2章12話 ガレリス
ガレリスのことを調査することを頼まれたシオンとフレイ。
ガレリスがハンターなら、記録が残っているはずである。
魔人は魔力制御器官である角をつけられた後天的な強力な魔法使いだ。そして強力な魔法使いは管理されている存在である。
魔法院にはすべての魔人と強力な魔法使い、血筋の魔法の使い手が網羅されたデータベースが存在する。
だがそんなデータベースにアクセスできるものは限られている。
シオンとフレイはダメもとでガレリスを調べてほしいと彼らの監督官であるアーヴィングに聞いた。現場一筋のアーヴィングは権力を嫌う傾向がある。
下の者には頭があがらないほど世話になっているものが多いが、目上の者には嫌われる傾向もある。
だからシオンとフレイはさほど期待はしていなかった。
驚いたのはそれに当てはまる人物の名が告げられたこと。
アーヴィングがどのようなつてを使ったのかはフレイたちにも分からない。聞かないほうがいいのだろうと判断する。
アーヴィングから送られてきた情報で魔人の名はガレリス・フィルバード。元、ハンターであるとのことだった。
つまり今はもうハンターではない。魔法院に所属するハンターの情報は魔法院で閲覧できるが、そうではない場合は個人情報の秘匿の為に分からなかったと書かれている。
それでもアーヴィングはここでもつながりの強さを見せた。ガレリスの元監督官に話をつけて、ガレリスのクランが集合する場所と時間を教えてもらったのだ。
それは監督官にとって大きな譲歩だ。アーヴィングはそれだけのチャンスを二人にくれた。
つまり後の情報収集はシオンたちだけでなんとかしなければならない。
と、いうことでフレイとシオンはその場所に向かった。
「ここから、ガレリスのクランメンバーを探すのか。さすがに無理な気がしてきた」
「冬だからな。当然暖かい火の広場は定番の集合場所だ。それくらいわかりきったことだろう。いまさら何を言っている」
フレイがシオンの弱音に正論で返す。
フレイとシオンは火の広場に来ていた。
火の広場はクラウドナインの四大広場の一つ。火のエレメントを広場の中央に配した大広場だ。火のエレメントは水晶に閉じ込められた炎の形をとっている。
それは魔法でできた魔具であり永久に灯り続ける機関をもっているとされる。
その火の閉じ込められた水晶の周囲の温度は暖かい。熱いと言うほどにはならないほどよい心地よさ。
その暖かさから、冬の夜のクラウドナインではハンターたちの定番の待ち合わせ場所になっている。
火のエレメントの周囲には風が吹いている。
暖かな空気と冷たい空気が混ざり合う風。冬のさなかでもそれは春風のように穏やかだ。
羽付きトカゲは上空を見上げて、シオンの肩の上で鳴く。
シオンは周囲を観察し、ガレリスの元クランメンバーを探すのに必死でそれに気がつかない。
クゥエ!羽付きトカゲのフィンはシオンの肩で、シオンの髪を引っ張って意識を向けさせる。
「どうしたんだ?フィン?」
シオンがやっとフィンに意識を向ける。
クゥエ!言葉を話せぬ羽付きトカゲはどうにかして自分の意図をシオンたちに伝えるか考える。
そして一度シオンの肩から飛び立ち、上空を一周する。それからシオンの肩に戻る。
つまり、自分には一度上空に飛び立ってもシオンたちを見つけられるのだ、と示して見せた。
「…フィンになら、上空からクランメンバーを探せるかもしれない、ということだな」
シオンが持ち前の察知能力で言う。シオンはフィンの意図を見抜くのがうまい。
「毎度なんで話が通じているのか謎だ」
フレイはその隣で複雑そうな顔になる。フレイはフィンの意図を大体見抜けない。
羽付きトカゲは賢い種族だ。人の言葉も大体分かる。だが悲しいかな言葉が話せない。そして文字も書けない。
だからいざというときは、身振り手振りで必死に伝えてくる。
「よし、なら、フィンに頼むか。これがガレリスのいたクランのリーダーだ」
シオンが腕時計型端末、リンクを起動し、ガレリスのクランのリーダーの念写写真を表示させる。
フィンは特徴を覚えると、上空へ飛び立つ。
高く高く、全体が見渡せるくらいの高度まで。
そしてゆっくり旋回しながら地面に近づいていく。
フィンの眼は竜の最下位とも言われる羽付きトカゲの眼。人のそれよりはるかに鋭く。上空から獲物を逃さないために、地上にいる人間の姿も識別できる。
フィンは静かに旋回し。クゥエーーー!と大きな声で鳴く。遠く夜に響く鳴き声。
その声に広場の人々が一斉に上空を見上げる。何事かと、警戒した目。上空を指さすものもいる。
フィンはその鋭い視力でさっとその顔を見渡し、広場の人たちが、ただの羽付きトカゲだと知り、もとの行動に戻る前に目的の人物を見つける。
