1章9話 理由前編

「アルト!リリックのもとへ走れ!フィン、アルトの後ろにシールドを展開して、リリックのシールドに入るまでついていけ」

シオンが魔物の足止めをしながらグラウンドの途中で後ろを振り返るアルトとフィンに指示を出す。

「でも、それじゃあシオンさんが、危ない」

シオンは魔力なしだ。シールド魔法も使えないはず。

「ここにいられると困る。それに君の身の安全は俺が守ると約束したしな」

アルトが反論しようとして、シオンが柔らかい言葉で、しかし有無を言わせぬ口調で言う。

アルトは、自分が足手まといになるのだ。と理解しすぐにその場を走り去る。

その後を後方にシールドを展開しながら羽付きトカゲのフィンが飛んでいく。アルトが必死で走っている。

それとすれ違うようにフレイが地面すれすれを滑空していく。

アルトはフレイの方を振り向かずに、全力で走って、新校舎の端、渡り廊下の反対側にいるリリックと合流する。

そこではリリックが広めのカベの様なシールドを展開している。

アルトはその壁を避けて、回り込み、リリックたちと合流する。ウィルとニコラスが心配そうにシールドの端から頭を出して、アルトが駆けてくるのを見ていた。

「アルト、無事でよかった」

ウィルがぜいはあ息をするアルトを見て言う。

羽付きトカゲのフィンはアルトが安全圏に入ったと確認すると、回れ右して、フレイのあとを追う。シオンを守るつもりなのだろう。

「シオンさんは?」

アルトは光を帯びた透明なシールドを通してシオンのほうを見る。

シオンは、魔物に追いかけられていた。

シオンに一度口の中に弾丸を当てられている。だから警戒しているのか、魔物は炎を噴き出そうとしない。それだけが、あの巨体の相手にシオンが意味ある攻撃ができる唯一の弱点だった。シオンはその手段を使えないことを意味している。

そして、魔物はその巨体だけでも十分にシオンを殺すにあまりある。

そして大きいわりにその動きも意外と早い。

たいしてシオンはあまり足が速いと言えないようだ。大きく息を吐きながら走っている。それに体がだんだん大きく揺れながら走っている。それはシオンが走り続ける限界が近いことを示しているのが分かる。

魔物との距離がどんどん縮まる。

魔物はその大きな口を開けて、シオンを食いちぎろうとする。その口が開け閉めされる音だけでも十分に恐怖がかきたてられる。

これだけ近づかれては、さすがのシオンもその口内に銃弾を当てる暇も、余裕もない。

攻撃はできない。だがシオンはうまくタイミングを外して魔物の攻撃を避ける。

まるで後ろが見えているかのように、間一髪のところで、右へ左へ傾いていく。

すれすれなところでアギトが閉じて、見守るアルトたちははらはらする。

シオンは魔力探知ができる。だから背後から攻撃してくる魔物の進行方向が分かるのだろう。走りながら背後を確認しなくても問題がない。そのことがシオンにある程度有利に働いている。

しかし、追いつかれるのも時間の問題だ。

どんどんシオンの動きが遅くなる。おそらく体力の限界を迎えているのだろう。

そしてシオンが一度動きを止めた。シオンの体力がつきたのか、とアルトたちは息をのむ。

だがシオンは、そこで不自然に右手を横に出す。

魔物はもちろんそのすきを見逃さない。

そしてあわや魔物がシオンを食いちぎりそうな瞬間、魔物の背後から滑るように回り込んだフレイが、シオンが伸ばした手をつかみ取り、空中へ舞い上がる。

かたずをのんで見守っていたアルトたちは、ほっとする。

シオンは魔力探知ができる。だからフレイが背後から回り込んでくるのを知っていて、一度とまって手を伸ばしたのだろう。

走って動きが予想できないとフレイとしても、シオンをすくいあげるのが難しいからだ。

フレイとその飛行能力を信じての連携だ。

性格が真反対な二人だ。だがお互いの腕を認め合っている。そのことは事実であり、戦闘の連携度の高さに現れている。

魔物は空中に獲物が逃げたのを知り、今度は口から炎を噴き出してフレイとシオンを攻撃しようとする。

荷物のように抱えられるシオン。ファイアブレスの攻撃を避けて動き回るフレイに抱えられていては、銃弾はとてもではないがあたらないだろう。

「フィン。五十パーセント拡大。俺を連れて、グラウンドのあの端まで連れていけ!」

シオンが言うのと同時に羽付きトカゲのフィンが二人のもとにたどり着く。

そしてフィンは人ひとり乗せられるほどに巨大化して、シールドを展開し、魔物の炎を遮る。

そのうえでフレイの真下に位置取り、シオンがフレイの手を放して、フィンの背に着地する。

ここでも流れるような連携。

そして、フィンがシオンを背に乗せたままグラウンドの端まで移動する。

シオンを追おうとする魔物に向けて、フレイが爆発魔法を連発する。

それは渡り廊下を破壊した爆発とは違う。爆竹の様な爆発だ。音が大きいがダメージを与えにくそうに見える。そのかわり比較的短期間で発動している。おそらく魔物の注意を引き付けるための爆発魔法なのだろう。

