1章7話 アリアンと契約魔獣

「これで、よし、と」

リリックが旧校舎と新校舎のシールド魔法を起動し終わる。

魔法院管理区域はいざという時人が避難するために設置される場所だ。

つまり元から魔物との戦いを想定して、あちこちにシールド魔法とそれに魔力を供給する魔力クリスタルが設置されている。

とはいえ、想定しているのは主に外からの魔物の強襲である。

だがシールド魔法は双方向に展開するため、内側のものを外に出さないこともできる。

「使ったことないから、起動のしかたを忘れたかと思っていたけど、なんとかなるものね」

リリックがシールドの輝きが旧校舎、および新校舎を覆ったのを見てほっとした顔になる。

「お前は一応は教師だろう。それを忘れたら大ごとだ」

フレイが不機嫌に言う。

「仕方がないわよ。シールド魔法の使いかたは教師になったときに一度教えられたきりだもの。それに私は常勤教師じゃないし」

リリックが反論する。

「これからどうするんですか?」

アルトがフレイとシオンに聞く。

「まず魔法院に通報だな」

フレイが言う。

「魔物を倒さないんですか?」

アルトは少し驚く。

「当然だろう魔法院の管理区域だからな」

アルトは意味が分からずきょとんとした顔をする。ハンターは魔物を狩るのが仕事なのではないのか?

「アルトは今日クラウドナインに来たばかりなんです」

ニコラスが補足する。

「そうだったんだな。なら説明すると魔法院の管理区域は魔法院の直属部隊、精鋭の魔法使いたちが管理している。そこで魔物が発生した場合、発生理由が綿密に調査される必要がある。なぜ、魔物が発生したのか原因の究明のためだ。俺たちハンターは一応魔法院と契約はしているが、正確には魔法院の所属ではない。だからハンターが魔法院管理区域で戦うことは後々面倒なんだ」

シオンが丁寧に説明してくれる。

「でもさっき戦っていましたよね」

「そう、あの時は緊急時だったからな。人命がかかっている場合は許可される」

「じゃあアリアンさんの魔獣はどうなるんですか?」

アルトが聞く。アリアンがその言葉にびくりとする。だがうつむいたままの顔は上げない。涙をこらえているのかもしれない。これからおきることはアリアンにはよく分かっていたから。

「魔物と一緒に封印されているからな。魔物の調査の時魔法院が見つけたら駆除されることになる。未認可の魔獣は駆除の対象となるからな」

シオンが押し黙り、フレイが仕方がなさそうに説明する。

「アリアンさんはそれでいいんですか?」

アルトはアリアンの固く握られたこぶしが、わずかに震えていることに気が付く。いいはずが、ない。彼女の契約魔獣なのだから。

「いいんです。私のせいで、生徒たちの身を危険にさらしてしまった。だから魔法院に通報してください」

アリアンが苦しそうに言葉を吐き出す。

「でも…アリアンさんの魔獣は、魔物を引き付けていてくれたのではないですか?思い返すと、俺たちが危険にさらされると、毎回現れている」

アルトが考えたことを述べる。

「それは、ファルがいつも人への攻撃を自分に向けるようにしてきたから、習慣に過ぎないと思う。ファルとは意思の疎通が難しいんです。現に今ファルが考えていることが分からない」

アリアンが寂しそうに笑う。

「でも、だとしたら、ウィルとニコラスの恩人だ。俺は、アリアンさんの魔獣に助かってほしい」

アルトが言う。だが、彼一人では何もできない。それぐらいはアルトにも分かっている。だから、何かできるとしたらハンターであるシオンとフレイたちだ。

「未認可の魔獣をクラウドナインに連れてくるのが悪い」

フレイが現実を述べる。だがその言葉はあまりに辛らつだ。それが真実であるからこそなおのこと。フレイに魔獣を助ける気はないのだ、とはっきりアルトにも分かった。

「何か、理由があってクラウドナインに来たんですね?魔獣使いには本来その出生地で魔獣使いのライセンスがでているはずだ。その故郷から、クラウドナインに来たのはよほどの理由があったから、だろう」

