3章4話 ウィル・オ・ウィスプ
そして、ボブの店からの帰り道。
「後一つ寄りたい場所がある。観光名所ではないんだけどな」
シオンがリンクで地図を見ながら言う。
「別にかまわないです。寮への帰宅時間まで時間に余裕がありますから」
アルトが答える。
「別に遠くに行くつもりはない。ウィル・オ・ウィスプの出現場所なんだが、アルトの学校の近くだからついでに、だ」
「本来の目的は調査だからな。一つぐらいは観光と関係ない場所に行くべきだろう」
フレイも了承する。
観光につきあわされて不機嫌だったフレイだが、今は機嫌がいい。ボブの店で野菜を少し分けてもらったからだ。コートの異空間ポケットに野菜が入っている。
「じゃあ、こっちだ」
シオンの道案内にしたがい、ついたのは陸橋だった。かなり太い道路にかかっている。その陸橋には黒く焼け焦げた跡がある。ウィル・オ・ウィスプ出現の跡だろう。
だが陸橋自体は封鎖されているわけでもなく、そのまま放置されている。おそらく危険がないと判断されたのだろうとアルトは思った。
フレイは陸橋を隅々まで見るつもりなのだろう。階段の一番下から調べ始めている。
アルトとシオンはとりあえず階段を上り、通路を観察する。
「学校のそばにこんなに大きな通りがあったんですね!知らなかったです」
アルトが陸橋の手すりに乗り出しながら下を見る。太い道路だ。車が何台も通り過ぎていく。
「アルト、心臓に悪いから身を乗り出すのはやめろ」
シオンが注意する。
「観光飛行艇のほうがずっと高かったですし、へスぺリデスの塔も高かったですから、なんか高いのに慣れた気がします。それと比べればそんなに高くないですし」
アルトが言うのと同時に、アルトの寄りかかっていた手すりが崩れる。
「アルト!危ない!」
シオンがとっさに駆け寄りアルトをつかもうとする。だがつかむつもりでそのままアルトにぶつかってしまい、二人の体が大きくかしぐ。そして二人して落下していく。
フレイはそれを地面から見ていたが、とっさに反応しきれない。
見ているうちに二人は落ちていき、陸橋の破片が道路に降り注ぐ。
下を走っていた車が急ブレーキを踏む高い音が響く。
フレイはやっと我に返って、すぐに道路へ飛び出す。
車による危険を鑑みずに、道路に飛び出したのはフレイにしては珍しく慌てていたから。
だがフレイが最悪の事態を想像しながら見た道路の中心には誰もいなかった。
陸橋の破片はある。だがシオンとアルトだけが、世界から存在を忘れられたように跡形もなく消え去っていた。
フレイは混乱する思考のまま周囲を見渡す。
「あの、何か事故があったんですか?」
フレイに声をかけたのは車から降りてきた男性だ。フレイのコートの胸についているハンターのバッジを見ていったのだろう。
「そのはず、だ」
フレイの困惑した言葉に、男性は訳がわからないという顔になる。
「この場所を記録する。しばらく待っていてくれ」
フレイは頭を切り替えて、しっかりと宣言する。
止まっていた車から降りて不安そうな顔になっていた人たちがほっとした顔になる。
フレイはズボンのベルトについているガラス片を指ではじく。
硬質な鈴のような音が響き、シーフィッシュが泳ぎ出る。
翼のようなひれをたなびかせて金魚のようなしかし細長い体をくねらせてあたりを一周する。
シーフィッシュはあたりを記録するとフレイのもつガラス片に吸いこまれるように戻った。
シーフィッシュは犯罪現場を保存したり、ハンターたちの戦闘記録を残すために使われる情報生命体だ。
世界を観測することで自身を確立させる情報生命体であり。普通は川底の石に住み、周囲を記録する。
だがガラス片のような透明なつぶてを好んで住処にするため、シーフィッシュをガラス片に宿すことができる。意思疎通はできないが。住処に衝撃を受けると周囲を記録するため重宝される。
「俺は魔法院に戻る。後の通報を頼む」
フレイは待っていたドライバーたちに言い放ち、反論する隙も与えずに空へ舞い上がる。
羽根つきトカゲのフィンも不安そうな鳴き声をあげながらそれについていく。
フレイは魔法院への直線コースをとる。
魔法院の窓が見える高度まで上がる。地面から相当の距離を上空へ舞い上がる。
魔法院は巨大な建物だ。その最上階には見事なバラ窓が設置されている。今のように日が沈むとバラ窓はライトアップされるために遠くからでも分かる良い目印になる。
フレイは窓を見つけて空を飛び始める。
寒い秋の夜風に当たりながら飛ぶフレイたち。フレイは寒さのあまり体の感覚が鈍くなる。だがそれでも飛行をやめない。