フィンは自身の周りにシールド魔法を張って静かに降下する。夜空に、シールド魔法の輝きは目立つ。これはフィンほど目がよくないシオンとフレイのために自分がどこにいるのか知らせるためのシールド魔法だ。
その降下するシールドの灯り。その後をシオンとフレイが追う。
そして、フィンとシオン、フレイが合流する。そこにガレリスのクランのリーダーが立っていた。
シオンとフレイ、それにフィンが舞い降り彼のもとで会うのを見て怪訝そうな顔になる。
「失礼。あなたは、ガレリスさんのクランの人でしょうか?」
シオンが人当たりの良い笑みを浮かべて聞く。
「ガレリスに何かあったのか?」
リーダーの反応はシオンたちが思ったより大きかった。まるで何かあることが前提のようだ。その顔は心配を感じさせる表情だ。
「いえ、ガレリスについて知りたくて、俺たちはハンターです。情報の提供を頼みたくてここにきました」
シオンの柔らかい物言いに身を乗り出していたリーダーがやや冷静になる。
「ガレリスに何かがあったんじゃなければ、何か問題を起こしたのか?ガレリスは生きているのか?」
リーダーが心配そうに聞いてくる。これはどういう状況か、シオンたちにはわからない。
「安心してください。ガレリスさんは健康そうに見えました」
シオンがリーダーの心配を読み取り、安心させようとしていう。
「そうか、それは、よかった」
リーダーは、はーと安どの息を吐く。
「ガレリスさんのことを心配なさっていたんですか?」
「そうだ。あんなに急にいなくなって、ハンターもやめたと監督官は言うし。連絡もつかなくなった。まるで何か死ぬ準備をしているのか。悪いことを起こすから俺たちから距離を置いていくみたいな気がして。いやな予感がしたんだ」
「ガレリスさんに何があったんですか?」
シオンが話の流れのままに聞く。
「ガレリスの両親が大けがを負って。それでずいぶん参っていたからな」
リーダーはそこで口をつぐむ。
「…今のは忘れてくれ。ガレリスの個人的なことだ。話していいことかわからないからな。君たちは、なぜガレリスについて調べているんだ?」
リーダーが冷静になったのだろう、不信の目でシオンたちを見る。
「ガレリスと、もしかすると関係ある事件を追いかけているんだ。ガレリスについて知りたい。情報料は出す。できれば彼のことを教えてほしい」
シオンが言う。ハンター同士では情報のやり取りにはお金を支払うこともある。
まさか、恋人の兄に調査を依頼されていると、正直に言うわけにはいかなかった。そちらのほうが疑いの目で見られるだろう。
だからイウトピアの調査でガレリスを調べているのだということにした。
「どんな事件だ?」
リーダーが聞く。
「魔物の出現しない建物。ビル、イウトピアに問題がないか、調べている」
シオンが嘘をつく。シオンはだましやすそうに見えてかなりしたたかだ。人をだますのがうまく、嘘をつくときに顔色を変えることがない。
「なるほどな。それなら、もしかしたら関係はあるかもしれないな」
リーダーがあっさり嘘に乗せられたので、シオンは少し拍子抜けした。だが、調べているといいながら、どんな関係があるのか、と聞くわけにはいかない。
「ガレリスの両親は、魔物討伐中におきた建物の倒壊に巻き込まれて重傷を負ったから、だな」
リーダーが続けた言葉にシオンは心の驚きを顔に出さないように苦心した。
「その後、ガレリスは何か問題を起こす可能性があったんだな?」
フレイが口をはさむ。
「そうだ。ガレリスの両親は重傷で。生命維持のポッドにより一命はとりとめた。だが完治させるには生命維持のポッドに何年もいる必要がある。その支払いができないと嘆いていた」
「それなのにガレリスはハンターをやめたんですね。治療費を払うなら、仕事を失うわけにはいかないはずだ」
シオンが相槌をうつ。
「そうなんだ。そこが不自然だった。それで自分の命を投げ出したんじゃないかと気が気ではなかった。魔人の角を返却、売却する可能性まで考えていたようだ」
「魔人の角は、魔獣の角。だから返却すれば、カネにはなる、か。だが手術代の返却はできていたのか?それによって得られる額も違うだろう」
フレイが聞く。
魔人は後天的に魔力を増幅させる手術を受けたもののことだ。魔法制御機関である魔獣の角を移植する。手術には当然お金がかかる。だが手術代を用意できない場合借りることができる。魔力の高いものなら将来の仕事で返却できると見込まれるからだ。
そして移植したその魔人の角はその魔人の死後、売ることが可能だ。魔人の魔力制御機関となる角は希少で高価だ。
だが生きているうちに角を失った場合、その魔人は死んでしまう。
「そうだ。だから角を売っても無意味だと俺はあいつに言ったんだ。それに、そんなことをしてもらっても、両親は喜ばないぞ、とも」
