2章9話 魔人であってもできないこと
「アッシュレイ、この後良ければ、俺たちの事務所に来ないか?」
シオンはいつも通りの学生たちへの銃の訓練ののちに、アッシュレイを誘う。
「別に、構わないが。…フレイが嫌がるんじゃないか?」
アッシュレイはいいよどむ。フレイを避けているのが自分のほうだと理解している。だがこの間フレイを怒らせたことに申し訳なさも感じている。
「フレイは忙しくしているから、問題ない」
シオンが明るく言う。フレイがいない、でなく忙しくしている、とシオンは言う。アッシュレイはそれを言葉通り仕事か遊びに出かけていて不在なのだろうと受け取った。
「話したいことがあるなら、いつものフードコートでもいいんじゃないか?」
アッシュレイが事務所にわざわざ行く理由が思い浮かばずに聞く。
「俺たちは、自前のシュミレーションポッドを持っているんだ。アッシュレイも使ってもいい。魔具の出来をみるのに、現実で試すより危険がないだろう?」
シオンの言うことは、確かにアッシュレイにとって非常に興味を惹かれる誘いだった。
シュミレーションポッドは、現実を模倣した仮想空間へログインすることのできる魔具だ。
人の魂だけを抽出して、仮想現実に飛ばす。そしてその仮想空間でけがをしても、現実の体に傷はつかない。
だから、魔法の実験に使われることもある。
もちろん仮想空間の技術を使ったゲームも存在する。だがその場合はゲームの中では現実の法則が適応されているとは限らない。ゲームの中のアバターも自由に設定できる。それ故に現実との相関性がないのだ。
それに反して全身をスキャンし、コピーした魔力と身体で仮想空間にログインできるのがシュミレーションポッドである。
「すごいな。シュミレーションポッドは高価だろう?俺も欲しいけど手に入らない」
アッシュレイも購入を考えたことがある。だがあまりの値段にあきらめたのだ。
「俺たちは事情があって。監督官が顔の広い人でずっと昔に使われていたポッドを安く譲ってくれたんだ」
シオンは魔力なし。フレイは未認可の魔人。
どちらも魔法院に知られれば問題が起きる。
そしてシュミレーションポッドは使用者の魔力を計測するものだ。ポッドの履歴を見れば魔力の量がばれてしまう危険がある。だから、訓練場のポッドは使えない。
そんなシオンとフレイのためにアーヴィングが骨を折ってくれたのだ。
「なら、行ってみたい」
アッシュレイはフレイと会う可能性とその気まずさより、ポッドで魔具を試せるという誘惑をとる。
「じゃあ、俺たちの事務所までは空中バスからが早い。道順を覚えれば、いつでも来ていいからな」
シオンが言い、モールの出口へ向かう。
アッシュレイはそのあとに続く。
「あのフレイが渡した、気配阻害の魔具はどうだ?」
シオンがバス停ビルに向かいながらアッシュレイに聞く。
「フレイは、すごいよ。天才かもしれない。悔しいが俺の負けだ」
アッシュレイが認める。
「前のより魔法効率が上がって、魔力クリスタルを小さくしたということだったな」
シオンが分からないなりに相槌をうつ。
「それだけじゃない。というよりそれを可能とする発想がすごいんだ。フレイは、魔力なしを星、と関連させた。そして『昼の太陽が星を隠す』と『人の命の灯りが星を隠す』と隠すというルーンを二重の意味に使ったんだ。それの意味は、昼の太陽が隠すというのはへスぺリデスのシールドベルによって魔物が封じられていることを示している。そして人の灯りが隠す。というのは人が灯す魔法灯が強いゆえに夜空の星が隠れることを示している。だがそれだけでなく、人の命の灯りの多さに魔物が惑わされるという意味も付与している。つまりは人口が多いほど気配を阻害する力をあげる。つまりはこの魔法陣はクラウドナインというへスぺリデスのシールドベルを持ち、人口の多い大都市では大きな効力を持つんだ」
アッシュレイが勢いよくフレイの魔方陣のすごさを語る。
「アッシュレイは、フレイの魔具の腕を認めているんだな」
シオンはその勢いに若干身を引きつつ、いう。
「そうだな」
アッシュレイが少し興奮しすぎたと恥ずかしく思ったようで、短く言う。
