1章5話 各々の事情

アルトとアリアンを中に入れて、ハンター二人も教室に入る。

扉をしっかり閉め、シールド魔法を展開する。教室の壁面に複雑な魔法陣の描かれた光る壁が出現する。

それでアルトたちも、もう安全だと理解した。

ウィルが床にへたりこむ。

「まじで死んだかと思った…」

ウィルが情けない声で言う。

「先に逃げてよかったのに。ウィルたちは仲間思いだな」

アルトが緊張を解いて言う。

「自分のことじゃない。アルトが死んだかと思ったんだよ。心臓に悪すぎる」

ウィルがアルトをにらみつける。それが心配故のものだとアルトも理解する。

「心配かけてごめんな」

アルトが謝る。あの時は自然と体が動いてしまった。

「あんな危険な目にあったのに、平然としているアルトはすごいな」

ニコラスが言う。冷静そうに言っているが、その腕がわずかに震えている。

「よく勇気があって無謀すぎるって言われる」

アルトは友人たちからよくそう言われていた。後勇気ありすぎて時々空気読めないやつとも。自分ではそんな自覚はなかったし、大げさだと思っていた。だがこういうことがあると、確かに彼らの言ったことは間違っていなかったようだと理解する。

「幽霊にはあんなに怖がっていたのにか?」

ニコラスが眉をあげる。確かに普通に考えれば、勇気があれば幽霊も怖がらないと思われるかもしれない。

「幽霊は、ほら、全然理解できないし。対処もできないだろう?魔物は存在が確認されているし、理解できないわけではないからな」

アルトが説明する。

「つまり分からないものが怖いということか」

ウィルが理解できないが納得はする。

ぱっと、暗い教室に明かりがついた。リリックが魔法灯のスイッチを押したらしい。

シールド魔法の発動光のおかげで見えていたおぼろな輪郭が急にはっきりする。

「それで、あなたたちは夜の学校にどうしていたのかしら?」

少し心が落ち着いて、リリックはそのことを追求する。忘れてくれたわけではないらしい。

「ごめんなさい。リリ先生」

ウィルがしおらしく言う。

「リリ?先生?」

彼がリリックをリリ先生と呼んだことに、魔人のハンターが変な顔をする。

「俺たちは転入生と肝試しをしていたんです。そうしたらこんなことになるなんて想像もしていませんでした」

ニコラスが説明する。

「なるほどね。学校は確かに魔法院の管理区域。他の場所よりは安全だと言える。でも今日の様なことはおきるのよ。何事も確実ではないのだから。黄昏時は外出してはダメ。それに学校に不法侵入するのは感心しないわ。こういう非常事態もあるのだから」

リリックがアルトたちに言う。

「先生ぜんとしていて、りっぱに教師をしているようだな?リリ先生?」

魔人が皮肉る。リリ先生というところに力を入れて言った。

「あんたたちに先生呼ばわりされるいわれはないわ」

リリックが怒る。知られたくないことをやっかいなやつに知られたようだ。

「リリ先生なんて、かわいらしく呼ばれるような性格じゃないだろう。学校では猫を被っているんだな?」

魔人が喧嘩を売る。

「フレイ、とりあえず喧嘩を売るのをやめろ。俺たちはこれから学校から脱出する必要がある。全員の協力が必要だ。仲たがいに意味がないどころか、悪い結果を招きかねない。リック、フレイがすまない。俺が無理に救援に向かいたいと言ったので、腹をたてているんだ」

銃を油断なく手に持ちつつ、もう一人のハンターがけんかを仲裁する。

「リックは報酬が出せないかもしれないと言っていたんだぞ。報酬も出ない仕事なんて仕事ではない。それに魔法院管理区域は普通はハンターが勝手に活動していい場所じゃない。魔法院直属の精鋭がなんとかすればいいだけの話だ」

