2章10話 互助組合

「ディルはすごいな!俺は結局一度もまとに当たらなかった…」

アルトがフードコートでディルに話しかける。

今日会ったばかりなのに、もうすでにディルと仲良くなっている。

勇気があるがゆえに物おじせずに初対面の人にも話しかけていくアルトらしい。

ディルはいつもなら人に警戒して人見知りする性格のようにシオンには思えたが、そんな彼もアルトとはすぐにうちとけた。

「ずっと練習してきたからな。そう簡単にできてもこちらとしては立つ瀬がない」

ディルが照れていう。

アルトは今日魔力なしの学生たちの訓練に参加した。

シオンが提案し、アルトが了承した形だ。

ディルは自分を周囲と比べてうまくないのを気にしているようだった。

だから、初心者のアルトを連れてくれば、自分がどれだけうまくなっているか実感がわきやすいと思ったのだ。それがディルの自信につながればいいとシオンは思っていた。

実際にはシオンの想像以上に効果があったようだ。

「俺は魔力なしなら秒で死んでいるな」

アルトは自分に銃の才能がないことを認める。

「アルトはルーンの記述改変ができるんだろう?それも十分すごいと思うぞ」

ディルたちの会話が盛り上がる。

そんな彼らをよそに、アッシュレイがシオンとフレイに話しかける。

「そういえば、イウトピアの居住権が当たったんだ」

「ええっ!?倍率何倍だ?よく当たったな」

シオンが心底驚く。

魔力なしに安くイウトピアの居住権を与える抽選での申し込み。

魔力なしにとっては魔物が出現しないビルというのはとても魅力的だ。その分宝くじに当たるより難しい抽選となると噂されている。

「兄さんの運の強さはすごいからね。しかも当たったのに自分は住まないというのだから」

同じくフードコートにいるアイビーが笑う。

「住まないのか?なぜ応募した?」

フレイが疑問を顔に張り付けて聞く。

「いやなに、イウトピアは高級住宅街にあるだろう?俺の店、魔具修繕屋は貧しい地区にあるから」

「別に店に住んでいるわけでないなら問題ないのでは?」

シオンが聞き返す。

「通勤時間がもったいない。その分魔具の研究に使いたい」

ストイックなアッシュレイらしい返答だとフレイもシオンも納得する。

「代わりにアイビーに住んでもらう。だから、フレイたちにはイウトピアの調査を頼みたい。アイビーが住むなら安全かどうか知りたいしな」

アッシュレイがアイビーを指し示す。

「もちろん、俺らとしてはイウトピアを調査したいから渡りに船だ。アイビー予定が空いている日を後で教えてくれ」

シオンがうなずく。これで堂々とイウトピアの調査ができる。住人にならイウトピアの正面扉を開けられるからだ。

ただし、管理人に見つかれば面倒ではある。

「アートボマー、ついに爆弾にけが人がでたみたいだな」

ディルとアルトの会話が聞こえてくる。

「今までは被害者はいなかったのにな」

アルトも相槌を打つ。

「俺も、アートボマーの気持ちはわからないでもないけどな。こう、何かぶっ壊したくなる気持ちも」

ディルが言い、アイビーがそちらを振り返る。そしてシオンたちを向いて聞く。

「アートボマーの被害者は大丈夫なの?ニュースではけが人が出たとしかいっていないから」

「アーヴィングから連絡がきた。治癒術士のおかげで傷も残らないそうだ」

「だんだんと犯行がエスカレートしているみたいだな」

アッシュレイが眉根を寄せる。

「いや、今回爆発に巻きこまれた人は単に運が悪かっただけのようだ」

シオンが訂正する。

「そして、爆弾となっていた魔方陣が残っていた。あれは爆発魔法でなく、魔法の言葉ルーンをでたらめに配置した魔法の失敗による爆弾のようだ」

フレイがアッシュレイに言う。

魔法の失敗による爆弾。アッシュレイならもっと威力の高い魔法伝導率を最大に生かした爆発魔法が組めるはずだ。

つまりはアッシュレイは容疑者像に当てはまらない。

