2章6話 楽園の管理人

「これが、ビル、イウトピアか」

フレイが円筒形の白亜の建物を見上げて言う。

「本当に円筒形の建物なんだな、クラウドナインは変わった形の建物は多いけど、際立っているな」

「円筒形の建物は、土地のロスが大きすぎるからだろう。四角い形にしない理由があるのかもしれない。魔方陣の真上に建物を建てた、とかな」

フレイが指摘する。

「魔方陣は必ず円形になる。という法則だな?だが魔法の範囲を決定すれば、可能だろう?四角いシールドは普通なぐらいだしな」

シオンは魔方陣のことをよく知らない。だからルーンの呪文構築学に詳しいフレイに聞く。

「範囲を指定する手間を省く場合は円形になるのも珍しくない。魔法エレベーターが常に円系なのも、魔方陣に合わせた広さで、魔力の無駄を省くための措置だ」

フレイが説明する。魔法エレベーター(フロウト)となじみ深い魔具の名称を聞き、シオンは納得する。

「それをのぞいても、変わった建物だな。古代の建築物みたいにも見える」

シオンがイウトピアを観察していう。イウトピアは円筒形の建物で、一つの階ごとに高い石柱がぐるりと等間隔に取り囲む。そしてその円柱が部屋のベランダに張り出す屋根を支えている。円柱の間には、窓ガラスが配置されているのだが、屋根の陰になってそうは見えない。

大理石から削り出された、古代の建築物を思わせる。さながら神殿のようだ。

「白は白でも明るすぎる不自然な白さだ。俺は嫌いだ」

「それはまだ新しい建物だからだろう?」

フレイの暴言にシオンは苦笑する。クラウドナインに地震はない。だから多くの建築物は堅牢な石造りで、建物の多くはかなり古いものが多いのだ。そのためくすんで、やや時代がかかった建物が多い。