地上にはちりばめられた宝石箱のような夜景。それには目もくれずに目標の大きな丸い窓を目指して飛んでいく。
フレイの脳裏に、落ちていくシオンとアルトが焼き付いて離れない。何度もプレイバックされる記憶にフレイは悩まされる。アルトの迂闊な行動とそれを止めなかったシオンへの怒りがわいてくる。
いきなり消えられて、こちらはどう対処しろというのだ。フレイは頭の中で悪態をつく。
あのお人よしはいつもそうだ。肝心な時にいないか役に立たない。
そんなことをぐるぐると考えていたフレイ。そのせいで外への手中力が低くなっていた。
クゥエー!羽根つきトカゲがふいに鋭い声で鳴く。その声でフレイは我に返る。いつの間にかフレイの飛行高度が徐々に下がってきていた。
フィンがすぐ隣で飛んでいる。クゥエ!フィンが再び鳴く。
いつもはシオンがその意図するところを察知するところだがそのシオンがいない。だがフレイにもその言わんとするところは分かった。
「フィン、五十パーセント拡大。俺をのせてくれ」
フレイの言葉にフィンの首輪の魔具が輝き、フィンが一回り大きくなる。ちょうど人ひとり乗せて運べる大きさだ。
フレイは静かにその背に着地する。
フレイは自分の判断ミスを恥じた。フレイの魔力は莫大だ。だが飛行魔法は常に魔力を消費する魔法だ。使い続ければ寒さや集中で魔力の残量をはかり間違えることは時々おこる。
それはそれだけフレイが内心、心配していたことを示している。だがフレイはそれを心配だと気が付かない。そう思いたくないのだ。
「寒いからな。感覚が鈍くなっていた。よいサポートだ、フィン」
だがフレイはそれを寒さのせいだと言い張る。フィンはその様子に非常に不安に思うが鳴くにとどめる。フィンに人の言葉は話せない。だからフレイの心配を指摘することはできなかった。
魔法院にたどり着くとフレイはまっすぐにアーヴィングの席へ向かう。アーヴィングは彼らの監督官だ。上司と似たような扱いになる。
そしてたどり着いてから、そういえばアーヴィングに連絡をいれていなかったと気が付く。これもフレイらしくない単純なミス。
アーヴィングに連絡をしてから、その席で待つことにした。
アーヴィングの席に陣取るフレイにほかの監督官が目を向ける。だがその形相を見て彼らはフレイとかかわらないほうがいいと判断し、そそくさと自分たちの仕事に戻る。
「フレイ、連絡は見た。大丈夫か?」
アーヴィングはフレイが想定していたよりも早く現れた。黄昏時までにはまだ時間がある。ハンターを総括する監督官はやはりハンターと同じ黄昏時に仕事に就く。
「あいつらが大丈夫なのかどうか、まったくわからない」
フレイが答えて、アーヴィングはフレイが大丈夫なのか、を聞いたつもりだったので苦笑する。
アーヴィングが早く現れたのは彼の隣の席の後輩の監督官から緊急メッセージが来たからだ。いわく『なんかすごい怖い顔をしたハンターらしき人物が先輩の机に座っていて怖いので早く来てください』というものだった。
アーヴィングは監督官同士の緊急メッセージを受け取ってからすぐにフレイのメールを読んだ。そしてその後輩に教えておいた。『そいつは怒っているんじゃない、心配しているんだ安心しろ』『どう見ても怒っているんですけど』『心配しているのを怒っているのと勘違いしているんだろう』『なんですかそれ、超めんどくさい人ですね…。アーヴィングさんが抱えるハンターは問題児ばかりだとは聞いていましたけど。本当に…変わり者ですね』後輩のあきれの混じった返信は物好きのアーヴィングに言ったものか、フレイについて言ったのか判断がつかなかった。
どちらにせよ後輩に事実を指摘されてアーヴィングは苦笑した。
「それは心配だな」
「別に心配はしていない」
アーヴィングは再び苦笑する。フレイは今自分がどんな顔をしているのか、分かっていないようだ。
いつものしかめっ面がさらに凶悪な顔になっている。眉根の谷が深く刻まれている。フレイはやはり案外わかりやすいなとアーヴィングは思う。意外とシオンのほうが感情を隠すのがうまいのだ。
「ただ、急に消えた二人、とウィル・オ・ウィスプの関連性が疑われる、と考えた」
「それは確かにあり得そうだ。とりあえず会議室で話すか」
フレイたちは会議室へ向かう。
「とりあえずは情報のすり合わせをしたい。だがお互いどこまで知っているのかはわからない」
フレイが急く気のままに言う。
「そうだな、まずははじめからウィル・オ・ウィスプの資料を見ていくか。俺が魔法院の持っている情報を整理して説明する」