「なのに、なぜフレイに強くあたるんだ?」
シオンが聞いた。
「…そうだな。フレイが作ったのが、気配阻害の魔具だったのも理由の一つなのかもしれない」
アッシュレイが言うころには、二人はバス停ビルの前にいた。
バス停ビルは、その名の通り一つのビルがまるまるバスの停留所になっている建物だ。
飛行魔法の空中バスが行き来する場所。
この辺は商業施設が多く、利用者も多いのでこういう各所からのバスが一つに集まっている。
このビルは、トンネルのような穴の開いた長方形の箱がいくつも積み重なった外観をしている。
そして、空中バスが近づくと、その長方形が回転してバスが中に滑り込む。乗り込む場所をバス運転士が迷わないように、一つ一つの長方形は各階で色合いが違う。
シオンとアッシュレイはビルに入る。
「なぜ、気配阻害の魔具が特別なんだ?」
「そうだな、それを説明するなら、俺の両親の話もする必要がある」
「聞いてもいいなら、聞かせてくれ」
「…そうだな。俺の両親はともに魔力なしだった。魔物が少ない田舎に住んでいた。その代わりへスぺリデスのシールドベルのような一時的に魔物を抑える魔具はなかった」
「へスぺリデスのシールドベルの魔法は、いまだ人に解明できていないと聞いているな」
魔具に疎いシオンでもそれは知っている。
かつて大魔法使いとうたわれたものが、妖精と契約して作ったとされる。
「だがそれでも問題はなかった。魔物なんていないも同然だったからな。それが俺たちの油断だった」
「魔物に襲われて亡くなったのか?」
「そうだ。油断が命取りになった。気配阻害の魔具を直すお金がなかった両親は、俺たち兄妹にまだ稼働している魔具を渡し、自分たちは魔具を持たずに出かけた。魔物が出ても、銃で対応できる。そういうおごりもあったのかもしれない」
「銃ではどうしようもない魔物、だったんだな」
「その魔物は小さいが、強力な毒を持っていた。銃で撃ち逃した魔物に噛みつかれて、その毒で両親は亡くなった」
「両親同時に、か」
「それで、俺はこんな魔具が俺たちの命をつないでいるのだ、と実感した。直すことが自分でできたなら。両親は死なずにすんだんじゃないか、と思った。それでルーンの呪文構築学を学び始めたんだ」
アッシュレイが語り終える。
そのころには上へ続くエスカレーターから降り立ち、バスの滑り込む、電車のホームのようなところに立っていた。
時刻や、バスの遅れ、到着時間を伝える掲示板がある。
空中画面ではなく、物理的でアナログな掲示板である。掲示板を常時展開するのに空中画面では魔力の消費が大きいため、バス停ビルではこういう魔法灯を使った掲示板が置かれている。
「まだ、バスが来るのに時間がありそうだ。少し座ろう」
シオンは掲示板に表示された時刻を見て、ホームに置かれた椅子の一つに座る。アッシュレイも隣に座った。
「アッシュレイがフレイに複雑な気持ちになる理由は分かる。だがフレイは才能に恵まれただけのやつではない。努力家だ」
「魔法院に入らずに独学したから、か?だが俺がもし選択肢を与えられたなら、俺はそれを選ぶ。だが俺にはそもそもその選択肢がない。魔力という生まれながらのものに決められてしまっている」
「アッシュレイは魔力格差是正主義者なのか?」
シオンはアッシュレイが現在の魔力主義に不満をもっていること。もしかしたら、アートボマーなのではないか、と思ってしまう。
アッシュレイには魔法爆弾を作る力がある。
「魔力なしで、そうでないやつはいない」
シオンの心臓が跳ねる。やはりアッシュレイがアートボマー、なのかもしれない。
「別に、アートボマーのようにすべてを吹き飛ばしたいわけではないけどな」
アッシュレイが苦笑して付け加える。
シオンは心の中を見透かされた気がしてぎくりとする。
「俺がアートボマーなら、魔力クリスタルを手に入れたなら。もっと有効活用する。気配阻害の魔具の核にするとかな」
そのアッシュレイのいうことは、彼らしくて、シオンは少し安心した。
確かにアッシュレイなら、爆弾に使うことはしないだろう。
「魔力クリスタルは高価だから、だな」
「その通りだ。俺はもぐりの魔具技師をしているが、主に魔具の修理をしている。その理由が、魔力クリスタルが高価だから、なんだ」
