2章5話 厄介な依頼
「アーヴィングから、連絡が来ているな」
アッシュレイと別れたあと、シオンがリンクを立ち上げて言う。
「俺にも来ているな。俺たちに依頼があるのか」
フレイがリンクから空中画面を呼び出し、素早く眼を通してから言う。
「面倒な依頼だから、いやなら断ってもいいとか言っているぞ。なんだかきな臭いな。どうする?」
シオンが先にメッセージを読み終えてフレイに確認する。
「もちろん受ける。今の俺たちに仕事を選ぶ余裕はない」
フレイが言い。シオンは自分たちの懐の寂しさを改めて思い知る。きな臭い、あるいは面倒くさい仕事を嫌うフレイが、この仕事を受けると言うのだから。
「それもそうだな。じゃあアーヴィングの説明をうけに魔法院に行くか」
シオンがアーヴィングに依頼を了承したと伝える。そしてフードコートの椅子から立ち上がる。フレイもそれに続く。
彼らは魔法院へ向かった。
****
「で、その面倒な依頼と言うのはなんだ?」
アーヴィングに連れられて、魔法院監督官棟の会議室に入ってフレイがすぐに確認する。
「まあまて、今盗聴防止にシールド魔法を起動するからな」
アーヴィングは、明かりのスイッチの隣にあるボタンを押す。
すると会議室のカベが淡く魔法の発動光を帯びる。
魔法に魔法は通せない。だからシールド魔法で全体を囲えば、盗聴魔法も使えない。
自分たちの依頼内容を秘匿したり、外に出てはいけない情報を交換するために、魔法院の会議室には個別にシールド魔法が備え付けてある。
白を基調とした会議室。
四方の壁は白く、中央の机も同じ。ただ椅子だけが、黒い背もたれ付きの大きなものだ。
「秘密にする必要があると言うことか。そんなにきな臭い依頼なのか?」
シオンがキャスター付きの椅子を引き、席について聞く。フレイはシオンの隣の席に。アーヴィングはその向かいに座る。
「そうだな。面倒な依頼だ。ある程度カネと権力が絡んでいるからな」
アーヴィングが言い。シオンとフレイは気を引き締める。
「どんな依頼だ?」
「お前たちは、ビル、イウトピアを知っているか?」
アーヴィングの質問にフレイとシオンは各々頷く。
「ニュースになっていたからな。あれだけ派手に宣伝しているんだ。知らないやつの方が少ないだろう」
フレイが言う。
「魔物が発生しないビル。そんなビルができれば、騒ぎにもなる。もしそれがクラウドナイン全域に設置されれば、ハンターなんてお役御免になると思った」
シオンが正直な感想を述べる。魔物の発生しない世界。それは望ましいものではある。だがその分、魔物を狩るハンター業は必要なくなる。シオンとフレイも仕事を失うことになる。
アーヴィングは、会議室のアクセス、を起動する。
そして操作して、空中画面を呼び起こす。現れたのは、円筒形の建物。現代で言うビルと呼ぶには古風な形。
いくつもの階が白い石柱で支えられているためにそう感じる。
「そうだな。だが、そのイウトピアで使われている魔物を発生させない魔法について、ビルの管理人はかたくなに話そうとしない。魔法特許を取って、公表すれば、確実に金になる。それをしようとしない。だから何か裏があるんじゃないか、と考えられている」
アーヴィングが言うように、そんな魔法があるなら、欲しい人はいくらでもいる。自分たちだけの秘密にするよりよほどお金になる。
「そんなに怪しいのに、調査するのが俺たちだけでいいのか?」
シオンが不安に思って聞く。実際フレイとシオンは底辺に近いハンターだ。大きな事件を解決するには力不足な気がするため不安である。
「それができないから頼んでいるんだ。ビルイウトピアは言うまでもなく高級マンションだ。魔物が発生しないビル。そんなビルに住むのに、お金はいくらでも払うっていう連中が住んでいる。つまりは権力者だ」
アーヴィングがため息をつく。
「それは、具体的にはどんな権力者だ?」
フレイが念のため聞く。答えはほとんどわかりきっている。
「政治家に、旧貴族、魔法院のお偉いさんまでだ」
アーヴィングの言葉にフレイとシオンはこの依頼のやっかいさを理解する。
「俺たちもできれば権力者を敵に回したくはないな。魔法警察は証拠がないと動けないのはわかる。だけど俺たちに頼まずともほかに調査に適性のあるハンターは多いはずだろう?」
シオンたちは魔法犯罪にかかわる仕事をあまりしてこなかった。だいたい魔物退治が仕事だ。
