1章エピローグ

そこはある工事現場だった。

大きな鉄の枠組みがこれから立つことになる建物の大まかな骨組みを形作っている。だがまだわくだけだ。無骨な金属の枠組みは何かのオブジェのようにも見える。

枠組みの向こうには星のない夜空が広がっていた。地面はまだ何にも覆われておらず土が見えている。

それは大きなモールのような建物となる予定の場所だった。

もちろんクラウドナインではモールといえど高層ビルとなる。土地の少ないクラウドナインでは土地を有効活用するために下と上に伸びる建物が作られるのが普通だ。

鉄組の中の空間は広々としている。まだ天井がつけられていないので余計に広く感じる。さまざまな工事の資材があちこちに置かれている。中には一台のトラックさえあった。機材が煩雑に地面に置かれている。

その中心部にはひときわ広い柱のない空間が広がっている。五階まではあろうかという高い天井は吹き抜けになる設計なのだという。

夜であるがゆえに視界がやや制限されるが、古臭いオレンジの照明がいくつか辺りを照らし出していた。おそらく工事の作業用の灯りだろう。

そこに黒々としたコートを翻す人物と銃を構えた人物がいた。コートの人物は銃を持つ人物とは離れたところに立っている。銃を持つ人物の肩には羽つきトカゲが留まっていた。

フレイとシオン、それに羽つきトカゲのフィンだ。

その時シオンのリンクの音が響いた。ぴぴぴっという機械音はごく小さな音だが人のいない工事現場には大きく響く。夜中の十二時、『黄昏時』の始まりを知らせるアラームだ。

とシオンの目の前に一つの黒い手のひらに乗るほどの炎が現れた。空中に浮いている。

その正体は活動を始めていない魔物。

魔物は黄昏時になるまでは現れない。そして黄昏時から一時間ほどは不活性な黒い炎の形をしている。

だがそれも攻撃や刺激を加えられないなら、という条件付きである。

ゆらりと炎は揺れると突然形を変えて地面に落ちた。

その場に現れたのは影で作られたかのように黒々とした蜘蛛の魔物だった。その足は鋭くとがっていて危険そうだった。ノネズミほどの大きさの蜘蛛の魔物はまっすぐにシオンに向かって走り出した。

シオンは魔力なしである。通常ではハンターとなりえないところを試験運用プログラムとしてハンターをしている。

魔力なしは低位の魔物をひきつけ活性化する力がある。

普通の魔力なしなら逃げるところだろう。

だがシオンはただ左のホルスターから銃を抜き、撃ち放つ。銃声が響き蜘蛛の魔物はシオンの放った攻撃魔法の銃弾に撃ち抜かれて消滅した。

シオンは魔力なしの銃と、攻撃魔法の銃を使う。弱い魔物なら簡単に倒せる力がある。

「これだけか?簡単な仕事だったな。もっとレベルの高い魔物だと思っていた」

シオンから離れたところ、入り口の壁に体重を預けながらフレイはそう感想を漏らした。フレイは何もする必要がなかった。

「そうだな。魔力観測所の報告によると、複数の弱い魔物がいると書かれていた。弱い魔物は姿をとらえるのが難しい。しかも建設途中の建物で、かなりの投資がされている。だから損害を支払いたくないハンターたちが嫌煙していたからな。だが割はいい仕事だ。今月は乗り越えられそうだな」

シオンは銃をしまった。羽つきトカゲのフィンが大きくあくびをした。

ゆらり、と資材の積み重なった影で黒い炎がいくつか揺らめいた。

シオンが後ろを振り向く。魔力の気配を感じたのだ。

資材の陰でそれらは寄り集まり大きな炎となった。と巨大化した炎から車サイズのやはり黒々とした蜘蛛が現れた

蜘蛛はシオンに向かって糸を飛ばした。

それをクエ―と鋭く鳴きながらフィンがシールドで防いだ。糸はシールドに弾かれてシオンの近くの地面に落ちる。糸が地面に触れたところに異臭がする。

おそらく毒系統の魔法が付与されている。触れればただでは済まないだろう。

「よくやった、フィン」

クモの魔物は、その大きさに見合わない素早さで動く。そのうえ巨体を支える足が八本もあるために、動きの方向が読みにくい。

銃を構えたさすがのシオンも何度も打つが当たらない。魔物は警戒するように距離をとって銃撃をよけていた。

だがシオンの銃弾は一つの魔力クリスタルで十発しか打てない。リロードの時間が必要なのだ。

そしてそのすきを逃す魔物ではない。

フレイも魔方陣の書かれたカードを出しているが、発動に時間がかかるそれは、素早い動きの魔物に対処するには難しい。

魔物は素早くシオンの目の前に迫る。シオンはそれでも攻撃のチャンスを逃さないために、冷静に感情を制御し、魔力クリスタルのリロードを行う。

 魔物が近づいてきたら、狙いを定めるのもたやすくなる。

だから手に冷や汗をかきながらも、何度もやったことのある魔力クリスタルの取り外しと付け直しをスムーズに行おうと集中する。

クモの魔物の動きの速さ予想不可能さは思ったより深刻だ。

これはロストペナルティを支払っても逃げるべきかもしれないとシオンは覚悟する。

そして駆動音が鳴り響く。そして突然モール内に止まっていたトラックが動き出すと猛スピードでシオンに向かう蜘蛛の魔物に体当たりをした。流石の魔物の巨体も吹き飛ばされる。

