3章1話 観光遊覧艇
秋の寒風が吹きすさぶ中。
空をゆく飛行艇の船のデッキには大勢の人々がいる。
みなデッキの手すりに乗り出し、物珍し気にはるか下を見ている。
はるか下にはクラウドナインがそびえている。世界に六つしかないポータルステーションの置かれた魔都。
古代の森と呼ばれる、魔獣自然保護区から、そそりたつ台地の上にその都市はそびえている。
たくさんのビルが立ち並ぶ様子はまるでいびつで壮大な城のよう。
そびえる台地の下には海のように深い青色をした湖がある。それが余計にクラウドナインを城のように見せている。湖が中世の城の堀のように見えるためだ。
それをそう感じるのは空高くから見下ろしているから。実際は土地が狭くとも近代的なビルの立ち並ぶ近代都市である。日の光に、窓が光を反射してきらめく。空へ争うように伸びるビルは、奇抜な形のものも多い。魔法の存在するこの世界では、かなり複雑な建物を建てるのも魔法を使えば可能であるからだ。
クラウドナインの円周上に置かれた空港からいくつもの飛行艇が飛び立ち、クラウドナインを去り、あるいは訪れる。
その数は多く、クラウドナインがいかに繫栄しているのかを感じさせる。ここで作られた魔具を乗せていく飛行艇はこのクラウドナインになくてはならないもの。土地の面積が少なくともこの都市には世界で一番飛行艇が飛んでいる、とさえ言われる。
この飛行艇はクラウドナインの上空をはなれない。クラウドナインの外ぶちの円周上をはるか上空で旋回している。まるで獲物を探す鳥のように。
遠い地点の人と荷物を運ぶ、飛行艇でありながら、クラウドナインの特産物たる魔具も乗せていない。
なぜならこの飛行艇はクラウドナインの観光用の遊覧艇だからだ。
その証拠に、デッキの人々は遥か下のクラウドナインを指さし、各々の言語で、何かしゃべりあっている。観光飛行艇なだけあって、国内のみならず海外からの観光客も多いためだ。
「うわー!すごいな、クラウドナインが小さい」
そんな中の一人、アルト・アトラスが風に負けない声で叫ぶように言う。
飛行艇の甲板部分は開けていて、下の様子がよく見える。
巨大な風船の陰にあるため、アルトのいる船の上には日は当たらない。それでも冬の良く晴れた朝に窓を開けたかのような解放感がある。
アルトはクラウドナインの出身でないため、観光飛行艇に乗るのは初めてだ。だから余計にわくわくしていた。手すりから乗り出して熱心に下を見ている。
「そんなに身を乗り出して怖くないのか?それに多少は観光をしたんだろう?何がそんなに面白いんだ?」
それに対して退屈そうな顔のフレイが言う。
正面から吹いてくる向かい風に帽子を取られるのを危惧してか、いつものような男物の帽子を被っていない。
そのため、頭から伸びる一本の角が隠されずに外にさらされている。魔力を増幅された人間、魔人の証。
フレイが着ているのはいつもの、黒色のひざ丈まであるトレンチコート。彼は夏も冬もかまわずこのコートを着ている。防寒防暖の効果と反魔法が布地に織り込まれていて、いつ着ていても快適らしい。
飛行艇に吹き付ける冬の風にそのコートは裾が大きくはためいている。フレイはさすがに寒かったようだ。コートの前のボタンをすべてとめる。少しでも暖気を逃がさないように。
冬のこの時期、この高さの風は冷たく容赦ない。
そして寒くともマフラーや帽子などをつけていればたちまち風に飛ばされてしまう。だから飛行艇の吹きさらしのデッキの上で防寒に使えるものが少ないのだ。
「大丈夫ですよ。飛行艇のデッキ部分にはシールド魔法が張り巡らせてあるって聞きましたし。それにフレイさんには珍しくなくても僕には物珍しいです。フレイさんはいいなあ空が飛べるなんて」
アルトは上空からの景色に満足しているようである。
フレイは飛行魔法がつかえる。無詠唱で使える固有魔法だ。飛行魔法は魔力の消費が激しいため、相当な魔力量が必要とされる。使えるものは限られている。
「遊びに来たんじゃないんだぞ」
フレイが不満を漏らす。そう、フレイたちが観光飛行艇に乗ったのには理由がある。
「分かっていますよ。ハンターの仕事です。でもついでに思いっきり観光したほうがお得ですよ。飛行艇の代金は払ったんですから」
アルトは言う。