「調査が得意なハンターは目をつけられている可能性がある。彼らはニュースなどにも顔出ししたりするからな。だからハンターとして知られていないお前たちのようなものに向いていると考えた」
アーヴィングが簡潔に言う。
「それだけではないだろう。クラウドナインには多くのハンターがいる。底辺にいるハンターも多い」
「だがいずれにしても誰かが調べる必要がある。イウトピアには違法な魔法が使われている可能性が高い。魔法院ではそれが、魔物を遠ざける魔法だと考えている。シオンの魔法探知なら、もしかしたら、何かがわかるのではないかと考えた」
アーヴィングがシオンのほうを向いていう。実際気配探知はかなり珍しい力だ。魔法を視認できる魔眼と並ぶ系列の力である。
「それが、事実なら確かに違法だな」
シオンが理解を示す。
魔物を遠ざける魔法。聞こえはいいが、その副作用として、周りに多くの魔物が出現する。
それが不公平である、という理由からクラウドナインでは違法な魔法だ。
だが、その魔法が違法なのはクラウドナインが特殊な街ゆえである。
クラウドナインにはへスぺリデスのシールドベルがある。その魔法は日中魔物の活動を封ずる。
だがほかの都市にはそんな魔法は存在しない場合が多い。
するとどうするのか。答えは簡単だ。街全体に魔物よけの魔法をかける。
そして都市の周辺に出現する魔物を狩るための区域、「ゾーン」を設けていることが多い。
都市へ物資を運ぶため、ハンターと似た職種である運び屋というものが存在する、とシオンも聞いたことはある。
「そうだ」
「そこまで分かっているなら、すでに証拠もあるんじゃないのか?魔物を遠ざける魔法が違法なのは、その分、周りに被害が出るからだろう?被害があるから、魔法院は違法な魔法が使われていると思っているんだろう。いくらお偉いさんたちが住んでいても、証拠があれば捜査だってできるだろう」
フレイが納得がいかないように言う。
「それが、被害が出ていないんだ。それどころか、イウトピアの周辺の魔物の被害も減っている」
アーヴィングが謎めいたことを述べる。
「周辺で魔物が増えるでなく、減る?そんなことがありうるのか?だとしたら、違法な魔法ではない可能性もあるはずだ。それでも俺たちに調べさせるなら何か、証拠にできない証拠があるんだろう」
フレイが察する。
「魔物の目撃例はないが、破壊跡が残っている場所がいくつかある。だが本当に小さな破壊跡だ。実際に魔物と戦ったなら、もっと大きな損傷になるはずだ」
アーヴィングが頭が痛いと言うように顔をしかめる。
そして、アクセスを操作し画像を映し出す。何枚かの空中画面に破壊後の写真が写っている。
シオンとフレイはそれを確認する。
確かに、数は多いが、魔物の被害にしては小さすぎる。
大きな被害も、車が少しぶつかったようにひしゃげた道路の標識ぐらいだ。
魔物と戦闘をすれば、このような小規模な被害ではすまないはずだ。
「その破壊のあとについて、イウトピアの管理人は何か弁明したのか?」
フレイが聞く。当然、魔法院はそれぐらいのことはしているはずだと思ってのことだ。
「管理人は、それは魔力格差是正主義者のテロのあとだ、と言っている」
「アートボマーか」
シオンがうなる。
「魔物は殺されれば消えてなくなる。だから、魔物が消えれば、破壊のあとだけが残ることになる。俺はその可能性が高いと考えている」
「魔物の観測はどうなんだ?周辺に魔物が出現すれば、観測所が探知するはずだろう」
フレイが指摘する。
「魔力観測所でも、魔物の探知はできていない。だが魔物の探知にはタイムラグがある。だから百パーセント正しいわけではない」
アーヴィングが言う通り、破壊後がある、だけでは証拠にはならない。ただ怪しいだけなのだ。
「観測所の魔物の探知より早く、魔物が大規模な破壊を行わない前に、倒す、か。そんなことが可能なのか?そういう魔法がある、とかか?」
シオンが考え込む。
「魔法院としては確証が持てない。だからこその依頼だ」
アーヴィングが難しい顔をする。
「状況は分かった。どうやってイウトピアを調べる?高級マンションなら、住人しか中に入れないような仕組みがあるだろう」
フレイが聞く。
「それはこちらで手配した。お前たちには記者としてイウトピア管理人と会ってもらう。ダメもとだったが、イウトピアを宣伝するため、管理人はインタビューに応じるつもりらしい。どうにも面倒な仕事だが、引き受けてもらえるか?いやなら辞退してもかまわない」
アーヴィングの最終意思確認。