アートボマーが魔力なしの互助組合にいる。
それが内通者からの情報だ。ということは、誰かが明らかに怪しい行動をとっていたということだろう。
アッシュレイはそうは見えない。ということは違う可能性が高い。シオンは心の中で安堵する。
空中バスが、ホームに滑り込む。
四角い箱の四隅から円盤とそれを支える棒が突き出している。
その四隅から伸びる円盤が魔方陣になっていて中心に魔力クリスタルがすえられている。
空中バスは四つの飛行魔方陣に支えられて飛ぶ。小さくとも四つも魔方陣があるのは、どれか二つがなんらかの要因で破壊されても、残りの魔方陣でバスを支えられるように設計されているためだ。
空中バスはそれなりに大きい。そんなものが地上に墜落すれば大惨事である。それをさけるための措置なのだ。
ホームの中心で止まった空中バスの上から透明な管が下りてくる。そして魔力クリスタルにちょうどかぶるように接続する。
管は自動で動く魔具の一種だ。その管から魔力クリスタルが吸い上げられていく。
そしてクリスタルが天井に格納されると、別の魔力クリスタルが管を伝って下りてくる。
そうやって自動で空中バスの魔力クリスタルが交換される。
飛行魔法は魔力を常時使う魔法だ。そのため魔力の消費も大きい。だが空中バスは飛行艇のように長距離を移動するわけではなく。こういったバス停留所ビルなど、こまめに魔力クリスタルの交換をする場所がある。
そのために飛行バスの魔力クリスタルは取り外せるようになっている。
空中バスの魔力クリスタルが盗難にあったのは、その性質のためだ。
シオンは空中バスに乗るために席を立ち、隣で空中バスの扉が開くのを待つアッシュレイをちらりと見る。
だがアッシュレイの顔からは、空中バスを見たことによる変化はない。
そしてシオンから疑われていることさえ気が付いていない様子だ。
シオンはほっと胸をなでおろす。シオンの推測どおりなら、おそらくアッシュレイはアートボマーではない。そしてシオンの人間に対する観察力は外れることがほとんどない。
アッシュレイとシオンはそのまま空中バスに乗り込む。
そしてシオンたちの事務所兼自宅へ向かう。
「ここが、シオンとフレイの事務所か。なんというか。倉庫そのままだな」
アッシュレイが事務所を見上げた第一声はそれだった。
「倉庫だから、家賃も安い。そのうえそこそこ重要な荷物を管理していた場所らしくて、温度管理機能、つまりエアコンがついている。俺たちにわざわざ依頼に来る人間はほとんどいないから、見た目にこだわる必要もないからな」
シオンが倉庫の裏にある玄関からアッシュレイを中に通す。
そして、シュミレーションポッドまでアッシュレイを案内する。黒い鈍色のシュミレーションポッドは旧式なうえに、あちらこちらの塗装が剥げて銀色の地が見えている。
「すごいな。本当にシュミレーションポッドだ。確かに少し旧式ではあるが十分に使えそうだ」
アッシュレイがシュミレーションポッドを観察して言う。どことなく嬉しそうだ。
魔具の試験を仮想現実で行えれば、できることに幅が広がる。多少無理した魔方陣も気楽に試せるようになるからだ。
シュミレーションポッドは二つ並んでいて。おそらく片方がフレイ用、もう片方がシオン用なのだろうとアッシュレイは早合点した。
「使ってみてくれ。俺もこっちのポッドでログインするから」
シオンがポッドに横たわり、ポッドの扉が閉まる。
アッシュレイもポッドに寝そべる。扉が自動で閉まり。アッシュレイは目を閉じる。
『実験場へ、自動で移動します』
機械的なアナウンスが流れる。
アッシュレイの意識が眠りにつき。魂が仮想現実へ飛ばされる。
目を開けると、そこは現実ではないとはっきり分かる場所だった。
ビルを模した、しかしビルには見えない黒い長方形がいくつもそびえている。おそらく、シュミレーションポッドが古いため、このような荒い形の仮想現実にしかログインできないのだろう。
現在の仮想現実技術は非常に高く。クラウドナインそのものを完全に模倣したものもある。それどころか、魔物をコピーし戦闘をシュミレートもできるのだとアッシュレイも聞いている。
