1章13話 黒幕
夜のさびれたアパートの一室で、不動産屋の男性社長がつぶやく。
アパートには彼以外の人は誰もいない。だからこれはひとり言に過ぎない。
「これは、まずいな。まずいぞ」
不動産屋が繰り返しつぶやくのは、心の中で渦巻く恐怖のためだ。
それも当然か。彼は犯罪にかかわってしまったのである。
不動産業には闇の側面もある。
なかなか立ち退かない人を脅して動かすために魔犯罪組織とつながっていることもある。
だがそれはあくまでもビジネスの一環としてである。魔犯罪組織に報酬を払うが、自分たちが直接悪事にかかわっているわけではない。
「あの時、あんな選択をしていなければ」
不動産屋は後悔する。彼はいつも後悔する。
「でも、ああしなければ、今会社は存続していない。俺は間違っていない」
不動産屋が自分でも間違っていると思うことを口走る。だがそれを非難できる人間はここにはいない。
一時会社が傾きかけたことがある。その時不動産屋は不正な欠陥工事をした。お金を受け取っておきながら、工事を手抜きにした。それはその時にはいい判断に思えた。
だがそれは当然月日の経過とともに表面化した。
今は欠陥工事をしたアパートの住人達から訴えられている。
再び危機にさらされた会社。不動産屋は、学習せずに、再び危険な方法をとってしまった。
彼は危機に直面すると、ハイリスク、ハイリターンの選択をする癖がある。
平時ならきちんと問題を解決できる。
だが危機に直面するともろい。
「いい話だと思ったのに、あいつのせいだ。あいつが悪い」
不動産屋は、ここにいない人間を呪う。
「大丈夫だ、このアパートは安全なはず」
不動産屋は自分の心をしずめようとつぶやく。それは恐怖で押しつぶされそうな人間が狂気に近づいていくようにも見える。
事実明かりもつけない真っ暗闇で、誰もいないのにつぶやき続ける彼は確実におかしくなってきている。
不動産屋をしているから、格安で買えたこの一室は、何かあったときに隠れるために買ったものだ。安アパートの一室だから、もともと値段はそこまで高くない。
それでもいくらか値段がしたのは、このアパートを借りている名義人が不動産屋ではないようにしたからだ。
だから誰にもこの場所は割れない、はずだ。
何かあったらの為に購入したが、役に立つ日が来るとは思っていなかった。役に立つ日が来てほしくなかった。
ピンポーン!部屋の広さに反して、あまりにも大きなインターフォンの音がなる。
不動産屋は一瞬びくっとしたが、用心深く、静かに立ち上がる。
早鐘を打つ心臓を落ち着けようと深呼吸する。
ここは大丈夫だ。鍵も何重にもかけてある。何かあってもしばらくは持つ。それに自分がいるかどうかは相手には分からないはず。そのために明かりの一つもつけずに息をひそめていたのだ。あくまでもいないふりを装っておけば、いなくなるだろう。不動産屋は自分に言い聞かせる。
だが、次第にだれが来たのか。不動産屋は不安になる。
そして扉まで歩いて行って。外をのぞくだけなら問題ないと自分に言い聞かせる。
どんどん、とドアが乱暴にたたかれる。その音は執拗だ。
もしかしたら、自分の居場所が割れてしまったのかもしれない。不動産屋は不安になる。
そして怒鳴り声。
「いるのはわかっているんだぞ。早くドアを開けろ」
その声に不動産屋は震える。
だが勇気をふり絞って、ドアについたのぞき穴から、外を見る。
見えた人物を見て、不動産屋はほっとする。
彼は不動産屋との犯罪の共犯者だ。そしていまだに強力な力を持つ旧貴族の家系のものだ。彼ならもしかしたら、なんとかしてくれるかもしれない。
不動産屋は時間をかけて無数に取り付けられた鍵を外していく。
扉が開くと、その人物は部屋に滑り込む。
「フェイムさん。その後何か動きがありましたか?」
不動産屋が招き入れた人物はウィルのおじだった。名はアンドリュー。フェイム家の一員。不動産屋が呪っていた相手。
「兄貴の野郎。もう俺をかばわないと言い出した。しばらくここで邪魔になるぜ」
アンドリューは気軽に言う。その言葉に不動産屋は目をむいて衝撃を受ける。
