3章プロローグ
わくわくとした。高揚した気持ちで、彼は描かれた線を指でなぞる。
また飽きずにクラウドナインの地図を見ていた。
彼らがこれから向かう場所。心は遠く旅をする。
地図の中心に据えられているのは、市庁舎と魔法院。政治をつかさどるところと、魔法をつかさどるところ。クリスタル・カナルを挟んで並び立つそれらは物理的にも精神的にもこのクラウドナインの中心にある。
中心から四方に伸びる太い道路。坑夫が歩き、坑道に潜るために作られた道。メインロードと呼ばれるその道の先、東西南北に大広場が設置されている。
それはかつての坑道の入り口だ。何人もの坑夫を乗せてきた、フロウト(魔法エレベーター)があった場所。もう、坑道は昔と同じように採掘にはつかわれていない。そのフロウトの穴を土魔法で固めて封印したことで生まれたクラウドナインの余白。それが大広場とされた。
地水火風を象徴するそれぞれの広場。
地には古の岩、水には流れる噴水、火には炎のエレメントをやどした水晶が、風には風を呼ぶ大樹が置かれている。
それぞれが作られたのと同時に、クラウドナインに新たな祭りが作られた。
クラウドナインには観光目的で来るものも多い。彼らをもてなすための祭り。
風の大広場では、花風の祭りが。春告げる風の祭り。
風呼びの大樹の白い花がなる時に、人々は白い紙の花を作り、願い事を書いて風呼びの大樹の周りに置いていく。魔法院の風魔法使いが、大樹の魔力を使い、広場全体を埋め尽くす白い花を花弁のように吹き上げ、古代の森に散らしていく。ひらひらと昼の日に白く輝く花。その光景は大樹から花が散っていくように見える。
水の大広場では呼び水の祭りが。幸せ呼ぶ夏の祭り。
噴水が広場全体を覆うほどに広がり、そこで水浴びをする人もいる。魔法院の魔法使いが、地上の湖の水を転移させ、晴れた日刺しのなか、雨が降る。たとえその日が曇っていても、本当の雨が降っていても、それも魔法で水滴に変えられて、空に晴れ間が戻る。夏の日差しの中きらめくしずくたち。虹が出ることも多い。この日には建物を水で掃除し、ついでに水遊びに興じる人も多い。街の中でも水着で歩くことが許される。年齢に関係なく大人も子供も、水遊びに参加する。
土の大広場では墓地の祭りが。死にゆく人死んだ人を想う秋の祭り。
この日は土の広場の古の岩に、多くの花やろうそくが添えられる。夜になると、人々は思い思いの死者を思い浮かべ、幻の炎を夜空に放つ。その炎の形は、人によって違う。いろんな種類の花であるのが一般的だ。この日のために、さまざまな形の花の灯りを打ち上げる魔具が売られる。たいがいは故人にちなんだ花が選ばれる。故人が好きだった花、亡くなったときに咲いていた花、思い出の花。無数の灯りが、灯篭のように空に昇っていく。クラウドナイン全体が、亡くなった人をしのび、その冥福を祈る。
火の大広場では灯火の祭りが。心温まる冬の祭り。
幻術のイルミネーションの光であちらこちらが飾られる。アパートや建物の壁一面に幻術の光る絵が飾られる。これだけの建物を幻術の魔具のイルミネーションを飾れるのは魔力が豊富なクラウドナインならではの祭りだ。どこも凝った飾を用意するから、車か空中バスで街をめぐるのも面白い。
そして最後に一番大きな祭りであるカーニバル。冬至の日の特別なお祝い。
魔法院が主催する祭り。多くのだしが、魔法院を起点として端まで練り歩く。派手な幻術の魔獣がだしの上で動くのは圧巻だ。もとは魔獣を神と祀る先住民の祭りを取り入れたもの。虹のオーロラがクラウドナインにかかる神聖な日。
これらを含めて、五大クラウドナイン祭とされる。
そしてクラウドナインには美術館も存在する。
新参者のクラウドナインの美術館にかつての栄光ある画家の作品はない。むしろおかないことにされている。それにはゆえんがある。
かつて、自らの力で財を築き、古い絵画を買い集めていた富豪がいた。
歴史ある国と都の者たちが、そのクラウドナインの成り上がり者の富豪にあるとき言った。クラウドナインは間違いなく大都市だ。だが歴史だけはない。それは富豪の家に歴史がないことも揶揄した言葉。そんな言葉に反発したクラウドナインの富豪が言った。クラウドナインは、俺たちは、これから先の歴史を作るのだ、と。
宣言通り、彼はモダンアートの作り手を支援し、その作品を買い集めた。彼の集めたコレクションをもとに、モダンアートの美術館がある。富豪の言った通りにクラウドナインは新しいアーティストの活動の拠点となった。
ポータルゲートはクラウドナインの繁栄を支える魔法。だからほかに言うべきことはない。世界とクラウドナインをつなぐ門。ただそれがそこにあるだけで、クラウドナインの繁栄は支えられる。
ポータルのすぐ近くには、地図のモノリスがそびえる。クラウドナインに来たものを迎えるように。巨大な黒い石碑にはクラウドナインの地図が描かれている。
そしてそのモノリスの上には幻術による画面が四つ連なり、くるくると回っている。クラウドナイン最大級のホロスクリーン。このホロエクスビジョンに広告を出すのは一流企業の証。そしてそこで自分たちの歌を流すのが歌い手たちの夢となる。
大水車はクラウドナインの誇る最大にして精密な魔具だ。その魔具を作るのに、クラウドナイン随一の魔具研究者たちが協力した。垣根を超えた協力の結晶。そして魔具の都市、クラウドナインの象徴ともいえる。はるか下にある水を自然の法則を無視してさかのぼらせる滝を作る、という前代未聞の魔具。湖の魔力を吸い上げ稼働し続ける永久機関であり。ほかのどんな都市の魔具技師にも再現は不可能とされる。
大水車から水を引かれて作られたのがクリスタル・カナル。かつて都市の分断の象徴だった太い道。それを人工の川にしたもの。川辺には広さがあり、緑が多く植えられている。座れるようにベンチも多く。人々の憩いの場だ。
魔具の都市であるクラウドナインにふさわしく年に一度、夏になると紙ボートによるレースが行われる。
ルールは簡単。配布されるただの紙に、魔方陣をその場で書き込む。制限時間内に書き終え作った紙の船を下流から上流のゴールまで動かす。魔力クリスタルはつかわない。水の魔力を利用してボートを走らせる。
なお、クリスタル・カナルの水は魔力含有量が高く、浸水すればすぐに魔法回路がショートする。ゴールまで行きつくだけでも難易度が高い。
どういう魔法を使って、どう動かすのか。浸水を防ぐにはどうするか。考えるところは多く、意外なアイデアを出すものもいて、見ごたえがある。
もちろん、部門ごとに分かれていて。魔法院で学ぶ学生及び卒業生の部。一般の部。子供の部まである。魔具づくりの地ならではのレース。
そしてクリスタル・カナルには多くの橋がかかっている。最も大水車に近いのが神獣の架け橋。ボートレースのゴールでもある。先住民たちにより、富める者と貧しいもの、先住民と移民、さまざまな垣根を越えて人の心の架け橋となるようにと設計され。人の心をつなぐ、といういわれから恋人たちのデートスポットとなっていく。
彼は頭の中でクラウドナインを夢想する。
それをドアのチャイムが遮った。とうとうそのときが来た。
彼は扉を開けて、未来へと踏み出した。
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