2章2話 魔力なしの銃
モールの中は平日の午後だが、人が多い。人口密度の高いクラウドナインだが、この商業施設はひと際人が多い。それだけ多くの店と品ぞろえがあり。モールの広告は、ここにくれば見つからないものはない!とまで豪語している。
「俺たちは買い出しに行く。一応は買い物が終わった後にフードコートで待つ」
シオンが依頼の達成の半分を共用の食費とする条件でフレイが今日の食事の買い出しに向かう。
「じゃあ、シオンさん!頑張ってください」
「頑張ってどうなるものではないだろう」
アルトがシオンに手を振り、シオンは彼らと分かれる。
クラウドナインのほとんどの建物と同じようにこの商業施設も高い建物だ。
シオンはエレベーターに乗る。
だが行先は上階ではない。一番下にあるボタン地下五階を押す。
円筒形のエレベーターには各階の店の名と商品が書かれている。だがシオンはそれを見ることもなく目的の階を選んだ。
このモールはシオンたちがたまに来る、事務所に近いモールだ。
そして、その階はシオンたちハンターにはなじみ深い施設が存在する。
エレベーターが開くと、まず目につく、というよりも、眼前にそびえるのは大きな無骨な扉だ。金属でできた、人の力では動かせないほどの大きく重そうな扉。
その扉の表面には淡く魔方陣が浮かび上がる魔法の壁がある。
重い鉄門扉の前にさらにシールド魔法をかけているわけだ。それだけのことをする理由がここにはある。
シオンは扉の手前。扉の左下に位置する受付に向かう。
女性が二人男性が一人、そこにいる。
「シオンさんですね。今日も銃の訓練ですか?」
女性が丁寧に対応する。シオンとは顔見知りだ。とはいえシオンは彼女の名はしらない。単なる受付係として見知っているにすぎない。シオンはここの常連だ。
そう、ここは主にハンターたちが使う訓練場だ。
戦闘職であるハンターが存在するクラウドナインでは当然彼らが訓練を受ける場所も存在する。
「そうです。今日は少し長くいるかもしれません」
シオンも丁寧に対応する。そして、自分がジャンバーの胸につけていたハンターのライセンスであるバッジを取り、受付に渡す。
女性は専用の魔具でそこに記されたIDを読み取った。
「では、料金は一時間五千リピアになりますのでご注意ください」
受付の女性が言う。いつも使っているのでそんなことはシオンは百も承知だ。ただ、その言葉の裏にはシオンたちがあまり稼いでいないことを見抜いている意味合いもある。
確かに今のシオンたちの懐具合ではあまり訓練場に長居はできない。だがシオンの受けた依頼を達成するのには訓練場に来る必要があった。
「分かりました」
一時間待ってからあきらめよう、とシオンは思った。
「では、扉を開きます」
シオンがジャケットの胸にハンターのバッジをつけている間に、受付の女性は扉の魔具を起動する。
巨大な鉄門ががらがらと音を立てて開いていく。これはスイッチで開閉できる魔具の扉だ。
身体強化を使った獣人にも開けられない、と言われている。試したものはいないとはシオンも思うが。
この過剰なまでの封印は、訓練場内から魔法が出ないようにするための措置だ。
魔法にも様々なレベルがあるが、その最上級のものとなれば相当な威力がある。噂に聞くクラウドナイン最強の魔力量を誇るケテル・ケフェウスは町一つ滅ぼすこともできるのだという。
シオンは扉とシールドを潜り抜け、内部に足を踏み入れる。シールドは認証された人間だけが通れる仕組みになっている。
くぐって先には通路がある。扉からでてすぐにはシュミレーションポッドが並んでいる。
人が一人余裕をもって入れるほどの大きさの細長いカプセルだ。重そうな鉄の光沢をもつ巨大な錠剤のようにも見える。それが列をなして並んでいる。
先ほど例に挙げたケテル・ケフィウスの使うような強力な魔法を試すときは、このシュミレーションポッドを使うのが普通だ。
そして訓練場によっては、シュミレーションポッドしか置いていないところもある。
そのほうが部屋全体にシールド魔法を展開する必要も、あの大きな仰々しい扉も必要ないからだ。
しかし、この訓練場には現実の闘技場と、射撃訓練場がある。
シュミレーションポッドの隣に位置するのが闘技場、その次が射撃訓練場だ。
各闘技場からは剣戟の音が響く。
シオンは通路を歩いてその先の射撃訓練場に向かう。だから、闘技場のほうに意識を向けていなかった。
ひと際大きな音、シオンが魔力探知で気配を感じそちらを見るのと同時に、男がこちらに向かって飛んでくる。