もちろんガラス張りの最新のビルも存在する。

そして、新しい建物ほど、奇抜な形を競うようなところもある。魔法が存在するがゆえに奇怪な形の建物も作りやすいのだ。

「魔力の気配はどうだ?」

フレイがビルを見ているシオンに聞く。

「地下に大きな魔力の流れがあるな」

シオンが目を閉じて気配を感じ取る。

「魔法の気配をかぎわけれないのか?例えば一度気配を探知した魔法なら区別できるとか」

「そんな。魔法探知犬じゃあるまいし。魔力の流れは分かる。だが違法な魔法かどうかは分からない」

「ふん。意外に使えないな」

フレイが言い放つ。

「大体、現代の魔法は全て無属性の魔法が常だろう。魔力の気配が同じなのは当然だ。生き物の固有の魔法ならある程度見分けがつく」

シオンはかちんと来て言い返す。

「今分からないなら意味がない。地下に魔法があるなら、見に行くか」

フレイはシオンを怒らせてもみじんも気にせずに、言う。

「まてまて、フレイ。俺たちは記者としてこのイウトピアに来たんだぞ。そしてインタビューの約束の時間まであと五分だ」

「別にいいだろう。俺たちはイウトピアの調査に来たんだ」

「インタビューのあとに見せて回ってくれる約束だろう」

「違法な魔法を見せるバカはいないだろう」

「それはそうだが、違法な魔法を目に見えるところに置いたりもしないだろう。それよりインタビューで何か分かるかもしれないだろう?」

シオンが論破する。フレイは理屈に弱い。

「それはそうだが」

フレイが不機嫌に眉根にしわを寄せる。

「フレイは、今回のインタビューでは黙っていてくれ。今みたいに喧嘩を売るな。むしろ何も話すな」

シオンがフレイに言明する。対するフレイは解せないという顔をしている。

だがシオンは知っている。フレイは人を怒らせるのが得意なのだ。それはフレイの本位でなくとも、彼は正直すぎる。

遠回しな言い方も、嘘も下手である。はっきりというなれば世渡りが下手なのだ。

「記者として来ていて、まったくしゃべらないのはかえって変だろう」

フレイが自分でも自覚があるためか、それ以外シオンに言い返す言葉が見つからない。

「お前はカメラ係ということにする。そのほうが絶対にいい。行くぞ。急がないとインタビューに間に合わない」

「カメラを持ち合わせていないがな」

フレイが理論の弱い部分をつく。だがそれもただのあげ足取りである。

「なら、記者見習いということにするか。とにかく言い争う時間がない。行くぞ」

シオンが言い、イウトピアへ向かう。

フレイは不機嫌な顔でシオンに続いた。

シオンとフレイは正面入り口にたどり着く。ガラス張りの両開きの自動ドアだ。管理が行き届いていて、外に面したガラスなのに曇り一つない。プロの清掃業者を雇っているのだろう。それを雇う余裕があることを示している。