魔物の意識がフレイに向く。

シオンはおそらく魔力なしの気配を隠ぺいする魔具を使っているのだろう。シオンの方を見向きもせずに、魔物はフレイを攻撃し始める。

飛行魔法は魔力を消費し続ける、魔力量の多さが必要な魔法だ。それに爆発の魔法も、魔法が失敗しているものだ。つまり魔力の消費効率が悪いはずだ。

だから、このまま続けていればフレイは魔力を消費しつくしてしまう可能性が高い。

だがフレイは、それを続ける。

そして魔物をうまくグラウンドの中心へおびき寄せる。

そして、響く銃声。爆発の音にかき消されて、ほとんど聞こえない。だが魔物の動きがとまる。それで、魔弾が着弾したのだ、と分かる。

使ったのは静止魔法弾だ。着弾点に小さな魔法陣と魔法の発動光が現れる。それでアルトはシオンがあの距離とこの暗さの中で、魔物の四肢を正確にあてたのだと分かる。

そしてフレイはそれを信じていた。

さっきのシオンの信頼を、フレイは同じく信頼で返した。

フレイが空中で魔物からやや距離をとる。

「あなたたち。少し座って頭を下げなさい」

リリックが言い、意味が分からずともアルトたちは身をかがめる。

動けない魔物の頭上に狙いをつける魔法の発動光。

そしてそのしばらく後に、爆音。

それで、アルトたちはなぜ身をかがめる必要があるのか、を知った。

身をなぎ倒しそうな爆風がこの距離からもたたきつけてくる。

白い光が辺りを埋め尽くす。まるで昼間が夜に現れたかのようだ。アルトたちはまぶしさに目を閉じる。やっと目が慣れると、グラウンドの土が舞い上がり、あたりが煙に包まれるており。

煙が晴れると、そこにはもう魔物はいなかった。

「すごい」

アルトが驚く。

フレイの魔法は強力だ。その分魔法が起動するまでに時間がかかる。

だからシオンがその足止めやくなのだろう。

シオンが動きを封じてさえしまえば、フレイの爆発魔法の威力はけた違いだ。

たしかに、これなら最高位の魔物も倒せるはず。

仲がいいのか悪いのか、分からない二人だとアルトは思う。喧嘩するほど仲がいいのか、あれで仕事に支障がでないのが不思議だ。

どう見ても真反対な性格の相棒。だが互いの腕はお互い認めている。そしてお互いを補い合っている関係。

アルトはそんな彼らになら、自分の依頼を話せると思った。それがアルトが彼らを選んだ理由だった。


そして、爆発音が止み、沈黙。

「魔物は倒せた。後は魔獣の回収だな」

フレイが言い、アリアンはうつむかせていた顔をあげた。

「皆さんがここまでしてくれたんです。きっと呼び寄せてみせます」

アリアンが学校の渡り廊下が破壊されたがれきの前に立つ。

そして祈るように、念じるように目を閉じる。

「おいで、ファルファッレ」

しばらく何も起きなかった。全員がかたずを飲んでうまくいけと願っていた。

「アリアン?」

思いにもよらない人の声がアリアンを呼んだ。

アルト、ウィル、ニコラスは背筋をただす。一番会いたくない人物だった。これだけの大ごとになれば軽く説教されるだけでは済まされないだろうと分かってた。同時に、その人物がこれだけの騒ぎと爆発音に気が付かないはずがないとも分かってはいた。

「ファル?姉さんの姿をとったの?」

アリアンが寮母さんを見て言った。そう、そこに現れた人物こそが寮母さんだったのだ。

「寮母さんが、アリアンのいとこだったのか?」

「そう言えば寮母さんも魔獣使いだ」

「同じ出身地でもおかしくなかったな」

アルト、ウィル、ニコラスがなぜ気が付かなかったのかという驚きを共有する。

ひらり。

学校の中から淡い光を纏ったものが宙を飛んでくる。

そのおぼろげな光はアリアンの肩にとまる。

それは輝く羽をもつ巨大な蝶だった。

その羽は裏と表で異なる不思議な色合いで。羽を閉じると、月明かりのように白い外側だけがみえる。真っ白だが静かな月を思わせるのは、その発光が淡いからだろう。

羽が開くと、内側が見える。いろいろな色が浮かぶ、消えては、混ざる。常に移り行く色がおぼろな夢のように羽を彩っている。

巨大な蝶を見ても嫌悪感はない。むしろ夜に燐光をまき散らしながら飛ぶさまは美しいと言えた。

「ファル?こっちが本物?っていうことは姉さんも本物?」

アリアンが驚いて、アリアンの魔獣が喜びを表現するようにアリアンの周りを飛び回った。

「つまり、ファルファッレはアリアンと姉を再会させるために学校にとどまっていたということだな。昆虫は動物より嗅覚が鋭いと聞いたことがある。それでアリアンさんのいとこがいることに気がついたんだな」