蜘蛛はトラックにたたきつけられ慌てて糸を吐きモールの中央、吹き抜けの天井に糸を絡ませ空へと舞い上がった。車の追撃をかわす。

突然の出来事に唖然としていたシオンだったが冷静に状況を分析すると天井からつり下がる蜘蛛の魔物の糸めがけて攻撃系魔法の銃弾を撃った。弾丸に糸が切られ蜘蛛の魔物が落ちる。

再び糸を吐こうとする魔物の糸の吐き出し口を次の銃弾が正確に撃ち抜いた。今回のは静止魔法弾だ。蜘蛛は糸を吐くことができずに落下する。

魔物が落下の衝撃にきしみ声をあげる。魔物であってもあの大きさのものだ。高いところから落ちればダメージを受ける。

一瞬動きが止まった魔物。

それを逃さずに八本の足をシオンが次々と静止魔法弾で撃つ。ただ一本の脚がシオンの弾丸が切れたという理由から動いていたがその一本の足でできることはなかった。

蜘蛛の魔物の居る場所は吹き抜けになる予定の建物の中心、遮るもののない広い空間だ。フレイの爆発魔法が活きる場所。

「フレイ!」

シオンが叫ぶ。

「分かってる!」

フレイの爆発魔法の発動光が蜘蛛の魔物の周りで輝いた。そして爆音とともに煙が立ち込め、それが晴れるころには蜘蛛の魔物は姿を消していた。魔物を倒したのだ。

フレイは先ほどまで動いていた魔法トラックに降り立つ。中が無人なことを確認した。

「一体なんだったんだ…」

とフレイはつぶやいた。

「フレイ!こっちだ!」

シオンがいい、モールの外へ走り出す。そして雨除けに外の資材にかぶせられた、青いビニールシートをひっぺがす。

「お前らかよ…」

フレイは不機嫌そうに言った。

そう、そこにいたのはアルトと彼の学校の友人、ウィルとニコラスだった。

アルト達の前にはリンクが地面に置かれておりそこから紙一枚分の画面が宙に表示されている。そこにはさっきまでフレイがいた工事現場が映っていた。

「まさかとは思ったけどアルトの魔力の気配が感じられたからな…」

と後から来たシオンが言った。

「どういうことだ?」

とフレイはアルトをにらんだ。

「えぇっと。実は…。お二人のことを寮生みんなで尊敬しておりまして。俺たちが学校でハントにあったこともいいなぁって言われて。それで二人のハントをもっと見たい。と言うことで全員の意見が一致して。いつもは止めるニコラスも弱い魔物ならいいんじゃないか?っていうから。フレイさん達の下調べした今夜の仕事のうち一番簡単でなおかつ学校に近いのなのを見つけたので。データスフィアのルーン記述改変ができることから俺たちが代表に選ばれたんです。工事現場の機材にハッキングして。魔力防犯カメラ(ピーピングトム)の映像を撮ろうと思って。シオンさんが危なかったから車を動かしたんです。それで…その…そういうことです」

アルトは申し訳なさそうに説明を終えた。

「黄昏時は危険なんだぞ。アホかお前らは!」

とフレイはため息をついた。シオンも頭を押さえた。他人のリンクをこうも簡単にハッキングするとは末恐ろしい。

「仕方がないな。じゃあ今日は彼らを寮まで送ってから帰ろうか」

「俺は反対だ。勝手に来たんだから勝手に帰るべきだ」

とフレイはそっけない。

「まぁアルトのおかげで損害が最少で済んだしさ。今日の稼ぎはいいじゃないか。それに大人には子供を守る義務があるだろ」

「権利を主張するなら責任を負うべきだ」

「仕方がないな。俺だけで送るぞ」

とシオンは諦めたように言った。

「馬鹿か。それじゃあ余計に危ないだろ。…俺も行くぞ」

フレイは心底嫌そうに言った。

シオンは実は魔力なしなのだ。彼がいても意味がなく逆に危険が増すことになる。

「フレイは優しいな」

と、してやったりという顔でシオンは笑ってそう言った。

「くっ、このエセお人よしが」

とフレイは毒ずいた。

「そうですね。フレイさんは結局結構いい人です」

アルトはなんだかんだ言って相棒に付き合うフレイを気の毒に思いながらも言った。

「それにきちんと報告をして学校側にきつく叱って貰うべきだしな」

とフレイは腹立たしそうにそう言った。

「えぇぇ!ほめたのに!」

とアルト。

「結構、のどこがほめているんだよ。俺はどこぞのアマちゃんとは違うんだよ」

とフレイ。

「シオンさん!」

「シオン様!」

とニコラスとウィルは最後の望みとばかりにシオンにすがった。

「だめだよ。君たちは危機意識が低すぎると俺も思うな」

とシオンはそう言った。

ため息交じりに歩き出したフレイの後にうなだれたアルトと友人が続き彼らを慰めるようにシオンが彼らの肩に手を乗せた。

黄昏のクラウドナインをハンターたちは行く―――。



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クラウドナイン・ハンターズ うたかた まこと @utakatamakoto

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