1章11話 魔物

「それで、これからどうするつもりだ?俺は校舎で魔法は使えない。行くならお前かリックだ」

「そうね。さすが役立たずのクラッシャーね」

リリックがフレイの弱いところをつく。

リリックもフレイに対してはっきりものを言うが、シオンのようにフレイをある意味性格も含めて認めているような様子はない。

「シオン一人なら、シールドを通り抜けられる。本当に寮生たちの援助を受けるなら、シールドの解除が必要だ」

フレイがリリックの言葉を無視してシオンに聞く。

「夜の暗い校舎で、しかも初めて来る場所だ。援助は受けられるなら受けたい。特にファルファッレとスリーピーの援助は必要不可欠だな」

シオンが考えた末に言う。寮生たちの援助については触れない。高校生の彼らに求めるのは酷だと思っているのだろう。

「魔獣の援助を受けるなら、シールド魔法を何とかしないとだめだな」

「その羽付きトカゲはシールドを通れるんですか?」

アリアンが聞く。

「フィンは首輪に認証がつけられているから、シールドに入れる」

羽付きトカゲのフィンがクゥエ!と大きく自慢げに鳴く。

「シールドの解除キーと制御システムは旧校舎一階の職員室にあるから、それでシールドを解除する必要があるわね」

リリックが情報を提供する。

「リックが外から解除するコードを忘れたからな」

フレイがリリックのへまをえぐる。先ほどの役立たずのクラッシャー発言への仕返しらしい。

「無理はない。魔法院管理区域のシールドは、中に避難してくる人を、外からくる魔物から守るためのものだ。基本的に制御装置は、内側にあるものがメインシステムなんだしな」

シオンがリリックをフォローする。リリックもコードを忘れた手前、フレイに怒りをぶつけることができない。ただフレイをきっとにらみつけるにとどめる。

「なら、俺とフィンで、シールドを解いてくる」

シオンが言う。

彼らはシールドにはじかれることなく、中へ入った。職員室は、旧校舎の扉のすぐそこだ。

銃声が何度もなる。そのたびに、グラウンドの端でまつ寮生たちが緊張する。やがて、学校のシールドが解かれる。

遠視魔法の使い手がすぐに学校の中を見る。

その思念を読み取り、別の寮生が即席の遠視画像を空中に開く。

シオンが魔物に囲まれている。すべてまだ弱い魔物だが、シオンに向かって襲い掛かっている。小さくとも口にはぎっしりと鋭い歯が並ぶ。小さいが炎も噴き出す。あの口で噛みつかれれば危険だ。そのうえ服に火が付けば大ごとだ。

シオンは気配阻害の魔具を使っていないのかもしれない、とアルトは思う。

魔力の探知をするために、気配阻害が邪魔になる、とシオンが言っていた。

「シオンさん、すごいな。暗視魔法があるとはいえ、まるで魔物の動きを読んでいるみたいだ」

小さな魔物は、視覚だけで反応するのは難しい。だから気配探知が必要とされている。そのためシオンは気配阻害の魔具を使えていないのだ、とアルトは理解する。

「まずい、シオンさんの方に魔物が二階から降りてきている」

遠視魔法の使い手が、言い。別の画像に二階の階段から降りてくるやや大きめのトカゲの魔物が映される。

それでアルトは、シオンが職員室から外へ向かうのをためらっている理由を知る。シオンは魔力を探知して、魔物が近づいているのを知ったのだ。上の階から下への階段は旧校舎の入り口に位置している。つまりシオンは退路を断たれている。それで職員室から動けない。

