これは、なんというか、一枚目にシオンさんへの恨みつらみが書いてある気が…」
「フレイのことだから心配して、それにいらだっているんだろう。それなのに協力してくれるいいやつだ」
「そうなんですか…?」
郵便局員としては複雑な気持ちだ。これを書いた人間はおそらくシオン以外の人に読まれることは想定しないだろうと思う。
「さあ情報は手に入れた。後は俺たちもここでできることをする、か」
「何かできることがあるんですか?」
シオンが言い、ヴァウが聞く。ヴァウとしてはずっと探しても見つからなかった手がかりを来たばかりのシオンが見つけたのが簡単には信じられない。
シオンはここに来たばかり。対して自分はずっとこの道の消しかたが分からなかった。
「たぶん、この道は何かの魔法でできている。その中心は、そのままこの円を描く道の中心にあると思う。道の外でなく、内側に行く方法はありますか?」
「道の内側は迷路のように複雑に建物が合わさっています。でも俺にはそこを通る手段はあります。でもなぜ、中心だと思うのですか?」
ヴァウがうなずく。
「俺は魔力探知ができる。この道の内側に魔力の流れを感じる」
「なるほど。道の中心に何か魔方陣があるのかもしれない、ということですね」
「誰がなんのためにこんな魔法を作ったのかはわからないけどな」
「もしかすると、ですが。迷い道はアナジの作ったもの、なのではないかと」
「アナジ。たしか魔力クリスタルの鉱山で起きる魔法の風、だったな。魔力は願いの対価。人が願ったものを叶えてしまう魔力を含んだ風」
「そして、フレイさんのくれた情報。シークは坑夫でした。おそらく、シークは何かに迷って、この道を作り上げてしまったんじゃないか、と推測にすぎないですが。それなら円の中心にあるのは魔法陣でなく、シークなのではないかと推測できます。シークが魔法の中心であるなら、シークの迷いを解けば、この道も消えるかもしれない」
「さすがに長くこの道を調べていただけのことがあるな。ヴァウさんは迷い人を帰す方法を知っているんですよね?迷い人を帰すにはどうすればいいんだ?」
「それには二つの方法があります。俺ができる方法と、ティークができる方法。俺のは今回は使えません」
「なぜだ?」
「俺の取る方法には、外からの手紙が必要だからです。この道に迷い込んだ人に時々手紙が届くんです。それを読んで聞かせると、目覚めて外に帰る人がいます。俺はそのためにこの迷い道にいるんです」
「どうやって、その人物を見つけているんだ?」
シオンが疑問を述べる。
「俺にはこの地図があります」
ヴァウはそう言って、丸められた何かを取り出す。広げると、黒い線が浮かびあがり、地図を作り出した。
シオンはその地図を見て、自分のいる位置。郵便局のマークの付いた場所に、ハルシオンと書かれた黒い点があるのを見つける。
「すごいな、人の真名が見れる地図、なんだな。これを見て人に手紙を届けていたのか」
「そのうえ周囲を自動マッピングします。地図に載る範囲は狭いのですが」
「フレイが言っていた伝承の通り、か。真名を書いた手紙を出せばその人が帰ってくることがあるだったな」
「それはたぶん俺の行動の結果です。この道を消すことができなかったけれど。少しでも役に立てたならよかった」
「これがあれば中心へ行けるな」
「そう簡単にはいかないんです。俺も一度円の中心を目指したことはあります。でも建物は多くて自動マッピングで表示される範囲は限られている。そのうえ入り組んで複雑な形をしている」
「その時に何か見つけられなかったのか?」
「俺は中心に近づいたけれど、中心までは行きつかなかった。怖くなって途中で引き返してしまったんです」
「ティークが使えるという方法は?」
「それはかなりいろんな人に効果があります。彼は人の心をのぞく魔具を持っているんです。それで人の迷いを見抜き、迷いを解いてあげると目を覚ますことがあります」
