2章8話 魔力なしであってもできること
「フレイ、今日予定している魔物と違うものを先に倒していいか?弱い魔物なんだが、この付近なんだ」
黄昏時の前。魔物狩りに出かけようとするフレイにシオンが声をかけた。
弱い魔物を狩るのは珍しいことではない。
シオンの銃の腕は確かだ。そしてシオンの持つ攻撃魔法の銃は、威力こそ弱いが、一番レベルの低い魔物には通用する。
弱い魔物で狩りやすいものがある場合、シオンだけで魔物を狩ることもある。
「別に構わない。俺は事務所で待つ」
フレイとしては、自分には何もできないので無力感を感じるが、生活が苦しいときには仕方がないと理解している。
シオンが狩った弱い魔物の報酬は共同の食費に回すことで同意している。
「いや、近いし、一緒に行こう。そのあと目的の魔物を狩りに行けば効率がいい。一度事務所まで戻ってくるのも面倒だしな」
シオンが言う。この言葉に不審な点はない。
だからフレイはいつものことだと思い、深く理由を追求しなかった。
「分かった。ならついていく。場所はどこだ?」
フレイが聞き、シオンが『リンク』の空中画面をフレイに投げ渡す。
フレイは画面に書かれたハザードマップを見る。確かに、事務所に近い。
つまりは倉庫街にいる魔物だ。
倉庫街は広い道が多く、隠れる場所も少ない。だから魔物を狩るのに条件がいいことが多い。
「確かに、小遣い稼ぎにはちょうどよさそうだ」
フレイが了承し、シオンたちは歩き出す。目的地は歩いて行けるくらいに近い。
普段の移動も、空路より普通の交通機関を使う二人である。
飛行魔法は魔法を常時発動させているため、魔力の消費が激しいからだ。いざとなって魔力がない、なんてことは避けたい。
「こっちだ」
シオンが『リンク』から伸びる地図を見ながら、先導する。
だからフレイは自分は地図は出さずに、ただシオンの後をついていく。そのせいで、シオンが不自然に回り道をしているのに気が付かなかった。
なんとなく、シオンがずいぶんと意気込んでいるな、と思ったくらいである。
「ここで止まってくれ」
シオンが小さな声でフレイに言い。そこでフレイは初めて、何かが変だと気が付く。
「なぜだ?」
フレイが聞き、シオンが手で制した道の先をのぞき込む。
そこは、広い道だった。倉庫街にはこういう大型の車両の通れる道がいくつか存在する。
そしてその広い道の中心に人影が二つ。
四方から当たる魔法灯に照らされて、複数の影が、道路に投げかけられている。
その距離からでもフレイには彼らに見覚えがあった。
それもそのはず、その二人はアイビーとアッシュレイだった。
フレイがシオンを振り返る。
シオンは慌てたようにフレイの黒いトレンチコートを引っ張り、倉庫の陰に引き戻す。
「どういうことだ?」
フレイの声には怒りが混じる。またシオンが何かおせっかいをしているに違いないとこの段階で理解する。ある意味フレイはシオンのことをよく理解していた。
「いいから、少し見ていてくれ」
シオンが小声で言い、倉庫の影から顔だけを出す。
フレイはどうしようか、迷った。だがシオンがそこまでして自分に何を見せたいのか、も気になった。アッシュレイが黄昏時が始まりそうなこんな時間に何をしているのか、も気になる。
フレイは仕方がないと嘆息し、シオンにならって様子を見る。
シオンとフレイはちょうどアッシュレイとアイビーの背後にいる。
だからアッシュレイとアイビーはこちらに気が付いた様子はない。
なじみ深い、あのへスぺリデスの鐘が鳴る。それと同時に道路の上に小さな黒い炎が出現する。
アッシュレイの手元が輝く。おそらく魔法の発動光だろうとフレイには分かる。
アッシュレイの隣ではアイビーが油断なく魔力なしの銃を構えている。
アッシュレイの手元が何度か輝く。
なんらかの魔法をいくつも使っている、ということだ、とフレイは思う。だがそれがなんの魔法かわからない。
だがその疑問はしばらくして解ける。
アッシュレイが何度目かの魔法を発動したとき、黒い炎が形を変えた。
それは小さな黒いネズミの魔物となる。魔物は、アッシュレイへ一目散に駆けていく。
魔力なしは低位の魔物をひきつける。だが今まではアッシュレイは攻撃されなかった。