中に入ると、一つの区切られた部屋のような場所に出る。左右に郵便受けがずらりと並ぶ。

中央にはもう一つのドア。その左側に、黒い箱が置かれている。

シオンとフレイはあらかじめ言われていたので、それが内部の人に連絡を取るためのものであると分かる。

シオンが黒い箱のボタンを押して起動する。

空中画面が箱から投影される。部屋番号。と表示され、数字だけのキーボードが現れる。

シオンは最上階、五十階の番号を押す。五十階は管理人の居住区となっているらしい。

それも一フロアまるまるである。

コール音が鳴り、声だけが応答する。

「どちらさまですか?」

「こんにちは。今日は取材に応じて下さりありがとうございます。ウェイ・ジャーナルのものです」

「お待ちしておりました。今自動ドアを開けます」

その言葉とともにエントランスへの扉が開く。

「どうもありがとうございます」

シオンは丁寧にそう言ってから、通話を切る。

そして自動ドアが閉まらないうちにとフレイの後に続いて中に入る。

御影石のようなすべらかな複雑な色合いの石に囲まれたエントランスホール。

その部屋は半円筒形をしていて、中心にエレベーターが据えられている。

幸い昼のためか住人とは出会うことはなかった。緊張しすぎた顔を見られなくてシオンはよかったと思う。

シオンとフレイはまっすぐにエレベーターに向かう。

ビルイウトピアには階段がないそうだと聞いていた。五十階もある建物だ。のぼろうと思う人はほとんどいないからだろう。

そして警備上のものでもあるらしい。中に入るには防犯カメラにうつることになる。

こんなに高級なマンションだ。おそらく警備員の一人は常駐しているはずだ。

シオンとフレイはエレベーターに乗り、最上階へ。

エレベーターが開くと、エレベーターを取り囲むように一周する廊下がある。廊下の途中にはいくつかのドアがついていた。

だがシオンとフレイは自分たちが迷うことはないと知る。エレベーターの前に、イウトピアの管理人ウェルズが立って待っていた。

「こちらへ、どうぞ」

イウトピアの管理人は優雅に手で扉の一つへ二人を招く。

ドアを潜り抜けると、ごくふつうの家に見えて、やはり高級なものが多くみられる。

シオンはしげしげと見ないように、あちこちを観察する。

家具はすべて木製のものが取り揃えられている。しかも合板ではなく、本物の樹で作ったものだろう。

クラウドナインには当然林業は存在しない。

クラウドナインの下には古き森が広がっているが、魔獣の保護地区であり、そこの木を伐採することは禁じられている。

そのため、このような木製の家具はそれなりに高価なものである。一般的には錬金術で作るプラスチック製か、植物魔法で固めた合板がよく使われる。

そして木製の家具は飛行艇で運ぶには重量がありすぎる。だからポータルゲートで運んでくるのが普通だ。

そしてポータルは移動に便利な反面、大きいものほど転移にお金がかかるのだ。

それを加味すると、このように大型の木製の家具が多く取り揃えられているのはお金に余裕がないとできないことだ。

そして絵画があちこちに飾られている。

さりげない大きさのものから、それなりの大きさのものまで。

シオンには絵画はさっぱりわからないが、おそらく高価なものなのだろうな、と察する。

そして、案内されたのは、大きな窓がある広い部屋だ。

仕事用の応接間なのだろう。生活感は感じられない部屋だ。

羽根つきトカゲのフィンがすい―と飛んでいく。

目指すのは向かい合っておかれたソファの間にある机。それに置かれた鉢いっぱいの果物である。

クラウドナインでは果物は野菜よりさらに高価なのだ。

「こら、フィン。勝手に食べてはだめだ」

シオンが慌ててフィンの首輪を引っ張って今にも食いつこうとしていたフィンを止めようとする。

クゥエ…羽根つきトカゲのフィンは残念そうに小さな両手で持っていた果物を鉢に戻す。

「いいんですよ。食べても問題ありません」

ウェルズが鷹揚に言う。実際彼にとって果物の一つや二つなくなってもいたくないのだろう。

「ありがとうございます」

シオンが頭を下げる。フィンが喜んで果物にかぶりつく。

「立っているのはなんですから、座ってください」

ウェルズが言い、果物のおかれた机の前のソファに座ってみせる。

フレイとシオンもそれにならい、向かいに座った。

「今日はインタビューにお時間をいただきありがとうございました」

シオンが人の好い笑顔でイウトピアの管理人、ウェルズに言う。

完璧な笑顔。これはシオンの外交用の一番警戒しているときの装備だ。

「これは丁寧にありがとうございます。俺としても、ビルの宣伝をしていただくのはありがたく思います」

ウェルズは、シンプルだが素材のよさそうな黒いニットを着ている。胸に金色の指輪のネックレスをかけている。既婚者なのかもしれないとシオンは推測する。

スマートな格好が似あっていて、ビルの管理人というより服装の自由度が高いビジネスマンといった風貌だ。

着ているものがいいものなのがわかる。

ビルイウトピアの家賃は高い。だから収入としては十分なのだろう。

もとからの育ちが恵まれていないとそういう服装のセンスは身につかないものだ。

だからイウトピアの管理人、ウェルズはおそらくお金に困ったことはないのだろうとシオンは推測する。

「イウトピアは魔物が発生しない、攻撃してこないビルを謳っていますね。画期的な発明です」

シオンがまずはウェルズとイウトピアの魔法をおだてる。

「そうでしょうとも。クラウドナインにおいて我々は常に魔物の脅威に脅かされています。少しでもその不安をやわらげたいと思い、このビルを建てました」

ウェルズがにこやかに答える。

「ビルはもともとの土地をご両親が持っていたのを相続したと聞きました」

ウェルズはもとから、裕福な家庭に生まれて、恵まれた環境で育った。クラウドナインで個人の土地持ちは数えるほどしかいない。

「はい。その土地に俺が開発した魔法をかけました。俺は魔法院で学んだんです。ルーンの呪文構築が得意科目でした」

ウェルズが笑顔で言う。魔法院は人が正式にルーンの言葉と魔法を学べる唯一の手段だ。ウェルズはさもそれが自分の努力の結果のように言うが、魔法院には限られた人しか入れないものだ。