そう、ハンターのレイとシオンはこの観光用の飛行艇に調査の仕事で来ていた。よく見るとデッキの上、彼らの周りにもハンターらしき人がちらほらいる。
彼らは一様に眼下のクラウドナインには目もくれず、飛行艇の床を調べたりしている。
「シオン、お前が言いだしてこの船に乗ったんだぞ。何か有効な手掛かりを手に入れろよ。そうでないと時間の無駄だろう」
フレイが仕事上の相棒であり、その隣に立つシオンに言う。
「とはいっても全然変な魔力とかは感じないんだよな。床に書かれたシールド魔法の魔法陣とか、上の飛行艇の飛行魔法の魔法陣と、プロペラぐらいからしか魔力を感じない」
シオンが正直に答えた。シオンは魔力の探知ができる。魔法が発動する時は必ず魔力の流れがある。
「まあまあ、そんなに簡単に解決できるなら、もうとっくに別の人が解決していますよ。それより時間とお金の無駄にしない簡単な方法があります。観光を楽しむことです!」
アルトがのんびりと言う。今日はシオンたちが観光遊覧艇の運賃をもっている。
「そうだぞ。アルトには普段無給で働いてもらっているんだから、観光ぐらい付き合ってやってもいいじゃないか」
とシオンは主張する。アルトの依頼を受ける代わりとはいえ、高校生をただ働きさせているようで、シオンとしては申し訳ない気持ちがあった。
だから、魔物の調査のついでにアルトに観光を楽しんでもらうつもりだった。
なぜ、そんな言い訳が必要だったかというと。
「観光はついでで、魔力探知のできる自分なら何か手がかりを得られるかもしれないから、この仕事を引き受けると言ったんだから、とりあえず建前でも仕事もしておけ」
お金の無駄遣いが嫌いなフレイがいるからである。そしてただの観光なら、フレイがついてくることはありえない。シオンとアルトで勝手に行け、と言いそうなのは予想できる。
だがクラウドナインに住んで長いのはシオンではなくフレイのほうだ。シオンとしてはクラウドナインをよく知っているはずのフレイが来たほうがいい。フレイも観光に連れてくるなら、それなりの理由が必要だった。
フレイはそのことを察してはいたが、確かに魔物の調査もできる。それにアルトにアルバイト料を出していないことに少なからぬひけめを感じていたためフレイはその案にのることにした。
「フレイさん!あそこに魔法院が見えますよ!さすがに巨大な建物だからなあ」
アルトがフレイの注意をそらそうとする。シオンとフレイが喧嘩を始める兆候を感じ取ったからだ。この二人の相棒は気をぬくとすぐに言い争いを始める。
「きゃっ!」
アルトの隣でクラウドナインを見下ろしていた老女が小さく悲鳴を上げる。
風が彼女のマフラーを持って行ってしまったのだ。赤色の暖かそうな色のきれいなマフラーだった。落ち着いた色合いで、えんじ色とも取れる色だ。
大切なものだったらしく、老女は飛んで行くマフラーを見て悲しそうな顔になる。すでに飛行艇の甲板を離れて手の届かないところに飛んでいる。
「フィン!あれを取ってくれ!」
シオンが肩に乗っている羽付きトカゲのフィンに命ずる。
フィンは即座に翼を広げ、スカーフを追って空中へ。
飛行艇のシールド魔法はある程度大きなもののみを通さないシールドだ。
そのため風や、マフラー、そして猫ほどのサイズの羽付きトカゲなどはシールドに引っかからずに通り抜けられる。赤ん坊は飛行艇に乗ることは許されないのはそのためだ。
小さな飛竜は器用にスカーフを空中でくちばしにくわえると、旋回して飛行艇のデッキに戻る。
それをシオンが受け取り、持ち主の老女に手渡す。
「まあ、ありがとうございます。ありがとうね。小さな飛竜ちゃん」
老女はマフラーをシオンから受け取り、その腕にとまっているフィンの頭をなでる。
そして今度こそ風に奪われないようにマフラーをカバンにしまった。
「ごめんなさいね。飛行艇の上でマフラーをするとなくなってしまう場合もあるからダメだってよく知っているのだけど。寒さに負けてしまって。私ももう年ということね。昔は冬の飛行艇にコート一枚で平気だってのに」
「分かります。俺は高校生ですけど、めちゃ寒いです。だから年のせいではないと思いますよ」
アルトが老女に言葉を返す。勇気のあるアルトは、知らない人とも気さくに話す。
「あなたたちは、ハンターなのかしら?」
