2章7話 似たもの同士

「それで、なんだ?頼み事というのは」

シオンがいつものモールでの学生への銃の訓練のあと。シオンとアッシュレイ、それにフレイはフードコートにいた。

訓練の後、互助組合の支部に戻ろうとしたアッシュレイをシオンが呼び止めた。

アッシュレイは少し迷った様子で。だがいつも訓練に協力してくれるシオンの言葉だからだろう、フレイの待つフードコートに向かった。

「兄さんが心配だから」

と言ってアイビーもついて来た。アイビーはアッシュレイの妹だ。兄であるアッシュレイをフォローする面がある。アッシュレイとしてはアイビーを守っているつもりなのだが、逆にアイビーが精神面で助けているところが強い。

そんなアイビーがわざわざついてくる理由は、シオンにも心当たりがあった。

シオンもアッシュレイがフレイを苦手としていることを察している。

アイビーはそんな兄が心配で、ついてくるのだろう。シオンは理解し、アイビーも一緒にどうぞ、と言った。

「互助組合の魔力なしか、アッシュレイの知り合いで、イウトピアに住んでいるものがいたら紹介してほしいんだ」

シオンがアッシュレイへ話を切り出す。

迷った末に、アッシュレイに聞くのが一番だと思った。

イウトピアの管理人は特別に魔力なしが一定数住んでいると言っていた。

魔力なしは横のつながりが強い。何かあったら助けられるように互助組合を作っているくらいに。

もしかしたら、アッシュレイの知り合いに魔力なしの、イウトピアに住んでいる人物がいるかもしれない。これは賭けだが、負けて失うものもない。

「俺の知り合いにはいない。互助組合でもいないだろう」

「そうなのか」

シオンが最後の望みを絶たれてがっくりした顔になる。

「なんで、イウトピアの魔力なしを探しているんだ?」

アッシュレイが興味をひかれたように言う。

「実はハンターの仕事で、イウトピアを調べていて。だれか住んでいる人が見つかればその人の手引きでイウトピアを調査できないかと思ったんだ」

シオンが大まかに説明する。

「互助組合のつながりで聞いてみよう。この支部にいなくても、他の支部にならいるかもしれない。魔力なしが生きていくのは大変だからな、組合に入っていないやつのほうが珍しいはずだ」

アッシュレイが快く引き受ける。

「いいのか?ありがとうな」

シオンが感謝を述べる。

「シオンにはいつも学生たちの訓練を無償で手伝ってもらっているからな。これぐらいお安いごようさ。何も払っていないのが、心苦しいくらいだ」

アッシュレイが苦笑する。

「じゃあこれを支払いとして、問題ない」

シオンが言う。実はシオンは互助組合を調べるために使っているので、シオンの方が心苦しい。

「それに、俺もイウトピアには興味があるんだ」

アッシュレイが続ける。

「確かに魔力なしとしては魔物に襲われないビル、は響きがいいよな」

「そうなんだ。それで、俺もイウトピアの居住権に応募してみようと思っているんだ」

アッシュレイの言葉にフレイが反応を示す。

「本当か?倍率がいくらになるか分からないぞ」

「…それぐらい、分かっている。倍率が高かろうと不可能ではない。俺は何もしないであきらめるのは嫌いだ」

アッシュレイがつっけんどんとした口調で言う。

その言葉にフレイは眉をひそめる。

「別に嫌味で言ったわけではない」

フレイがぼそり、と言う。

そんなアッシュレイとフレイを見て、シオンとアイビーが二人そろってはらはらする。

どうもアッシュレイはフレイが気に入らないようだ。そのことがフレイはさらに気に入らない。

同じルーンの呪文構築を趣味としている者同士、はじめは意気投合していたようなのだが、今はアッシュレイが距離を置いている。

「そうも聞こえる」

アッシュレイが言い、カバンから自作の魔具をとりだす。いつものことをして、少しでも落ち着こうとしたのだろう。

「それは気配隠ぺいの魔具。いつもその魔具を修繕してるな」

フレイは空気を読まずに口をはさむ。明らかにアッシュレイは話しかけてほしくない。

「魔力なしは、魔物を引き付ける。生きていくにはこのような魔具と銃の腕が必要だ。魔力なしの為に用意された居住区もあるが、そこに入るにはカネがかかる。魔力なしで稼いでいるやつなんてごくわずかだ」