「二人とも、ちょっとこれから魔力なしの互助組織に来ない?私が案内するから」

アイビーが唐突に提案する。

「いや、だが二人は部外者だ。オフィスに連れていくのはちょっとな」

アッシュレイが難しい顔をする。

「シオンさんはいつも銃の訓練をしてくれている。もう部外者とは言えないよ」

「だが、オフィスに行ってどうするんだ?」

アッシュレイが怪訝そうな顔になる。

フレイとシオンとしては、互助組織のオフィスに行けるのはチャンスだ。行っただけでアートボマーを見つけられるわけではないだろうが。

「みんなに顔見せしておきたいから。みんなシオンたちに感謝しているの」

アイビーが多少強引な様子で言う。

「それもそうか。シオンたちは構わないか?」

アッシュレイがフレイたちの同意を求める。

「部外者なのに招いてもらえるのは光栄だ」

シオンが力強く同意する。

「なら、今から行きましょう」

アイビーがフードコートの椅子から立ち上がる。

「俺も行っていいですか?ディルともう少し話したいし。今後も訓練に参加したいです」

アルトが言い、ディルがうなずく。

「アルトのことは俺が案内する。ほかの学生たちも来ているかもしれないし。紹介するよ」

全員で魔力なしの互助組織、そのオフィスに向かうことになった。


彼らは、エレベーターでモールの上階へ向かう。

クラウドナインの建物らしく、このモールも五十階もある。違うのは建物がほかの建物より多少横にずんぐりしていること。一階ごとの面積もそれなりに広い。

だから商業施設としてのモールは三十階までで、上層の部屋は貸し出されて様々な企業のオフィスとして使われている。

互助組織の借りている部屋は、そのうちの一つだ。

アイビーの案内でオフィスの中に入るシオンとフレイ。アルトとディル、アッシュレイも後に続く。

オフィスはそこまで広くは見えない。

扉の位置から、そのほとんどが見渡せる。

四人ほどの人が空中画面と向き合っていたが、知らない人が入室したのに困惑しているようだ。

アイビーが扉を開いて入ってきたシオンたちを示して、室内にいる人たちに声をかける。

「彼らが、いつも訓練を手伝ってくれているシオン、とフレイです」

アイビーが言うと、その人たちも理解したようだ。

「いつもお世話になっています」「ありがとうございます」

何人かがシオンとフレイの前に来て口々にお礼の言葉を述べる。

部屋の片隅で一人、フレイとシオンのほうへ向かわなかった男性がいる。

「その人たちは、ハンター、なのか?」

男性がアイビーに聞く。よく見れば顔色が蒼く。何かを恐れているかのよう。

シオンはこれは怪しいとは思った。だが、証拠もないのに人をアートボマーだとは言えない。

「そうだよ、アルス。ほら、前に言ったじゃない。学生たちの訓練を手伝ってくれているハンターさんたち」

アイビーがアルス、と男性を呼ぶ。

「そうか。突然知らない人が来たから驚いた」

アルスは繊細そうな線の細い見た目をしている。

シオンはどうすべきか、迷う。仲間たちのいるこの場でアルスに話を聞くことはできない。

「アルスはちゃんとご飯食べてる?最近また朝早くからここに来ているでしょう。仕事はどうしたの?」

アイビーが重ねて聞く。その表情は真実アルスを心配している。

「実は、アートボマーがこの事務所にいる可能性がある。調査に協力してくれないか?」

フレイが言い、互助組合の人たちはみな一様に驚く。シオンに言えないこと。フレイは自分が悪役になってもいいから、アートボマーのことを口にした。

「そんなはずがない」

アッシュレイがフレイをにらむ。

アルトが一歩前に出る。

「このアクセスの記録を見てもいいですか?」

「別にいいけど、どうするの?」

フレイとシオンに挨拶した女性がアルトの言葉に困惑する。

「アクセスは印刷したものをいくらかは記録しておくんです。このアクセスで爆発魔法を印刷したなら、履歴が残るはずです。たとえ消してあっても、復元しようと思えば可能です」