具体的には魔力がある水準より低いもの、そして犯罪歴のあるものは入学できない。

これが今の魔力格差社会の根底にあるといわれている。

貧しい生まれのものは、犯罪にかかわらずに生きることが難しい。

そして生まれつきの魔力の低さは覆せない。

だがシオンはそう思いつつも社交的な笑顔を崩さない。シオンは自分の感情を隠すのにたけている。隣ではフレイがわかりやすくいら立った顔になる。

「ウェルズさんが独自に開発した魔法が使われているんですね。それは公表しないのですか?そのような魔法があれば、誰でも手に入れたいと思うはずです」

シオンが一歩踏み込む。ウェルズが魔法の詳細を話すことはないだろうとは分かっていた。

「それはさすがに企業秘密です」

ウェルズが笑顔を崩さずにきっぱりと言う。

「しかし、それで救われる命も多いはずです。ウェルズさんは先ほど、魔物への恐怖をできる限り減らしたいとおっしゃいました」

シオンが失礼を承知で聞く。もし、ウェルズが本当に魔物の脅威から人を守りたいだけなら、魔法の特許をとって売り出すほうがお金になる上に人助けにもなる。

「俺にはすべての人を守ることはできません。利益がなければ、たちゆきませんから。その代わりにイウトピアには優先的に何人かの魔力なしに貸し出しをしています。もちろん、家賃もだいぶまけています。これが俺にできる最大の社会貢献です」

ウェルズが手のひらを広げてみせる。隠すことは何もないといった様子だ。だが、どうしてもその魔法を隠す理由がある。そのことをシオンは確認する。

「一部では違法な魔法が使われているとの見方もあります」

シオンがもう一歩進む。丁寧な口調ながら、非難しているようにも取れる、ぎりぎりのライン。

「そうですね。それなら秘密の一端だけならお教えしましょう。このビルには神のご加護があるのです」

ウェルズがやや身を乗り出して言った言葉はシオンとフレイにはよく理解できなかった。

「神、というと、精霊のことですか?」

シオンが慎重に聞く。

この世界では抽象的な神が存在しない。なぜなら、魔法と言う奇跡が常に存在したからだ。その代わりに力ある精霊たちが神とあがめられていたことがある。

「違います。唯一にして至高の神です。かの者の加護が俺にはあります」

「神がいると仮定して、なぜ、あなたに加護を授けられたんですか?」

「それは、俺が高い魔力を持つから。高い魔力は魂の格。そういうものは神に選ばれた存在なんです」

ウェルズが言う。その胸で指輪のネックレスが揺れる。

ウェルズが指輪をつまんでシオンたちに見せる。

「これが、唯一神の象徴。永遠なる円にして循環。シェンの神の象徴です」

シェンの神。シオンは聞いたことがあった。

最近話題になっている教団だ。

だがその教団は、魔力が低いものに信仰されているともハンターの情報網から聞いていた。

「そんな、唯一神がいるとして。そんな不平等な加護を与えるとは思えない」

フレイがいらだって言う。

フレイは魔力に恵まれているくせに、魔力で人を差別することをしない。そんなフレイの心根のよさと空気を読まない気質が、フレイに失言をさせる。

シオンも心の中ではフレイに同意する。だがフレイが口をきいて、すべてが台無しになるまえに素早く言う。

「そういう考えももちろんあります。信じることは自由ですから」

シオンが取り繕う。

「もちろん、神を信じられないのもしかたがありません」

ウェルズの表情に動揺も怒りも見られない。

シオンには本当にウェルズが、神を信じているのか否か判断できない。

「その開発したという魔物の現れない魔法も、お前が作ったものかどうか怪しいな」

フレイが思ったままに発言する。

シオンには止める間もなかった。

「その魔法は正真正銘、俺が開発したものだ。ほかの誰にもできなかったこと」

ウェルズは何を言われても崩れなかった笑顔をひっこめて、冷たい視線でフレイとシオンをにらみつける。

「すみません、不用意な発言でした」

シオンが頭を下げるがウェルズは怒りをおさめない。

「インタビューは終わりです。イウトピアから出て行ってください。それと、今日のインタビューを掲載するのは許可しません」

ウェルズは言い、フレイとシオンは椅子から立ち上がり、ウェルズに追い出されるようにイウトピアを出る。


「結局インタビューしても何も分からなかっただろう。だからイウトピアを調査すればよかったんだ」

フレイが文句を言う。

「いや、インタビューから気になることが二点分かった」

シオンが言い、フレイが意外そうな顔になる。

「俺にはただの自慢話にしか聞こえなかった。そのうえ突然怒り出したしな」

フレイは、人の心の機微に疎い。だから、会話から人の性格を読み取ることは難しいのだろう。

「そうだな。まず一つはウェルズは、神を否定されても何も反応しなかった。そこに何か意味があるのかもしれない。それが真実ゆえに怒らないのか。それか神の存在を信じておらず、ただの嘘だから怒らなかったのか」