アッシュレイが、威嚇するようにそれだけ言い、手元の魔具に集中する。

「それで、より改良できないか、考えてみた。この魔方陣なら少し魔力伝導率があがるはずだ」

フレイはコートの異空間ポケットから紙にかかれた魔方陣の円盤を取り出す。

シオンはそれを見て驚く。フレイがそこまで他人のために時間を使うのを初めて見た。

フレイとしては表向き、というより自分への言い訳としては、アッシュレイと仲良くなればそれだけ、魔力なしの互助組合のアートボマーを調べるのに役に立つと思っているのだろう。

だが、それは自分のための言い訳なのではないか、とシオンは思う。

フレイは極端に人づきあいが少ない。

自分でも社交性がないことを自覚していて、他人から距離をとる傾向がある。

だからおそらく自分と同じ趣味を持つアッシュレイに共感しているのかもしれないなとシオンは思う。

「やはり魔法院で学んだものは違うな」

出てくるアッシュレイの言葉は嫌味だ。だが同時に自身の境遇への嘲笑も含んでいるようだった。

「俺は、魔法院で学んでいない。独学だ」

フレイの言葉に、アッシュレイは顔をあげる。

明確に驚いた顔。

だがその後に続くのは再び嫌味。

「俺なら魔法院で学べる機会があれば、絶対にそうする」

アッシュレイは自分でも自分を止められないようだった。アイビーが隣であちゃーという顔になる。

「そういう遠回しな言い方は気に食わん。なにかいやなことがあるならはっきりそう言え」

フレイがとうとう怒り出す。これでもフレイとしてはこらえたほうだ。

フレイは自身も思ったことをすぱりと言う性格だ。だからこういう遠回しに嫌味を言い続けられるのが嫌いだ。

「別にそんなことは言っていない」

「違うだろう。お前がおれを避けている理由は明白だ。態度が変わったのは、俺が魔人だと知ってから。つまりは単なる嫉妬だ」

フレイが踏み込んで言い放つ。

「それは、そうだろう。俺は魔力なしで、生まれつき選択肢がなくて。魔法院にも入れない。それなのに、お前みたいな恵まれたやつがいる。そんなの、不公平だろう」

アッシュレイがとうとう本音を言う。

「お前が俺を魔人と言うだけで差別するのと何が違う」

フレイの言葉。アッシュレイはそれに答えられない。

ぐっと、悔しそうに拳を握る。

シオンにアイビーが目くばせする。

「シオンさん、何か飲み物でも買いに行かない?」

アイビーは自然な様子でシオンに声をかける。

「そうだな、少しのどが渇いた。コーヒーでも飲むか」

何か話したいことがあるのだな、とシオンは悟り、素直に席から立ち上がる。

険悪な雰囲気の二人を置いてアイビーとシオンは席を立つ。

二人が席を立って、気まずい沈黙の下りるフレイとアッシュレイ。

そんな二人を心配しつつ、シオンはアイビーの後に続く。

ドリンクバーに並びながら、アイビーが謝罪する。

「ごめんね、うちの兄が。兄さんは、こう、意地っ張りで。人づきあいが苦手なの」

「いや、フレイも悪いだろう。あいつも人づきあい下手なんだよ」

シオンもフレイたちに聞こえない音量で返す。

フードコートは人でいっぱいだ。話し声と食器の鳴る音。そのおかげでシオンとアイビーの会話はフレイたちのところには届かない。

「兄さんは、こう、ストイックなところがあって。職人気質というか。呪文構築学を学ぶために人間関係をおろそかにしてるところがあるから」

アイビーがいい、その言葉にシオンもうなずく。

「分かる。フレイも無駄が嫌いで。たぶん人間関係を無駄だと思っている節がある。初めてアッシュレイに会ったときフレイと似ているタイプかもなと思った。つまり、彼らのは同族嫌悪みたいなものなのかもしれないな」

