2章15話 魔力なしと魔人
静かな早朝の病院に響き渡る音。シオンのリンクがショートメッセージの着信を告げたのだ。リンクをとりあえず開ける。アルトからの連絡だと分かる。
アイビーの回復を待って、何もしないことにシオンは疲れ始めていた。
アイビーがどうなるか分からない。その状況はただ待つにしても、緊張感にこころが置かれる。
それにすでに睡魔がシオンをおそっていた。無理もなかった。いつもならもう眠っている時間だ。ハンターは昼に寝て、夜に活動するものが主なのだ。
アルトからの連絡をシオンは開く。他にできることがない。
そして、アルトの連絡を読み、寝ぼけていた頭が急に覚醒する。
「フレイ。まずいかもしれない」
シオンがメッセージの表示された空中画面を拡大し、フレイに投げ渡す。
自分のリンク、でメッセージを受け取ったフレイは読んで顔をしかめる。
「何やっているんだ。アルトは。また面倒ごとに巻き込まれたのか?」
『アッシュレイさんが、ビルイウトピアに侵入しました。なんかやばそうなので、追いかけてみたけど、エントランスより先に行けないです。そしたらイウトピアの緊急用シールドを展開されました。なんかやばそうです』
「やばそうだけで、意味が分からん」
フレイが頭をかかえる。
「確かにアッシュレイが病院に戻ってきていない。イウトピアに何かする気か?復讐のつもりか?」
シオンが言う。それに思いつかなかった自分はよほど疲れていたようだ。先ほどからアッシュレイの姿が見えない。一人でいたいだけで、この病院の中にいるのだとばかり思っていた。アイビーを置いていく可能性は低いと思っていた。
「それは、ありえるとは思う。問題はなぜ、アルトが、イウトピアにいて。しかも巻き込まれているのかが意味が分からない」
「アルトはなー。行動力と勇気がありあまっているからなー」
シオンが遠い目で言う。
「また、着信だ。今度は魔法電話か?アーヴィングからだ」
シオンがリンクを移動し、空中に画面が表示させる。
通話ボタンを押す。
「こんな時に着信とか、嫌な予感しかしないぞ」
フレイが眉間を指でこする。
はたして、アーヴィングの慌てた顔がリンクの通話画像に映し出される。
「アーヴィング何があったんだ」
『イウトピアが占拠された』
アーヴィングが言う。
「それは、たぶんアッシュレイです」
シオンが言う。
「それは、確かお前が捜査した魔力なしの互助組合の人物だったな?」
アーヴィングが鋭く聞く。
「そうです」
「まだニュースを見ていないんだな?」
アーヴィングがつかれた顔で言う。
「もう、ニュースになっているんですか?」
シオンは心の中で、ことがおおやけになるまえに、アッシュレイを説得しようと思っていた。
「犯人が犯行声明を出している。りちぎにイウトピアの近くの建物から避難するように、とのことだ。とりあえず、ニュースに画像がいくらでも流れている。確認してくれ」
「できれば、俺に説得を試みるチャンスをくれませんか?」
シオンが言い、フレイが面倒くさそうな顔になる。
「そう言うと思っていた。一応こちらに、犯人の知人がいるため、交渉を任せてほしいと伝えてある」
「そんなニュースになるような犯行は、ハンターにとっておいしい話のはずだ。それなのに、なぜ俺たちみたいな底辺のハンターに許可が下りた?」
フレイが指摘する。
「そうだ。いい話には裏がある。実は爆弾のタイムリミットが迫っている。もし犯人の説得に失敗すれば、爆弾が爆発する。そんな危険な依頼を受けたいやつが少ない」
「アッシュレイは、イウトピアと心中するつもりか!今からすぐに向かいます。今俺たちはイウトピア近くの病院にいます」
シオンが立ち上がり、フレイは珍しく文句を言わずにシオンのあとに続く。
そんなフレイの姿を見て、シオンは、フレイにとってアッシュレイが友人のようなくくりに入っているのだと思う。余計にアッシュレイに死んでほしくない理由ができた。
フレイの数少ない友人なのだから。
****
現場に向かう間に、アルトとリンクでメッセージをやりとりした。
それで分かったのは、アルトのあきれるほどの行動力と勇気だった。