「そんな。フェイム家がかばってくれないなんて、俺たちはどうすればいいんだ?」
不動産屋が恐怖で寝不足の赤い目で聞く。
「ここは場所が割れていないんだろう?」
「あんたはどうやってここを見つけたんだ?」
不動産屋が聞く。それはとても重要なことだった。もしアンドリューに見つけられるなら、魔犯罪組織から逃れるのは難しい。
「お前の服に、追跡魔法の魔具をつけておいた。違法なものだからスペックは低いが、便利なんだぜ?俺が怖がらせれば、隠れ家に向かうと思ってな」
アンドリューはしれりという。
「そもそも、あんたがこんな仕事を持ってこなければ。こんなことには」
不動産屋がアンドリューに詰め寄る。
「おいおい、お前にだっていい話だっただろう?ほかに会社を立て直す方法はなかったはずだ。社長さん?あの学校は新校舎の建築にローンを組むのに、グラウンドの土地を担保にしていた。魔法院の管理区域だから、学校の校舎が壊されるとは考えていないみたいだったしな。校舎が大きく損傷しその修復にお金がかかれば、お前にはグラウンドが手に入る。その値段の三分の一を俺が受け取る」
「それは、確かにそうですが。でも、魔物を発生させる魔具を使うなんて、聞いてない。もしかしたら、その魔具をばらまいたものとして、手配されている可能性もある」
不動産屋は不安な中、一人で考えてしまったことを吐き出す。
「あれの出どころは魔犯罪組織だと、魔法院のお偉方にはわかるさ。だから、どさくさに紛れて、学校も壊してやろうと思ったのにな」
アンドリューが不動産屋とは違う、荒事に慣れた様子でいう。そんなことがありえないと過信している。
「それに、その甥御は魔具をしかけたことを黙っているはずだと言ったではないですか。自首する勇気もないだろうと」
不動産屋はアンドリューの予想が間違っていたことを指摘する。彼は楽観的にすぎるのだ。
いつも問題を起こしているが。そのたびにフェイム家がお金の力で隠蔽していた。
だからアンドリューには危機感がなかった。
「俺だってウィルが自首するなんて思わなかったんだよ。計算違いだ。あのガキ。おかげでこっちまでとばっちりをうけた」
アンドリューは全然ウィルのことなど気にしていない様子だった。
「俺は魔法院より魔犯罪組織が怖い。魔犯罪組織の報復がくるのは間違いない。それもあんたが組員を殺したせいだ」
不動産屋が最も怖がっていたのは、そのことだった。
「魔犯罪組織の報復か。確かにグラン・グリュイエールは仲間の死を死で償わせるとは言うがな。この計画が成功すれば大金とともにクラウドナインをおさらばできる予定だったんだ」
「あんたが今まで安全にいられたこと。それは、フェイム家の保護のおかげだ。そもそも、どうやってあの魔具を手に入れたんだ?どうして、組員を殺した?」
不動産屋が今まで聞かなかったことを聞く。
「俺の仕事は情報屋、みたいなものでな。酒場に潜り込んで、酔っ払いから話を聞くんだ。狙いはひどく酔ったもの。彼らはなんでもしゃべっちまうからな。そのうえ話したことを翌日には忘れている。今回それが魔犯罪組織の組員で。よい魔具の話をべらべらしゃべっていた。だから殺して奪った。それだけのこと。貧民区ではよくあることだ」
アンドリューがこともなげに言う。
それができるのは、アンドリューが人の好い笑みを浮かべられるからだろうと、不動産屋はわかる。アンドリューはうそをつくのがうまいのだ。今は本性である悪い笑みを浮かべている。
不動産屋もその優しい仮面に騙されたほうだった。
「それで、フェイム家に情報を流していた。兄貴は絶対に俺を認めないが、俺は俺なりに家に貢献しているのさ」
アンドリューは肩をすくめる。そして彼にはそれをなす力がある。一応は魔法院で学んでいるため、下っ端の魔犯罪組織組員では立ち向かえない。酔っぱらっているならなおさらだ。
「ここに来るときに後をつけられたりしていないのか?」
不動産屋がいらだつ。だが一人でくよくよ考えるより、人でなしでも誰かいたほうが気が楽だった。だからアンドリューを追い払うことまではしなかった。
りりり!
