2章プロローグ

少年は、自分は決して選ばれることのない存在なのだと思っていた。


ざわめくホームルーム前の教室。

その片隅に座る少年。

同級生たちはみな同じ話題で盛り上がっている。だが少年はその輪に入ることができない。

だからこうして教室の片隅で、静かにしている。まるで自分が異邦人であるかのように、いつもの教室を感じる。強い疎外感。

同級生たちの話題は、昨日行われた魔力検査の話。

魔力が高いのを誇るもの。成長して伸びたと自信をのぞかせるもの。魔力のことは秘密にしたい生徒を、他の生徒が聞き出そうとしているところもある。

だが、少年は、少年だけは、魔力測定を受けていない。

それが無意味なものだから、だ。

少年は魔力なし。

正式な名称は魔力欠乏症。その名の通り、魔力をほとんど持たずに生まれてきたものだ。

そのため、魔力が変動する思春期においても、魔力測定を受ける必要がない。ずっと変わらず魔力なしなのだから。

ホームルームの教室に大きな音とともに扉を開いて一人の男子生徒が駆け込む。

大きな音と、息を切らせて興奮した様子のその生徒に、同級生たちの視線が集まる。

「そんなに慌ててどうしたんだ?」

クラスメイトの一人が聞く。

「聞いて驚け!うちのクラスに魔人候補生が出たんだってさ!」

大きな声で叫ぶように言う男子生徒。

クラスが一瞬しんと静まり、のちにより大きなざわめきに包まれる。

魔人候補生。

その名の通り魔人の候補となるもののことだ。

魔力なしとは真反対の存在。選ばれし者。

教室にうずまくのは期待にあきらめ、あこがれ。

自分がそうかもしれない。そんな期待と。どうせそんなはずがないというあきらめ。

ここは大体平均的な魔力量の生徒が多い学校だ。地元の高校なのだから、そんなものである。旧貴族様のような高い魔力を生まれ持つものはこんな学校にきたりしない。

だからこそ、魔人候補生になるのは、ほとんどの生徒たちの夢でありあこがれだ。

魔人は人工的に魔力を高めてできる存在。

つまり魔人候補生になれば平均的な魔力のものが、高い魔力を持つことができるのだ。

そこで、がらり、と再び教室の扉の開く音。

入室してきたのは、担任の教師だ。

「ホームルームを始めるぞ、席につけ」

「せんせー。魔人候補生が出たって本当ですか!」

生徒の一人が待ちきれずに聞く。

「なんでもう知っているんだ、めんどくせえ。生徒の情報網もなめられたもんじゃないなこりゃ」

担任がやる気なさそうに、頭をかく。常にやる気のないだるそうな表情の担任だからこれが平常運転。

「まじか!本当にこのクラスから出たのか!」

生徒たちがざわめきあう。

「あー。静かに。一応ホームルームだからな?」

担任がだるそうに言う。

「魔人候補生って誰ですか!」

「一応は個人情報だからな、それ。でもまあどうせ生徒間で情報交換するんだろうとは思うがな。とりあえずぱぱっと魔力測定の結果を配るから。そういうのは自分たちでやってくれ」

担任が順番に生徒を読んでいく。

魔力測定の結果の紙が手渡されていく。

少年はその様子をやはり隅の机から遠いできごとを眺めるみたいにみていた。

決して呼ばれることのない自分の名前。

担任に呼ばれた生徒は、みんな我こそは、と心に期待をもって結果を受け取りに行く。

そして紙を見ては、残念そうな顔になる。

いつもなら、少しでも魔力が上がると大はしゃぎになる教室だが。今回は魔人候補生がでたということで、みんな自分が魔人候補生なら、と思い、心折られていく。

少年には、そんな期待感すら、ぜいたくに思えた。のちに絶望に変わるとしても。ワクワクできる。そんな感情を持てるのは選ばれる可能性があるものの特権だから。

魔力なしだから。魔力がないから。分かり切ったこと。

自分だけ蚊帳の外にいる。

近いのに遠い世界。

そして、一人の男子生徒が、紙を受け取り、顔を輝かせる。

「俺が、魔人候補生だ!」

男子生徒が誇るように紙を見せる。

生徒たちはホームルームにも構わず、席を立って結果を見に行く。

「おめでとう!」「悔しいな」「いーなー」「うらやま!」

各々、魔人候補生となった生徒に祝福と嫉妬をないまぜにした言葉をかける。

そのクラスメイトはいつもはぱっとしない。ごく平凡な男子だ。

それが選ばれた存在になる。みんながもてはやす。

「エレクトラの角か!おまえ電撃系統の魔力だもんな」

魔人候補生は魔獣の魔力制御機関である角を移植される。そのことで本来より大きな魔力を操作できるようになる。

角との相性は、魔力の属性で決まることが多い。

少年は無意識に自分の額の角に触れた。

手に触れるいつもの感触。ごく小さな突起のような角。

魔人の大きな角とは明らかに違う。

魔力なしの烙印。

動物よりほんのわずかに魔力が高い、ホーンドラビットの角だ。

ほとんど動物に近いために、その魔獣は体内のわずかな魔力を制御し、行き渡らせるのに向いているとされる。

魔人のような大きな角では、微弱すぎる魔力なしの魔力は逆に制御できないのだ。

その角に触れながら、少年は思う。


自分はきっとこの先認められることはないだろう。

ハンターにもなれず、魔法院にも入れない。

生まれながらに決まった運命。

それでも、自分自身を認めて進むと。ほかの人に認められる必要なんて、ない。

そう思っていた。

本当に自分を認めてくれた者に出会うまでは。

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