アルトは、イウトピアの悪事を知ると、イウトピアの見える場所に行き。誰か逃げ出すものがいないか、見張っていたのだ。
特に指輪の情報をもつ、ウェルズが逃げたら後をつけようと思っていたらしい。
土曜日だったため、アルトは学校を休む必要もなかった。
いかにもアルトがやりそうなことで、シオンはアルトに情報を伝えるときは気を付けたほうがいいと理解した。
そして、アルトがイウトピアをみはっていると、アッシュレイが巨大なスーツケースを持ってイウトピアに入った。アルトはアッシュレイの顔を見て。何かまずいことをしようとしていると察した。
アッシュレイに気がつかれないように、イウトピアの内部に入る。
だが、エントランスより先には、セキュリティカードがないと通れない。エントランスは入り口から外をつなぐ間の地点で、郵便受けが並んでいる。エントランスより先に進むのにアッシュレイはアイビーのセキュリティカードを使ったのだろう。
だが、それが幸いした。アルトがエントランスの陰で隠れているとアッシュレイが一度エレベーターに乗って姿を消した後、シールド魔法を展開した。
これは魔物に襲われたとき、建物を守るためのシールドだ。
だがそのシールドによって、イウトピアの住人は中に閉じ込められることになった。
そして、エントランスの陰に隠れて、アルトはシオンたちと連絡をとっているらしい。
「あいつは、勇気と無謀をはき違えているところがあるからな」
とはフレイの言。
「アーヴィング!」
シオンは現場の前でアーヴィングに走り寄る。いくつかの魔法院のパトカーがとまっている。
「やっと来たか。急ぐぞ」
アーヴィングが言い、シオンたちと話す前にイウトピアのほうへ足を向ける。
イウトピアの周囲には関係者以外立ち入れないシールド魔法がかけられている。それをくぐってその先に、対魔物ようのシールドにつつまれたイウトピアがあらわになる。
「状況はどれだけ把握している?」
「アルトがシールド内にいる。あとアッシュレイの犯行声明を見た」
フレイが答える。
「アッシュレイは自分の作った爆弾がイウトピア周囲の建物を破壊する恐れがあるから、近隣の住民に避難を呼びかけるためにわざわざ犯行声明を出したんだ」
シオンが言い添える。
「相当な規模の爆発になると考えているようだな」
アーヴィングがうなる。
「アッシュレイの腕で魔法陣を描けば最大限の規模の爆発をおこせるだろう。それに、かなりの大きさの魔力クリスタルを持っているはずだ。おそらくアートボマーと最後に話したときに魔力クリスタルの隠し場所を教えられたのだろう。それは俺たちの落ち度だ」
アッシュレイの腕を知るフレイが補足する。
「アッシュレイはもぐりの魔具技師だ。おそらく、自分の魔具を作るのに使おうと思ったんだろう。気配阻害の魔具を作るのに魔力クリスタルが足りないといっていたことがある」
シオンがアッシュレイをフォローする情報を追記する。
「アルトは、シールドから出れる緊急用の出口を使えると言っている。だが一人でいいから早く逃げてこいというのに、シオンとフレイが来るまでは待つと言って聞かない」
「アルトらしいな。自分が緊急用の出口を使えば、それがアッシュレイに気が付かれれば俺たちが来たときにシールドに入れない可能性があるからだな」
シオンが苦笑する。
「幸いアッシュレイは爆発のタイムリミットまで動画で配信している。後十五分だ。早いところアルトを脱出させる必要がある。お前ら二人でいけるな?」
アーヴィングが確認する。
「きっとアッシュレイを説得してみせる」
シオンが言い。
「説得できない可能性も、ある。その時は無力化しろよ」
フレイがシオンに言う。現実主義のフレイらしい。だがアッシュレイを殺すでなく無力化と言ったところに、フレイのアッシュレイへの友情が感じられてシオンが小さく笑う。
「今、アルトに連絡した。シールドが魔物に襲われている間に逃げる裏口の様なものがシールド魔法に設定されている。今から小さく入り口が開くはずだ」
アーヴィングが言うのと同時に、イウトピアの玄関の裏側に、シールドが小さく四角く切り取られた場所が出現する。