老女はアルトとフレイ、シオンを見て聞く。フレイとシオンはハンターの証である方位をしめす星かたどったバッジを上着につけている。
「そうです。ウィル・オ・ウィスプの調査で来ているんです」
シオンが言う。
「私もニュースで見たわ。ウィル・オ・ウィスプ。炎の球のような姿の魔物。何度も目撃されているのに、誰にも退治できていないって。何でも突然空中から現れて、出現場所に炎をまき散らして消える謎の魔物、なのよね?」
「そうです。観光用の飛行艇もその出現場所の一つだったというので、調べているんです」
シオンが答える。
「そう、なの。確かにニュースになってた。飛行艇の風船部分で火事が発生して、あわや墜落の大惨事になりそうだったって」
老女は心配そうに言う。魔物が出現するのは夜遅くの「黄昏時」と決まっている。ただし、観光飛行艇は夜も飛んでいる。その一つにウィル・オ・ウィスプが出現したという情報があった。その調査のためシオンたちはこの遊覧飛行艇に乗っているのだ。
夜のクラウドナインはその夜景が有名だ。きらめく窓の明かりを暗く沈んだ湖が照らし返し、美しい夜景が見れるのだという。そのための夜の遊覧飛行艇があるのだ。
「本当に魔物の仕業。そうだと、いいのだけれど…」
老女は顔を暗くさせてつぶやく。
アルトにはその言葉の意味がピンとこない。魔物の仕業であったほうがいい、という理由が分からなかった。
「どういう意味ですか?」
アルトが老女に聞く。
「飛行艇の関係者の噂によると、本当は飛行艇の風船の部分に魔具が混入して起きた事故で、それを隠ぺいするために魔物のせいにしたらしいの」
「それは大ごとですね」
アルトが同意する。魔法に魔法は通せない。だから魔方陣が裏に描かれた飛行艇の風船部分に魔具が混入すれば魔法が干渉する。そのようなことが起きないように飛行艇の整備には細心の注意がはらわれている。
「ごめんなさいね。こんな話をしてしまって。私は飛行艇とは縁があってね。それつてに聞いたの。暗い話はやめ。あなたはこの飛行艇は初めてみたいに見えるわ」
老女がアルトに言う。アルトがさっきから身を乗り出さんばかりにクラウドナインを見ていたからだろう。
「この二人はクラウドナインは長いらしいんですけど。僕は今年の九月にクラウドナインに来たんです。なので飛行艇は初めてで」
アルトは自分がおのぼりさん丸出しだったことに少し恥ずかしい思いをしながらも言う。
「なら、私がクラウドナインの観光案内をしましょうか?地上のことを説明するわ」
老女が申し出る。アルトはその申し出に驚いて目を瞬かせた。
「あなたはクラウドナインに長く住んでいるんですか?」
アルトが興味を持って聞く。相当な自信がなければ、観光案内をするなんて言い出さないだろう。とすれば、ずっとこのクラウドナインにいた者なのかもしれない。
クラウドナインは、人口密度の高い都市だが、他の場所からの流入者が多い土地だ。ポータルゲートがあることも相まって、訪れやすい場所であり、魅力のある都市であるためだ。
「生まれも育ちも、このクラウドナインなのよ。若かった時は遊覧飛行艇で観光案内をしていたこともあるのよ?」
老女は昔を懐かしむように目を細めて言う。
「プロのガイドさんだったんですね。ぜひ観光案内を聞きたいです」
アルトがありがたい申し出に喜んで言う。正直、遠くから見えるクラウドナインのどこがどうなっているのか、よくわからない。
ガイドブックと照らし合わせようとすると、飛行艇が動いているため、目を離したすきにビルの陰に隠れて見えなくなったりする。
そして眼下のクラウドナインはミニチュアのように小さいのだ。その中から見たいものを探すのは難しい。
「俺も、正式に観光とかしたことがないので、話を聞きたいです」
シオンも言う。シオンは比較的長くクラウドナインに住んではいるが実は外の出身者だ。
そして、観光飛行艇はそこそこの値段がするので、アルトを観光させるという目的なしには乗ろうという気がおきなかった。懐具合がかつかつのシオンたちだ。お金の無駄はできない。
そして、観光飛行艇でも、ガイドのついている飛行艇のほうが当然値段も高い。なるべく出費を抑えたいシオンたちがのっているのはもちろん安いほう。だから、この飛行艇には正規のガイドさんがいない。