「ご両親の命がかかっていれば、なんとしてでも助けたいと思うのは自然ですね」
「そうだ。それにあいつは、魔人化の手術代を支払うために、仕事にうちこんでいた。それで自分の両親にろくに連絡も取らなかったことを後悔していた。両親のためにカネを得るためになんでもしそうな雰囲気があった。それで突然連絡を絶っただろう。こちらは心臓に悪かった」
「ほかのクランのメンバーにも、何をするつもりか言わずにクランを去ったんですか?」
「そうだな。ガレリスは、人に頼るのが苦手なやつだった。魔人でできることも多くて、自分の力で生きてきたという自負があるからだろう」
「自分でなんでもできるのはいいことだろう?」
フレイがわからなくて聞く。それはフレイが理想としていて、だができないこと。
シオンという相棒がいなければ何もできない自分と比べてしまう。
「そうだな。だが自分がなんでもできるのが当たり前で、魔物との戦いで仲間に何かあると自分を責めるような、そういう傲慢なところもあった。だから両親の死にも責任を感じていたようだ。自分がいれば何とかなったと思っているのかもしれない」
「人は助け合わないと生きてはいけないのに、ですね」
「だがガレリスは、悪いやつではない。何か悪事をはたらいているなら、とめてやってくれ」
リーダーが言う。それでシオンはこの人がガレリスの情報をくれたのは、ガレリスが罪を犯しているなら、止めるためなのだ、と分かる。
「できる限りをつくします」
シオンがうなずく。
「どう思う?両親が魔物の被害にあったガレリスが、魔物の出現しないビル、イウトピアに住んでいるのは」
火の広場から十分に離れてからシオンが言う。
「どう考えても何らかの理由があるはずだ。偶然にしてはできすぎている。俺には推論がある。推論に過ぎないが、ガレリスには動機があると分かった。あとわからないのは方法だけだ」
フレイが断言する。
「どんな推論だ?」
シオンが聞き返す。
「よく考えればすぐにわかることだ。お前はお人よしすぎて思いつかなかったのかもしれないが。俺は初めから疑っていた。ただ、調べてみて、それが可能でないと判断した。それが間違いだったようだ」
フレイがいいよどむ。それは本当に起きているなら非道なことだ。だがフレイは人は時に非道になるものだと身をもって知っている。
「そんなの、聞いていないぞ。もったいぶらずに話せよ」
シオンが聞く。シオンにはそんな方法はまるで思いつかなかった。
それは人を根底では信じるシオンの美徳でもある。
「論理的に考えろ。なぜ、ウェルズは魔力なしに住居を貸し出している?魔力の高い、自分を神に選ばれた人間だと思っている、そんな奴が魔力なしを優遇するのはおかしい」
「それは、社会貢献をしている、というアピールじゃないのか?」
「それだけじゃない。ガレリスがいればできることは、魔物狩りだ。おそらくウェルズは、ガレリスの両親の蘇生代を払っている。それで、ガレリスが悪事に加担しているのだとしたら?魔物を先に見つけて倒す、そのためには魔物をおびき寄せる必要がある。それが可能なら?魔力観測所に探知される前に魔物を倒せる」
「…まさか、魔力なしをおとりにしている?」
シオンが理解する。そして苦い思いをする。いつも差別される魔力なしをこのように使うのはあまりにも残酷だった。
そして魔力なしも合意のうえでそれを選ぶ可能性が高い。
仕事を見つけるのが難しい魔力なしなら、高額の支払いに迷いなくその危険も冒す可能性がある。
「今からでもイウトピアに行くぞ。黄昏時はもう始まっている。だが何か証拠がつかめるかもしれない。今のままではただの推論に過ぎない」
フレイが言い、空に飛び立つ。
「そうでないと、いいんだけどな」
シオンがあくまでも言う。その答えはガレリスのことを疑うものだったから。
だがシオンもそれが一番可能性が高いとはわかっていた。それなら、ガレリスがなぜアイビーを守るためにタリズマンを渡したかの疑問に答えが出る。
魔物との戦闘中に彼女を守るためだ。
「何している、早くいくぞ。空中からが早い。フィンならイウトピアの方向がわかるはずだ。フィン、シオンを乗せて先を案内しろ。五十パーセント拡大だ」
クゥエー!羽根つきトカゲの首輪の魔具が輝き、フィンが拡大する。その背にシオンが乗った。
フィンは一度行った場所の方向がわかる。家をたがわぬ猫のように、海を渡る鳥のように。だからフィンの後についていけば、夜でも迷うことがない。そして交通機関を使わずに飛行していくのはそうすると直線距離を飛べるため、空から向かったほうが早いのだ。
そしてフレイたちは飛び立つ。
胸中にいやな予感を感じながら。
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