「ウェルズのいうような、そんな都合のいい存在がいる、と?」

フレイが眉をあげて聞く。

この世界には魔法という奇跡がある。

だから想像上の、あるいは証明されない神を信奉するものは少ない。

そして、かつて神と呼ばれた精霊は、今は魔物と化し人を襲う。

「そうだな。シェンの神というのは聞いたことはあるな。だが確か、魔力が低いものに信者が多いと聞く。ウェルズの主張とかみ合わない」

シオンが言うようにシェン教団はいくつかの事件の背後にいる存在だと噂される。だがその実態は誰も知らないはずだ。

「俺には一つ仮説はある」

フレイが言い、シオンは驚く。

「どんな仮説だ?」

シオンの心からの驚きの顔。それを見て、なぜかフレイは目をそらす。シオンはお人よしすぎる。だからその仮説にいたらないのだ。

「真実かどうか、調べてみてから、結果を伝える」

フレイはそれだけ言う。フレイにしては珍しくシオンに気をつかった。

「そうか?俺はもしかしたら、ウェルズが精霊を作り出したのかもしれない、と考えた」

「人工の精霊、ということか?それは可能なのか?」

「ウェルズに無理でも、ウェルズには財力がある。研究を支えるだけの財力が」

シオンはその説を信じているようだ。

だが今の時代、精霊は魔物として出現する。魔物化していない精霊、それも人工の精霊。それが作れるなら、億万長者も夢ではない。

「確かに精霊王の守る地は、魔物が発生しないといわれてはいるな」

精霊王は現在存在が確認されている唯一の精霊にして、強大なる力を持つ精霊だ。

「そうだな。それに人の魂が精霊になる、という話を小説で見たことがある。人の魂を肉体から切り離す技術は存在するだろう?シュミレーションポッドがそうだ。なら人の魂から精霊を作り出すのも不可能ではないはずだ」

シオンが言うが、フレイはあまり信ぴょう性を感じないようだ。

「おまえは小説の読みすぎだ。しかし調べようにも今後はイウトピアの調査ができなくなったな。イウトピアは住人が招かないと入れないセキュリティが高いビルだからな」

フレイが後悔した様子もなく言う。フレイとしては、ウェルズの傲慢が気に入らなかったのだろう。シオンとしては、もう少し我慢してほしかった。だがあのまま質問を続けても、おそらく真相には届かないであろうことはわかっていた。

「もう一つの気になる点は、フレイの言葉に怒ったこと。そこに意味がある気がする」

「別に俺は思ったことを言っただけだ。あんなに過剰に反応する必要はないだろう」

フレイが憮然としていう。

「そうだな。ウェルズは、本当のことを言われたからこそ、怒ったのかもしれないと思う」

フレイは冷静ぶっているくせに、感情的なんだよなとシオンは心の中で思う。それでも他人の感情に疎いところがある。それが様々な軋轢を作り出す。

「なるほどな。ウェルズは、魔物を出現させない魔法を作った、と言っていた。だが本当は別の誰かが作った魔法なのではないか?あんなに怒るのは何か隠し事があるから、か?」