アンドリューのリンクが震える。彼は怪訝そうな顔になる。
この鳴り方は、知らない番号からの電話だ。
リンクの空中に浮かぶ画面を開くと、画面には大きく、非通知、と書かれている。
何かの罠かもしれない。とアンドリューは思う。
だがこのままにしておくのも不気味だった。
だからアンドリューは通話をすることにした。
「あなたがたの居場所は把握しました」
リンク、から聞こえてきた声に二人は恐怖を覚える。
「誰だ!?魔犯罪組織か?」
アンドリューが警戒して聞く。
「俺はウィルの友人です。あなたたちを捕まえるのに協力しています」
その声の持ち主はアルトだった。
「ちっ。ウィルの友人だ?ならまだ高校生だろう。いけないなあ。大人にこんないたずらをしては」
アンドリューがやや警戒を解く。
「俺に見つけられたくらいです。魔犯罪組織もそこに向かっていますよ」
アルトが丁寧な言葉で相手を追い詰める。
「どうやって、ここが分かった?」
アンドリューが声のトーンを落とす。
「簡単でしたよ。あなたは、違法な追跡魔法の魔具を使っただろう?それに逆にアクセスして、位置情報を入手したんです。違法な魔具は簡単に乗っ取れるので、あまり使用はおすすめしないですよ」
「そんなことが簡単にできてたまるか」
「そこまで難しいことではないですよ」
アルトが言い、アンドリューは冷や汗をかく。実際違法でプロテクト魔法が使われていない魔具はハッキングしやすいうえに、ハッキングしても違法ではない。ただ、それがただの高校生にできることとも思えない。
「お前は、何者だ?」
「取引をしませんか?」
アルトが意外な提案をする。
「取引、だと?今更何を取引するんだ?」
「あなたたちには、自首してほしいんです。さすがにあなたがたが、魔物発生の魔具の事件と関係あると証拠を見つけるのは難しいですから」
「そんなことする馬鹿がどこに…」
「そのかわり、こちらへ向かっている魔犯罪組織の処刑人をこちらで倒します。そして、捕まった魔犯罪組織の組員が入っている刑務所とは違う刑務所を紹介しましょう」
アルトが請け合う。
「高校生にそんなことはできないだろう」
アンドリューが一笑に付す。
「ああ、忘れていました。俺はハンターたちと動いています。信じられないならベランダに出て、外を見てください」
アルトの自信のある言葉に、アンドリューと、不動産屋は半信半疑で、ベランダに出る。
狭い、洗濯物を干すだけしかできないベランダだ。ベランダは心持外に出っ張っているくらいの狭いものだ。
だがそこから外の道路を見下ろすことができる。
アンドリュー達は道路を見下ろす。
酔っ払いが一人、道路で寝そべっている。ビルの鋭い風にからからと音を立てて飲料水の缶が転がっていく。アパートはすべて古びていて、電灯で照らされる家々の木製の扉は大体ペンキがはげかけている。
クラウドナインでよく見る石造りの建物もすすけたように黒く。時々スプレー缶で文字が書きなぐってある。
そして街灯の明かりもわずかに鈍い。手入れをされていないので風でとんだ汚れが明かりを暗くしているのだ。
「どこだ?本当なのか?」
「あれ、じゃないか?」
不動産屋が先に気が付く。
指さされた方をみたアンドリューは道路の端に立つ人物に気が付く。
貧しい区域の街灯だ。もともとそこまで明るくないうえに古びて、光が波に揺れているように細かに瞬いていて弱い。
よく目をこらせば黒い人影が浮かび上がる。
頭から伸びる大きな一本の角を見て、アンドリューはアルトが嘘をついていないと確信する。