「仕事が選べる立場ではないからな」
フレイが言い、アーヴィングはそれを了承の言葉と受け取った。
アーヴィングはアクセスから、二人のリンク、へ画像を飛ばす。その画像をシオンとフレイが受け取る。そこにはイウトピアの管理人の名前、ウェルズ・リッチとその経歴が書かれている。
「そう言えば、お前たちはもう一つやっかいそうな依頼を受けていたな。そちらはどうなっている?確かにシオンに向いている依頼ではあるとは思うが」
アーヴィングはフレイとシオンの監督官だ。彼らの受ける依頼はアーヴィングも知っている。
「アートボマーが所属している可能性のあるとされる魔力なしの互助組合にもう接触ずみだ」
シオンが少し、後ろめたそうに言う。魔力なしの人たちをだましているようであまり楽しくはない。
「そこに所属する、アッシュレイと言う人物が怪しいと俺はにらんでいる。ルーンの魔法構築学を学んでいる人物だ。俺が魔人だと聞いたとき反応を示した。魔力格差是正主義者の可能性がある」
フレイが言い淀むシオンの代わりに言う。
「アートボマーのように魔法爆弾を作る力がある人物、ということだな。後で報告書にまとめてくれ」
アーヴィングが興味を持つ。
「そうかもしれない、とは思う。でもできればアッシュレイがアートボマーでないといいと思う」
シオンが本心から言う。
「なぜだ?」
「独学で魔法構築学を学ぶ努力には報われてほしいからだ」
「前言撤回だ。お前には向いていない依頼かもしれないな」
シオンらしい答えにアーヴィングは苦笑する。
そしてシオンとフレイは会議室を出た。
アーヴィングは一人、会議室に残った。
フレイとシオンが去っていく足音を聞いて、扉を閉め、カギをかける。
そして、アーヴィングは小さな手鏡のような魔具をポケットから取り出す。それは、昔はよく使われた魔具の一種。
今はあまり使われていない。
なぜなら、これは無属性の魔力で作られる魔具ではないからだ。
なぜ、昔から使われていたのか、というとこれが通信の魔具だからだ。
遠方の人間と連絡を取るときに使われてきたもの。
だが無属性の魔力をこめられないこの魔具はほとんど骨董品だ。それでもまだ使われているのは、これが決まった人物としか使われない代わりに、データスフィアを介さない通信ができるためだ。
データスフィアを介した通信は、傍受の可能性も高い。いくら高度なプロテクトをかけても、データスフィアは基本的にすべてがつながっているものだからだ。
アーヴィングは、鏡に指で触れる。
アーヴィングの魔力に反応し、鏡が水面のように揺れる。こうして決まった人物にしか使えないようにもできる。
水面が揺れて、それが静まると鏡には人の姿が映っている。
鹿角の冠をもつ、ケテル・ケフェウス。魔法院の長。
それに魔法院の研究局長のグノーシスだ。
二人とも、アーヴィングとは縁遠い権力者、のはずだ。
「アーヴィング、依頼は受領してもらえたか?」
ケテルが若い顔に心配そうに眉を寄せて聞く。ケテルは万年監督官で出世する気のないアーヴィングと比べれば、立派な権力者だ。だがケテルはそう言われても喜ばない。ケテルは自分が実質お飾りの長だと強く認識している。
だから、こうして何かあると、アーヴィングを使う。
アーヴィングもその見返りを得ている。
それはアーヴィングとケテルの約束だ。
「フレイとシオンは依頼を受領しました」
アーヴィングが安心させるようにうなずく。
「よかった。すまないな、いつも無茶ばかり」
ケテルがアーヴィングに礼を言う。
「そんなにいちいち頭をさげるもんじゃない。使えるものは遠慮なく使うべきだからな」
ケテルの横に映るグノーシスが口をはさむ。
グノーシスは立場的にはケテルよりは下なのだが、誰も見ていないところでは、こうしてケテルにいろいろ教えている。
そして、いつもはぴしっと決まった白衣とブラウスを着崩している。
グノーシスはオンオフが激しい。
だがそれでも研究局長の地位にいるのだから、相当な切れ者には違いない。
グノーシスもケテルと契約を結んでいる。
ケテルの助けになる代わりに、研究について横車を押さない。そしてグノーシスが権力の笠をきたい時には、力を貸す、という契約だ。
グノーシスという男の興味はほとんどが研究にさかれている。本当は研究三昧したいのが本音らしい。
「だが、人として礼は必要だからな。俺はお飾りの長にすぎない。それなのにアーヴィングは俺の頼みを聞いてくれる、希少な存在だ」