「それはもし、中心にいるのがシークなら、必要になりそうだな」
「ただ、ティークは、その魔具を手放したり貸すことを嫌がるんです。この道を消すためだとしても、貸してくれるかどうか、わかりません」
「とりあえず聞いてみよう」
「そう簡単にはいかないと思いますが。一応彼に会って説得してみましょう」
ヴァウとともに外に出る。
ティークはすぐに見つかった。
地面に布を広げてその上に胡坐をかいている。
カバンがないからだろうか、その布の上にいくつかの古びた道具がならんでいる。おそらく今までこの道で出会った人から巻き上げたものだろう。
「何か用かね?」
ティークは二人が近づくと警戒したように聞く。シオン、というよりヴァウを警戒しているようだ。何やら緊張感が二人の間にある。
確かに、まじめで責任感が強そうなヴァウとどことなくいい加減で胡散臭そうなティークはあまり気が合いそうには見えない。
「あなたの持っているという心をのぞく魔具を借りたいんだ」
シオンが思い切っていう。
「ダメだ。これは俺の唯一の財産だ」
ティークが断る。
「だが、それがないと迷い道が消せない。こんなに大勢の人たちが閉じ込められているんですよ。あなたも帰る場所があるなら、帰るべきだ」
まじめな調子でヴァウが諭す。
「ダメなものは、ダメだ」
ティークがだだをこねる子供のように首を振る。
「なぜ、ダメなんだ?」
シオンは経験から知っている。人が何かにこだわるときには必ずなにか理由がある。
ティークはこの道を消すこと自体に反対しているわけではない。
その心をのぞく魔具を手放したくないだけに見える。
「それは、俺にはこれしかないから、だ」
「それはあなたがこの迷い道に来た理由なのか?」
シオンが鋭い質問をする。シオンは人間関係が得意だ。その射貫くような目線から目をそらしてから、ティークがため息をつく。
「…そうだ」
「なぜ、その魔具にこだわるのか、教えてもらっていいですか?」
「そんなこと聞いてどうするんだ?」
「何か代わりに提供できるか考えたい」
「…たいして面白い話ではないぞ」
ティークは息を吸って、吐く。
そして彼の理由を吐き出した。
ティークは、魔具技師の家系に生まれた。だから当然魔具技師になることを期待された。
だが彼は古物と会い。それに魅了された。
古いものには強い魅力がある。骨董品を扱う店を開きたいと思った。
だから彼は親の反対を押し切って古物商になった。
クラウドナインの魔具技師たちは裕福だ。だから骨董品も高く売れる需要があった。
彼はそこそこうまくやっていた。
魔具技師にしたい両親に魔法院に入れられていたので、それが幸いした。
友人やつてが多かったから売るものに気を付けていれば商売が立ち行かないなんてことはなかった。
だがそれを仲間にねたまれて、偽物を大金で購入してしまった。
その人物は彼が師と仰いでいた古物商だった。師だと思っていた人物は、最後に会ったときティークに吐き捨てるように言った。
「お前が古物商をやっていけるのは、魔法院にいたころのコネがあったにすぎない」
それで古物商をやめるしかないところまで追い詰められた。骨董品はそれなりの値段がするのだ。仕入れるためにも先立つものが必要な仕事だった。
それに彼にも妻と子供がいた。
彼らは自分が古物商になると決めた時も、黙ってついてきてくれた。そんな彼らに無様な姿を見せたくなかった。
だからティークは足が痛むまで歩いて、質屋を見て回った。
何か安い根で売られている、だが実は高価な骨董品を探したのだ。
だがそんなものが都合よく手に入るはずもない。
何軒か歩き回り、絶望していたティークは、最後の店でその眼鏡の魔具を見つけた。
古く凝った意匠の眼鏡の魔具。
その裏にはルーンが刻まれていた。
ティークは魔法院で学んだこともあった。魔具技師になるために進学させられた。
それが、今役に立った。