魔人は普通の人間と違い、保有できる魔力の桁が違う。もともとなるのに適性が必要でごくわずかしか存在しない。
そんな彼らは必ずハンターか魔法院に入っている。
「取引は、どうしますか?」
アルトの声にアンドリューは思考を引き戻される。
悪魔の様な角を持ったハンターとの取引。売るのは魂か、命か。
「分かった、全部話す。代わりに魔法院へ行く道で護衛をしてくれ」
アンドリューが言う前に不動産屋が取引に飛びつく。いつ来るか分からない魔犯罪組織の処刑人におびえる生活から抜け出せる。それは不動産屋にとっては魅力的な提案だった。
例え自分の罪を償わなければならなくても。
「魔犯罪組織の報復が来ます。あなたはフェイム家から見放された。あなたも自首してください」
アルトがアンドリューに言い放つ。
「兄貴に、あいつに何がわかる。魔力が低いだけで否定されて。それでも俺は、家のために、いつも情報を流していたのに?今更俺を切り捨てるのか!」
アンドリューが激昂する。
「ウィルは、自分から自首しました」
「あいつだって俺と変わらない。魔力が低いから離縁されて。今回犯罪に手を染めた。あいつだっていつか俺のようになるんだ」
アンドリューが呪うような笑顔になる。その顔には絶望と、邪悪が見えていて。
だが、彼が人の好い笑顔を飾れるということは、きっと彼にも本当は人が好い性格だったこともあるのかもしれないとアルトは思う。
そして自分の友人をその姿に重ねてしまう。
いつも道化のように大げさな身振りと笑みを浮かべ、本心を隠してしまうウィルを。
いつか本当にウィルが足を踏み外してしまうのではないか。
「ウィルは、あなたみたいにはなりません。俺たち友人がついている。俺は魔力が低くてもウィルを否定したりしない。そしてウィルが悪い方向に進みそうになったら、みんなで協力して止めて見せる」
アルトがいい、アンドリューは今度は疲れたように、あくどい笑みをやめる。そして浮かんだ笑顔は自嘲するようで。そして羨ましそうにも見えた。
「いままでは母が、俺の悪事を隠していたんだと兄貴は言った。そんなことをするぐらいなら、お前みたいに道をただしてくれたらよかったのにな。いや、それも俺のせいか」
アンドリューは逃げることを考えるのをやめた。きっと償うべき時が来たのだ。
「もう処刑人が迫っていますよ、ほら、見えるでしょう?」
アンドリューが何か言う前にアルトが言い、彼は道路に目を凝らす。
今度はさほど時間がかからずに見つけた。アパートが隙間もなく並ぶ通りの向こうから、現れた人影がある。
遠視魔法を発動して見れば、それはひととしては巨躯を誇る獣人だった。
彼は巨大な剣を背中に背負っている。
おそらくは魔具の剣だろう。柄には赤い宝石のようにも見える、魔力クリスタルが輝いている。
魔具の武器を持つ獣人ほど恐ろしいものはない。
獣人は悪魔の様な角を持つ魔人を見つけて足を止める。
そして慣れた、ゆるりとした動作で、背中の剣を抜く。
「いいんですか?もしあなたが取引に応じないなら、ハンターは獣人とは戦わずに、あなたたち二人の命を狙うように言いますよ?」
アルトの最後の一押し。
「俺は、取引に応じたぞ」
不動産屋がパニックをおこす。
「二人が取引に応じなければ、取引は成立しません」
アルトの冷静な声。
「分かった。取引に応じる」
アンドリューがいう。もう、そうすると心は決まっていた。
「その言葉、忘れないでください」
アルトが言うのと同時に、獣人が魔人、フレイに襲い掛かる。
巨躯には見合わない跳躍力。俊敏な動き。