魔法に魔法は通せない。だからシールドのかかった建物に干渉するには内部からするしかない。だから、アルトがいなければ誰もシールドに入れることはなかった。それは偶然だが、確かにアルトの勇気が引き寄せた未来だった。
アルトがシールドの裏口から走り出る。
「アルト、無茶したな」
「後はお二人に任せます!」
アルトに言いたいこと、説教したいことは山とあるが、今は時間がない。
アーヴィングにアルトを任せて、シオンとフレイは裏口からシールド内に入る。
「爆弾の位置は分かるか?」
フレイがシオンに聞く。
「最上階に新しい魔力の流れが感じられる。以前来たときにはなかった」
シオンが言い、フレイが頷いて空中へ飛びあがる。
「頼んだぞ!」
シオンがフレイに手をふり。
「お前こそしくじるなよ」
フレイが言い放ち、空へあがっていく。
シオンはというと、イウトピアの正面に回って、玄関から堂々と中に入る。
アッシュレイは、エントランスの奥ガラスの扉でへだてられた向こうに立っていた。
「アッシュレイ!もう、こんなことはやめるんだ」
シオンが言い、アッシュレイが、シオンを認めてすわった目で言う。
「もう、いいんだ。俺はもうあきらめる。だができるならシオンを巻き込みたくない。ここから帰ってくれないか?」
アッシュレイの瞳に光がなく。疲れ切って、すべてを諦観した声で話す。いつもは何があってもあきらめない。そんな挑戦するような強い光を宿している瞳が絶望したように暗く塗りつぶされている。
「アイビーはこんなことは望んでいない。彼女は守られるのでなく守りたくて、きっとこの選択をしたんだ」
シオンが言葉を選ぶ。このイウトピアの住人を守りたかったのだ、というのはアッシュレイの神経を逆なでするだけだと思った。
「そうだ。アイビーはこんなことは望んでいない」
「なら…」
「これは俺が勝手にやっていることだ。俺の自分勝手な望みだ。ここの住人を皆殺しにしたい。俺の醜い望みなんだ。俺の命と刺し違えても。結局俺の未来に意味などなかったんだ。魔力なしだからというだけで、認めてすらもらえない」
アッシュレイが自嘲して言う。
「アッシュレイは今まであきらめたことがなかったじゃないか!ずっとひたむきに努力してきた!自分を諦めちゃだめだ」
シオンが言葉を重ねる。考える暇も取り繕う暇もない。言うことはすべてシオンの心からの本心だった。
「だが、すべて無意味だった。俺は結局何かになりたくて、何にもなれなかった。それだけの話」
アッシュレイの顔がゆがむ。心の痛みをこらえるように。
「せめて、シオンたちには、生きていてほしい。だから、早く外に逃げろ」
アッシュレイが言い。口を閉ざす。忠告はそこまで、ということだろう。
「アッシュレイをおいて行けない」
シオンが言いはる。
「なら、巻き込むことになる、か。今更だな。結局俺は大勢の人を殺すことになるんだから」
アッシュレイがリンクの画面を見てつぶやく。
カウントダウンは既に三分を切っていた。
「そんなことは、させない。俺と俺の相棒が」
シオンが言いきる。
「だが、俺の作った魔法爆弾はもう解除できない。軌道を終えた魔法を阻害すれば、どちらにせよ爆発が起きる。フレイにだってどうしようもないはずだ」
アッシュレイがシオンの見せる自信にやや怪訝そうな顔になる。
「フレイになら、できる。だから俺は俺にできることをする」
シオンが言い。アッシュレイはシオンが本気なのだと知る。
「できるものなら、やって見せろ」
アッシュレイがシオンに向かって言う。その希望を持つシオンの思いに怒りを覚えたように。自分にはもう世界が信じられないから。
そして、手にもつ、ボタンを見せる。
それはおそらく、魔法爆弾のスイッチだ。
規模の大きな魔法爆弾は発動までに時間がかかる。強力な魔法ほど発動に時間がかかるものだ。
だがイウトピアに仕掛けられた爆弾にはタイムリミットがあった。それは、魔法が発動するのにかかる時間だと思っていた。
だが単にアッシュレイが、周囲の住民の避難のために作った、爆弾を時間差で発動できるものだったなら?