質屋の主人はルーンが読めないからこれをただの装飾の凝っているが、度の入っていない眼鏡だと思っていた。
だからこの魔具の本当の力、人の心をのぞく魔法を知らなかった。
これは価値あるものだ。とティークは確信し。その眼鏡を購入した。
だが家への道を帰るとき。ふと思ったのだ。妻はそれでもなお古物商でいたいと願う自分に愛想をつかせてしまうのではないか。
結局また同じ目にあって、子供たちに何も残せずに死ぬのではないか。
ティークには選択肢があった。このまま古物商を続けるか、魔具技師になるか。魔具技師になれば安泰な将来が約束される。妻にも子にも何か残すことができる。
それで、古物商をあきらめるのか、あきらめないのか、を悩んでいてこの道にたどり着いた。
「この眼鏡の魔具は、俺の未来に残されたチャンスなんだ」
ティークが締めくくる。
「その眼鏡を見せてもらってもいいか?」
シオンが聞き、ティークはしぶしぶといった様子で、眼鏡を取り出す。
「俺が見ても普通の、どの入っていない眼鏡だな」
「ここにルーンで起動用の呪文が刻まれている。その決まったルーンを唱えると発動する」
「なぜ、この眼鏡が古いものだと分かるんだ?かなりきれいに見える」
「だからこそ、いいものなんだ。これはおそらく、かなり昔に作られているものだ。それなのに新品にも見える。それだけ高度な保存魔方陣が組みこまれている。そして素材が、おそらく魔獣の一部を使ってその属性を使って魔法を補助させている。そういう天然の素材を使った魔具はかなり古い時代によくみられる。この眼鏡のガラス部分は、青みがかかっているだろう?ファタモルガナという人の心の虚像を映し出す深海にしかいない貝の魔獣のものだ。このレンズほどの大きさのものはなかなかないはずだ。その希少な貝殻をここまで薄く加工したうえで保存の魔法まで組み込まれた魔方陣。この眼鏡は完全な円形だ。それは魔方陣がかならず円を結ぶという法則に従っているからだ。この細い銀色のふちに細かなルーンが刻まれている。それだけでも高い技術力を感じさせる。それにこの部分のルーンの文字は俺には読めない。何か特別な使用条件を書いたもののようだ。つまり危険なルーンが禁じられる前のものであることは確実だ」
「あなたは根っからの古物商ですよ。それを続ける以外に道はないでしょう」
ヴァウが苦笑する。
「なんでそう思う?」
「だって俺はあなたと会ったときのことを忘れませんよ。手紙を届けようと魔具の地図を出して歩いていたら、急に正気に戻って。その魔具はいい品だ。とかなんとか言いだした人ですから」
「そうだったか?覚えていないな」
「相変わらずいい加減な人だ。だがあなたは古物商を続ければいい。コネだってあなたが自分で手に入れた力だ。それを使うことは間違っていない」
「まじめそうに見えて、案外悪いことを言うな」
「あなたが案外ナイーブなだけですよ」
二人はともに笑顔になる。なのに一瞬即発な雰囲気だ。どこまでも気が合わない二人。
「そう、か。なら、俺がその眼鏡の魔具を借りて。道が消えたらあなたに返しに行く」
「お前さんはあの子供と一緒にここに来たんだろう?お前さんは俺より未来から来ている。返すことはできない」
「そうだな。ならあなたの子孫に返そう。そう約束する」
「眼鏡が返せないなら?」
「その分をお金にして払おう」
「言葉ではなんとでも言える」
「なら書面にしてもいい」
「…それなら、誓約魔法(パクト)でもいいのか?」
「ああ、もちろんだ。そんなものを持っているのか?」
「迷い人の商人から受け取ったものがある」
ティークは広げた布の上から丸めた紙を取り上げる。
裏には緻密な魔方陣が書かれている。表は罫線がひかれていて文章が書けるようになっている。
「本当にいいのか?パクトの魔法は破れば命を失うこともある」
「あなたにとって大切なものを渡してもらうんだ。それぐらいはするよ」
「あんた、だまされやすいって人に言われないか?」
