2章3話 対人戦

「なんだよ。お前ハンターなのに、魔力なしの銃なんて使っているのか?」

別のレーンから現れたハンターが馬鹿にした調子で言う。

彼は先ほど魔力回復薬(エリクシル)を買っていったハンターだ。体より大きな銃を誇らしげに片腕で支えている。それは魔力なしの銃とは比べ物にならない威力のものだ。あなどるのは当然のようにも思える。

「お前には、この人の腕のすごさが分からないから、そんなことをいうんだ」

ディルがきっ、とにらんでハンターに言い返す。

「たとえ腕が良くてもその銃だけでは、魔物は倒せないからなあ」

ハンターがディルを威嚇するように一歩前に出る。ディルは一歩引いてしまう。だがそれでも精いっぱいハンターをにらみつける。

なんだろう、ディルのことを誰にでもつっかかってしまう年頃なのだな、と少しほほえましくシオンは思う。そして自分の誇りを守るために、学生の身ながら立ち向かってくれたディルに報いたいと思った。

そして、そうすればもう少し彼らとかかわりを持てるかもしれない。そんな下心もあった。

「何か、問題が?」

そんなシオンとハンターの間に音もなく現れたのは、先ほどまではカウンターのいた、獣人。彼は武器の貸し出しと、この訓練場内のもめ事をとめる用心棒だ。

彼の実力は折り紙付きで、訓練場にくるハンターたちも彼へは丁寧に接する。

シオンに対して偉そうにしていたハンターは獣人を見ると、ぎょっとして、目に見えて態度を変える。

「問題ありません。本当のことを言っただけですから」

慌てた様子で慣れない敬語まで使って獣人に言う。

このハンターは実力で相手を見ている。シオンは弱いと思われていて、それで偉そうな態度に出ているようだ。おそらく逆に認めた相手に対しては礼をつくすタイプ。

「大丈夫です」

シオンも獣人に問題ないといったことにハンターはやや驚いたようだ。言いがかりをつけたのが自分だから、シオンが獣人に助けを訴える可能性があると思っていたのだろう。

獣人はシオンたちを見下ろし無言でうなずく。そしてその場を離れる。あの巨体で全く足音を感じさせないのはすごいな、とシオンは思う。

「弱いくせに、助けを求めなくていいのか?」

ハンターは獣人が去ると、シオンにさらに難癖をつける。シオンが用心棒に助けを求めると思ったのだろう。それをしないのは、シオンが問題を起こす度胸がないからだ、と思われたらしい。シオンは童顔だし、礼儀正しいが弱腰な性格が多いとされる東の国の血が入っている。つまりは侮られやすいわけである。

「なら、魔力なしの銃、で何ができるか試してみるか?」

シオンが一歩前へ。ディルたちを守るように進み出る。

「ほう?おもしれえ。どうするつもりだ?」

ハンターが小ばかにした口調で言う。

「この魔力なしの銃で、お前と対戦する」

シオンが言った言葉に、ハンターがせせら笑う。

「その銃で?俺に挑むのか?やってみな」

ハンターが言い。

こうしてシオンとハンターが対戦することになった。


「じゃあ闘技場が空き次第始めよう」

シオンが使われている闘技場を見て、言う。

先ほどの教官と新米ハンターが使っているからだ。

「なんだよ、ビビっているのか?今すぐで問題ないぜ?おおい。少し闘技場を使っても構わないか?」

ハンターが闘技場の使用者たちに手を振る。

彼らは戦闘を中断し、シオンたちのほうへ歩いてくる。

「どうしたんだ?」

教官のハンターがシオンに聞く。

「こいつが、魔力なしの銃で俺を倒せると吹いたんだ。だから試してみようと思ってな。闘技場を使って対人戦をしてもいいか?」

シオンは納得する。彼も教官に連れられてきた新米の一人なのだ。

強力な武器を得て、少し調子に乗ってしまったんだろう。とも納得する。あれだけ大きな銃が使えるなら魔力もかなり高いほうだろう。

「いいだろう。いい勉強になると思うぞ」

教官は肩をすくめていう。

「そうだな。社会勉強というやつだ」

だがその教官は誰が誰に対して、とは言わなかった。シオンはその意味を受け止める。彼はもしかしたら、シオンの銃を見てもなお、シオンが強者である可能性を見抜いているのかもしれない。シオンは手札をすべて見せていない。常識的に考えて、魔力なしの銃だけで相手は倒せない。それなのにシオンの腕を見抜くということは教官はかなり腕の立つハンターだろう。

「一応、戦うのだから、名乗るぜ?俺はジェラルド」

「俺の名はシオンだ」

ジェラルドが名乗り、シオンも名乗る。

「戦いに際して条件を設定したい」

さっさと闘技場へ向かうジェラルドにシオンが手を挙げていう。

「別に構わんぞ、ハンデの一つや二つ」

ジェラルドの侮る言葉。

「この戦闘でのけがの治療は自前で払うこと。装備などを破壊されても弁償はしない。それでいいか?」

シオンが言った言葉にジェラルドは激怒する。

「なんだあ?俺が負ける前提みたいにいいやがって」

「別にお前が勝つなら問題ないだろう?」

シオンが涼しい顔で言う。

「ふん、吠えずらをかかせてやるよ」

ジェラルドが怒りのままに闘技場の中心へ向かう。

シオンもそのあとを追う。そしてジェラルドとシオンは向かい合う。

シオンはホルスターから銃を出し、構える。

「では、俺が立会人となろう。俺の掛け声で戦闘を開始する。いいな?三、二、一、始め!」

ジェラルドは開始と同時に、服の下に着込んだ強化スーツを起動させる。同時に銃声。

起動したはずの身体強化の効果が表れず、ジェラルドは混乱する。

強化スーツがあれば軽々と持てる銃が、重い。

遅れて強化スーツが無力化させられたのだと理解する。

ジェラルドは慌てて、腕に巻き付けたパーソナライズされたシールドの魔具を起動する。

そして、わずかな時間で考え、強化スーツの無力化の意味を考える。そして思い至る。シオンは強化スーツの魔法の起動をキャンセルしたのだ。

魔法に魔法は通せない。

だから起動中の魔具に魔法を当てれば、魔法は相殺される。あくまでも理論としては。

だがそれを実際に行うのに必要なタイミングの見計らい、そして何より魔法の起動の中心、魔力クリスタルを正確に撃ち抜かねばそれは不可能だ。

強化スーツの魔力クリスタルは、腹部にある。だから強化スーツを知っていれば、不可能ではない。

だが、魔法の発動にぴったりと魔法を当てる?

そんなことが可能なのか?