「ま、表向きはきちんとエンリルの傀儡を演じるのは重要だからな」
グノーシスもうなずく。
「本来なら、魔法院の長は大統領が決める権利がある。だが今の大統領はエンリルの意見をそのまま実行するからな」
「エンリルが気に食わないと思うなら俺の首もすげ替えられる可能性が高いから、な」
ケテルが自嘲する。
「だが、こうして協力者もいる。できることは順番に、だ」
グノーシスがケテルに焦らないようにといい含める。
「今回の依頼は確かに面倒だ。だが、うまくいけば見返りも大きいはずだ」
ケテルが真剣な顔で言う。
「そうだな。魔法警察局長の弱みを握るチャンスだからな」
グノーシスが涼しい顔で言う。おそらくケテルにイウトピアを調べるように進言したのもグノーシスなのだろう。
「グノーシスの言う通り、魔法警察局長はウェルズの学生時代の研究に寄付をしている。それは間違いない」
ケテルの権限なら、過去の魔法院の学生の論文も閲覧できる。そのことは確認済みだった。
「俺は、大体の論文に目を通しているからな」
グノーシスはなんてことないように言うが、研究局長は激務だ。その合間を縫って、ただの学生の研究テーマと寄付したものを覚えている。そのこと自体がグノーシスの記憶力を見せつけている。
「少し意外だ。そんな論文、いちいち覚えていても意味がない、とかお前は言いそうな気がした」
アーヴィングが正直に言う。
「いや、そんなことはない。特に誰がどの研究に寄付したのかは、大きな意味がある。つまりは将来何か似た分野の研究に寄付をする可能性がある。研究にはお金が必要だからな。そこは重要だ」
グノーシスが研究について語り出す。
「その、ウェルズの学生時代の研究テーマが魔物が人を襲う理由、だったな。なかなか深い研究テーマだな」
ケテルが話をもとに戻す。
「いや、研究のテーマとしては三流だな。学生の論文だから仕方がないとはいえ」
グノーシスが酷評する。
「それは、なぜだ?重要そうなテーマに思えるが?」
ケテルが聞く。
「つまり、その魔物が人を襲う理由を知りたいなら、まず、なぜ精霊が魔物化するのかを知る必要があるからだ」
グノーシスが説明する。
「だが、それは禁じられた研究なんだろう?それにそれを知って口にしたものは死ぬんだろう?」
アーヴィングが訳が分からないという顔になる。ケテルも同じ顔をしているので自分がおかしいわけではない。研究がすべてのグノーシスの言動がおかしいのだろう。
「だが、だからこそ知りたいと思うのが研究者だろう!」
グノーシスが誇らしげに言うが、そんな危険を冒してまで研究したがるやつは頭がいかれているか、頭が切れすぎるかのどちらかだろう。
ちなみにグノーシスはその両方だ。
「だが、その研究の末に、魔物が発生しないビル、ができたのではないか?」
「魔法院の研究者でさえそんな魔法を編み出せていない。それを三流の研究者ができるとは思えない」
グノーシスは言い張る。
「つまり、違法な魔法が使われている可能性が高い、ということだな?」
「確かに、もし、違法な魔法が使われていて、魔法警察局長がそれに寄付をしているなら。局長の首を切ることが可能だな」
ケテルがうなずく。それはケテル達にとって好ましいことだ。
「今の魔法警察局長はごりごりの旧貴族派だからな」
アーヴィングもうなずく。アーヴィングとケテルの夢の妨げとなっているものを排除できる。
「いや、そこは弱みを握っておいて、そのままにしたほうがいい」
グノーシスが言う。
「だが、またとない機会だ」
「よく考えてみろ。魔法院の局長の任命権はケテル・ケフェウスにある。だがそれはあってないようなものだ。実際にはエンリルが決めたことに従うしかない。つまりは旧貴族派の違う誰かに首がすげ変わるだけだ。なら、弱みを握っておいて、何かの時に使うほうが有効だ」
グノーシスがさらりと言う。
「そもそも、なんで魔法警察局長は、ウェルズの研究に寄付したんだ?」
アーヴィングが聞く。
「そうだな。魔法警察は、魔法犯罪を取り締まる部署だ。管轄がハンターとかぶる。だから魔法警察とハンターは事件でぶつかることが多い。そして、ハンターは平民でも前科ありでもなれる職業だ。ごりごりの旧貴族派の局長としてはそれが気に食わないんだろう。今だに、魔法は貴族が独占するべき、と思っているからな。だからハンター業自体をなくしたいのだろうな。魔物の出現しない魔法、が公になればハンターたちは廃業するからな」