「アリアンさん、ファルファッレを中へ!」

アルトが隣にいるアリアンに告げる。

「分かった。ファル!お願い」

アリアンが目を閉じて、ファルファッレが校内へ飛んでいく。

魔獣使いは、契約魔獣と意識を結ぶことができる。魔獣の意識に乗って魔獣に行動させることができる。

「念話魔法、つながったぞ!」

寮の上級生三人がルーンを完全に一致させて念話魔法が成立する。

「シオンさん、今ファルファッレが校舎に内に向かいました」

アルトが念話魔法を通してシオンに伝える。

「今、大型の魔物が近づいています。けど、ファルがシオンさんの姿をとって、魔物を引き付けています。そのまま元来た扉から戻れます」

寮生たちが連携をとり、シオンを援助する。

シオンは寮生たちの意外に統制の取れた情報に、戸惑いつつも、言われたとおりにする。

ファルがシオンの姿で、魔物を引き連れて、リリックとフレイの待機する入口へ向かう。

リリックが魔歌で、魔物の動きを遅くする。寮母さんの魔獣、スリーピィが現れた魔物を食いちぎる。魔物は煙のように消滅する。

その後からシオンが扉をくぐって外に出る。

「寮生たちの魔法は、使える。単純な構造とはいえ、知らない建物の中で小さな魔具を探して歩きまわるのは難しい。サポートをお願いできるか?」

シオンが念話魔法のコネクションを使い、寮生たちに聞く。

「もちろんです」「任せてください」

寮生たちがハンターに認められて喜びの声をあげる。

「あなたたち、これは遊びじゃない。人の命がかかっているの。それをよく理解しなさい」

寮母さんがうかれる寮生たちにカツを入れる。

「はい」「分かっています」「それぐらい知ってるさ」

寮生たちが真剣な顔になる。

「やるなら真剣に、できないならやめなさい。返事は?」

「「「「はい!」」」」

寮母さんに言われて、寮生たちが背筋をただす。これほどまでに寮生に言うことを聞かせられる寮母さんはほかにいないだろう。


夜の学校をシオンが駆け抜ける。

今のところ遭遇しているのは小さな魔物が多い。だが油断はできない。突然魔物が発生することもあるのだ。

発生したばかりは魔物も弱い。

魔物は刺激を受けて、生き延びるほど強くなっていく。

そして時に共食いもして、さらに強大になる。

ウィルが魔具をしかけたのが、旧校舎だった。今、シオンが魔具を回収している。

一階から順番に魔具を外しては、その階の窓を開ける。飛行魔法を使えるフレイが窓から魔具を受け取り、グラウンドに移動させている。

グラウンドには魔具技士の息子がいて。届いた魔具を機能停止させている。

学校は九階。

シオンは五階にとりかかる。

「銃弾の残り数は大丈夫か?」

フレイが念話魔法でシオンに聞く。フレイが学校で魔法を使うと間違いなく学校が吹き飛ぶ。だから、学校内に入れるのはシオンだけだ。フレイは魔具を運ぶほか何もできないために、ややいらついている。