獣人は、血筋の魔法として、身体強化魔法を使えるのだ。だがその代わりに弱い魔力量しかもてない。
それを補うのが、魔具の大剣。
炎を纏った大剣が車の車輪ように円形に振り回される。
フレイはそれを最小の動きでさばく。
見ている側には、それはぎりぎりで避けられているだけに見える。だがそれは、見る人が見ればわかる計算された動き。そして、フレイは再び無駄のない、自然な動きで、すとん、と右手を獣人の巨大な剣に向かって振り下ろす。
「なんだ!?」
アンドリューも遠視魔法を使わなければ、何が起きたか分からなかっただろう。その目で見ても信じ切れず、彼は驚愕の声をあげる。
獣人も異変に気が付いたようだ、剣を振り上げ、フレイから距離をとる。その後ろに下がったときに、剣の先がきれいにすっぱりとなくなっていた。
何かの鋭い刃物で切り取られたかのように見える。
だがそんなことは不可能に近い。
獣人の持つ魔具は明らかに強力な魔法が織り込まれている。こんなに簡単にあっさりと切り取れるものではない。そもそも、魔法が織り込まれていなくても、これだけの大きさと厚さの剣が切れるなんてありえない。
アンドリューが見たのは、フレイの手から突然透明な細身の刃が出現したところだ。一瞬だったが間違いはない。だが今はフレイはその剣を持っていない。何らかの魔具だろうとアンドリューは考える。
獣人はフレイに意識を集中させる。当然だ。これだけのことをできるものを獣人は知らない。
フレイは獣人に睨まれても、気にした風もない。
「なんだ?あんな剣があるのに、獣人を攻撃しないのか?」
アンドリューがいぶかしむ。
「必要ないからです」
アルトが言い。同時に魔法弾が獣人に着弾する。
着弾地点が淡く魔法陣の輝きを受ける。獣人はその場に凍り付いたように動けない。
フレイは、躊躇なく獣人に近づき、睡眠魔法のスタンガンをあてた。
獣人はなすすべもなく、眠りにつく。数分遅れて、獣人は地面に倒れこむ。
「この暗い中で、獣人が気が付かない範囲からの狙撃?そんなことが可能なのか?」
「ちなみに、獣人を狙撃したハンターはこの建物の入り口も射程内に収めています。逃げるようなまねはしないでください」
アンドリューと不動産屋にはもう逃げる気力が残っていなかった。あんなことができるハンターたちに逆らう勇気も意思もなかった。
****
「シオンさん、フレイさん。お疲れ様です」
魔法院に不動産屋とウィルの叔父を送り届けた後。
帰路につくシオンとフレイにアルトがリンクから声をかける。
「アルトも、協力してくれてありがとうな。おかげで事件の裏で糸をひいていた者たちを捕まえることができた」
シオンがアルトをねぎらう。
「というより、高校生にして、この能力は末恐ろしいな」
フレイがつぶやく。
「アルトのおかげで、ウィルの叔父のリンクの位置情報なんて手に入ったしな。不動産屋を捕まえられたのは、ウィルの叔父を泳がせておけたところが大きい」
シオンが苦笑する。
「俺たちは、データスフィアのルーンの記述改変を使えないからな。そのサポートがあることの意義は大きい」
フレイが自分たちの弱点を認める。
全ての情報の貯蔵庫である、情報位階、データスフィア。リンクはデータースフィアに繋がるデバイスだ。
データスフィアはその性質上、あらゆるデータにアクセスできる。
だがもちろん、それには制約がある。
データスフィアの情報へのアクセスに欠かせないのが、ルーンの記述改変の力。
ルーンの言葉で、データスフィアの情報を書き換える力を持つ。それは魔法の呪文とは似て非なるもの。だが大元として使われるのが魔法言語ルーンであることに変わりない。