シオンが、とうとう泣き出してしまったアリアンにそっと言う。その言葉にはアリアンへの気遣いが感じられた。

アルトはシオンを見て、この人なら、もしかしたらアリアンの魔獣を助けたいというかもしれないと思う。だが、今のままではだめだ。何かシオンを動かす方法はあるだろうか?アルトは頭の中で必死に考える。

アリアンはシオンの言葉に自分の事情を話し出す。

「そう、です。私は、クラウドナインとは違う都市から来たんです。本当は、ファルを守りたかったから。でも、こんなことになって、かえってファルを見捨てる、ことになるなんて」

アリアンが涙を流すのと同時に胸の内にとどめきれない、心の声が口からこぼれていく。

「魔獣に危険が及ぶなんて。なぜですか?」

アルトが聞く。

「私は、魔獣使いの一族に生まれたんです。一族は代々、アカレイシアの都市を守る仕事をしています。その一族に生まれた私も、当然街を守るのを義務とされていました。それなのに、私は戦闘向きでない魔獣としか契約できなかった。私は、一族のできそこないだったんです」

アリアンが涙ながらに自嘲気味に笑う。

そして、羽付きトカゲを見て言う。

「私に、もっと勇気があれば。その羽付きトカゲのように高位の魔獣と契約できたのかもしれない。私が契約したせいで、ファルは危険にさらされて。しかも命まで失おうとしている」

「このフィンは、正確には俺たちのものではない。魔法院からの貸与物ということになっている。それに、アリアンは魔獣を選んだわけではないんだろう?」

「いいえ、私が、ファルを選んだんです。私たちの一族は、代々の血筋の魔法で魔獣と契約し、行使する。十になったとき、魔獣の住む森に連れていかれます。夜を森で過ごして、魔獣と契約するんです」

「十歳で?夜の森に?しかも魔獣が住んでいるところに?」

アリアンが言った言葉にアルトが驚く。命が法律で守られているこの現代で、それはとても過酷な境遇に聞こえた。

「昔は命を落とすこともあった危険な儀式です。でも今は一人で残されるとはいっても、絶対守護のタリズマンを持たされます。ほとんど無事に生還します」

「それでも、勇気があるないの問題じゃない。それは誰だって怖いだろう」

シオンが言うがアリアンは首をふる。

「同い年でも私以外の子は、みんな強い魔獣と契約しています。魔獣と契約するには条件があります。魔獣と会っても恐怖心を隠すこと。魔獣は自分より心の強いものを主として選びますから。でも私は怖くて。魔獣と契約できなくて。何回も夜の森に連れていかれて。もう怖くて、嫌だったんです。それで会った魔獣の中で怖くないと思えたのはファルだけでした。勇気のない私は、ファルと契約してすべてを終わりにした。私の不幸は私のせい。勇気がなかった私の自業自得。でもそのせいでファルまでを不幸にしてしまったんです」

「ファルはきっとアリアンと会って不幸になったわけじゃない。アリアンはそんなにも、ファルを大切にしているだろう?」

シオンが言う。だがアリアンは自分を否定する言葉を重ねる。

「いいえ。私はずっと、自分を卑下して。あげくにファルを当たり前のように危険にさらしていました。ファルが戦闘向きではないことは分かっていた。だから私は一族の言われるがままに、ファルを魔物へのおとりやくに使っていたんです。ファルは人の幻影を形どる。だから魔物にも自分が人間のように錯覚させることができる。だから、魔物を引き付ける危険な役をやらせていたんです。それに反論も疑問も感じなかった」

「誰でも当たり前のことに気がつかないことはある。それが育った環境ならなおさらだ」

シオンが慰めの言葉をかける。だがそれすらもアリアンは否定する。

「私と同じ環境で育っても、私のいとこの、ノーラ姉さんは違った。自分の意志で一族の元を離れた。戦闘職以外にも、魔獣使いが生きる道がある、と。姉さんは私と違って、強い魔獣と契約したのに」