アーヴィングは言うと、置かれているホワイトボードに情報を書き込みながら話す。会議室には『アクセス』が設置されているが、データスフィアに情報を乗せたくない場合も想定してホワイトボードも各会議室に置かれているのだ。
「ウィル・オ・ウィスプが始めに観測され、記録されたのはもう一か月も前だ」
アーヴィングが一か月前。とホワイトボードに書く。
「一か月も経っているなら、もちろん魔物としての脅威の度合いも相当に高いはずだな。記録に残っているのが一か月前なら、記録に残される前にもすでに存在していたはずだからな」
フレイが言う。一般的に魔物は夜をこすごとに力を増していく。そして戦闘などで刺激されるとその成長速度はさらに上がる。
「そうだ。現在すでにレベル九だと魔力観測所は発表している」
アーヴィングが頷く。
「それで魔法院がウィル・オ・ウィスプに特別な賞金を懸けた、ということだな」
フレイが納得する。
「いや、賞金があがったのには他にいくつかの理由がある」
アーヴィングは今度は首を横に振った。
「ウィル・オ・ウィスプが神出鬼没で、どこに現れるのか、予想がつかないため、か?」
フレイは推測する。
「それももちろん理由の一つだ。ウィル・オ・ウィスプは魔力観測所に観測できない。どうやってかいくぐっているのかはわからないが、いつも唐突に現れて、唐突に去って行く。そのため、準備して退治することが難しい」
アーヴィングが言う。魔法院の作るハザードマップは魔力観測所による魔物の観測に基づいている。
これにウィル・オ・ウィスプが表示されない。
それはかなりの危険性をはらむ。
突然現れるため、一般人が避難することがかなわない。そして、出現ポイントにハンターを投入して待ち伏せすることができない。
どんなに強い魔物でも、複数のハンターが連携すれば、倒すのが大分有利になる。
だが、出現場所が分からなければ、ハンターを配置できない。
「もう一つ、理由があるのか?」
フレイが聞く。それだけでもすでに賞金をあげるだけの理由となっているはずだ。
「出現場所がメインロードに多いんだ。それに飛行艇に、ヘスぺリデスのシールド塔ときている。ウィル・オ・ウィスプはクラウドナインのかなめに現れることが多いんだ」
アーヴィングが説明する。
「なるほど、メインロードは魔法院の管理区域。そこで魔物が発生するとなると、魔法院は威信をかけて、魔物を退治するはずだな」
フレイは納得する。
普通は魔法院の管理区域はハンターでなく、魔法院直属の部隊が魔物を駆除している。
だが魔法院の管理区域は広い。そして魔法院の直属部隊は少数精鋭。
ウィル・オ・ウィスプのようにどこに出現できるか分からない。そういう魔物には対処しづらい。
そのため、賞金を懸けて、ハンターたちを利用した人海戦術にのぞんだのだろう。
「理由は分かった。それでウィル・オ・ウィスプの出現情報にまで賞金がかけられているんだな。つまり情報を手に入れさえすれば魔法院が直接奴をたたく。そうなったほうが魔法院のメンツもたつ」
フレイは納得する。魔法院としてはハンターに依頼と賞金を出したが、できれば自分たちの手でことを収束させたいのだろう。
管理区域の魔物を倒せないのでは魔法院の信用にきずがつく。
「それで、お前たちは、何か手がかりを探して、今日ウィル・オ・ウィスプの出現ポイントを調査したんだな?」
アーヴィングはフレイたちからの報告でそれを聞いていた。
「そうだ。例外的な場所を巡った。ウィル・オ・ウィスプは情報によると主に道に現れている。他の場所に現れた理由があるなら手がかりになるかもしれないと思ったからだ」
フレイが首肯する。
例外の調査を勧めたのはロアだ。ロアはフレイたちの情報提供者で、古き伝承に詳しい。
魔法は伝承にヒントが隠されていることが多く。ロアはいつもフレイたちに有益な情報を提供してくれる。
だが今回はその条件に合致する伝承を思いつけなかったらしい。
それでフレイたちは現場を、とりわけ例外的なものを調査したのだ。何かい情報が見つかればロアの知る伝承の中にヒントが見つかるかもしれない。
「それで、何か分かったのか?」
アーヴィングが期待するようにフレイに聞く。
フレイはその質問にしばし目を閉じた。アーヴィングを待つ間フレイはずっとその疑問を考え続けていた。シオンとアルトの命がかかっている可能性もある。そんな焦燥がフレイの推測能力を大幅に上げた。フレイは頭の中で推測を整理する。そして答える。
「飛行艇で会った元ガイドの老女が言っていた。飛行艇の炎は魔物の仕業ではなく人災で。飛行艇はそれを隠すために魔物のせいにしたという噂があるそうだ」
