2章14話 告白

「シオン!アイビーに、何があったんだ?魔物に襲われたっていうのは、本当なのか?」

アッシュレイがしばらくして、現れる。時刻は早朝に近い。連絡を見て、すぐに駆け付けたのだろう。アイビーが見つかったのが、黄昏時の終わりだった。

アッシュレイは眠っていたため、連絡に気がつくのに遅れたのだと思われる。

まだ、病院の窓から見える早朝の外は暗い。

アッシュレイはおそらく目覚めてすぐに連絡をみて、ここまで来たのだろう。

身だしなみを整える時間も惜しかったようで、ありあわせの服の上にコートを着てきたようだ。秋の今ならコートを着れば中に何を着ていようが見えることはない。

それでも髪の毛はおざなりにとかしただけ。ひげもそられていないようだ。

シオンが連絡先を交換していたので、アッシュレイに連絡がついた。

「そうだ。アイビーが、おそらく魔物に襲われて重傷だ」

シオンがアッシュレイにつたえる。

「それは、もう聞いた。なぜ、魔物に襲われたんだ?アイビーがそんなへまをするはずがない。気配阻害の魔具だってあるんだ!」

アッシュレイが語気を強める。

「それは、分からない。魔物に襲われたらしいとは推定されてはいるが、真実かどうかも分からないんだ」

シオンがアッシュレイをなだめるように、落ち着いた声で話す。

「どうして、アイビーが。ガレリスに、絶対守護の魔法陣を渡されていたのに?それが発動しなかったのか?」

アッシュレイが言う。さすがに怪しんでいる。この件が、イウトピアに関連するもので、おそらくガレリスが何かかかわっている、と。

「すべて推論にすぎない、今は説明できない」

シオンが言い、アッシュレイが黙り込む。

「分かった、ガレリスに話を聞くときは、俺も聞きたい」

アッシュレイの言葉にシオンはうなずく。被害者であるアイビーの親族である彼にはその権利がある。


「ガレリスさんに意識が戻りました。今なら話せます」

看護師が伝えたのはその後一時間たったころ。弱弱しい朝の日の光が空を白ませるころだった。

「アイビーは?」

アッシュレイが食いつくように聞く。

「アイビーさんの容体もだいぶ落ち着いてきました。目覚める可能性は高いと思います」

看護師が答える。あくまでも可能性が高い、とだけ。患者の家族に余計な期待感を持たせないためだろう。だからアイビーが必ず助かるとは限らない。

「とりあえず、ガレリスと話す。アッシュレイは外で待つか?」

フレイが聞く。妹をあんな目に合わせたものと会いたくないだろうとの配慮だ。

「俺も、いく。直接話を聞きたい」

アッシュレイが静かな、だが怒りを感じさせる声で言う。

「ガレリスは、魂をかけてアイビーを守ろうとした。それは事実だ。魔法を使いすぎて魔力を失った魂は消滅する。だから許せとは言えない。だがそのことも念頭においてくれ」

シオンがアッシュレイに言う。それぐらいアッシュレイは何かしそうな怒りを纏っていた。相手は病人だ。殴り掛からないかがシオンは不安だった。

「分かっている」

アッシュレイが固い顔で言う。

彼らは病室に入る。

ガレリスが、消耗しきった顔でベッドに横たわっている。

「魔力を極限まで使った代償として、おそらくしばらくは動くこともままならないでしょう。それでも魔人だったから生き延びられたのです。魔人は魔力制御器官が余計についているため、微量の魔力の調整が可能だからです」

ガレリスの隣に立つ治癒魔法士が厳格な顔で言う。

ガレリスの手首足首には輪になった魔具がつけられている。これは魂の魔力の循環を強めるものだ。魔法を使いすぎて魔力が枯渇している状態だ。魔具を使い魔力を体に循環させることで魔力の回復を早める魔具。