シオンが長年の経験から言う。

「兄さんのこと、誤解しないでね。兄さんは努力する人が好きで、生まれながらの才能に嫉妬するところがあるから」

「それは、わかる気がするな。俺が初めに会ったときも、俺の実力の有無ではなくて、努力を積み重ねてきたことに重点を置いていた。俺が努力の大切さを説いたときに俺を認めた気がする」

アイビーが説明し、シオンが同意する。

「兄さんは特に魔人が嫌いというか。彼らは選ばれた存在だからだと思うけれど。フレイさんにもっと兄さんのことを知ってほしいから、こうすればいいんじゃないかと思うんだけど…」

シオンはアイビーの計画を聞く。

「それなら、うまくいくかもしれない。俺のほうも、アッシュレイがフレイを認める可能性のある案がある」

シオンも話し、アイビーがうなずく。

「それはいいかもしれないね。アッシュレイとフレイが認めあえるようにサポートしましょう」

「よし、フレイは友達が少ないから、うまくいくといいな」

「兄さんも魔人嫌いを直すきっかけになればいいと思う」

「これ、私の連絡先」「そっちに返事を書いておく」

シオンがいい、アイビーも微笑む。すっかり意気投合したシオンとアイビーであった。

そして二人はテーブルに戻る。

そこには険悪な雰囲気のフレイとアッシュレイが座っている。

フレイはもう水の入っていないコップを無意味に握りしめている。アッシュレイは不自然な方向を見ている。熱心に見ている先にはごく普通の観葉植物があるだけだ。

一人の女性がフレイたちのテーブルに近づいてくる。

いぶかしく思ってフレイが顔をあげてみると、その女性はフレイとシオンの顔をまじまじと観察していた。

「何か、問題でも?」

フレイが眉根にしわを寄せて言う。それだけでも威圧感がある。

「あなたたちのどちらかが、アイビーの新しい彼氏なの?」

女性は動じずにすぱっと聞く。

「いや、恋人じゃないよ!何言っているの、ララ!」

唖然とするシオンとフレイの前でアイビーが慌てふためく。

「ふーん。じゃあどちらかに気があるの?」

「違うよ!二人はただの知り合い。ララはちゃんと仕事をして」

「大丈夫、今休憩だから」

ララと呼ばれた女性はすました顔で余っていた椅子に座る。きれいな顔立ちの美人だ。

「こっちの魔人のほうにアッシュレイが険しい顔をしているから、彼が新しい恋人?それとも、こっちの童顔の男?今さりげなく連絡先を交換していたわね。油断ならないわ」

「シオンは、実はダメ男なのか?」

アッシュレイまで微妙な顔でシオンを見る。

「兄さん!私をダメ男センサー扱いしないで!というよりシオンさんに失礼でしょう!」

アイビーが慌てふためく。

「彼女はアイビーの友人なのか?」

シオンがどうすればいいのか困ってアイビーに聞く。

「私が働いているのはこのフードコートのチェーン店なの。彼女はその友人」

「そうよ。アイビーには恩があるから、また悪い男にひっかからないように気をつけておかないと」

ララが言う。

「そんな、男運最悪みたいに言わないで!」

アイビーが顔を真っ赤にして、あたふたしている。

「そんなに男運が悪いのか?」

フレイが真顔でアッシュレイに聞く。

「事実だ」

「男運が悪いとかではないわね。男の趣味が悪いといえるかも」

アッシュレイがうなずく。ララも追従する。

「アイビーはね。困った人を放っておけないタイプなの。おかげで私も助かったんだけどね。つまり困った男を放っておけない性格というわけ」

「ちなみに、どんな恋人遍歴なんだ?」

シオンがアイビーがそういう扱いを受けているのを見て少し不憫に思って聞く。

「大概がひも男ね。アイビーからお金をもらって別の彼女と遊んでいたり、パチンコにお金をつぎ込んでいるやつもいたわ」

「違うよ!みんないい人だったよ。ただお金を貯めるのが下手なだけ」

アイビーが彼らのことをかばい。

「それは…。なんかフォローしづらいな。とはいえ俺はそんなにダメそうに見えるか?若干ショックだ」

シオンがことの重大さを理解する。

「あなたは、なんか、頼りなさそう。子供っぽいし」

ララの答えにフレイが笑いだす。