アリアンの劣等感は、一族の中にいたから、なのだろう。弱い魔獣を持つ。それだけで小さくなって生きてきたのだろうと予想できた。

「だが、今は、ファルを大事にしているだろう?」

シオンが優しく聞く。

「それは、そうだけど。それを知ったのは遅すぎるぐらいだった。姉さんが、いなくなって。私は孤独だった。弱い魔獣を持つ私に分け隔てなく接してくれたのは、姉さんだけでした。彼女の不在は、私にとって悲しかった。それで夜に一人泣いていた。そしたら、ファルが姉さんの姿をとったんです。私が姉さんを思い浮かべたからだ。と初めは思いました。でも、ファルはノーラ姉さんの幻影で、私を抱きしめてくれた。それは、ファルの意思なのだというのがはっきりと伝わってきた。私にはいつもファルが考えていることが分からなかった。意思がないのではないかとすら思っていた。だからその出来事は衝撃的で。私は考えた末に、一族から離れた場所に行きたいと願うようになりました」

「ファルはきっと君のことを思っていたんだね」

「そう、だと思います。自信はないけれど。それで姉さんがクラウドナインにいったから、彼女を頼ろうと思って。でも会えなくて。クラウドナインでうまくやっていこうとした。でも仕事をしても、全然貯金が増えなくて。ファルファッレの認可証をとることができなかったんです」

「魔獣の認可にはそれなりの額がいるんだ」

アルトの顔に疑問が出ていたのだろう、ニコラスが補足する。

「私はいつも、もっと強い魔獣と契約出来たらって心のどこかで思っていた。だからこんな風にファルが私から離れてしまったんだと思う」

アリアンがためていた感情を吐き出すように言う。涙と一緒に言葉も止まらない。

「見知らぬ土地で魔獣もいるとはいえ一人。頼れる人もいなくてずっと苦しかったんだな。アリアンさんは」

シオンがアリアンに優しく言う。

「身一つでか。それは大変だったな」

フレイも同意する。その言葉に優しさはなくとも、心から言っているのは伝わる。

「ファルは未認可の魔獣だったから、あまり散歩もさせてあげられなかった。仕事も忙しくて、ファルと一緒にいられる時間が少なかった。今だって何度もファルに呼びかけているけど、きてくれない。それに散歩中に、私のそばから離れた。戻って来てくれなかった。きっとクラウドナインに連れてきたことを嫌がっていたんだと思います」

「でも、俺はファルファッレを見殺しにしたくない」

アルトが理由を聞いたうえで、よりはっきりとそう思う。

「だが、どうしようもないだろう」

フレイが冷静に指摘する。

「ハンターさんたちに依頼があります」

アルトが考え込んだ後、フレイとシオンに向き直る。

「すでに嫌な予感しかしないが、一応話だけは聴こう。なんだ?」

「学校の魔物を倒してほしい」

「却下だ」

フレイはにべもなく言う。

「一応聞いてくれるといいましたよね。最後まで聞いてください」

アルトが言い。フレイが口をはさむ前に続ける。これしか、アルトにできることはない。

「学校で俺が魔物に襲われているところを、ハンターさんたちが助けたことにすればいいんです。緊急時なら、魔法院管理区域で戦うのは問題ないですよね」

フレイは隣のシオンを見て、ため息をつく。それは、経験からシオンが言いそうなことを予想できたからだろう。

「シーフィッシュで、アルトとともに魔物に追われているところを記録すれば可能ではあると思う」

シオンが乗り気な様子で言う。アルトはシオンが賛同してくれそうで安心した。

「それをやるのか?俺は嫌だぞ。魔法院の管理区域だぞ。後から何か言われて、ペナルティまで出されそうだ。それにアリアンに報酬が本当に払えるかも怪しい」

フレイはやはり乗り気ではない。

「これを、依頼の報酬の担保にします。これです」

もう一押しだ。とアルトは思って言う。何かフレイを動かす理由が必要だ。フレイは現実主義で、報酬の話を良くしている。つまり、報酬次第では動くつもりがあるということだ。そしてアルトに払えるものはこれぐらいしか思いつかない。