魔人が憮然として言う。

「それが、魔法院に連絡がつかないのよ。そうでなければ救援を頼んだりしないわよ。私だって」

リリックが嫌そうに言う。

「リリ先生はリックって呼ばれているんですか?」

ニコラスが初めて聞いた話に興味を持つ。

「そうだな、ハンター同士だとそう呼ばれている。そういえば自己紹介がまだだったな。俺はシオン、シオン・アイグレー。こっちのいらいらしているのが、フレイ、フレイア・ミストラルだ。俺たちは事情があって二人で相棒関係にある」

銃を持ったハンター、シオンが言い。魔人のフレイが不機嫌そうにうなずく。

シオンは東洋の血が混じっているようだ。黒い髪に、空色の瞳。人の好さそうな笑顔を浮かべている。それでも長い前髪から見える眼は鋭い。銃で狙いを定めるだけでなく、人も見定めるような目をしている。人が良いだけではないしたたかさがありそうに見える。童顔で、幼く見える。

たいして魔人のフレイは黄昏色の瞳に明るい茶色の髪。眉間にはすでに深いしわがよっていて。どこか人を寄せ付けない雰囲気がある。顔をしかめているのがデフォルトらしく、おそらく年齢より老けて見える。

「とりあえず救援を知り合い全員に送ったのに、あんたたちが来るなんてついてないわね」

リリックはやはりフレイの態度に怒っていたし、言葉の棘を隠す気もないようだった。

「わざわざ来てやったのに。それはないだろう」

フレイも怒っているようだ。

「えっでも二人ともハンターですよね?ハンターのバッジをつけてるから」

ウィルが不安に思い聞く。

二人のハンターの胸には地図で方位を示す八つの先端の星をかたどったバッジが輝いている。夜も眠らぬ街を見守る守星のバッジ。

「まあ役立たずなことは認めるけどな。フレイは学校内で魔法を使えないし、俺は一番弱い魔物しか倒せない」

シオンが怒るでもなく認める。

「それってただの役立たずじゃないですか!」

ウィルが正直に言う。

別に失礼なつもりはないのだろう。頼れる存在でないと分かり、内心パニックなのだ。

「とりあえず、この後はどうする?この教室にとどまるのか?窓から脱出も可能だろう」

シオンが現実的な話を持ち出す。

「そのためには一度シールドを解く必要がある。そこを魔物に狙われたら困るわ。私は救援が来るまでここで待った方がいいと思う」

「それが無難だろうな」

フレイが同意する。

「でもさっきから何度もアーヴィングに連絡をとろうとしているのに、全然つながらないのが気になるの」

「俺は脱出すべきだと思う。俺の魔力探知がある。魔物が遠ざかったときを狙って脱出すべきだろう」

シオンが落ち着いて答える。

「それもそうね。シオンは気配探知ができるんだった。どこかの役立たずと違うわね。それなら魔物が旧校舎をはなれたタイミングが一番望ましいと思う」

リリックがシオンを褒めるついでにフレイにやり返す。

「リックにも問題があるだろう。生徒を偉そうに叱っているが、自分だって何かやっていたんだろう。そうでなければ、夜の学校に部外者を入れているとは思えない」

フレイがリリックの痛いところをついたようだ。

「確かに規則違反なのは認めるけれど。でもこんな事態は予想できないわよ、普通に。魔法院の管理区域に魔物が出現するなんて」

リリックは顔をしかめつつも認める。

「リリ先生はなぜアリアンさんを学校に入れたんですか?」

アルトがリリックに聞く。こういう、聞いてはいけなさうなことを直球で聞けるのがアルトの勇気ありすぎて空気読まないやつと呼ばれるゆえんだ。

「アリアンの契約魔獣が学校に入り込んだみたいなのよ。それを連れ戻すのを助けていたの」

「あのっ。リリックさんは悪くないんです。私が魔獣とはぐれたからいけないだけで。魔獣が散歩中にそばをはなれてしまって。それでどうすればいいか分からなくて、困っていたところを助けてくれたんです」