すでに発動を終えている魔法は解除ができない。
アッシュレイはボタンを押した。勝利を確信した笑みで。そこにはある種の狂気が宿っている。
だがなにも起きない。
アッシュレイが驚く。そして何度もボタンを押す。不具合でもない。アッシュレイはそれを知っている。彼の魔方陣に狂いはない。だからシオンに驚愕の顔を向ける。
「俺の相棒は、すごいだろう?」
シオンが不敵にほほ笑む。自分のことのように誇らしげに。
****
場所は変わり、数分前。
フレイは最上階と同じ高さまで飛ぶ。
そして、隣を飛ぶ、フィンに命じる。
「フィン。シールド魔法で窓を切り取れ。俺が入れるぐらいの大きさで、だ」
羽付きトカゲのフィンはクゥエ―と鳴いて了承し、窓の前に飛行する。そこで球形のシールドを展開する。窓のシールドの展開地点が丸く切り取られる。
フレイの爆発魔法では建物を破壊してしまう可能性が高い。だがフィンになら窓を切り取るもの造作ない。
フィンが切り取られたガラスをひいてシールド内にいれる。
高級な建物だ。当然ガラスも硬質なものを使っている。それも、フィンのシールド魔法の出現地点では簡単に切り取れる。
「よし、よくやった。フィン」
フレイは結果に満足し、切り取られたガラスから中に入る。
アイビーの部屋と同じ作りの場所だ。だが、アイビーの部屋と違うのは、このフロアは全て一つの居住区となっているところか。ここは管理人の部屋だったはず。だが家主はどこにも見当たらない。
ガレリスの言う異空間に逃げているのだろうとフレイにも見当がついた。
窓から玄関まで行くと扉は閉まっている。誰かが開けた形跡がない。
フレイは魔法爆弾の位置に大体のあたりをつけていた。
おそらくは、エレベーターの付近。建物の中心を走る魔法エレベーターの周りの廊下のどこかだろう。アイビーの部屋の鍵では他の住人の玄関の扉より先へは行けないはずだ。
フレイは玄関の扉を出て、前の廊下を一周し、エレベータの目の前に置かれた魔法爆弾を見つける。
「エレベーターはとまっているのか。アッシュレイは緊急停止ボタンを押したんだな。どうりで住人が大人しいわけだ」
イウトピアには階段がない。魔法エレベーター以外に階下へ降りる手段がないのだ。
フレイは魔法爆弾を見やる。
すでに発動までの準備を終えて、起動を待つだけのそれを。
それはトランクに入るほどの大きさの魔力クリスタルを中心に据えて、周囲に魔法陣を巡らせた単純な仕組みのものだ。
だがその魔法陣を描いたものの腕前は尋常ではない。
魔法陣に付け入るすきがない。
発動を始めた魔法は、魔法をあてれば消滅する。魔法に魔法は通せないからだ。だが発動を終えているなら後から発動した魔法が効かなくなるだけだ。
ただし、発動中の魔法を止めるのにはもう一つ、方法がある。
ただ誰もできないからやらないだけだ。
フレイは余裕のある表情で魔法陣に歩み寄る。
そして手を伸ばし、魔力クリスタルをふれる。ありふれた無属性の魔力クリスタル。
フレイは腕から自分の魔力をクリスタルにそそぐ。そそいでいく。魔力クリスタルが内側からひときわ強く光る。フレイはそれでもやめない。どんどん水をそそぐように魔力をそそぐ。
魔力クリスタルが白い光を放つ。光の奔流は強さを増していく。長く濃く細くフレイの影が伸びていく。その影さえかき消されるほどに、光は強くなる。
到底人に目を開けていられるような光の強さではない。
それでもフレイは動じず、目を閉じたままありったけの魔力を込める。
そして、キン!とガラスの砕ける様な音が鳴った。
同時に魔力クリスタルが粉々に砕けた。