つまりは、アッシュレイが使っていた魔法は、おそらく気配阻害の魔法。
小さな魔物は素早い。だがアイビーが何度目かで銃弾を当てて見せる。
シオンには及ばないが、アイビーの銃の腕も高い。
そうして動かなくなった魔物をアイビーの足元から飛び出した猫(ケット・シー)がくわえて飲み込む。
ケット・シーは低位の魔物を食べる習性があるのだ。
それを見届けて、フレイは頭を引いて、倉庫の陰に隠れる。
「アッシュレイは、気配阻害の魔具の実験をしているんだな?」
フレイの静かな声。それはただの確認に過ぎない。
「そうだ。実際に使ってみないと効力が分からないからだ」
シオンが首肯する。
「シュミレーションポッドは、ライセンスがないと使えないから、か。アッシュレイはもぐりの魔具技師だからライセンスがないということか」
フレイがアッシュレイがどれだけの危険に身をさらしているのか知る。魔具技師になるのに魔力の制限があるのは、魔法が失敗する可能性があるからだといわれている。
「そうだ。アッシュレイは文字通り命がけで魔具を作っている。魔法は失敗すると爆発する。だから彼は人気のない夜中に、こういった人の住んでいない広い道路で魔具の実験をしているそうだ。今日はフレイの渡した、気配阻害の魔具を試してみるといっていた」
「これを、お前は俺に見せたかったのか」
フレイが沈黙する。
「とりあえず、ここから離れよう。アッシュレイには秘密にしているんだ。アイビーと俺で計画した」
シオンが言い、歩き出す。
シオンは嘘をつくのは嫌いだが、こうやって誰かへのおせっかいには平気で使う。
フレイは、アッシュレイに後ろめたく思いながらも、シオンの後に続く。
おそらくアッシュレイは、フレイにこれを見られたくはないだろうと分かっていたから。
「フレイは、アッシュレイと友人になる気はないのか?」
シオンが歩きながら、気軽に言う。
「何を勘違いしてお人よしをしているのか、分からないが、余計なお世話だ」
フレイが切って捨てる。普通の人なら、もう踏み込まない鋭い拒絶。
だが前を歩いていたシオンはただ笑って、フレイを振り返る。フレイがにらみつけてもどこ吹く風。
「でも、フレイはアッシュレイに気配阻害の魔具を作って渡したじゃないか」
シオンがなおも話を進める。
「それは、アッシュレイがアートボマーの可能性があるから。近づくために作った、それだけだ」
フレイが言う。
「それだけ、ではないと思うよ。俺は。だってフレイは俺に気配阻害の魔具を作ろうとしたことはないだろう?」
シオンの言葉はまるで嫉妬しているようだが、顔は穏やかな笑顔だ。フレイがそういう行動に出た、そのことをただ指摘しているだけのようだ。
「頼まれなかったからだ」
フレイは目をそらす。
「俺は、フレイのことを知っている人が少ないのは、もったいないと思うんだ」
シオンの言葉はフレイに刺さる。かつて、彼に似たようなことを言ったやつがいた。
シオン顔負けのお人よしで。だがそれ故に死んでしまった。それだけではない。そのお人よしが友人と呼び大切にした仲間たちも死んでいった。
だからフレイは、人の善意は信じない。
だがそのことをシオンに伝えたことはない。
「人間関係など必要ない」
「フレイに何か事情が、過去があるんだろうとは、俺も分かるけどな」
シオンが笑って言い、自分のことを見抜かれていたのだとフレイは知る。
「劣悪な環境下では人は本性を現すものだ」
フレイが思わず口にする。
「そうだな、そういうこともある。それはフレイのせいではないけれど」
「だが、それも言い訳だな。あいつは、俺と同じ立場と環境で。それでもなお、お人よしで、人のことを信じていた。俺はただ単にひねくれているだけだ」
フレイが自嘲する。
「俺はフレイはいいやつだと思うよ」
シオンが口にした言葉にフレイはうなずけない。
「お前は、あいつと同じで人の善性を信じているから、そんなことが言えるんだ」
「そんなことはないぞ。俺は人は悪であり善であると思っている。はっきりといい悪いでは区切れない。フレイは良いのか悪いのかはっきりさせたがるけど。人はそんなに簡単で単純なものではない」