それまで黙ってうつむいていたアリアンがリリックをかばう。

「それでアリアンが学校の周辺をうろうろしていたから。不審者じゃないか話を聞いたの。それで人のいない夜にその魔獣を探していたっていうわけ」

リリックが言うがフレイはごまかされない。

「認可済みの魔獣なら、魔法院に届け出れば捜索許可がでるはずだ。それがないということはその魔獣は違法に飼われているんだな」

「…そう、です」

アリアンが再びうつむく。今にも消えてしまいそうに苦しいのが伝わってくる。

「認可されていない魔獣はたしか駆除の対象になるんでしたね」

アルトはアリアンが必死で魔獣を見つけようとしている理由を知る。

続くアリアンの沈黙がその質問を雄弁に肯定していた。

「俺たち、魔物の他に幽霊も見たんですけど」

ウィルが気を利かせて話題を変えようとする。

「それは、私の魔獣です。私の魔獣は人が心に思い浮かべた人の形をとるんです」

アリアンが沈んだ声で答える。

「じゃあ、あの時幽霊と連想して、おれがばあちゃんのことを思い浮かべたから魔獣がその形をとったということか?なら、だれがルフェルを思い浮かべたんだ?」

ウィルが当然の疑問を思い浮かべる。

アルトは自分の顔に視線が集まるのを感じた。

アルトには自分がどんな顔をしているのか、わからなかった。

アルトは母親似だ。それに誰もアルトとルフェルを比べたことはないはずだ。だがこうしてきちんと観察されれば、ルフェルと似ていることが分かってしまうのは分かり切っていた。


そう、大罪人ルフェルはアルトの父親なのだ。


部屋に一瞬の沈黙が降りる。

それを破ったのはシオンで。

何を言われるか身構えるアルト。だがシオンの言葉は緊迫はしていても、アルトに向けたものではなかった。

「フレイ!まずいぞ、魔物が急成長している。しかもこっちに向かってきている。このシールドでは心もとない。急いで逃げるべきだ」

シオンがフレイに言う。

「魔物が、そこまで早く成長するはずがない」

フレイが否定するが。

「確かに普通はないが、事実として今、魔物の魔力量が増えてきている」

シオンが言う。

「魔物はどちらにいるの?」

リリックがシオンに聞く。

「あっち側に気配を感じる」

シオンがさした方角を見て、リリックは顔をしかめる。

「そっちは旧校舎の入り口側だわ。つまり、逃げ道がふさがれているわけね」

「この際、学校を多少破壊してもかまわないだろう」

フレイが軽い調子で提案する。それにリリックはさらに顔をしかめる。

「あんたがやったら、学校が崩壊するでしょう。生き埋めにはなりたくないわね」

「やばいぞ。魔物がどんどん近づいてきている。今、教室の前にいるぞ!」

その時、シールドの外がひときわ軽く輝く。赤い灼熱の炎。それがシールド魔法を攻撃している。

「やばいぞ、フレイ!生徒たちとリック、教室の端によって伏せろ!」

シオンはとっさに動けないウィルとニコラスをひきずるように教室の端に引っ張っていく。

アルトはどうすればいいのか、わからなかった。フレイがとっさにシオンたちとは反対側の端にアルトを引きずっていく。

それと同時にシールドがガラスの割れるような破砕音とともに解かれる。

地面に伏せていたアルトたちの頭上を炎が覆いつくす。

炎は教室の外への窓を焼き焦がし、びゅうと外の秋風が教室に吹き荒れる。冷たい空気と熱い熱気が混ざり合う。

アルトが焦げずに済んだのは、外の冷えた空気が割れた窓から吹き込んだおかげだろうと思えた。それだけの熱量を持つ炎だった。

「シオン!こっちは窓から脱出する!」

フレイが炎に挟まれて見えない相棒に向かって叫び。

アルトは訳がわからないまま、フレイに荷物のように抱えられる。

そして、フレイは何も説明せずに、割れた窓の外へ飛び出した。


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