シオンは突然の事態に、思わず、飛びのいてよける。
しかし、男はシオンの目前で、何もない空中でドン!という壁にぶち当たったような音を立てて止まる。
そしてそこに見えない壁があるように、ずるずると床に落ちる。
シオンもこの各闘技場にシールドが張られていることは知っていた。ただ本能的に恐怖を感じて飛びのいてしまった。
シオンは安堵の息をはく。
「少しやりすぎたな、治癒術士、頼んだ!」
巨大な剣を持った獣人が大きな声で怒鳴るように言う。
通路を挟んで向かい側にあるカウンターから治癒術士が走り寄る。そして、倒れて動かないハンターの傷を治す。
訓練場にはけがが付き物だ。だからこうして専属の治癒術士がいる。
それも、シュミレーションポッドしかない訓練場が多い理由だ。治癒術士なしに現実の闘技場は使えない。それなりの腕の立つ治癒術士を雇うのはやはりそれなりにお金が必要だからだ。
「いたたた」
治癒魔法をかけられて意識を取り戻したハンターが呻く。
「おう、大丈夫か。新米にしてはよくやったぞ」
獣人のハンターが豪快に笑う。
どうやら新米のハンターの訓練をしている教官のようだ。
秋と春はハンターの試験がある季節だ。新しくハンターとなったものに、同じクランの先輩がけいこをつける様子はよく見られる。
「こんなの、現実でやりあわなくても、シュミレーションポッドで十分じゃないか」
新米のハンターが文句を言う。
「シュミレーションポッドは好かん!」
先輩のハンターが言い放つ。
「好かんとか言って切り捨てるのかよ…。シュミレーションポッドならいくらケガしても高い料金を治癒術士に払う必要もないのによ」
新米のハンターはぶつぶつ文句を言う。
「十万リピアです」
優しい笑顔でシビアな値段を言い放つ治癒術士。ハンターは文句を言いたそうだが、仕方なく、魔法電子通貨で治癒術士に治療費を渡す。
この様子だと、おそらくこの訓練場の治癒術士にはこれからもお世話になる可能性が高い。だから治療費を値切るようなことはできない。
「だからこそだ。シュミレーションポッドには痛みも死の恐怖もない。実践では慣れておく必要がある」
獣人のハンターはもっともなことを言う。
新米のハンターはぐっと言葉につまり、ため息をついて立ち上がる。
「まだいけるか?今日はもう終わりにしてもいいぞ」
獣人のハンターが笑い。
「まだやれる」
新米ハンターは剣を再び構える。
「よく言った!あきらめない奴は嫌いではない」
獣人の教官ハンターが牙を見せて獰猛に笑った。
シオンは意識を各闘技場から離し、廊下の先を目指す。入り口の扉から入って左手にシュミレーションポッド、次が各闘技場、その先にシオンが目指す場所がある。
それが射撃訓練場だ。
だがシオンはその前に射撃訓練場と闘技場の間、の向かいにあるカウンターに手を挙げて挨拶をする。
そこは治癒術士が常駐している場所であり、カウンターの中にもう一人座っている人がいる。いかつい体格の獣人だ。髪には白が混ざり始めた年齢。それを気にした風もない。身なりにそこまでこだわりがない。獣人はシオンを見て一つうなずいただけ。それでも彼から反応が返ってくるのは珍しい。
「魔力なしの銃のレプリカを貸してくれ」
シオンはそれに目礼で返し、言う。
獣人は背後に並ぶいくつもの引き出しから一つを開けて、中から銃を取り出す。ハンターであるシオンがその銃の貸し出しを頼んでも驚くことはない。毎回借りているので当然かもしれないが。それについて疑問も何も言われたことはない。シオンにはそれがありがたかった。
「貸し出しは訓練場内だけだ。持ち出せばペナルティを払うことになる。魔力クリスタルの交換と充力はそのつど別料金だ」
獣人は不愛想に必要最低限のことを羅列して言ったのちに口をつぐむ。
いつも来ているのに毎度同じ説明をされる。
もしかしたら、シオンのことを覚えてさえいないのかもしれないと思う。
シオンは銃を手に取る。
魔力なしに支給される銃と全く同じ重さのもの。ただ一つ違うのは、この銃は、的に当たると、赤いしるしを残して消えること。
銃身が赤いのは、ふつうの魔力なしの銃と区別するため。そして持ち出し禁止とするためだ。赤い銃が訓練場のものだと一目で分かるように。
シオンはその銃を持って、射撃訓練所のいくつも並ぶレーンの一つに向かう。
シオンはいつもはカウンターから見えない一番端のレーンを使う。だが今日は目的が目立つことだったので、カウンターからよく見える位置に陣取った。