「アルトがルーンの記述改変を使えるって本当なんだな」

ディルが言う。

「アートボマー、は、俺だ」

アルスが観念したように自首する。

みんなの視線がアルスを向く。

ただ一人アイビーだけは驚いた様子がない。

「アイビーが、アートボマーの情報を魔法院に流したんだな」

シオンが察する。

アッシュレイと男性が苦い顔になる。

「裏切ってごめん。でも、最近あなたは顔色が良くなくて、思いつめた様子だった。下手に私が自首を勧めれば、自暴自棄になって自殺するかもしれない。そんな気がしたの」

アイビーが悲しそうに眼を伏せていう。

「そうだ。死んだほうがましだ。俺にもう未来はないんだからな」

男性がやけになったようにいう。自殺も考えたのだろう。でも命を捨てきれなかったのだろう。

アイビーの推測は正しかったのだ。男が自殺しないよう、アイビーはハンターに調査を依頼した。裏切ったように見えてアイビーはアートボマーの命を守ったのだ。

「大丈夫、きちんと罪を償って。そしてもう一度立ち上がるとき、私たちはあなたに協力するわ。見捨てたりなんかしない。だから、あなたがまた戻ってくるのを待ってる」

アイビーがなだめるように声をかける。その真摯な言葉。

「そんな迷惑はかけられない」

だがアートボマーは顔を俯かせる。アートボマーはクラウドナインで有名な犯罪者だ。たとえ人を殺してなくとも、物理的被害は大きい。

そんなアートボマーと交流を続けたいと思うものなどいない。いたとしても、頼るわけにはいかない。アートボマーであるアルスはそう思っているようだった。

「ダメよ。ばつが悪いからとか言って、避けるのはだめ。こういう時のための互助組織だもの、きちんと頼ること。他の人たちがなんと言おうと私たちは手を差し伸べるから」

アイビーが言った言葉には覚悟が宿っていた。世間からなんと言われようと、仲間を守る。

「さすが、アイビーだな。それは、裏切るとは言わないんだ。見捨てないということだ。そんなことを言ってもらう資格は俺にはないのに」

アートボマーが苦しそうに胸を抑える。

「アイビーだけじゃない俺だって手助けする。お前にも何か事情があったんだろう?話を聞く」

アッシュレイも男性の肩に手を置いて真摯に言う。

「…アイビーに惚れるダメ男の気持ちがわかったよ」

男性が小さく笑う。

「妹はお前にはやらん」

アッシュレイの真顔の一言。

「ははは。アッシュレイらしいな。…ありがとう。二人とも」

男性はつぶやき、シオンとフレイを見る。

「俺が、アートボマーだ。だから、魔法院へ連行してくれ」

「俺も、ついて行きたい。できれば、道すがらに彼の事情を知りたい」

アッシュレイが申し出る。

「何かあると危険だ。できれば眠らせたまま連れて行きたい」

フレイが難色を示す。

「フィンの背に乗せて、連れて行けばいいだろう?」

シオンが反対する。

「投身自殺するかもしれないだろう」

「周りを球形のシールドで覆えばいい」

シオンが譲らない頑固な顔で言う。

「それなら、問題はないがな。ついてきてどうなるものでもないとは思うが」

こうなったシオンが止められないのを知っているフレイは仕方なしにうなずく。

「ありがとう」

アッシュレイが礼を言う。

「アルトは寮に帰れるな?」

「はい、問題ないです」

アルトが頷く。

「兄さん、彼を任せるわ。彼とは兄さんの方が親しいもの」

アイビーも自分がついて行かないという意味で言う。

「魔法院へ連れて行く。モールの屋上からフィンに乗る。逃げられると困る。俺たち二人でお前の両脇に並んで歩く。暴れるようなことはするなよ」

フレイが言い、シオンとフレイが男性を挟んで両脇にたち、男性を先導する。

モールの屋上に出て、羽付きトカゲのフィンが巨大化し、彼らを乗せて、全方位への球形のシールドを展開する。

そして魔法院へ直線コースをとる。


「どうして、アートボマーになんて、爆弾魔になったんだ?正直俺は今でも信じられない。俺はアイビーと違って、人のことをよく見ているわけではない。だけど俺はお前との付き合いは長いし、そんなことをする奴じゃないと思う」