「だが、弱みを握るといっても、俺がそれを握っていることを魔法警察局長が知らなければ意味ないのではないか?」
「筋書きとしてはこうだな。もし違法な魔法が明らかになれば、魔法警察局長は俺のところに来て、寄付の記録を消せと頼んでくるはずだ。その時に俺が、その記録はもうケテルに渡した後だ、ということにする」
「つまりケテルが記録を持っている、と教えるわけか」
「そうだ。あいつはおそらくエンリルにそのことで泣きつくことはしないだろう。エンリルに知られれば、首を切られる可能性もある。そして建前上でもケテルは上司にあたる。俺に言うように記録を消せと命ずることはできないだろう」
グノーシスが筋書きを用意する。
「グノーシスは案外政治家向きだよな」
アーヴィングやケテルには思いつかない発想だ。研究局長の名はだてではない。
「何を言っている。政治家なんてごめんだ。俺は研究を守るためだけに局長になったんだからな。面倒な権力争いで研究を打ち切らされるのは世界にとっての損失だからな」
グノーシスが真顔で言う。彼はとても切れる頭脳を持つが、生粋の研究バカである。
「だが、表向き何もしないのも不自然だ。魔法警察に調査を依頼しておくか」
ケテルが言う。
「ことのついでに、誰か問題があるやつに頼めばいい。一石二鳥だ」
グノーシスが口を挟む。
「…つまり、調査したはずなのに何か問題が見つかれば、そのものに責任をとらせられるから、か」
ケテルが考えた末に答えにたどり着く。
「そうだ。少しは考えられるようになったな」
自分から回答を得たケテルにグノーシスは教え子をほめるようにうなずく。
「グノーシスを敵に回したくはないな」
ケテルが苦笑する。
「研究の邪魔さえしなければ、問題ないだろう」
グノーシスが真顔で言う。
「ちなみに、参考までに聞きたいんだが、その魔法警察局長は、何をしてお前の怒りを買ったんだ?」
アーヴィングが聞く。
この案件をケテルの教材として提供したのはほかならぬグノーシスである。そこはかとない恨みを感じる。グノーシスは、政治力はあるが、むやみに権力を振りかざすことはしない。研究以外のことでは。
「あいつは、平民上がりの研究者の研究結果を盗んだ旧貴族派の研究員を守るために俺にわいろを渡してきたことがある」
グノーシスの言ったことは、おそらくグノーシスの怒りに触れるものだとケテルたちには分かる。
「だが、魔法警察局長の意見を無視するわけにはいかないだろう?グノーシスも、一応は旧貴族派のふりをしているんだからな」
「そうだな。表向きは、魔法警察の局長とも仲良くしなければならない立場だ。まったく面倒くさい。しかもあいつは旧貴族派でも魔力の弱い俺のことをことあるごとに馬鹿にしてくる馬鹿だ。腹立たしい」
グノーシスが言う。
「それで、その時はどうしたんだ」
アーヴィングが聞く。すでに何かやり返していることは確定で聞いている。
「そうだな。その受け取ったわいろを、その研究成果を盗まれた研究員の資金にしてやった。そのうえで、研究結果を盗んだ研究員を見合わないレベルの高い研究室に昇格してやった。研究員は、実力差を思い知り、自分で辞めた」
ケテルが苦いものを飲み込んだ顔になる。
グノーシスは決して、むやみに権力を振りかざすことはしない。だが研究については恐ろしい執念を見せる。
「それは…。表向きは魔法警察局長に従ったふうにはなるな」
「研究の前では、人はみな平等だからな」
グノーシスが研究を神のように扱う。
ケテルとアーヴィングが黙り込む。グノーシスの怒る理由を知っていてよかったと心から思う。グノーシスは普段は立派な研究局長の顔で通している。盛大に猫をかぶっているのだ。だから彼の本性、マッドサイエンティストであることを知るものは少ない。
「では、以降、依頼の進捗を教えてくれ。通信を切る」
ケテルが言い、鏡が水面のように揺れて、ケテルの姿が消えた。
人間が作り上げた機構である魔法院にも当然権力争いは存在する。
ケテルはその中で、自分の目標をかなえるために努力をしている。若くしてお飾りの魔法院の長となった身で、グノーシスに教えられながら、汚れた道も進んでいく。
そのために、フレイとシオンや、彼の監督するものたちをハンターとして試験運用をしているのだ。
いつかのために。
自分もきっとあの約束をかなえてみせる。
心の中で誓い。アーヴィングは会議室を去った。
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