「でも、ウィルの叔父たちを確保できたのは間違いなくシオンさんとフレイさんの力です。正直ここまですごいのに、ハンターのランクがそこまででないのが不思議なくらいです」
アルトが二人を称賛する。
「俺たちにとって仕事は相性がいいものとそうでないものがあるからな」
フレイが言う。
「そうなんだよな。いつも、仕事を探す段階でかなり苦労する。俺ら情報収集下手なんだな。フレイなんてかなりの魔具おんちだしな」
「お前だって似たり寄ったりだろう。人のせいにするな」
フレイとシオンが言い争いだす。
慌ててアルトは口をはさむ。
「フレイさんはすごかったですけど、あれは何の魔具なんですか?」
「これは、俺のもと相棒の置き土産だ」
フレイが言う。その手首には複雑な魔方陣の書かれた銀色の腕輪。
「すごいだろ?あれ、竜の宝珠らしいぞ」
シオンがわがことのように誇る。
「竜の宝珠って確か、古代に竜族が作った魔具の総称でしたね」
アルトが思い出す。それほどよく聞くことのあるものではないのだ。
「そうだ。多くは国宝級の魔具だ。今でもその仕組みがまったくわからないと言われている」
フレイが説明する。
「すごいじゃないですか!売ったらいくらになるんですか?」
アルトはぶしつけかな、と思いつつ聞く。
「ちなみに、人間に扱える竜の宝珠はごくわずかだ。竜の宝珠は竜族の規格で作られていることが多くてな。つまり魔力を大量に必要とする。だから竜の宝珠は国宝にはされていることもあるけど、大概使うことができない。だからあまり売れない」
シオンが笑う。自分も同じことを考えた時フレイに教えられたのだ。
「なるほど。竜族は最強なる種と呼ばれますからね。って、それを起動できるっていうことは、フレイさんの魔力は相当なんですね」
アルトが一人納得する。
「起動できるのは最長で二分だけだがな」
フレイが謙遜する。
「そんなにすごい魔具があるなら、別にシオンさんのバックアップいらないんじゃないですか?」
アルトが空気を読まずに言う。
「あれは狙撃できるように、獣人の意識が完全に自分に向くようにしていただけだ。獣人の聴覚嗅覚はあなどれないからな。あの竜の宝珠の起動時間はたったの二分。それだけの間に獣人の相手をするのは難しい。ただああして獣人を警戒させることはできる。つまりははったりのようなものだ」
「なるほど。戦闘には駆け引きも必要なんですね」
アルトはしばらく考え込む。
二人の仕事ぶりを見て、アルトはやはり二人に依頼をすると決意した。
「俺、実は、フレイさんとシオンさんに依頼があるんです。そのうちもう一度会えませんか?」
アルトがおずおずと切り出す。ここで断られても仕方がないと思っていた。アルトはまだ高校生だ。アルバイトをしたとしても、依頼に払える報酬はごくわずかだ。
それにアルトの依頼は、信じてもらえる可能性すら薄い。そんな依頼なのだ。
「いいぞ。今週の土曜日はどうだ?」
驚いたことにそう言ったのはフレイだった。
シオンは了承するつもりでいたが、フレイの言葉に思わず足を止めて、フレイを振り返る。
見ればフレイは何かを企んでいる顔になっている。
シオンはいつもと変わらないフレイに安心する。何か理由があるのだろうとシオンにも予想がつく。
「もちろん俺も、話を聞こう」
シオンが言い、リンクの向こうでアルトが安堵の息を吐く。
そして、ハンターたちは帰路についた。
再会の約束をして。
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