アッシュレイが沈黙を破って、アートボマーに聞く。

「それは、買いかぶりすぎだ。俺は結局それだけの人間だったということだ」

「そんなことは、ない。ずっと絵を学んでいて。魔力なしだからとあきらめないで、努力していたのを俺はよく知っている。努力家のお前の姿は俺にとって肩を並べるライバルの様な存在だった。こいつはまだあきらめていない。だから俺もあきらめない。そう思えた」

アッシュレイが言う。

「努力はしたさ。だが結果がついてこなければ意味はない」

「何か理由がある、のだろう?話してくれないか?」

「俺は、カネがなくて困っていたんだ。仕事は大概長続きしないからな。まったくみじめな負け犬さ、俺は」

「それは。芸術肌のお前だ。繊細な性格だから、仕事がつらいんだろう」

「芸術肌だから、みんなそう言ってくれる。でもそんないいものじゃないんだ、本当は。俺はそのことをよく知っている」

「そんなことは…」

「俺は何かになりたかった。どうしても人とは違う自分だ。周りに合わせることができなくて。だが人とは違うかもしれないが、決して特別なわけではないんだ。人とは違って、特別な奴だっている。だがそれと俺がどれだけ大きな違いかはよく理解している」

「特別じゃなくても、努力を続けていこうとしていたのに、か?そうでないと理解しながらも努力すること。それは特別でなくても、何かの意味があるんじゃないか?」

「俺も、画家として努力してきたつもりだ。だが、アートは裕福な人のものだ。俺みたいな貧乏人が描いた絵を買ってくれるやつなんかいない」

「一度はテレビにさえ取り上げられたって喜んでいたじゃないか」

「それだって!俺が魔力なしだから、だったんだ。そのテレビ番組は。俺が哀れな魔力なしの画家だから、テレビで取り上げただけだったんだ。俺の実力なんかどうでもよかったんだ!」

「それで、そのテレビの出演の話をしなくなったんだな」

「お金がないと、画材も買えない。そんな時、ある人が俺に近づいた。それで、爆弾を爆発させれば、カネを工面すると言った。普段だったら、ことわる話だ。だが、俺は泥酔していた。だから、人を殺さなくていいなら、と引き受けてしまった。その後は、ことわろうとすると、俺の犯罪をばらすぞ、と脅された」

「相談、してくれればよかったんだ」

「そんな心の余裕はなかった。誰も信じられない気持ちになっていた。昨日、人が被害にあったときいて。俺は怖くなった。アイビーがハンターたちを連れてこなかったら。俺は自らの命をたったのかもしれない」

「被害者は、魔法院の精鋭部隊の治癒魔法で傷は完治している」

シオンが教える。

「その近づいて来たやつは、どんな人物だ?」

フレイが口をはさむ。

「分からない。認識阻害の魔法をかけていたんだろう。顔は全く見えなかった」

「爆弾に使う魔力クリスタルは、どうした?」

「それも、依頼人がその都度持ってきた」

「そうか。それがあるなら。まだ他の人間に爆弾を作らせようとする可能性があるな」

シオンが思案する。

「もう、俺みたいに犯罪に手を染めるやつがでないといいと願う」

「ハンターとしてそいつが捕まるように努力する」

シオンが約束する。

遠くには魔法院が見え始めていた。


「少しだけ、アッシュレイと話していいか?俺たちだけで」

魔法院についてから、アートボマーが言う。

「いいだろう。フィン、防音魔法のシールドを球形に展開してくれ」

フレイはシオンのほうを見て、仕方なさそうにうなずく。フィンが二人の周りに防音と物理的シールドを二重に張る。これでアートボマーは逃げられない。

アートボマーはアッシュレイとともになにか話す。おそらく別れの言葉だろう。話が終わってアッシュレイが手を振り、フィンがシールドを解除させる。

アッシュレイは複雑そうな顔をしていた。何を話していたのか。シオンも気になったが聞くことはしなかった。

そしてアートボマーが捕まった。

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