シオンがみんなの予想を代弁して言う。

「そうだったんだ。ありがとう、ファル」

アリアンは蝶の羽にそっと触れる。

「というより、あれは魔獣でいいのか?獣でなくて、昆虫じゃないのか?」

フレイがずばりとみんなが共有していた疑問を言い放つ。

「うう、一族の中でもそれはよく言われました。でも魔法を使う生き物の総称が魔獣なのでファルも一応は魔獣の一種なんです」

アリアンがまた自信なさそうにうつむく。ファルは分かっているのかいないのか、アリアンの周りを飛び回る。その様子はアリアンを励ましているように見えないこともない。

「確かに、意思の疎通ができているのか、分かりにくいかもな」

シオンがアリアンの言っていたことを思い出して同意する。

「昆虫だからな。表情というものがないわけだからな」

フレイも深く同意する。

珍しく意見があったシオンとフレイであった。

「今何が起こっているんですか?あなたたちは誰ですか?アリアンを含めて部外者ですよね?」

しかし、感動の再会にも寮母さんの追及は容赦ない。

「学校で魔物が発生した。だから俺たちが討伐した」

フレイがしれりとアリアンと魔獣の話はせずに説明する。

「でもここは魔法院の管理区域ですよね。爆発音がしたから寮生を避難させて、調べに来ました。それにあなたたち!どこに行っていたの!避難のための点呼をとったときどれだけ肝が冷えたと思っているの?」

寮母さんがまずフレイとシオンを見て、それからアルトたちを見つけてまなじりをつりあげる。その場の全員をしかりつけるその気迫はまさに寮生たちをまとめる寮母さんらしかった。

「彼らは夜の学校に忍び込んでいたところを私が見つけたの。魔物が発生していたので私一人では心もとないので救援を呼んだんです」

リリックが教師らしいしっかりとした様子で寮母さんに対応する。

猫かぶりすぎだろう。フレイの小さな声にリリックは教師の笑顔からきっ、とフレイをにらみつける。あんたたちが始めたことなんだからちゃんと話を合わせなさいよ!と言う意味合いがあるのだろう。

「でも魔法院管理区域で魔物が発生するなんてめったにないことですよね」

寮母さんが疑うように言う。

「だが、事実として発生した。今もシールドで閉じ込められているけれど多くの魔物が発生しているようです」

シオンが人当たりのよい笑みを浮かべる。

「魔法院への通報はしたんですか?」

寮母さんが事態が嘘ではないと分かり心配顔になる。

「今すぐに連絡をとろう」

フレイが言い、リンクを使って魔法院の監督官に連絡する。

「フレイか。今、俺はかなり忙しい。なるべく簡潔に要件を言ってくれ」

フレイたちの監督官アーヴィングが通話に出る。

「魔法院の管理区域で魔物が出た」

はあーと盛大なため息がリンク越しに伝わってくる。

「その件だが。今、複数の魔法院の管理区域で魔物が発生している」

アーヴィングが疲れ切っている声をしていた。それもそうだろう。いくつもの魔法院の管理区域に魔物が出現しているのではないなら魔法院は手がたりていないはずだ。

「そちらの魔物はどう対処している?」

アーヴィングがぐっと疲れを押し隠して質問する。

「魔物の出現している、学校の旧校舎にシールドで覆っている。新校舎には魔物の気配がない。旧校舎にいる魔物は今のところは外にでる可能性は低い」

シオンが魔力探知で分かったのだろう、説明する。

「でも魔物が出現し続けて共食いをすれば、そのまま放っておけば、シールドを破る可能性もある」

シオンが追記する。

「お前たちには選択肢がある」

アーヴィングが切り出す。

「魔法院の管理区域だ。普段なら絶対に他のハンターたちに任せることはない。だが今は非常事態だ。何より魔法院の人手が足りていない。だから今回に限って魔物の討伐をそちらで請け負うことができる」

アーヴィングの説明にシオンとフレイは頷く。

「もちろんその場合、報酬ははずむ。ただ依頼に失敗した場合のペナルティも大きい」

アーヴィングが続けた言葉にフレイは眉根にしわを寄せて、シオンが真剣な顔になる。

「少し考えてもいい。どちらを選ぶにせよ、俺に一度連絡をくれ」

アーヴィングが言い、通話が切れる。

あとには沈黙がおりた。

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