「童顔なだけで、俺は頼れる男だぞ」

シオンが言うが説得力がない。アイビーもなんといえばいいかきゅうしている。

「それにあなたは、なんか性格悪そう。大笑いしているし」

ララがフレイにもいい、フレイは笑顔をひっこめる。フレイがにらみつけてもララは素知らぬ顔だ。案外マイペースな人だった。

「ごめん、二人とも、ララはちょっと…正直すぎるの」

「それはよくわかったよ」

シオンが苦笑する。

「俺は、シオンになら、アイビーを任せてもいいと思う」

アッシュレイが突然言い出す。

「えっと、ごめんシオンさん。あなたは私の趣味に合わない、かな?」

アイビーが遠慮がちに言い、アッシュレイがほっとした顔になる。

「良かったな、シオン。ダメ男ではないようで安心した」

「告白していないのに、振られた!そして安心された?!」

シオンが脱力する。

「ちなみに、君はどうしてそこまでアイビーを守っているんだ?」

シオンがララに聞く。

「私、昔シフトにどうしても入れないときがあったの。その時アイビーは変身薬をのんで私の代わりに出てくれたの。とても、助かったわ」

ララが声を落として言う。おそらくこのレストランの従業員に聞かれないようにだろう。

「別に、ララは友人だから当然だよ」

「変身薬は変化するところが大きいほど痛みを伴うから、だな」

シオンが理解する。

「そう、とても助かった。だからアイビーには恩がある。そういう人はたくさんいるの。だからアイビーを泣かしたら許さないから」

「だから恋人じゃないからな」

フレイがにらみ。

「シフトに入れないほどのことって、何があったんだ?」

シオンが興味を持つ。

「飼っていた猫が死んでしまったの。かわいそうなハニー。それで悲しくて仕事に手が付かなかった。店長は猫が嫌いだから、そんな理由で休むなんて許さないし。私、顔はいいけど正直すぎるって言われていてね。何か理由があればやめさせられるなってわかっていたの」

「猫が死んだくらいでか?」

フレイが理解できないという顔になる。

「ハニーは私の唯一の理解者だったの。人間とはあまりうまくやっていけなかったから。それで泣いていたらアイビーが声をかけてくれたの。ほかの人は別の猫を飼えばいいっていうけど、アイビーは違った。私の代わりにシフトに入ってくれた」

ララが語る。

「別に大したことではないよ」

「誰にでもできることではないと思う。アイビーは私みたいな変人にも優しいの。男も同じ。説得力あるでしょう?」

「変人であることに自覚があるんだな」

フレイが脱力する。

「ララ!休憩時間は終わっているぞ!」

おそらく同僚の一人がララに言いに来る。ララは不満そうだったが、アイビーに手を振り去っていく。

「ちなみに、俺のどんなところがダメなんだ?」

シオンが聞く。そこは男としてのプライドもある。

「シオンさんは、しっかりした人だ、と思う。でも私ばかりシオンさんに寄りかかることになる、と思うから。誰かに頼り切りで何もできないのは嫌なの私は、結局人の役に立ちたい、のかもしれない。自分がただの魔力なしで、できることが少ないから、せめて誰かの役に立ちたいの」

「その気持ちは、分かる。誰かに頼り切り。そういうのは嫌なものだ」

なぜかフレイが同意してうなずく。なんだか妙に実感がこもっている。

「なんでそこでフレイが同意するんだよ。お前彼女いないだろ?」

シオンが聞く。

「そうだな。お前ぐらいできることが少なくて、お人好しなやつのほうがいいのかもしれない、と思うだけだ」

フレイが言い、シオンはそれがフレイの前の相棒と比べて、ということが分かる。フレイがよく口にするのだ。自分の元相棒がどんなに優れた人だったのかを。シオンとしては欠点のない、そんな人間がいるはずがないような気もするが。

「悪かったな、できることが少なくて」

「えっ、二人は、恋人なんですか?」

アイビーが聞く。

「「違う」」

二人の声が見事に合わさり、アイビーとアッシュレイも思わず笑ってしまった。


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