「まず眼下に見えるクラウドナインで一番目に付くのが中心にある建物。魔法院ね。それと向かい合うように市庁舎が川を挟んで建っている」
老女が一番分かりやすい建物を指して言う。
魔法院。縦横幅ともに最大級の建物である。さすがにこれを見逃すものはいない。頂点を飾る巨大な円形のバラ窓が、きらきらと日差しを反射している。
「魔法院にはこの後行くことにしているんです。行く予定があるのでガイドブックもばっちり読みました」
シオンとフレイはこの後魔法院に寄る必要がある。それについて行くだけだが、アルトはそれも楽しみにしていた。
魔法院は犯罪捜査と魔物退治、魔法研究に学院を兼ね備えた機関だ。観光地ではない。しかしその建物は壮麗で見ごたえがあるため観光客も時に訪れる。
だが普通はその外観を眺めるにとどまる。なぜなら一般人の立ち入りは禁じられているからだ。
これは保安上の理由である。同時にハンターたちも出入りする受付のある一階までも解放されていないのは観光客が押し寄せると、ただでさえ混雑する一階が余計に混むからという実利的な理由もある。
だが今日、アルトはハンターの付き添いとしていくので中に入ることができるのだ。
「そうなのね。なら、魔法院の説明は飛ばしましょう。そうして、魔法院を中心に東西南北にメインロードがひかれている。上空からでも分かるぐらいに太い道路でしょう?そこは魔法院の管理下に置かれていて、魔物が出現しないエリアでもある。メインロードはクラウドナインでも特別な道よ。メインロード沿いにはごく限られたものだけが出店できる。おいしい料理が出るレストランなんかも多いの」
老女は生き生きと語る。
「大広場も見えますね」
アルトがそれぞれのメインロードの先、中心から離れたところにある円形の広場を指さす。車が通れるロータリーも兼ねた広場は広く、上空からでも容易に見つけることができた。
「そう、メインロードには東西南北にエレメンタルの広場が据えられている。地水火風の広場ね。それぞれのエレメントと対応する方角に置かれている。地は北に、水は西に、火は東に、風は南に」
老女はそれぞれの広場を指さす。
「風の広場が、風呼びの大樹、火の広場に炎のクリスタル、岩の広場に古き墓石、水の広場に大噴水があるって聞きました」
アルトが広場に据えられた地水火風になぞらえたものを思い出す。
「ほかに上空からはっきりと見えるのはクリスタル・カナルね」
老女がきらきらと太陽光を反射して輝いて流れる川を指し示す。これも、メインロードと同じぐらい太く、まっすぐにクラウドナインを両断するように流れている。
「クラウドナインを北東から南西に斜めに分けているのが、クリスタル・カナル。まっすぐな川であるのは、後から人間の手で作られた人工の川だから。魔法の大水車がクラウドナインの下にある湖から水を引いているの。魔法の大水車によってさかのぼる滝があり、川の終わりには滝ができている」
「大水車がクラウドナインでも指折りの高性能な魔具なのは知っています。大水車で水を引きあげていることも。でもクラウドナインの隆起した地面の周囲にはもともと湖がありますよね。それはどうしてなんですか?この辺は湧水があるわけではなさそうだし。川ともつながっていない。なのに、クラウドナインの周囲を囲む湖はそのままですよね?」
アルトがずっとわからなかった素朴な疑問を投げかける。
「それはね。あの湖の奥底には巨大な魔力クリスタルが沈んでいると言われている。それが、長い年月の中で、空から降り注ぐ雨の水の魔力を吸い上げて水の魔法に染まっているの。そして無限に水を吐き出す力を得たと言われているわ」
老女が丁寧に説明する。
「シオンさんフレイさん、一度見に行きたいです。大水車」
アルトが目を輝かせる。
「もちろんいいぞ」「あんな観光客しか行かないところに行くのか…」
もちろん、肯定したのがシオンで、嫌そうな顔になったのはフレイだ。
「クラウドナインを見ていて、他に何か疑問点はある?」
老女が今度はアルトに質問を投げかける。すべてをあらかじめ説明するのではなく、アルト自身になにか疑問を感じてもらおうとしている。そのほうが聞き手の興味を引き付けられる。そんなところからも老女は良いガイドだったのだろうとうかがわせる。
「なんだか、上空から見ると貧富の差が分かりやすい気がします」
アルトがクラウドナインを観察しつつ言う。他の建物などの特徴あるものを見つけようとしたが、遠すぎてよく見えない。そのため全体の印象だけを口にした。
クラウドナインの北の建物は建物の窓が日の光に反射してきらきらと輝いている。ちょうどアルトの後ろの方から太陽の光がさしているからだ。
だが対して南側の窓はそこまでまばゆくない。建物自体も古びているように見える。
クラウドナインは比較的新しい都市だ。
地震もないため、石造りの建物が多い。つまり建て直すことはあまりなく、古びた石造りの建物も珍しくない。
だが、それでも建物の色合いに違いが出ている。それはすなわち新しい建物であるか否かだけでなく、建物がきれいに保たれているかどうか。
高いビルなどの建物はきれいに保つことが難しい。魔法で空中に浮遊し、掃除をする仕事もある。だがそれを雇うにはそれなりのお金がかかる、と言うことだろう。
「そうね。クラウドナインは主にクリスタル・カナルによって、貧富の差が分かれている。クリスタル・カナルの北が裕福で、南が貧しい。それがなぜか知っている?」
老女はアルトに質問を投げかける。
「学校に入るときに、南側は危険だからあまり近づくなって言われただけで、なぜか、までは知りません。俺はこの土地の出身ではないんです」
アルトが言う。
「それはこのクラウドナインの成り立ちに関係しているの。このクラウドナインの歴史は知っている?」
老女が問う。アルトに質問を投げかけることで、アルトが自分で考えるように仕向けている。そのほうがただ聴くだけより頭に残りやすいと分かっているからだ。
悩んで答えを考えて、外れれば悔しいし、当たればうれしい。どちらにせよ頭に残りやすい。
「ええっと、確か昔、クラウドナインは有名な鉱山だったんですよね?天然の魔力クリスタルの採掘ができていたって聞いています」
アルトもそれぐらいは知っている。
「そう、このクラウドナインは魔力クリスタルの一大産地だったの。今はもう地下に天然の魔力クリスタルは残っていないと言われているけれど。多くの鉱夫が働いていた。魔力クリスタルで一獲千金を求めて、多くの人がこのクラウドナインに移住した。鉱夫は魔力クリスタルの取れ高によっては、莫大な富を得られたから」
老女が説明する。
「それと、貧富の差が何か関係があるんですか?」
アルトが興味を持って聞く。
「そしてね。魔力クリスタルの取れるところに一番近い場所で、魔具の作成も行われていたの。これが後から来た、魔具技士の集団を形成した。彼らは高度な技術で、魔力クリスタルを使った魔具を作り始めた。これは一獲千金より安定して明確な収入源となった」
老女がアルトにもわかるようにヒントを出す。
「つまり、魔具技士が裕福で、鉱夫は貧しかったんですね。それがクリスタル・カナルを挟んで住んでいた」
アルトが理解する。
「そのとおり。それが今でも続いているということ。南には鉱夫たちの末裔が住んでいる。貧しい家で生まれたものはよほど飛び出て頭がいいか、力がないと貧しいままのことが多い。貧しさの連鎖が続いている。それに魔力はある程度は遺伝の影響もあることも理由にある。魔具技士の子孫の方が魔力が高いことが多い」
「なんだか悲しいですね。あんなにきれいな川、クリスタル・カナルがクラウドナインの分断を象徴しているみたいです」
「そしてなぜ、陸の孤島であるこのクラウドナインが人と富の集まる魔都となったか、は分かる?」
老女が再びアルトに質問を投げかける。
「それは知っています!ポータルステーションがあるからですよね。六大ポータルステーションの都市。それがクラウドナインだって聞いています。ポータルステーション間なら一瞬で移動できる。だから交通のべんが悪いクラウドナインに人が集まるんですよね?」
アルトが得意げに知識を披露する。
「半分だけ、正解ね」
老女がそんなアルトの自信を粉々に打ち砕く。
「半分だけ…。五十点か」
アルトが落ち込む。そんなアルトを見て老女は慌てたように説明する。