射撃訓練のレーンはボーリング場のように何列も並んでいる。しかし、発射位置である机の左右がパーテーションで区切られていて。隣のレーンの人間さえほとんど見えない。
ただ、一つだけ派手な炎が噴き出ているレーンがあり、すごい火力の銃だなとシオンは感心する。
だが彼はそれを恐れない。レーンごとにシールドが張られているのだ。大体の銃の火力ではびくともしないシールドだ。
あれだけ広範囲の攻撃が可能な銃なら、当てるのも簡単そうだな、とシオンは思う。
そして、意識を切り替えて集中する。
一つの的に、十弾ずつ当てる。
そして、的を変える。
十弾撃っては変える。それを繰り返す。淡々とした作業のような。余裕のある表情でシオンは的を変えていく。
十弾で区切っているのは、魔力なしに支給される銃に装填可能なクリスタルの魔力を使い切る弾数だからだ。
そして、五回目で訓練場のカウンターに向かう。
空になった魔力クリスタルをカウンターに並べる。
「充填を頼む」
「一つあたり二千リピアだ」
獣人が不愛想に言い放つ。シオンはだんだんと軽くなっていく財布に悲しくなる。
必要経費とはいえ依頼が達成できるか確実ではないので不安もある。
「ご利用ありがとうございます。十分ほどで済みます」
先ほどの新米ハンターの治癒が終わったのだろう、治癒術士が獣人の横から微笑んで対応する。隣で獣人の男がうなずく。この獣人には営業用スマイルは期待できない。というより笑いかけられたら逆に怖そうだ。とシオンは思う。
この笑顔の優しい治癒術士と不愛想な獣人のコンビがいつもカウンターにいる。
「エリクシル(魔力回復薬)をくれ」
シオンの後ろから男が言う。
手にするのは身の丈もある魔具。おそらく先ほどの火炎放射の銃だろう。
魔力クリスタルの魔力の気配が火炎系だとシオンは気配探知で分かるからだ。
「はいはい。五千リピアです」
治癒術士が笑顔で対応する。代金を受け取り、魔力回復薬、エリクシルを渡す。
このカウンターは魔具への魔力の充填や、エリクシルやポーションなどの品物を置いている。
エリクシルを受け取った男は、その場でエリクシルを飲み干す。男の魔力が回復する。そして彼はその魔力を魔具の魔力クリスタルに流し込む。
魔力は反発せずに魔力クリスタルに入る。男の魔力と同属性のクリスタル。パーソナライズドされた魔具だ。
彼はカウンターに空の瓶を置いて射撃訓練場に向かう。
シオンは魔力クリスタルが充填されるのを待つ。
彼が待つ間に、扉が開き新たな利用者が現れる。シオンはすぐに彼らが魔力なしだと分かった。
魔力なしにはほとんど魔力がない。生きていくのに必要なわずかな魔力と、それを制御する機関である小鬼のような角を額に移植される。その魔力の気配は独特だ。
そして何人かは魔力なしの角を隠していない。
現れた魔力なしの団体は大体がまだ子供だ。高校生ぐらいか、アルトに近い年齢だろうとシオンは推測する。
それに彼らを引率している男性と女性が一人ずつ。
シオンはそれを待っていた。タイミングが良かったな、とシオンは思う。
そしてまさにその瞬間、治癒術士がシオンに充填した魔力クリスタルを渡す。
シオンはその場で借りた魔力なしの銃のレプリカを取り出し、円筒形の発射口と取っ手を折る。銃は接続点で割れて発射筒の断面に魔力クリスタルを収める場所が現れる。断面には円形の魔方陣が刻まれていて。中心に魔力クリスタルをすえると、魔法の発動の準備が終わる。
シオンは魔力クリスタルをスムーズに装填し、銃を閉じる。
「こんにちは」
シオンは何気ないあいさつに見せかけて、団体の引率者に声をかける。
「失礼ですが、あなたは魔力なし、ですか?」
案の定彼はシオンのもつ赤い銃を見て聞く。シオンは心の中でガッツポーズをする。人をだますのは好まないが、シオンはうそをつこうと思えばつけるし、フレイと違いうまいのだ。
「いえ、俺はハンターです。魔力なしではありません」
シオンは一番大きな嘘をつく。そして額にかかる前髪をあげて見せる。
そこに魔力なしの証たる小鬼のような角は、ない。
「すみません、失礼しました。ハンターのかただとは思わなくて。ハンターなのにその銃を使っているのは珍しいので」
男性は恐縮する。そしてその目がシオンの胸につけられたハンターのバッジに目を止めて、それを真実と認識する。
「いえ、よく言われます。俺の父親が魔力なしで。幼い俺によく銃のけいこをつけてくれたんです。それでハンターになってもこの銃を愛用しています。使ってみるとかなり便利なんです」
シオンが嘘の中に真実を混ぜて言う。