「まさか。お人よしだとは言われるけどな。俺はこう見えてそれなりにしたたかだ」
「そのぶん、相棒さんが苦労してそうだな」
ティークは笑い、紙に条約を書いていく。
もしシオンがティークの子孫にあったなら、眼鏡の魔具を返すこと。それができないならそれに値する値段を払うこと。
それを二つ作る。その裏の魔方陣はついになっている。半分ずつの魔方陣が二つの紙に分けられている。
その誓約魔法(パクト)は古来から貴族がよく使っていたものだ。
貴族の間では裏切りも策謀も多い政治を行っていた。そんな中で誓約魔法は唯一の信頼に値する約束をする方法として重宝されたのだ。
精神を縛る魔法であり、破ることはほとんど不可能だ。
魔方陣を二つ合わせる。
そして両端にある円に自分の血をつける。それに使うナイフはティークが取り出した。完全に飾りようのナイフのように見えて、とても鋭利な刃のナイフだった。
ティークがだれかこの道に迷い込んだ貴族の持っていたもののように見える。おかげで傷をつくるのに一瞬で済んだ。こういうときは鈍い刃より鋭いほうが早く痛みなくすむものだ。
二人が円に血のにじむ指を押し付けると、魔方陣が輝きだす。これは魔力クリスタルを必要としない魔具だ。紙自体が魔力を帯びていてそれで魔法を発動させる。
紙に書かれた誓約の文字が炎をまとって浮かび上がる。銀色の炎の文字は二つの紙から鎌首をもたげる蛇のように立ち上がり、空中をすべるように飛んでシオンとティーク、それぞれを中心として始まりと終わりがつながる円形になる。
炎の鎖のようなその輪がだんだんと狭まり、彼らの体に触れると、その中に溶け込むように消えてなくなる。
魂を縛る魔法。
そしてそれぞれ誓約を書き記した紙を手にする。これで、迷い道が消えても誓約魔法を交わした証拠が残る。
「あんたの覚悟は伝わった。これが心をのぞく魔具だ」
ティークは魔具を手渡す。
「ありがとうございます。あなたも一緒に来ないか?」
シオンが魔具を受け取り、聞く。
「いや、いいよ。俺は遠慮しておく。内側は完全な迷路だ。迷ったら二度と出られないような場所だ」
「一度、迷い込んだのを探し出したことがありますからね」
ヴァウが言い、ティークは神妙にうなずく。
「あの時ばかりは助かった。ありがとう」
「いえ、俺もすみませんでした。あなたが眼鏡を手放さないのにそんな理由があるとは思ってもみませんでした。ただ、不真面目なだけなのかと」
「一言多いぞ」
ティークが憮然とする。
「じゃあ、行ってくる」
「くれぐれもヴァウから、離れないようにな。気を付けて」
シオンは最後のあいさつに手を挙げるだけして、ヴァウと一度郵便局に戻った。
「あんなにたくさんの物を迷い人から巻き上げたのに、まだ不安なんだな」
「そのことですが、ティークが迷い道から帰るとき。それは持ち帰れないでしょう。身に着けていないものは持ち帰ることはできないのです」
「そうなのか?それを教えなくていいのか?」
シオンがティークのほうを振り返る。ティークはすでに立ち尽くす人々に飲み込まれて見えない。
「正当な手段で手に入れたものしか、身につかないと思いますから。そのほうがいいと俺は思ったんです。それに彼ならゼロからでも立ち上がれるでしょう。それだけ骨董品の知識と気概があることだけは俺にもわかりますから」
「それもそうだな」
シオンが同意する。眼鏡の魔具を語るとき、ティークは生き生きとしていた。心から骨董品が好きなのに間違いない。
「それと、もう一通手紙が来ています」
ヴァウがフレイの手紙をシオンに手渡す。
シオンはそれを開けてみた。
内容は前半はほとんどさんざん迷惑をかけられていることへの不満が書かれている。
そして最後に報酬が出るかもしれないため、情報の共有をするように書かれていた。
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