ジェラルドは考えつつも詠唱をする。

遠距離から発動する魔法だ。

もう手を抜く気などみじんもない。魔物に使うような魔法を詠唱する。

だがそのことごとくが発動中に正確に撃ち抜かれ。消滅する。

遠距離系の魔法は、発動する場所に魔法の発動光が現れる。それを狙っているにしても、タイミングが正確すぎる。

それをしながら、ジェラルドはもう、魔具の巨大銃を起動している。その大型の魔具はその外見に見合った高威力の魔法を放てる。だが発動に時間がかかる。

その時間稼ぎに、ジェラルドは遠距離魔法をいくつも発動させる。その場から移動はしない。銃が重すぎて動けない。両手で落ち上げるのがやっと、だ。

だが広範囲への攻撃が可能なこの銃ならば、シオンはよけることはできないはずだ。

そして、この銃は魔法を通さない、魔法絶縁体できている。魔法に方向性を与えるためだ。

この銃身は、魔法に指向性を与えるためのもの。内部からあふれる炎がまっすぐに前へ撃ち放たれるように。だから、シオンが銃を撃っても、銃が壊れることはないはずだ。

ジェラルドは時間を稼ぐ。

シオンは余裕を持ってジェラルドの遠距離攻撃を止めて見せる。

ここまで見せられたら、疑いの余地はない。シオンの銃の腕のすさまじさ。

だがジェラルドにもプライドがある。ここで負けるわけにはいかない。

だから、銃が起動したのと同時に、シールド魔法を解く。勝負に出る。

銃口からあふれる炎。

ジェラルドは勝利を確信する。

同時に、銃声。

そして炎に包まれたのは、ジェラルドのほうだった。

身を焼かれる痛みに、ジェラルドが悲鳴を上げる。

何が起きたのか、ジェラルドには分からなかった。そのまま気を失ってしまった。

「少し、やりすぎたか?」

後ろから走りこむ治癒術士。そしてシオンは教官のハンターに聞く。

「いや、あいつは少し調子に乗りすぎていた。痛い目に合うのもいい勉強だ」

教官が言い、シオンはやはりあの言葉『いい勉強になる』がジェラルドに向けられたものだったのだと知る。

治癒術士が、ジェラルドを治療する。広範囲のやけどだ。これはジェラルドはかなりの代金を請求されるだろう。

治癒が終わり、ジェラルドが意識を取り戻す。

「いい勉強になったな」

教官がジェラルドに言う。

「あいつは、魔力を探知している、のか」

新米とはいえさすがにハンターになるだけのことはある。一回の戦いでそれに思い至るとは。

「そうだな」

教官のハンターがうなずく。

「気が付いていたのか?」

シオンが驚く。

「なに、あいつが宙を飛んでお前のほうにぶっとんでいったとき、あんたはそちらを見ていなかったのに、振り向いた。だからそうかもしれないなとは思っていた」

教官が言うのは、シオンが訓練場に入ってきたときのことだろう。

「知っていたら、もっと対処のしようはあった」

ジェラルドが苦し紛れに言う。

「だが本当の犯罪者相手の戦闘では、相手の手札がすべて見えているわけではない。それもこみで実力のうちだ」

「できれば気配探知のことは人には黙っておいてくれ」

シオンが今更ながらいう。

「俺がこてんぱんに負けたことを黙っていてくれるならな」

ジェラルドが自嘲する。

「結局最後に何が起きたのか、理解しているか?」

教官がジェラルドに聞く。

「信じられないが…。あんた、俺の銃口に銃弾を放ったんだな?それで魔具の魔術回路が暴発した」

ジェラルドもそれはわかっているらしい。

「いくら、口径の大きな銃だからといって、そんなことが可能なのか?」

そばに来たアッシュレイも半信半疑で聞く。

だが起きた結果、魔法が暴発した。疑いの余地がない。

「そうだ。信じられないけどな」

ジェラルドがうなずいた。

「シオン、と言ったか?よければ俺たちのクランに来ないか?」

獣人の教官がシオンに持ち掛ける。ジェラルドも、それを認める目でシオンを見る。

「いえ、遠慮しておきます。でも誘ってくれてありがとうございます」

シオンが丁寧に断る。

「いいのか?こういっちゃなんだが俺たちのクランは規模も大きいしかなり有名だぞ」

ジェラルドが聞く。

「そうなのかもしれない。だけど、俺にはもう相棒がいるから」

シオンがクランの名さえ聞かずに即答する。

「相当いい相棒なんだな」

獣人の教官がうなずく。それ以上シオンの勧誘はしない。

「いえ、性格は社交性がまったくないし、戦闘ではものを壊すのでペナルティがつくぐらい狙いが下手です」

シオンが笑顔でフレイをけなすような言葉を口にする。

「お、おう。大変だな」

ジェラルドがやや身を引いて同意する。

「でも、ありのままの俺を受け入れてくれた。俺を初めて認めてくれた人なんだ」

シオンの続く言葉にジェラルドが納得した顔になる。

「あんたも、その相棒を認めているんだな。悪いところも含めて」

ジェラルドが言った言葉にシオンは一瞬ふいをつかれた顔をしてから笑顔になる。

「そう、なのかもしれない、な」

「シオンさん、すごいです」

ディルが駆け寄ってきて尊敬のまなざしでシオンを見る。

「言っておくが、こいつぐらいの腕でないと不可能なことだからな。魔力なしの銃でできることが少ないのは事実だ」

ジェラルドが、ディルに言う。学生たちが調子に乗らないように釘をさす忠告。

「そうだな。俺もそう思う」

ディルがうつむく。自分にはできないのだと理解している。その無力感を身に染みてわかっている。

「シオンさん。よければ今日、学生たちへの訓練に参加してもらえませんか?」

アッシュレイがシオンに声をかける。

シオンは心の中でジェラルドに感謝する。この対戦がなければ、アッシュレイが訓練にさそうことはなかっただろう。

「もちろんです。俺なんかでよければ」

シオンが言う。

「しかし、魔力なしの互助組合で出せる報酬がないんです」

アッシュレイが遠慮がちに言う。

「俺の父も魔力なしで。これも何かの縁でしょう。無料でかまいません」

シオンが首を横に振る。

「そう、ですか。ではせめて訓練が終わったら、俺が何か飲み物でもおごります」

「地下のフードコートで、でもいいですか?俺の相棒を待たせているんだ」

シオンがここぞとばかりに場所を指定する。

「問題ありません。どうぞよろしくお願いします」

アッシュレイが言い。

シオンは学生たちに銃の扱い方の訓練に参加した。

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