見ているものがいれば驚いただろう。それがどれだけ非常識なことか。
魔力クリスタルはほとんどの物質より固い、という性質を持つ。ただ一つの例外がその許容量以上の魔力を流し込むこと。魔力クリスタルが割れるのにはそれ以上の魔力を流し込まねばならない。
このサイズの魔力クリスタルを割るには強大な魔力が必要だ。
そのうえ魔力クリスタルは、同じ属性の魔力しか受け付けない。そしてこの魔力クリスタルは無属性の魔力。
つまり、フレイの魔力は無属性であるということになる。
だが現在無属性の魔力を持つ人間は、公式には存在しない。魔力なしは無属性の魔力を持つことがあるが、その魔力量はごくわずかだ。
フレイの魔力量で、無属性の魔力をもつ。それは記録上例がないのだ。
フレイはというと、特に感慨もなく壊れた魔力クリスタルと、起動しなくなった魔法陣を見下ろした。
****
「どうやってだ?それも、どうでもいい、か」
アッシュレイはそして、自分の持つ、静止魔法弾の銃を自分の口へ向ける。
アッシュレイがしようとしていることに、シオンは気がつく。
静止魔法弾は、体表に着弾すると、その動きを止めるだけで、体の中のものは止めない。
だが口の中からは体内に影響し、危険となる。
つまり、アッシュレイは自殺しようとしているのだ。
「フィン!」
鋭い声。
羽付きトカゲのフィンが魔法エレベーターの方向。アッシュレイの背後から飛んでアッシュレイに体当たりする。
フィンは最上階から魔法エレベーターの中空管の中を通って現れたのだ。
不意をつかれたアッシュレイはそれでも銃を持つ手を緩めない。
だが一瞬のすきにシオンが、攻撃魔法用の銃を取り出し、ガラス扉をうつ。
シオンとアッシュレイを隔てるガラスが粉々に砕ける。
シオンは割れるガラスの破片に動じず、銃弾を一発だけ放つ。静止魔法弾はアッシュレイの銃を持つ手に着弾する。
これでアッシュレイは引き金を引けない。
シオンは割れたガラス扉を越えてアッシュレイの前へ立つ。
「どうして、放っておいてくれないんだ?俺はもう、どうしようもないのに」
アッシュレイが動かない引き金を前に涙を流す。
アッシュレイが、犯行に及んだのは、アイビーをひどい目に合わせた者たちへの復讐もあるのかもしれない。
だが、それ以上にきっと自分たちを、魔力なしを、認めようとしない社会とその未来に絶望したから、でもあるだろう。
未来を信じきれるなら、希望があるなら、人は簡単に道を踏み外すことはないから。
だから、シオンが今、アッシュレイのためにできること。
それは未来への希望を取り戻させること、だとシオンは思った。
「俺とアッシュレイの違いは、ただ、認められたか、そうでないかの差でしかないとおもう、からだ」
シオンは言い、厚い前髪をはらって見せる。
そこにあるのは、かつて見た時はなかったもの。
ひたいに生える小さな小鬼の角のようなもの。
そこにあるのは間違いなく、魔力なしの烙印。
そのままでは生き延びられない魔力なしが生き抜くために必要な移植された角。
シオンは苦笑するように笑った。
「俺も、本当は魔力なしなんだ」
「そんなことが?魔力なしは、ハンターになれない、はずだ」
アッシュレイが驚いて脱力するように銃を持つ腕をさげてしまった。小型化した羽付きトカゲのフィンが突進し、アッシュレイの手から銃をはたき落とす。
シオンはその銃を拾い上げた。
だがアッシュレイにはもう、誰かを殺す気も、自分を殺す気さえ失せてしまっていた。
驚いて固まっているアッシュレイにシオンは再び苦笑し、唇に人差し指を当てる。