ガレリスのベッドのそばでは、魔法医師が待機して、空中画面に映る魔力分布図を見ている。魔力の流れが狂わないように、少しずつ魔力を高めているのだ。

「魔人だから、か。アイビーは魔力なしだから、こんな目にあった。お前は魔人だから生き延びたんだな」

アッシュレイが小さくつぶやく。その言葉にはむなしさと無力感がこもっていた。

「しばらくは絶対安静にしてもらう必要がある。それでもどうしてもあなた方と話したいと患者が意思を示したので面会を許可しました。できるだけ会話は最小限にしてください」

「分かった」

シオンが了承する。他の二人もうなずいて同意を示す。

「すまない、アッシュレイ。俺はアイビーを守れなかった」

ガレリスがかすれるような小さな声で言う。それが今の体力の精一杯の声のようだ。

「お前は、一応は約束を守った。アイビーが無茶しているのに気がつかなかった俺が悪い。イウトピアに住まわせた、俺が悪い」

アッシュレイはガレリスを許すとも許さないとも言わない。ただ自分を責めている。そこには他人に妹を任せてしまったことへの後悔が見える。

「ガレリスは、最後までアイビーに治癒魔法をかけ続けていた。そのせいで魔力欠落状態になっている。魂まで危ういかもしれないと治癒魔法士が言っていた」

シオンがガレリスの弁護をしてしまう。おそらくガレリスは加害者であり、被害者でもある。

「いや、アッシュレイの、怒りは正しい、すべて俺の責任だ」

ガレリスが自分を弁護する言葉を拒絶する。

「イウトピアは、魔力なしを使って魔物の出現を防いでいた、んだな?」

フレイが確認する。

「そうだ。魔力なしの魔物を引き寄せる力を強めて、異空間におびき出し、とどめをさす」

ガレリスが苦しそうに話す。それは肉体の疲労からだけでなく、自らがしたことへの後悔への苦しみもにじみ出ている。

「異空間の魔法の使い手がいたのか?」

「イウトピアの管理人ウェルズの固有魔法だ。どこからでもいけて、どこからでも出れる。自分のためだけの世界。と管理人は呼んでいた。本来は、ごく狭い空間を作るだけのようだった。イウトピアの管理人は金色の指輪を持っていた。それが、魔法を増幅させるのだと言っていた」

「やはり、呪いの指輪、か?」

アルトの探す呪いの指輪。その力も呪いと引き換えに力を与えるものだった。

「俺たちが見つけた時。アイビーとガレリスは異空間に閉じ込められていた。ガレリスが脱出しようとしなかったのは、できなかったからだと思う。おそらくアイビーを助けようとしたガレリスは、異空間に閉じ込められたんだな?ウェルズは証拠隠滅のために、そうしたんだろう」

シオンが言いそえる。

「魔物が現れないビルを建てるために、魔力なしを使った、か」

アッシュレイが声に怒りをにじませる。

「ガレリスは両親の診療代を肩代わりしてくれるから、加担したんだろう?」

シオンがガレリスの肩を持つ。

「確かに、そのためでもある。だがそれだけではない。俺は進んでこの仕事を引き受けたんだ」

ガレリスは自分が許せないようだった。自分を弁護する言葉をすべて跳ね返す。

「どこでウェルズと知り合ったんだ?」

フレイが聞く。

「裏の仕事にあった。実入りがよさそうな仕事だった。両親の治療費を払う必要があったからだ。ただ、この仕事を選んだのは、俺自身の意思だ」

「だが、こんなこと、いつかは絶対に発覚したはずだ。こういうトラブルだって予想できる。リスクが高すぎる」

フレイが現実的な側面を指摘する。

「ウェルズは、最終的に、魔力なしの気配を偽造する魔方陣を作りたいと言っていた。魔力なしをおとりにするのは、一時的なものにすぎないと」

ガレリスが言う。

「もしそれが成功すれば、魔物による被害を食い止めるのに役に立つ。魔物をひきつけて、そこで倒せばいいということか。魔力なしを使った非人道的な実験のリスクをとるぶんリターンが高いと思ったんだな」

「ウェルズが呪いの指輪を持っていたなら。ウェルズに呪いがかけられていた可能性も捨てきれない」

「呪いの、指輪?祝福の指輪、ではなくて、か?」

フレイが言い。ガレリスが、聞く。

「祝福の分だけ呪いもあるんだ」

シオンが言い添える。

「…両親のように魔物との戦闘の余波でなくなるものも少なくなる、と思った。言い訳に過ぎないが」

「お前は、アイビーのことを本当に好きだったのか?あの絶対守護のタリズマンは、ただ実験でアイビーの身を守らせるために渡したんじゃないのか?」

アッシュレイが聞く。

ガレリスは長い息を吸い込む。そして言った。

「俺は、間違いなくアイビーが好きだった」

「なぜ、アイビーが好きになったんだ?」

アッシュレイが重要な質問をする。

「アイビーは、他の魔力なしと違った。魔力なしたちはみな、自分に襲い掛かる魔物を恐れて、おびえて震えていた。だがアイビーは違った。彼女は自分も魔物退治に参加して見せた。魔力なしの銃を使って、援護してくれた」

「アイビーらしいな」

アッシュレイが小さな声でつぶやく。

「怖くないのか?と聞いた。そうしたら、自分は守られているだけなのは嫌だから、と言って笑っていた。そんな彼女の芯の強さにひかれた。だからアイビーのことはわかっていたはずなのに」

「アイビーは自分の意思でおとりになったんだな」

アッシュレイが悔やむように言う。

「恋人になってから、危険だから、この仕事はやめたほうがいいとアイビーに言ったこともある。でもアイビーは自分が役に立てるのがうれしいから、と言っていた」

「アイビーはなぜ絶対守護のタリズマンを持ちながら、魔物の攻撃を受けたんだ?」

アッシュレイが聞いた。

「…アイビーは、俺を守ったんだ。俺が油断して魔物に襲われそうな時、アイビーは自分の持つタリズマンを俺に投げた。タリズマンの力で俺は守られた。だが魔物を引き寄せる力を強めた状態で守護のシールドを失ったアイビーがかわりに攻撃された」

ガレリスがからからの声で絞り出すように言う。

「アイビーは、お前を守ったんだな」

アッシュレイが、小さく言う。確認するように。それが重要なことだったから。

「そうだ。俺はアイビーを守っているつもりだった。でも本当は俺がアイビーに守られていた。俺はアイビーを絶対に守れる気でいた。それが傲慢だったと今は思う」

「アイビーが守った命だ。捨てるような真似は許さない」

アッシュレイは言い、逃げ出すようにその場から離れる。

「俺たちも行く。ガレリスが後悔しているのは分かる。それに両親の病院代を人質にとられていたのも。それでもガレリスのやったことは犯罪だ。だから魔法院にすべての情報を伝える」

シオンがガレリスに向き合って伝える。

「分かっている。俺はアイビーや他の魔力なしを危険にさらしたんだ。覚悟は、できている」

ガレリスは答えた。

フレイとシオンは病室から出た。

「おそらく、空中バスの魔力クリスタルを盗んだのも管理人のウェルズだな。どこからも侵入して出れる空間があれば、盗難防止の扉も車庫も意味がなかったはずだ」

「そうだな」

フレイが言い、シオンもうなずく。

「ウェルズの、カネですべてを解決しようとする姿勢は気に入らない。だが異空間を移動できるとなると、捕まえるのが難しいだろうな」

シオンが考え込む。

「アーヴィングとアルトにも一応ことのてんまつを伝えておくか」

フレイがリンクで伝える。

二人は病院でアイビーが目覚めるのを待った。

連絡が来たのはそのさなかのことであった。

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