だがアッシュレイにとって魔物や完全な仮想現実は必要ない。
ここでなら、いくらでも魔方陣を試せるのだ。
「アッシュレイもログインできたようだな」
隣を振り向くと、そこにはシオンが立っている。現実に見た服装、現実のシオンの容姿の通りだ。
「あの爆発音は、なんだ?」
アッシュレイがシオンに聞く。地面が震えるほどの爆発音が断続的に続いては、止んでいる。
魔物をシュミレートするほどのことは、この荒い仮想空間では不可能なはずだ。
「だいたいあっち側だな。よし、行くぞ」
シオンが爆発音のほうへ足を向ける。
アッシュレイは何がなんだかわからない。
とりあえず、シオンの後に続く。
この仮想現実は荒いだけでなく、広さもそこまでないようだ。
爆発音のもとへ、すぐにたどり着いた。爆発の名残の煙が流れているあたりで、シオンは足を止めた。
「なんなんだ?」
アッシュレイが聞く。
「あれは、フレイの魔法の実験なんだ」
シオンが声を潜めて教える。
「フレイが?あれだけの爆発を?だがさっきから爆発魔法しか使っていない、よな?」
アッシュレイもシオンに合わせて声を潜める。
「フレイは、魔力が高すぎて、爆発魔法しか使えないんだ」
シオンがフレイの秘密をあっさり明るみに出す。
「魔力が高く制御が難しいと、魔法が失敗するというやつか?それって一体どれだけの魔力量なんだ?」
アッシュレイが戦慄する。そのうえフレイには魔力制御機関たる角まであるのだ。それでもなお制御できない魔力とはいかほどのものか。
「アッシュレイが魔具技師になれないのは、生まれながら決まっている、と言っていたな。でもフレイも、魔法が失敗するということが決まっている。それでもフレイはあきらめなかった」
「だが、魔法が失敗するのが決まっているなら、なぜルーンの呪文構築学を学ぶ必要があるんだ?どうせ爆発魔法になるのなら意味がないだろう?」
「フレイは魔法の組み方によって爆発の性質が変わることを知って、爆発の種類を割り出しているんだ。魔法の失敗の法則を調べている」
シオンの言ったことをアッシュレイは飲み込む。
つまり、魔法の失敗による爆発の変化を知るための実験。
魔力が高すぎて魔法が失敗する。そんな話は一度も聞いたことがない。子供のころにはよくあることだが、大人になってもなお、ということは。
それはつまり前例がない、ということだ。
フレイは自分の力で、一からすべてを学ぶ必要があったはずだ。ほかの誰にも学ぶことができないのだから。
「フレイとアッシュレイは、似ていると思う。二人とも逆風にもあきらめずに前に向かって進んでいる。フレイは確かに、魔人だ。だがそれだけで否定するのは、違うと思う。俺はフレイとアッシュレイならいい友人になれると思っている」
シオンが言い。
「お前は何か企んでいると思ったら、これか」
突然二人の背後からフレイの声。
シオンとアッシュレイが振り返ると、そこにはあきれた顔のフレイが立っている。
しばらく爆発音が止んでいたのだが、二人は話していたので気が付かなかった。
「アッシュレイにフレイのことを知ってほしかったんだ」
シオンがしかめつらのフレイに軽い調子で言う。
「フレイ、俺は正直魔人がうらやましい。俺とは違って選ばれたものだから。俺には選ぶ権利すらなかったから」
アッシュレイがフレイに向き合っていう。
「だが、フレイの努力は本物だと思う。一方的に嫌ってすまなかった」
アッシュレイが頭を下げた。
「俺も、少し無神経だったかもしれない。すまなかった」
フレイも謝る。
これが、アッシュレイにできる最大限の認めかただった。
アッシュレイにはアートボマーの気持ちも分かる。
受け入れてもらえない、認められないからすべてを吹き飛ばしてしまいたい気持ちも。
それでも、いつか、魔力なしと魔人が、しがらみなく互いに認め合い、ともに学べるようになってほしい。
そういう未来への希望が心のどこかにあるから、すべてを投げ捨ててしまおうとは思わないのかもしれないな、とアッシュレイは思った。
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