「大丈夫だ。後クリスタルが十、残っている」

シオンの魔力なしに支給される銃の魔力クリスタルには一度に十発しかチャージできない。その分、銃の魔具の大きさが小さく、そして軽くできるようにしている。

魔力クリスタルに魔力を貯めておいて、それを交換すれば、銃弾数は増える。

だが魔力クリスタルを取り出し、セットし直すのには時間がかかる。だから、銃弾の無駄うちはできない。

それでも普段問題なく魔物を狩れているところにシオンの腕の高さがうかがえる。

銃弾を正確に当てるだけではない。必要なときと、そうでもないとき。戦闘をしながらも頭の中では冷静に必要最低限の銃弾を使っている。

シオンの後ろに現れた魔物をフィンがシールドで防ぐ。

シオンはそれをみこして、目の前に出現したほうの魔物を銃弾で仕留める。

寮母さんの魔獣であるスリーピーがはしり。フィンが攻撃を防いだ魔物を噛み殺す。

「次の魔具はどこだ?」

シオンが念話魔法で聞く。

ウィルが仕掛けた魔具は一つの階に二つほど。

いつ魔物が現れるか分からない中で、立ち止まって地図を確認するのは難しい。地図を一瞥するだけの時間が命取りになる危険がある。

「3年三組の教室です。そのまま進んで左に二つ目の扉です」

だから念話魔法を通じて寮生たちがシオンをナビゲートしていた。

「三階に強めの魔物が発生したのを確認しました」

念話魔法で伝えてくるのは遠視魔法の使い手の寮生だ。

「今、スリーピーを向かわせているわ。帰還経路は確保しておきます」

寮母さんが言う。味方になるとこんなにも頼もしい。

「シオンさん!上方の階段から魔物が一匹そちらへ向かっています」

寮生が伝える。

「ファル!シオンさんを守って」

アリアンが自身の魔獣に伝える。

光を帯びた人影が魔物に向かって走っていく。

シオンの姿を借りたファルファッレが、魔物を引き寄せ、スリーピーのいるところまで誘導する。

ファルファッレの幻影の魔法は、見た人にそれがその人本人だと思わせる効果がある。シオンの幻術とともに、魔力なしだと魔物に思い込ませることができる。だから人しか襲わない魔物もその幻影を追いかける。

シオンはそんなファルの幻影がかなり高度なものだと思う。魔物の認識まで及ぶ幻術だ。実はすごい魔獣なのかもしれないと考える。

「魔具を回収した。フレイ、頼んだ」

シオンが教室のドアを開けて、魔具を回収し外に告げる。

フレイが窓で飛行しつつ待っている。窓をあけて、魔具を渡す。


外ではリリックが一人奮闘していた。

シールドの解かれた学校の扉を全開にして、魔物をおびき寄せている。

リリックは片手に魔法陣の描かれたカードを掲げる。

その間にもその口からは魔法の歌が響く。リリックの家系に伝わる魔歌の魔法。

出てくる魔物の活動力を抑えて、その間に魔法陣の描かれたカードで魔物をつぶしていく。

「リリ先生、かっけー」「姉御と呼ばせてください」

寮生たちから応援の声が届く。

魔物が一段落して、リリックは得意げに髪をはらってどや顔をする。

「でも、魔法を二つも行使できるとかスゲーよな」「というか学校ではそれは不可能だってまなんだけど」

「それは間違いじゃないわ。私の魔歌が例外なだけ。魔歌を歌いながらも、ルーンの呪文でなく魔法陣による起動で魔法がつかえる。つまり魔歌で足止めして、魔法陣でとどめをさせる。私はシオンとフレイが協力しないとできないことを一人でできるっていうわけ」

「俺とシオンのほうが、強力な魔物を倒せる。お前は比較的弱い個体しか倒せない」

フレイが念話で反論する。

「馬鹿みたいに火力が強いと、こういう時不便ね?それに私は集団の戦いでも支援職だから問題ないわ」

リリックがフレイの怒りをあおる。

「そうか、学校で猫かぶっているからストレスがたまっていて俺たちにやつあたりしているんだな。リリ先生?」

フレイが嫌味を言う。

「後で覚えていなさいよ。このクラッシャー」

リリックが再び魔物を倒し続ける。


「これで、最後!だ!」

シオンが学校から最後の魔具を回収し終わり校舎から出てくる。

これで、すべてが終わったはずだった。寮生たちが念話でわっと歓声を上げて。

その大きな喜びがシオンやフレイにも伝わってくる。

だがそんな念波にかぶせるように、キィイイイン!と金属のこすれあうような、いやな音があたりに鳴り響く。

「やばい!魔具の共鳴だ。めったに起こることじゃないはずなのに!」

魔具技士の息子が警告の言葉を放つ。

魔具の共鳴。同じ種類の魔法を行使する魔具が近くに置かれた場合に起きうる現象である。魔具が停止していても、同じ魔法に反応して、活動を再開する。

その場合より強力な魔法が行使される。

この魔具は魔物を作る魔具。

すなわち強力な魔物が出現する。

上空に黒い霧が渦巻き、形をとっていく。

天に羽ばたくのは巨大な魔物。

トカゲの胴体と、コウモリのような、だがそれよりはるかに巨大なつばさ。

「あのトカゲの魔物は羽付きトカゲだったのか!」

シオンが上空を睨んで言う。

そんな人間よりはるかに大きい魔物。

寮生たちが動けない中、ウィルだけが、身をささげるように魔物と寮生の間に進み出る。

そして自分の前に自分ができる限りの強力なシールドを張る。

「みんな!逃げるんだ!」

ウィルが涙ながらに言う。

自分が引き起こしてしまった事態に。仲間を巻き込みたくなくて。それにどれだけの勇気がいったことか。

魔物は口の中に赤い炎を燃え立たせる。そんな魔法を防ぐのにはウィルのシールドでは足りない。

クゥエ!