フレイが考えていう。

「間違ってはいないが、それだけではないと思う。俺には、ウェルズがなぜそのことに怒ったのかわかる気がする」

シオンがイウトピアのビルを見上げていう。

「なぜだ?俺には全く理解できない。後ろでこそこそ言われるより、遠回しに言われるより。俺は真実を言われたほうがいい」

フレイがいつものフレイらしく言う。

「そうだな。それはフレイの美徳でもある。フレイはなんでもはっきりというからな」

フレイは根がいいやつだとシオンは思う。だが人の心の機微に疎すぎる。人間関係には時に嘘も、そして何も言わないことも必要なことがある。

「俺は俺だ。そのせいで人が離れていくのも、事実だけどな」

フレイが珍しく素直に認める。シオンが予見した通り、ウェルズを怒らせたから多少は反省しているのかもしれない。

「俺は、そんなフレイが嫌いではない。いつも本当のことを言うから、一緒にいて、気が楽ではあるからな」

シオンがフレイに言う。

「ではなぜ、ウェルズは怒ったんだ?」

フレイがビルの隙間から光の当たる場所で立ち止まり、シオンを振り返る。

何を言いたいのか全く理解ができない。そんな顔だ。

シオンとフレイの間に、光と影の境界線が生まれる。

シオンはそれがまるで自分たちの立場を表しているように感じる。

「イウトピアの地下の魔力なら、ビル一つずっとシールドをかけるだけの力がある。ビルを魔物から守りたいだけなら、シールド魔法でことたりるんだ。それなのにウェルズは、わざわざ魔物が出現しない魔法を起動している。そこに意味がある、気がする」

「どういう意味だ?単なる無駄でしかないだろう」

現実的なフレイが指摘する。確かに不合理だ。だが人間のこころそのものが不合理の塊でもある。

「ウェルズはきっと、社会に認めてほしかったんだ。そのために特殊な魔法を開発したといっている。あるいは、本当に開発した」

シオンの言葉にフレイはやはりよく理解できないという顔になる。

「初めからなんでも持っている恵まれたやつだと思うけどな。別に社会に認められていないわけではないだろう?」

「そうだな、きっとだからこそなんだろう。ウェルズの経歴を見ただろう?彼は仕事を転々としている。そして母親が亡くなってこのビルの土地を相続している」

シオンがフレイにもわかりやすくなるように考えながら説明する。

「やっぱり恵まれているだろう」

フレイが言う。

「そうだな。きっと恵まれているからこそ、だ。彼は生まれながらに持っている者だ。だからこそ、自分で何かを成し遂げたい。社会に認められたいと思ったのかもしれない。生まれながらのものではなく、自分で何かをつかみとりたかったのかもしれない。自分が神に選ばれた存在だと信じたかったのかもしれない」

シオンが小説の登場人物の感情をトレースするように言う。シオンは想像力豊かだ。他人の感情に敏感でなければ、魔力なしとして生きていくのは難しい。

「ふん。やっぱりただの恵まれたやつだな。シオンは他人に感情移入しすぎだ」

フレイがきっぱり言い。フレイらしい言葉にシオンは苦笑する。

「そうだな。フレイは認められているから、わからないのかもしれないな」

シオンが言った言葉はシオンが自分の存在をウェルズに重ねていることを物語っている。

かたや魔力なし、たいしてウェルズはクラウドナインの地主だ。

それでも他人の気持ちを推し量れるのはシオンの美徳であり弱点であった。

「俺も、認められている、というわけではないがな。人の心を理解できていないからな。人から嫌われるのは慣れている」

フレイがしみじみという。自覚はあったらしい。

「大丈夫だ、そこは俺がサポートするからな」

シオンがフレイの正直な言葉を笑い、言う。

「そういうのはお前に任せる」

フレイの信頼の言葉。シオンを認める言葉。そう、シオンだって認められた。この目の前の魔人に。

そのことにどれだけ救われたか。フレイにはきっとわからないだろう。

「行くぞ」

フレイが先を行く。そのあとをシオンは追いかける。日は落ちて、影と光の境界線はいつのまにか消えていた。

彼らはビル、イウトピアを後にした。

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