「ポータルステーションがある、というのは間違っていないわ。ポータルステーションは世界に六つしかない存在。世界が崩壊するためそれ以上は増やせない。そのおかげで、陸の孤島であり交通の便の悪いクラウドナインへの移動が簡単なのはたしか。ただ、それだけではないの。クラウドナインが今も魔具の開発の最先端をいっているから。それはひとえにこのクラウドナインの魔力のおかげなの。クラウドナインは魔力が噴き出るパワースポット。その豊富な魔力のおかげで魔具の開発がしやすい環境であり。そして天然のクリスタルがとれなくとも、人工の魔力クリスタルの生産が可能だから。魔力と魔力クリスタルの地、それがクラウドナインなの」
そして老女は巧みな話術でクラウドナインを紹介していく。それには彼女のクラウドナインをほこりに思う気持ちが伝わってくる。
そして、飛行艇が遊覧飛行を終えて、高度を下げ始める。
説明を終えた老女は寂しそうに、クラウドナインを見下ろす。だんだん近づいてくるクラウドナインがまるで遠ざかっていくかのような、悲しい目をしてみていた。
「どうしたんですか?」
彼女の表情は悲しみのようにもとれる。切なさそうな顔だ。
「いいえ、問題ないわ。大丈夫。ただ、もうクラウドナインも見納めなのねと思うと、寂しくなっただけだから」
老女は首をふり、アルトの方に悲しそうな微笑みを向ける。本来喜びを表す微笑みのはずなのに、悲しんで、無理に笑っていることが伝わってくる。アルトに心配をかけまいとしているのだろう。
「見納めって、どういうことですか?クラウドナインをはなれてしまうんですか?」
アルトが聞く。
「そうなの。今週末に引っ越しが決まっているのよ。だから最後にクラウドナインを一目見たくて、この日飛行艇に乗ったの」
老女が言う。だがクラウドナインを見つめる目には名残惜しさが感じられる。それは自分の意志で立ち去ろうとするのではなく、そうせざるを得ないのだ、という状況が想像できる。
「そうなんですね…。こんなにクラウドナインが好きなのに。それは案内を聞いていれば分かります。なにか離れなければならない理由があるんですか?」
アルトが質問する。
「もう年金暮らしで、生活していくのが厳しくてね。娘を頼って他の土地に行くことになったの」
老女が声に寂しさをにじませて言う。そこには新たな生活への不安もあるようだ。
「クラウドナインは富と人の集まる街。土地が狭いせいで、地価も高いし、物価も高いですから。俺たちもそれは分かります」
シオンが同意する。底辺に近いハンターであるシオンとフレイも、ここに住み続けるのにお金が必要になることを身に染みて理解している。
シオンとフレイも家賃を少しでも減らそうと、倉庫街の倉庫の一つに間借りしているくらいだ。
「そう、私はこのクラウドナインに思い入れがあるけど、ここで育てられた娘はそうじゃなかったみたい。クラウドナインから離れたところに身を落ち着けている。もしかしたら緑の多い田舎に憧れがあったのかもしれないわね」
老女がつぶやくように言う。
「じゃあ、クラウドナインに帰ってくるのは難しいんですね」
アルトがしゅんとする。彼に何かできることではない。彼はただの子供だったしお金もない、それに老女を良く知っているわけでもない。今日会っただけのただの赤の他人だ。
「いいのよ。最後にクラウドナインの案内までできて、うれしかったわ。まるで案内士をしていた若いころに戻ったみたいだった。それにね。新しい生活にわくわくする気持ちも、少しだけどあるのよ?」
老女はアルトに温かく微笑みかける。今度はうまく笑えていた。おそらく楽しみな気持ちもあるのは確かだろう。
「そのうちクラウドナインに遊びにこられるかもしれないですね」
アルトが場を明るくしようとして言う。
「そうね。孫が成長したら、いつかこの街を案内したいわね。遊覧飛行艇で、今日みたいに」
老女は遠い未来に思いをはせて言った。
「僕も今日の案内のおかげでクラウドナインをよりよく知ることができて、楽しかったです。ありがとうございました」
アルトが礼儀正しく老女に礼をする。
「そうね。私も最後にクラウドナインを案内出来てよかったわ。ありがとう」
老女は言う。
そして名前も知らない彼女と、アルトたちは飛行艇を降りて別れた。
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