2章16話 天罰
「ここにいれば、安全なはずだ」
イウトピアの管理人、ウェルズが自分以外だれもいない空間でつぶやく。
「金も持てるだけ持ってきた。隠れ家としては俺の魔法は最高だ。絶対に捕まらない。大丈夫だ」
ウェルズは一人自分に話しかける。
自分のためだけの世界に、自分だけしかいない。
「カネさえあれば、解決する。入り口を作って、外に出るのを繰り返せば、クラウドナインの外にでれる」
ウェルズが一人つぶやく。
ウェルズの固有魔法は、自分の選択する場所からどこでも入れる。そして出るときも自分が出たい場所を選べる。
だが一度入った場所から、出れる場所には距離の制限がある。だから遠くまで進むためには、一度空間を出て、再び入るのを繰り返す必要がある。
「大丈夫、大丈夫だ。魔力が切れそうになったら、空間で回復を待てばいい。空間を作るのは魔力をくうが、一度作った空間は次の空間を作るまではもつ。はずだ」
ウェルズが自分に言い聞かせる。
「アルカディア国から遠い地に逃げる。そこでまたやっていける。俺は選ばれた人間なんだからな」
ウェルズが自分に言い聞かせ、空間からの扉を作る。
そして、一歩外に出る。
外は選んだ人気のない裏路地だ。
まだ、イウトピアから近すぎる。異空間の使い手であることはすでに魔法院にばれているだろう。
すると、魔法院で何か対策をとってくる可能性もある。
ガレリスとアイビーが助かったということは、自分の空間に侵入できる力があるということだ。
だから、根が小心者のウェルズは、できるだけ早くイウトピアから離れたかった。
「見つけた」
ウェルズの背後から声がする。少女の声。
「見つかって、よかったな」
今度は少年の声。
ウェルズは慌てて、魔法を使って世界を作ろうとする。
だが魔法がなぜか、発動しない。
ウェルズは後ろを振り返る。
そこにいるのは、漆黒の髪をもつ少女と、同じく黒髪の少年。
彼らはおそらく兄弟だろうと分かる。それほどに顔立ちが似ている。
とても魔法院のものとは思えない。
その年齢のため、そしてどこか浮世離れした雰囲気のため。
少年の姿はまるで古代の騎士のようだ。だがそれがコスプレのように見えない。それを着るのが当たり前のように少年はその服を着ている。
少女は簡素だが白くひだのある古代の巫女の服のようなものを身に着けている。この寒い秋風のなかまるで外気の温度を感じられないよう。
少年は騎士のように少女を守るようにその前に立つ。ちょうどウェルズから、危険から遠ざけるように。
「あなたの魔法はかなり強力だね。私の力でも見つけることはできなかった。異空間魔法は、特別な魔法だから」
少女が淡々とした声で言う。
「カネはある!見逃してくれ!」
ウェルズが後ずさりしながら言う。ただの少年と少女だ。だが彼らからは得体のしれない気配を感じる。そしてウェルズには口止めのためとはいえ直接人を殺すほどの勇気はない。
「そうやって、カネですべて解決すると思っているのか」
少年が吐き捨てる。
「あなたは、かわいそうね」
醜いものを見下す少年の瞳と相反して憐れむように少女が言う。
「かわいそう?かわいそうだと?俺を、バカにするのか?あいつらみたいに。俺がただの無能だと。カネも権威もない。ただの親の七光りだと。俺の魔法がただのちっぽけなものだと!」
ウェルズが怒りを見せる。
ウェルズの記憶が再生される。彼女だった女性が残した捨て台詞。それが心の中に響き渡るようだ。
『あなたは、結局お金だけの男よ』
そして彼女はウェルズのもとから去っていった。
それが悔しくて、仕事を探していたこともある。
自分には何か偉大なことができるのだ、と信じていた。だが無残に夢は破れた。どの職場も長続きしない。
最後には両親が死んで遺産を受け継ぐことができた。だがそれも自分の成し遂げたことではない。
だから、ウェルズは、偉大な実績を残したかった。魔力なしの気配を偽造する魔具があれば。魔物退治に大きく貢献できる。
あいつらを見返せる。
「あなたは、強い固有魔法を持っている。なのに、自分を信じ切れなかった。プライドが高いふりをしていながら自分を肯定しなかった。だから、ミーメにつけいられたの」
「ミーメ?この、指輪を渡したやつのことか?俺の固有魔法が強いだと?みんなが、バカにしてきた、この魔法が、俺は嫌いだったさ。だがこの指輪のおかげでこんなに強力になったんだ」
「その対価として、プライドの高さを傲慢さを強められた。それは祝福だけでない呪いももたらす指輪、なんだよ」
「どうでもいい。お前はシェンの神をかたった。その罰を受けてもらう」
少年が、剣を抜く。少年とは不釣り合いな無骨な剣。だがそれを持つ少年の姿はさまになっている。
「命だけはたすけてあげよう?」
少女が懇願するように少年を見る。
「それは、死ぬより悲しいことになるかもしれないぞ」
少年が、少女の意図するところを理解し、言う。
「生きてさえいれば、いいこともあるよ。私がよく知っている」
少女がほほ笑み、少年は黙り込む。
「われらが神よ、円環にして永遠をつかさどる神、シェンよ。我に呪いを返す力を、祝福を受けなおす準備を許したまえ」
少女がルーンを唱える。
同時に彼女の黒かった髪が先から白くなっていく。彼女の瞳の色さえ変えてすっかり白くなった。
少女の存在が希薄になるような変化だった。白い髪と、わずかに青みがかった灰色の瞳。冷たいというより儚い色彩を纏う少女。
「何をした?」
ウェルズが問う。だが彼には、もう、なにが起きたか分かっていた。ただ信じたくなかった。
「あなたの固有魔法を神に返しました。これにて我らの手による罰とします」
少女が告げる。託宣を告げる巫女のように凛とした声で。
「そんな、魔法があるのか?固有魔法を消す魔法だと?」
ウェルズがショックをうけ驚愕する。
「シェンの神の偉大さを知れ。唯一無二なる神を騙ったことを後悔するといい」
少年が酷薄に言い放つ。
「俺から、固有魔法まで奪うのか?唯一俺ができたことを?そんなのは、あんまりだ」
ウェルズが泣き崩れる。
「呪いは祝福。祝福は呪い。あなたが、また強く願うなら、いずれまた新しい力も授けられる可能性があります」
少女は言い、ふらりと、倒れそうになる。
少年が慣れた様子で少女を支えて横抱きに抱え上げる。
「戻るぞ」
少女はもう言葉を一つも発さなかった。動くことない人形になってしまったかのようだ。その灰色の眼も開いてはいるものの虚空を見上げている。
「無茶したな。だから殺したほうが楽なんだ。俺が予言者様に怒られるやつだな、これは」
少年は嘆息し、ウェルズを振り返ることもせず、その場から歩き去った。
あとに残されたウェルズは、逃げるすべもなく、逃げる気力もなかった。すぐに魔法院に捕らえられた。
ウェルズが固有魔法を失っていたことは魔法院のどんな高位の研究者でも理解できなかった。だがウェルズの証言を与太話として無視することはできなかった。固有魔法を消す魔法。それは実際に存在するなら脅威となる。
しかし彼に罰を下したという、唯一神を祀る教団。それに所属する少女と少年の行方は魔法院の力をもってしても探せなかった。
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