実際、シオンの父親は魔力なしで。よくシオンの銃の訓練をつけてくれた。その技術が今もシオンを支えている。
「そうなんですか。確かに魔力なしの銃だからと忌避するのはもったいないとは思います」
引率していた男性が同意する。
「では、みなさんの邪魔はできないですから、これで」
シオンはカウンターの目の前にあるレーンに戻る。
魔力なしの団体と接触すること。これがシオンの今日の目的だ。
アルトが見つけた依頼は、このモールの魔力なしの互助組合に、アートボマーがいる。という情報の信ぴょう性を調べること。
アートボマーについては様々な情報が寄せられていて。一つ一つ確かめるのに魔法院に所属しているものだけでは足りない。
だからハンターに情報の裏付けを依頼していたものだ。
魔力なしであることを隠していても、魔力なしの銃を使うことで団体に近づくことが可能なシオンに向いているとアルトが判断した。
もちろん、魔力なしの互助組合が、今日この訓練場で学生に銃の訓練を行うこともアルトが調べてきていた。
魔力なしの団体と接触できたシオンだが、焦るつもりはない。今日は顔合わせだけして、だんだんと近づいていくつもりだ。
フレイならまどろっこしいというだろう。だが、互助組合にアートボマーがいるなら。それを知るにはよほど組合と親しくなる必要がある。
ハンターのバッジを使っても、疑いのある情報がある、というだけで互助組合を調べることはできないのだから。
そして人間関係にさといシオンは時間をかける必要があると判断した。
だから、自分のレーンに戻る。レーンには先ほど使っていた的がある。シオンは的を交換しようと的を自動的に変える魔具のボタンを押そうとする。
「なあ、あれって、一発しか当たっていないってことか?」
学生の一人が思わず言う。
確かにシオンの的には一つしか赤いしるしがない。的の中心の一点だけ赤く染まっている。ハンターであるにしては、その腕が低すぎると思ったのだろう。
その声は思いのほか大きく響いてしまったようで。シオンが彼らに振り返ると、言った学生が気まずそうに顔をそらした。
「いや…。違うな。あれはおそらく全弾を同じ場所に当てたんだ。そうだろう?」
シオンが口にする前に引率者が言う。それを一度で見抜ける彼も相応の腕前なのだろう。
「そうだ」
シオンがことさら誇るでなく。ただ事実を認める。
「そんなの、言葉でならなんとでも言える」
学生の一人が言う。
「おい、ディル、やめろよ」「失礼だろう」
学生たちがつっかかっていく学生に言うが、彼らもそれが真実か、信じ切れていないようだ。
「良ければ、同じことをやって見せようか?」
シオンが思考ののちに言う。あまりひけらかすつもりはない。ただ、銃の腕を認められたら、うまくいけば学生たちの訓練に参加できる可能性もある。
「見せてください。学生たちにとっても勉強になるでしょう」
シオンは気負いなく、レーンの前に立つ。
銃を構え。連射する。1,2、3と銃弾が放たれる音。それも短い間隔での早撃ち。
見る間に的の中心の赤色がわずかに広がっていく。だがほとんど同じところに当たっているため、円がわずかに広がるだけだ。
学生たちは息をのんで、それを見ている。
そしてすぐに魔力なしの銃の弾数を打ち尽くす。シオンが後ろを振り返ると、あぜんとした顔の学生たち。
しばらくの沈黙。少し気合をいれてやりすぎたかな、とシオンは思う。
「素晴らしい腕ですね。俺も銃の腕は確かだと思っていましたが、それ以上だ」
引率の男性が初めに声を取り戻す。
「口先だけ、みたいに言ってすみませんでした」
ディルと呼ばれていた、シオンにつっかかっていった学生が頭を下げる。多少子供らしくひねくれているところもあるが、根が素直な子らしい。
「別に、疑うのは間違いではないですから」
むしろ、大人に言い返すディルの行動をほほえましく思っていた。
「失礼しました。俺の名前はアッシュレイ・ウィズです」
引率していた男性が名乗る。
これはおそらく訓練に参加してくれるか、聞くところだ、とシオンは悟る。
だから自分も本名を名乗る。
「俺の名前はシオン・アイグレーといいます」
「シオンさん、よければ…」
「なんだよ。お前ハンターなのに、魔力なしの銃なんて使っているのか?」
言いかけたアッシュレイの言葉を遮り、他のハンターが馬鹿にした調子で言う。
シオンはその人物を振り返って見た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます