1章10話 理由後編
「他の場所でも同じことがおきているのか。何者かが何かの意図をもってやっているのか?」
シオンが考え込む。
「これだけの規模の事件だ。おそらく裏にいるのは個人でなくて組織だろうな」
フレイが言う。
「それに、今話している間も魔物が増えている。今は弱い個体がバラバラに行動しているけど。俺たちが倒した魔物も成長スピードが速すぎた。魔物の共食いで時に強力な個体が生まれることはある。だから今は弱くても、そのうちまた強力な個体が出てくる可能性がある」
「魔物が自然発生したとは考えにくい。人為的に魔物を発生させているのではないか?」
「でもそんな魔法は聞いたことがない。そもそも可能なのか?可能なのだとしてどのような意図をもってこんなことをするんだ?」
「魔法院に恨みがある団体のしわざか。それなら魔犯罪組織かもしれないな」
「魔犯罪組織はそんなばかなことはしないわよ。無駄に魔法院に喧嘩を売るようなことはしないはず」
「誰が犯人かはこの時点では分からないな。だがシオンの探知によれば、学校内に人間はいないんだろう?」
「そうだな。人の魔力の気配はしない。魔物の魔力の気配は独特だから区別はできる。間違いないだろう」
「ということはその誰かは学校に魔具を設置したのだろうと推測できる。人がいなくても魔具なら遠隔で操作できる」
「でもおかしいじゃない。毎晩学校にはきちんと鍵がかかっている。私はアリアンと一緒に魔獣を探して学校内を歩き回ったけど、誰にも侵入されたあとはなかった」
リリックが言う。
「こいつらは鍵を持って肝試しをしていたんだろう?」
フレイがアルトとルームメイトたちを指し示す。
「学校は部外者に厳しい施設なのよ。万が一にも生徒たちに被害が及ばないように対策はとっている」
「誰だ!そこにいるのは!」
シオンが銃口を誰もいない方向へ向ける。
もしかしたら、この事件の犯人か?
その場に緊張がはしる。
「待ってください!俺たちは何もしていません」「ただの通りすがりのものです」「幻術が見破られた!?」「すごいなあの人」
緊張感のない声が続く。
そして幻術が解かれて十人ほどの寮生たちが現れる。
「あなたたち…避難していなさいと言ったでしょう」
寮母さんが怒る気もなくなったのか、額に手を当ててため息をつく。
「アルトたちがどうなっているのか分からなかったから」
「アルト、ウィル、ニコラス!無事でよかった」
リンクで会話をつないでいたのだろう、この場にいない他の寮生たちからも安堵の声があがるのが聞こえる。
「俺たちはただ待つだけは嫌なんです!」
寮生が開き直って堂々と言った。
「そこはきちんと避難して待っていなさい」
寮母さんがにっこりと黒い笑みを浮かべる。
「でも運が悪かったな、肝試しをしたときに魔物が発生するなんてな」「むしろ幸運だろう」「言えてるわ、俺もハント見たかった」
「いやいや命がけだからな?」
変なことを言い出す寮生たちに、ニコラスが最後に言い添える。
「それは、俺のせい、かもしれない」
そこにそう言葉を吐いたのは、ウィルだった。
視線が集まってウィルが、びくり、と肩を震わせ顔をうつむかせる。
ウィルは顔が真っ青で、手がわずかに震えていた。寒さのためかと思ったが、違う。ウィルは暖かなダウンの上着を着ていた。
「何か、知っているんだな?お前が犯人か?」
フレイがウィルを問い詰める。
「俺、は」
ウィルが言葉に詰まる。言葉が震えている。
「フレイ、やめろ」
シオンが言い、フレイを手で制して、自分がウィルと向き合う。
シオンの方がウィルより少し背が高い、だからシオンは体をかがめて、ウィルと同じ視線を合わせる。
「どうしたんだ?大丈夫か?何か知っていることがあるなら教えてほしい」
シオンが優しく問う。
ウィルの眼からこらえられない涙がぼろぼろとおちる。
「魔具を設置したのは、俺です。昼に設置、しようと思ったけど、人に見つかるかもしれない。夜に肝試しが、あるので、その時に設置しました」
ウィルが涙ながらにきちんと説明する。
「ウィル、俺は一年前からずっとお前のルームメイトだ。俺はお前をよく知っている。お前はお調子者で、うるさいやつだが、根が真面目なやつだ。そんなことを理由なくするやつじゃない。本当は何があったんだ?」
ニコラスが静かにウィルに聞く。その目はウィルを信じていた。
「俺、たぶん、だまされたんだと思う。俺は、その魔具が、魔力測定の妨害をするものだって聞いていた」
ウィルが幾分か落ち着きを取り戻す。
「ひどいやつだな」「ウィルをだますなんてゆるせん」「俺たちでしかえししてやる」「それは誰なんだ?」
寮生たちが自分のことのように憤る。そこに寮生たちの団結力の高さがうかがえる。いや、仕返しはだめだろう、とアルトは思ったが。
「魔具をくれたのは俺の、おじだ。いい人だと思ったのに。でも一度しか会ったことのない人を信用する俺も、バカだった。そのせいでアルト、ニコラスまで危険な目にあわせてしまった」
ウィルが自分を責める。
「つらかったな。俺もお前の様子がおかしいのに気が付かなかった。ルームメイトなのに」
ウィルはどこから気が付いたのだろう。アルトが魔獣を助けるために行動したとき、ウィルは自分が行くと言い出していた。はっきりとそうだとは言えなくてもそうかもしれないという不安を抱えていたはずだ。
「魔具を得るに至った経緯を話してくれ。順序だてて、話せるか?」
フレイも、自分がウィルを威圧してしまっていたことに気が付いたのだろう。声のトーンを落として聞く。根がいい人なのだろう。
「その前に、言うべきことがある。俺の父親はフェイム家のものなんだ」
ウィルが自身の秘密を打ち明ける。
「フェイムって、旧貴族の家柄じゃないか」
ニコラスが驚く。ウィルとニコラスは二年生になるまで一年間同じルームメイトだった。
そんなニコラスも知らなかったこと。ウィルがずっと秘密にしてきたこと。
「フェイムには、最高位のランクのハンターで有名な人がいたな。名前は確か…」
アルトが記憶を手繰る。
「ノクト・フェイム。その人が俺の父親だ」
ウィルが誇るべきことを悲しい顔で言う。
「でもウィル苗字はフェイムじゃないよな」
ニコラスが驚く。
「母は父と離縁させられて、俺も母方の苗字を使ってる」
ウィルが頷く。その顔は痛みをこらえているようで。それは身体の傷ではない。心の傷のせいなのだろうと分かる。
「母と父は離婚していたけど俺にとって父は憧れの存在だった。いつか会う日まで父の名に恥じないように勉強だって頑張った。このクラウドナインの学校を選んだのもそのためだった。いつか魔法院に入って、父みたいにハンターになりたい。それが夢だった」
「高ランクのハンターはニュースに取り上げられるような事件にも介入する。アイドルみたいな存在でもあるからな。あこがれるのは分かる」
アルトが言う。
「それで、父方の祖母が亡くなって。俺には面識のない人だったけど、その葬式に行きたいと俺が言った。母は最後まで反対して。でも、俺はこっそり葬式の場所を調べて、自分だけで葬式にまぎれこんだんだ」
ウィルが後悔を声ににじませる。
「アリアンの魔獣が写し取った人。ウィルの祖母だって言っていたな」
ニコラスが思い出す。
ウィルはそこでつらい記憶を思い出すように目を閉じる。
「ノクト・フェイムは、魔力至上主義者だと聞いたことがある」
フレイがそんなウィルを気遣ってか、先に言い添える。
それでアルトにも何が起きたのか分かった。アルトも、ウィルと似たような境遇だからだ。
「そうだ。俺はやっと父に会えた。それで、父に挨拶にいった。父には俺にお前の様な息子はいない、と言われた。笑えるよな。考えれば分かることだ。父がわざわざ母を離縁したのは、俺の魔力が低かったからだ。母は俺の気持ちを考えて、本当のことを言い出せなかったらしい」
ウィルが気持ちを吐き出す。
「悲しくて、やりきれなくて、葬式会場を去ろうとした。そうしたら叔父が俺に話しかけてくれた。父の弟で。俺みたいに魔力が低くて、家でつまはじきものにされているって。優しく話を聞いてくれた。それで俺の話に共感してくれて。優しそうな人だった。だから俺はこの人なら信用してもいいかもしれないと思った。考えれば、バカなことだった。親戚とは言っても初対面の人だったんだから。俺は彼のことを何一つ知らなかったのに」
ウィルがすすり泣く。
「仕方がないよ。心に傷がある奴に取り入るのは最低な奴がやることだ」
ニコラスが憤る。
「叔父は、俺と境遇が似ていた。家族から邪険にされていて。魔力が低くてつまはじきものにされているんだと思った。でも、それ以上に理由があったんだな。あんなにやさしい顔で、人のことを裏切れるんだから」
ウィルが同意する。
「俺に魔力測定の妨害魔具を渡してくれた。それが、たぶん魔物を発生させる魔具だったんだ」
ウィルが話を終えた。
「ウィル!」「大変だったな」「それは全面的にそいつが悪い」
「でも、魔具を設置したのはウィル。そのことは変わらない。学校の損害度合いによってはウィルは退学になるかもしれない」
ニコラスが沈んだ声で言う。寮生たちが押し黙る。
「ハンターさんたちにお願いがあります」
寮生の一人が進み出る。
「なんだ?依頼なら、報酬次第だ」
フレイが話を聞こうとしたシオンを遮って言う。
「俺たち全員でお金を出し合います。一人一万リピア、寮生は五十人いるので五十万リピアの報酬です。それで、学校内にある魔具を回収してほしいんです。ウィルが退学になる可能性を減らしたい。そのためには学校の損害が少ないほうがいい」
「だが、魔具を回収しても停止できないと危険が外に出る。それなら学校内に置いておいた方が安全だ」
フレイが問題点を指摘する。
「俺は魔具屋の息子で魔具技士のまねごとができます。魔具の停止ぐらいなら可能だと思います」
寮生の一人が手をあげる。
「俺は、遠視魔法で学校内をナビゲートできます」
「学校の地図なら、俺も持っている」
「俺は念話魔法を共有できます」
寮生たちが声をあげていく。
「みんな、そこまでしてくれる必要はない。俺が間違っていたんだ」
ウィルが再び泣いてしまう。
「ウィルは俺たちの仲間だ。見捨てたりはしない」
ニコラスが言い。
「ありがとう。俺もこの学校に壊れてほしくない。みんなと会えたのもこの学校があったからこそだものな」
ウィルが耐えきれずに泣く。その涙は悲しいだけじゃない。あたたかな気持ちに触れて、安心してしまったからでてくる涙だった。
「それなら、私も手伝います。ファルが魔物を引き付けるおとり役ができます」
アリアンも声をあげる。
「私も、生徒を守る立場ですからね。私の魔獣を使いましょう」
反対すると思っていた寮母さんまで言う。
「寮母さんまでか?」
寮生たちが意外性に驚く。
「学校が壊れてしまっては寮母として困りますからね。ただし、寮生たちには安全な場所にいてもらいます。あなたたちなら遠隔魔法も使えるでしょう」
寮母がいい、寮生がどよめく。
「私も手伝うわ」
リリックまで言う。
「でも、俺たちにリリ先生にまで支払えるお金はないです」
寮生たちが肩を落とす。
「そうね。学校のミスコンで私に一票入れてくれればそれで手をうつわ」
リリックが茶目っ気たっぷりに言う。
「大人げない…」
「そもそもそれは、教師も含まれるのか?もう三十路だろ、おまえ」
シオンとフレイがあきれた声をあげる。フレイの失礼なコメントにリリックはキッと目をつり上げて睨む。
「リリ先生!」「かっこいいです!」「俺たちにもリックと呼ばせてください!」
寮生とニコラスから声が上がる。
いいのか、それで、とアルトは思う。ノリのいい寮生たちであった。でもそれも悪くないな、ともアルトは思った。
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