「なるほどな、つまり飛行艇への出現は除外していいということか」
アーヴィングが例外、と書かれたグループから飛行艇の単語にばつをつけ除外する。
「だがヘスぺリデスのシールドベルの塔の魔物の出現は間違いない。多くの魔法院の職員がそれを目撃している。俺も直接は見れなかったが、騒ぎになったとは聞いた。透明な塔だ、中の様子ははっきりと目視できる」
アーヴィングがヘスぺリデスのシールド塔、とホワイトボードに書き込む。
「魔法院の方ではなにか手がかりはないのか?」
今度はフレイがアーヴィングに聞く。自分の推論の裏付けが欲しかった。今のままだとただの推論にすぎない。
「そうだな…別の監督官から聞いた話だと、メインロードに出現するウィル・オ・ウィスプは主に横断歩道に現れているのではないか、と推測しているチームが多いらしい」
アーヴィングが答える。
「横断歩道に、メインロード、歩道橋、横断歩道に出ているなら、歩道橋も同じような扱いなのかもしれないな」
フレイが考えた末に言う。
「だがそれではヘスぺリデスのシールド塔に現れた理由が分からない」
アーヴィングが指摘する。
「……もしかしたら、長さ?なのか?と俺は思った」
フレイはアーヴィングの意表をついた説明をする。
「どういうことだ?」
アーヴィングがとっさには意味が分からず聞く。
「つまり、ヘスぺリデスのシールド塔は長い階段がある。最上階まで続く、長い階段。メインロードもかなりの太さの道だ。魔法自動車(ムーブボックス)が四台は同時に走れるほどのもの。横断歩道も自然と長くなるはずだ」
フレイが早口で説明する。何か革新的な答えを得た。そんな気がした。
「なるほどな。つまり普通の建物だと、階段の長さはごく短い。それがシールド塔では一定の長さ以上がある。ということか。それは思いつかなかったな。新しい発見かもしれない」
アーヴィングがうなる。
「俺に情報源がいる。そいつにあたってみる。前回は、消えては現れる魔物について聞いた。だがそうでなく、人が消えて現れている伝承であるなら。何か新しい情報が出てきそうだと思う」
「よし、そちらは任せた。アルトの学校には俺が連絡を入れておこう」
「よろしく頼む」
フレイがほっとして言う。アーヴィングのほうがフレイより人とのかかわりになれている。フレイは自分が説明すると他人を怒らせる可能性が高いことも理解していた。もしかするとアルトの母親にも連絡を入れる必要があるかもしれない。アルトの学校の外出許可は自分たちがサインしたのだ。アルトの安全を守る義務と責任は自分たちにあった。だがフレイには息子を守り切れなかったハンターに怒る母親を相手にするだけの力がないと感じる。
「とりあえず、今日のところは事務所に帰れ。シオンがいない今、魔物は倒せない。それにここに来るまでに魔力を消費したんだろう?公共機関を使って早めに帰るといい」
アーヴィングが心配して言い添える。
「分かっている」
フレイは自分では何もできない無力感を感じながらも魔法院を去った。
そして事務所へたどり着く。
いつもの癖で郵便受けをのぞいた。いくつかの手紙。大体が広告だ。だがその中に一つ手書きの目を引く手紙が混ざっていた。今時印刷物でない手紙を送る人間は少ない。するとシオンの友人からの手紙だろうか?シオンは交友範囲が広いし社交的だ。面白そうだという理由だけで文通なども始めそうである。
フレイはそれでも怪訝に思いその宛名面を裏返し、差出人を見る。
そして大きく嘆息した。
差出人は、シオン・アイグレー。
フレイは手早く手紙を開けてざっと読む。
天を仰ぐと、安堵ともあきれともつかない大きなため息が出た。
シオンの手紙、その内容の能天気さに安堵を通り越して腹立たしささえ感じる。
同時にフレイのリンクが鳴った。通話の相手はアーヴィングだ。
報告の手間が省けたなと思いながらフレイは通話に出る。
「フレイ?学校に確認したらアルトはもう帰宅していた。おまけに数時間分の記憶がないらしい」
アーヴィングの言葉にフレイは手紙の差出人がシオンで間違いないと確信する。
「シオンのやつ、俺に手紙をよこした。しかもあのバカいつものお人よしを発動させている。…心配して損した」
フレイが怒り紛れに言って、電話越しにアーヴィングが苦笑する。
「やっと心配していたことを認めたな」
フレイはなんと言い返せばいいのか分からなかった。確かに自分は心配していたのだ、と認めざるを得なかった。
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