羽付きトカゲのフィンがその前に飛び込んでいく。

「フィン!百パーセント拡大だ!」

フレイが命じ、その言葉に反応して羽付きトカゲのフィンの首輪の魔具が光を放つ。フィンが巨大化し、魔物の前に現れる。

遅れて展開された巨大なシールドが、魔物の炎を防いでみせた。

「あなたたち、ぼさっとしていないで、寮に走りなさい!そこにも簡易のシールドがあるわ!」

寮母さんが動けない寮生たちに声をかけて叱咤する。

「でも、あの魔物が…。明らかにレベル十の魔物だよな」

「大丈夫よ。言ったでしょう。あの二人は条件さえ合えば、かなりの強さの魔物も倒せる。一人ではそれぞれ半人前ではあるけどね」

リリックが訳知り顔でほほ笑む。最後に余計な一言もついていたが。

「リック!避難誘導を頼む」

シオンたちにはその言葉は聞こえていなかったようだ。

フレイがシオンをすくいあげて、空中へ飛んでいく。


フレイとシオンは空中を飛び回る。

魔物が地上に炎を吐かないように。魔物より高い上空を飛び回る。

時折無差別に吐き出される地上への攻撃は羽付きトカゲのフィンが防いでいく。

だがフィンが街の守りに回っているということはフレイとシオンにシールドがないということでもある。

シオンとフレイはともに普通の魔法は使えない。

だからこそシールド役としてのフィンが必要なのだ。

フレイが集中して飛ぶ。風をきると、フレイの長いコートの裾がはためく。

上に下に斜めに横なぎに。炎の線が上空を焼き尽くしていく。

魔物は大きいがゆえにフレイとシオンが小さすぎて魔法を当てにくい。

しかし、炎の線は太く、大きな範囲を焼き尽くすため、それもさほど魔物の不利には働かない。

フレイは今はシオンをお姫様だっこしている状態だ。

シオンもフレイとしても不本意だが、銃を安定させるのにその姿勢が一番適していた。

ただでさえ、上空で的に銃弾を当てなければならないのだ。

フレイは魔物の攻撃をかいくぐる。

そしてついに、魔物の頭の正面にたどり着く。

魔物としても、その瞬間はチャンスだ。そこで炎のブレスを吐き出せれば、フレイたちに避ける場所は、もうない。

「外すなよ」

フレイは自分の目の前で大きく開けられた巨大な口と、そのなかで揺らめく灼熱の炎を感じながらも、冷静に言う。

「的が大きすぎるからな。外しようがないさ」

シオンも動じずに、落ち着いて炎の中心へ静止魔法弾を放つ。

魔法に魔法が干渉し、炎が消える。

魔法に魔法は通せない。だから魔法の発動段階に別の魔法を当てれば魔法は失敗する。

そして続いて二発。シオンは最後の静止魔法弾をうちこむ。

魔獣は体表には反魔法の力がある。つまり反魔法のない、体内に撃たれれば魔法はより強く効くのだ。

魔物が一瞬動きを止める。

「フレイこそ、外すなよ」

シオンの言葉。

「これだけ的が大きければ問題ない」

フレイがすました顔で言い。

静止魔法弾で動けない魔物に魔法の発動光が当たる。

それだけ強力な魔法にはための時間がかかる。

狙いを定めて数秒後。大爆発が起きる。

魔物の断末魔がクラウドナインにこだまするのであった。

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