1章12話 決意
「魔具の解除が終わりました!」
魔物が倒されたのとほぼ同時に魔具技士の息子が宣言する。
あの大空を遮る大きさの魔物は灰が風に吹き飛ばされるように溶けて消えていく。
魔物は魔力の塊が実体を持ったもの。だから、倒してしまえば消滅する。ぼろぼろと崩れ、最後には何も残らない。
あれだけの脅威であったのに、まるで初めから存在しなかったかのようだ。
魔物の放つ炎の線も消え、その後にはただ静かな夜が戻った。
「魔具の共鳴の可能性は、もうないのか?」
フレイが上空からグラウンドに降り立って聞く。まず確認すべきことだからだ。シオンは最後の銃弾を使いつくした。
この上で再びあれだけの大きさの魔物が出現すれば対処のしようがない。
「大丈夫です。たぶん。魔具の共鳴自体、珍しいものなんです。魔具の共鳴は、起動した魔具が一つ以上はあることが条件です。だからすべての魔具を止めた今、もう共鳴はおきないと思います」
魔具技士の息子が緊張気味に答える。親は正式な魔具技士だが、彼はその息子であるだけだ。はっきりと言い切るには知識が心もとない。
「大丈夫そうです。今リンクで調べました。データスフィアの情報によると、その説で正しいようです」
アルトが素早くリンクを操作し、情報を得る。
こういう時、すべてのデータにアクセスできるデータスフィアは便利だ。
「よかった。ありがとうございます。ハンターさんたち」
ウィルが感極まって泣いてしまう。よほど責任を感じていたのだろう。
「ウィルは悪くない」「そうだ、だますほうが悪い」「このままウィルのことを言わないでおいてはダメか?」「俺たちは口裏を合わせるぜ」
寮生たちがウィルを取り囲み、口々に慰める。
「いいや、俺は、ちゃんと自首する。ここまでの騒ぎが起こったのは全部俺の責任だ。それから逃げるつもりはない」
ウィルが涙をぬぐって、言い切る。うまく隠しているが声が震えていた。この事件が明るみに出ればウィルは退学になるかもしれない。
それでもウィルは自分から自首すると、言ったのだ。その勇気は称賛にあたいした。
「ウィルはきちんと責任と向き合える、見込みがある子だわ。私からも校長にかけあってみましょう。さすがに罰は与えられるでしょうけど、退学にならないように助言することはできる」
寮母さんが言い、寮生たちがどよめく。いつも寮生たちの敵である(主に寮生たちが悪いが)寮母さんが助けを申し出たのだ。
「寮母さん!」「母親のかがみだ」「みんなのおかあさん」「意外といい人なんだな」
寮生たちがそれぞれに勝手な感想を口にする。
「寮生たちの面倒を見るのは私の仕事だから。それに私は学校に多少は意見が言える立場ですからね」
寮母さんがほほ笑む。実際の所寮母さんの発言権はかなり高かった。
歴代の寮母さんの中で一番長く残っている彼女は、学校側にとっても得難い人材なのだ。つまり寮生たちは常に歴代の寮母さんを困らせてきていたということである。ノイローゼでやめていく人が後を絶たなかったらしい。こんな仕事、わりに合わないと思う人がほとんどなのだ。
「でもこの騒ぎの大元はあなたたち全員の問題でもあります。後で追求しますからね。全員に罰があるものと思いなさい」
寮母さんが笑みを深める。
この時ばかりは寮生たちも神妙な顔でその言葉を受け入れた。
「アリアンは、どうするの?」
寮母さんがアリアンを振り返る。寮母さんにもファルファッレのことは魔法院に伝えないでくれるように頼んだ。
身内だからだろう、寮母さんはそれに合意した。
それにファルファッレが処分されることは寮母さんも望んでいなかった。
「私、は。姉さんと連絡先を交換したい。それにシオンとフレイとも。今はあまりお金は払えないけど、少しずつ分割して支払います。連絡先を教えてもらってもいいですか?」
アリアンがおずおずとフレイとシオンに聞く。
「お金がないなら、仕方ない。報酬はもう少し安くしても…」
シオンが言いかけたがフレイがそれを手でさえぎる。
「その方法に提案がある」
フレイがアリアンに向き合う。
「提案ですか?」
アリアンが困惑する。突然、そんなことを言われたからだ。
「仕事は何をしている?」
フレイは一見プライバシーの侵害の様な質問をする。
「えっと、コンビニのバイトです。報酬をはらうために、夜勤もいれようと思っています。そのほうが時給が高いので」
アリアンがフレイに言う。フレイが支払いがきちんとされるか、気にしているのだろうと思ったのだ。
「勧めたい仕事がある」
フレイの言葉にアリアンが目を見開く。そしてまたおどおどとうつむく。
「でも、私なんの資格も持っていなくて。勉強もあまりしてこなかったから学歴もいまいちで。そんなにいい仕事をあっせんしてもらっても続けられるとは思いません」
アリアンは自分に自信がないのだ。