シオンの言葉にフレイはふいをつかれる。フレイはシオンが人を信じているからお人よしなのかと思っていたからだ。
「何驚いているんだよ。俺はこれでも魔力なしだぞ?障害のようなものを生まれつき持っている。そうするとどうしても人の美しいところも、醜いところも見ることになる。だからこそ、人は白黒つけられるものではなくて。良いも悪いも合わさっているんだと分かるんだ」
シオンとて決して楽な人生を歩んできたわけではない。そのことにフレイは気が付かされた。
「でも、あいつは、人の善性を信じていた。俺とは真反対の奴だった。その信頼は裏切られた。みんなそのせいで死んでいった」
「フレイの友人だったのか?」
「いや、彼らは友人、ではない。仲間、というのが一番しっくりとくる」
フレイが言葉を選び、シオンはうなずく。
「フレイの過去に何があったのかはわからない。でも人は認められないと生きていけないものだと俺は思う。だから友人は必要なんだ」
シオンの真摯な言葉。それもまた、フレイにある人物を想起させる。彼の、元相棒。フレイがあこがれていた者。彼女が口にすると、それはまた違う意味となったけれど。
「俺の、元相棒も同じことを俺に言った。でも彼女が言ったのはそういう意味ではなかったけれどな。今思い返すと分かる。俺が、人間としての俺のことを弱さを否定しているから、彼女はそんなことを言ったのかもしれないな」
フレイは思う。シオンと自分の違い。それはきっと自分を肯定しているか、否定しているかの違いなのかもしれない。
シオンは自分の弱さを認めている。対して自分は人間としてあるべき弱さを、人とのかかわりの必要性を否定しているのかもしれない。
フレイの言う意味をシオンは完全には理解できなかったが、その元相棒のことを少し知れた気がした。
「いつか、その、元相棒のことも過去も俺に話してくれよな。言えるようになるまで待つからさ」
「気が向いたらな」
フレイが言う。
「だから、アッシュレイと友人になるのはいいと思うぞ」
「…うまくいく気がしない」
フレイがやっと本音を言う。
「試してみろよ。それでだめなら、俺がいつも隣にいる。相棒だからな」
シオンがなんてことないように言う。
「仕事上の相棒に過ぎない」
フレイはシオンにそこまで寄りかかるつもりはなかった。
「仕事上も、人間関係は重要になるからな?」
「底抜けのお人よしだな、お前は」
フレイのいつもの言葉。だがそれは嫌味ではなくフレイにしては珍しく誉め言葉のようにも聞こえた。
「お前も、少しはそのお人よしを直せよ」
フレイはシオンが調子に乗る前に釘をさす。
「大丈夫だ。その時にはフレイが止めてくれるだろう?」
シオンのフレイを認める言葉。彼に寄せる信頼。
シオンは自分はフレイに認められたのだ、と思っているのだとフレイは知っている。魔力なしである彼をフレイがハンターに誘った、それだけで。
だが、同時にシオンもまた、フレイを認めている。
フレイはずっと、一人で生きていきたくて、もがいてきた。だがそれは全くうまくいかなかった。
やっとうまくいったのは、このお人よしの相棒のおかげで。だがそれも悪くはないのかもしれないと思えるようになった。
「お前は案外ずぶといよな。というより、案外たちが悪い」
フレイが嘆息する。
「本当に信頼できる人間にしか、そういう面は見せないようにしているからな」
シオンが朗らかに言う。ただ人が好いだけの人間ではないのだ。
「だが、アッシュレイのほうが俺のことを毛嫌いしているように感じるからな。うまくいくとは思えない」
「そこは、俺に任せておけ」
胸を張るシオン。
「それと、アッシュレイに俺たちの持っているシュミレーションポッドを使わせてやってもいいか?」
「別にかまわない」
シオンが聞き、フレイが言う。
フレイとしては、非常に不安だった。
このお人よしが暴走すると、時々面倒ごとに巻き込まれる。
だがフレイもまた、時にシオンに迷惑をかけている。だからお互いさま、ではある。
それが、人間関係というものなのかもしれない。
フレイはしみじみと悟った。
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