「俺の監督官は、魔力に左右されないハンターの資格の試験運用をしているんだ。だがほとんど秘密だから、できれば黙っていてもらえると助かるな」
シオンがいい、アッシュレイはただうなずくしかなかった。
「おまえな。その秘密はほいほい人に渡すんじゃない」
エレベーターの管から一階に降りてきていたフレイがしかめ面で言う。
「俺の人を見る目は確かだからな」
シオンがどうってことない秘密を明かしただけ、という顔をする。
「アルトの時も同じようなことを言っていたな。このお人よしが」
フレイが追及するのもめんどくさいという顔になる。
「どうやって?起動済みの魔法爆弾を、壊したんだ?」
アッシュレイが聞く。
「あいにく俺はこいつほどのお人よしではないからな。秘密は秘密だ」
フレイがきっぱり言う。
発動したはずの魔法を止める方法は、アッシュレイには思いつかなかった。
「ちゃんと元に戻しいておいたか?」
シオンが聞く。
その言葉に、アッシュレイはある可能性を推察する。
「…可能性がある、とすれば魔力クリスタルを壊した?だが、そんなことが可能なのか?…まさか、無属性の魔力…」
アッシュレイはさすがに魔具技師なだけある。推測だけでフレイの秘密にたどり着く。
魔力クリスタルを破壊すれば魔法は発動しない。それはシンプルな答え。
だが、それにはクリスタルの容量を超える魔力が必要だ。
フレイとシオンの懐具合が寂しいのはアッシュレイも知っている。だから、あの魔力クリスタルと同じ大きさのクリスタルをフレイたちが所持しているとは思えない。
ならば、フレイの魔力でクリスタルを壊した、のだろうと推測はできる。だがそれは不可能なはずなのだ。
魔力クリスタルは、同じ属性の魔力しか受け付けない。ならば当然フレイの魔力の属性がクリスタルと同じ、無属性ならば。不可能は可能となる。
そして、魔力クリスタルを破壊したのちに、元に戻した、とすれば、魔力クリスタルを復元したことを示唆している。
魔力クリスタルは一定以上の魔力を加えると破壊される。だが、その時周囲に魔力クリスタルがあると、自らの魔力の容量をあげようとして周囲の魔力クリスタルと結合し、より大きな魔力クリスタルになる。
つまりフレイは魔力クリスタルを破壊したのみならず、復元までやってのけた。それに必要な魔力はいかほどか。
「それは、秘密にしておいてくれ」
フレイが反論をあきらめていう。
「フレイは、アッシュレイならフレイの秘密を推測する可能性もあるとわかっていたはずだ。だからフレイはそれでも、アッシュレイのことを助けたかったんだと思う」
シオンがフレイを肯定する。
「おまえがヒントを与えなければ、ばれなかっただろう」
フレイは納得していないような顔をしたが、完全に否定もしなかった。シオンはフレイの腕と、そしてその心根を信じている。
そしてフレイも、たとえ魔力なしであっても、シオンを認めている。銃の腕前も、そして彼がとんでもないお人よしでも、それも彼の一部と認めている。
シオンはリンクを起動し、外で待つアーヴィングと連絡をとろうとする。
そこで、届いていたリンクのメッセージを呼んで笑顔になる。
「アイビー。一命をとりとめたみたいだ」
アッシュレイはただうつむくと、涙を流した。
それは、悔しさの涙か、苦しみの涙か、喜びの涙か。アッシュレイ自身にもそれはわからなかった。
ただ、魔人と魔力なし、この二人が認め合い並び立つこの世界に。魔力なしが、魔人に認められる可能性があった世界に、絶望だけしかないわけではない。そう思えた。
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