アルトは、首元から指輪のついたひもを取り出して見せる。

それを見て、フレイはあまり関心のない顔になる。それも当然か。ただ見るだけでは金色の指輪に見える。

「それでは報酬にならないな」

アルトが思った通りフレイが言う。

「これは、魔法の金属、アルカナでできています。純アルカナです」

「アルカナって、あの希少な魔法金属か?」

アルトの言葉に、フレイたちは驚く。

それも無理はない。アルカナは魔法陣の作成に使われる魔法金属。魔法の伝導率が高く、魔具の作成に欠かせない。

少量でも目玉の飛び出る値段がする。金より高く売れる金属だ。

その希少性から、アルカナをわずかに混ぜた金属が、魔具の魔法陣の作成に使われる。わずかに混ぜるだけで、アルカナは魔法の伝導率をあげ、そのうえ耐久性を高める。

「それなら、確かに報酬には十分すぎるな」

フレイが本当にいいのかどうか、アルトの顔を確認する。

「でも、アルト、それは誰かからもらったものだって言っていたじゃないか!それを手放すのか?」

ウィルが心配そうに言う。

「いいんだ。持っていても仕方がない。持ち歩いているのは感傷のせいなだけだ。命にはかえられない」

アルトが言い、ウィルもそれ以上自分の口出しできることではないと思ったのだろう、何か言いたそうだが口を閉じる。

「俺がアルトとともに学校内に入る。アルトが安全なようにもできる。俺には奥の手があるしな」

フレイの心が傾いたのを見てとって、シオンが言う。フレイはそれを聞いていやな顔はしたが、シオンを積極的に止める様子もないようだ。

「危険なのは、お前だから、お前の問題ではあるな」

フレイは止めることができないようだ。

「奥の手?魔物の探知のことですか」

ウィルが聞く。

「そんな感じのものだ」

シオンがあいまいにぼかして言う。

「でも、魔物相手に絶対はない。ファルファッレのために子供の命をかけるわけにはいかないよ」

アリアンが反対する。一番ファルファッレを助けたいのはアリアンだ。それでも反対するしかない。そんな心の葛藤が顔に出ていた。ファルを助けるために見知らぬ子供の命を天秤にかけたくない。

だが、魔獣はアリアンの契約魔獣だ。アリアンが本当に反対するなら。アルトとしてもハンターたちに無理を言うことはできない。

「大丈夫だ、俺に奥の手がある。それにもしものときのために羽付きトカゲのフィンも連れて行く。フィンは全方位守護のシールド魔法を使える」

シオンが自信ありそうに言う。その肩で羽付きトカゲがクゥエ!と鳴く。

「でも…」

アリアンが迷うように反論しようとする。だがその声が小さくなっていく。シオンにそこまでの自信があるなら。

「そうだよ。アルトが行く必要ない、俺が行くよ。命を助けてもらったのは俺たちなんだから」

ウィルが突然言う。

「いや、連れて行くならアルトだな」

シオンがそれを却下する。

「どうしてだ?」

ウィルは何となく必死そうに見えた。だがアルトたちはその時はその理由が分からなかった。

「アルトが一番肝が据わっている。渡り廊下の窓ガラスから見た時、アルトは迷わずアリアンを守るために立ち止まった」

「力がない勇気は無謀とも言うがな」

フレイがアルトにくぎをさすように言う。アルトが調子にのると困るからだろう。

「魔物から逃げるのにも勇気がいる。足がすくんで動けないのでは困る」

シオンに言われて、ウィルが押し黙る。

「なら、私が、依頼料を払います。今はそんなにお金はないけど。少しずつでも払い続けます。だからファルファッレを助けてください。お願い、します」

アリアンは絞り出すように言う。そして深々と頭を下げる。

アリアンの覚悟がきまったようだ。もし何かあったら、自分に責任がある。そういう意志をみせるための宣言。

「いいだろう。その依頼受ける。フレイが受けなくても俺だけでも」

シオンが言い、フレイが隣であきれた顔になる。

「馬鹿か、お前では魔物を倒せないだろう…仕方がない。俺も魔物の退治には参加しよう」

フレイが不承不承と言った様子で言う。

本当は嫌なのだろう。それでも相棒に付き合う彼は根がいい人なのだろうとアルトは思う。

「よし、なら、急ごう。早いとこ魔獣を回収して魔法院に通報する必要がある」

シオンが言い、リリックがシールド魔法を解除する準備を始める。

アリアンの魔獣を助ける依頼が動き出す。

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