ほかの一族の人と比べられて、劣っていると否定されてきた。だから自分にできる仕事は少ないと考えていた。
「いや、確かに資格というか試験は受ける必要がある。だがお前によく向いた仕事だと思うぞ。金払いはいい仕事だ。それに、うまくいけば魔獣の許可証を手に入れられる」
フレイが言い。それがお世辞でも固い評価でもなく、真実を言っているのだろうとアリアンは感じ取る。フレイはそういうことを好まないのはアリアンにもわかる。
「それは、どんな仕事ですか?」
アリアンが顔をあげて聞く。期待に瞳に光がさす。仕事も、魔獣の認可許可証もアリアンには必要だ。
「魔法院の魔法警察の仕事だ。魔法犯罪を解決する、魔法院の機関だ」
フレイが言い、アリアンはがっかりとした顔になる。そんなに簡単に入れるほど魔法院の仕事は甘くない。それに魔法警察に入れるのは一部のエリートだけだ。
「そんなの、無理です。ファルが戦闘に向いていないのは分かっていますから。魔法犯罪を扱うなら、戦闘力は必要なはずです。私に魔法警察の仕事なんてできっこない」
アリアンが自分で自分を否定する。
「それは、脳筋の考え方だというんだ。よく考えて見ろ。ファルファッレは人の記憶を読み取り姿を変える魔獣だ。その性質はうまく使えばかなり有効だ。人がどれぐらい覚えていれば完全に再現できるのか、という点は検証する必要はある。だが、魔法犯罪者を捕まえるのに、人の記憶から容姿を映し出せるなら?それはかなり事件の解決に力になるだろう。もちろん変身魔法や幻影魔法もある。だから完全に有効だとは言えない。それでもかけてもいい、魔法院はその力を欲しがると思うぞ」
フレイの指摘にアリアンは目を覚まされたかのように瞬きをする。まったく考えていなかったことにふいをつかれて。今まで考えたことすらないことを見せられたようだった。
「その考え方は、したことがありませんでした。ずっと、役に立たない力だって私が決めつけていたのね。ごめんね、ファル」
アリアンが肩にとまった巨大な蝶をそっとなでる。ファルファッレは、嬉しそうにアリアンの周りを飛び回る。意思が通じているのか、定かではないが、なんとなくアリアンの気持ちが上に向いたのを感じ取ったかのように見える。
「もちろん、それだけでは不十分だ。魔法院に入るのには試験がある。だがお前は確かハンターに近い仕事をしていたんだろう?その資格を勉強したことがあるんじゃないか?」
フレイの言葉にアリアンが顔を明るくする。
「はい。以前住んでいた都市のハンターの様なことをしている一族なので、その知識は子供のころから叩き込まれました。そのせいで普通の勉強の時間がなかったほどです。まさか役に立つ日が来るとは思っていませんでした」
アリアンが晴れやかに笑う。自分を否定するくらい影が払われたように見える。
「それでも復習は必要だろうがな。後はお前の頑張り次第だ」
フレイが頷く。
「フレイったら親身になってる。珍しい」
シオンがフレイをからかう。
「あくまでもきちんと報酬を得るためだからな。お前は安易に報酬を安くしようとするな」
フレイが不機嫌に返す。自分が親切にすることに照れて不機嫌を装っているようにも見える。
「じゃあ、アリアンさん、また今度。魔法院の職員が到着するまえに、ここからいなくなったほうがいい」
シオンが言い、アリアンは何度も頭を下げながら、学校から去る。
「俺も、みんなに言いたいことがあるんだ」
アリアンが去った後、アルトが声をあげる。
寮生たちの注目がアルトに集まる。
アルトは視線に緊張しながらも、言うんだ、と自分を叱咤する。
この夜の冒険で、アルトはこの場の人たちと強いきずなが生まれた気がした。彼らになら自分の秘密を話せる。きっと、大丈夫だ。
「俺には秘密がある。俺は、ルフェルの息子なんだ」
アルトが言い。
「別にアルトはアルトだ」「別にそんなことなら気にしない」「それ、むしろかっこいいかも?」「絶対に誰にも言わないと約束する、な?みんな?」
「「「俺たちだけの秘密だ!」」」
寮生たちが様々な形でアルトの覚悟と秘密を受け止める。
アルトは安心する。
もしかしたら、秘密が守られないこともあるかもしれない。
だが寮生たちならきっと悪いようにはしない。そんな確信があった。まだ会って一日しかたっていないけれど。
フレイとシオンを見ると、フレイはまるでそんなおおそれた秘密を聞いたようには見えないすまし顔で。シオンは柔らかくほほ笑み返してくれる。
アルトはこの時決意した。
自分の依頼をするなら、この人たちがいい。
受け付けてくれるかはダメもとだ。だがこの人たちならきっと、邪険にはしないだろうと、アルトには不思議と分かった。
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