1章2話 寮脱出作戦

「おい、アルト!起きろ!」

アルトは夜遅くに、小声の緊迫感のある声と、揺さぶりにより起こされる。

本当はおきているつもりだったのだが、途中で眠ってしまったらしい。

今日の夜に行われるという寮脱出作戦だった。とアルトは寝ぼけ眼で思い出す。

つい昨日まで他の部屋で眠っていたので、一瞬どこにいるのか分からなくなった。だが目を覚ますと目の前にウィルの顔があったので、何とか思い出せた。

「ごめん、寝てた。今、何時だ?」

アルトはあくびを噛み殺しながら聞く。

起き上がって、毛布を外せば、すでに外出の用意はできている。

学校は寒いからと言われていたので厚着をして、さらに段ボールの山からコートも引っ張り出した。アルトはそのコートを羽織る。

寮母さんの消灯の見回りの時に、毛布をかぶって眠ったふりをしていたら、そのまま寝てしまったらしい。思ったより疲れがたまっていたようだ。

ウィルとニコラスはアルトがつかれているのだろうと思ってそのままにしておいたようだ。それはありがたい。次の日も授業がある。少し休んでアルトの頭はすっきりとしてきた。

「作戦の決行の時間だ。しっかりしろ、そしてなるべく声をだすな。頭で念じれば伝わる」

ウィルが言う。アルトはその声が、おかしいことに今更ながら気が付く。

ウィルの口元は動いていなかった。頭の中に直接声が響く。

「もしかして、念話魔法、か?」

アルトが思わず声に出す。

しーっ!と人差し指を口に当ててウィルが必死に警告する。

アルトは続く驚きの声を飲み込み、試しに頭で話してみる。念話魔法なんて使ったこともない。それも不思議はない。念話はかなりの魔力が必要な高等魔法だ。

「これって、どうやっているんだ?念話魔法の魔具はライセンスがいるし、高価だろう?」

「今上級生たちが俺たち寮生の作戦部隊の思考をつないでくれているんだ」

ニコラスがこともなげに言う声が響く。それでアルトは思考が相手に伝わったことを理解する。

「すごいな。念話魔法は高等魔法だろ?」

アルトが称賛をあげると。

「いや、さすがに一人で念話魔法を成立させることはできないから、上級生三人で共有して魔法を使っているんだ」

ウィルが説明する。

「それって呪文を合わせなきゃいけないやつだよな?逆に難しい気がするけど」

アルトはつっこむ。共有魔法はルーンの呪文をぴったり合わせないと成立しない。難易度が高く、大人でも成功させるのに訓練が必要だ。確かにそのぶん、より多くの魔力が必要な魔法も使えることには使える。

「俺たち寮生は同じかまの飯を食う者同士。いつもともにいるから、同調律は高いのだ」

念話で、照れたような思考とともに声が聞こえてくる。

どうやら、念話をつないでいる上級生の声らしい。

「俺の肝試しの為にそこまでしてくれて、ありがとうございます」

アルトは念話でお礼を言っておく。

「俺たちにできるのは、戦士の背を守ることだけだ、寮脱出作戦は命がけだ。気をつけるがいい」

上級生が念話でエールを送ってくる。命がけとは大げさな気もする。

「実際、寮の脱出は命がけだ。寮母さんが様々な対策を講じているからな」

ウィルが付け加える。

「寮母さん(管理する側)としいては俺たちに何かあったら責任問題だからな、当然と言えば当然だ」

ニコラスが付け加える。やはりニコラスは常識人だった。

「でもやるけどな」

ウィルが隣で言い、それにニコラスも同意するようにうなずいた。常識人じゃなかった。ニコラスは分かっていてやっているぶんたちが悪い、とアルトは悟った。

「やるんだな…」

アルトは自分はこの作戦から逃れられないのだと理解する。寮生たちが本気すぎる。

「男にはやらなければならない時がある!」

ウィルが胸を張って念話で言う。

「それは胸をはるところではないけどな」

ニコラスがあくまでクールに言う。しかしニコラスも大概である。どうやら寮生にはストッパー係が不在らしい。全力で暴走している。

「いいか、寮母さんに捕まれば、厳しい罰が待っている」

ウィルが念話の声を数段落として言う。

「どんな罰だ?」

アルトはごくり、とつばを飲み込む。退学になるのだけは避けたい。

「一週間肉抜きの刑だ」

ウィルが言った言葉にアルトは脱力する。

「それだけ、か?」

アルトが拍子抜けした声を出した。

「それだけ、というが、想像してみたまえ。一週間肉が食べれないんだぞ。地味に嫌だろう。それに栄養バランスの為に、ぶよぶよして白くて味がしない東洋のトーフなるものを無理やり食わされるんだぞ」

ウィルがアルトに指摘する。

アルトも、考えてみれば成長期の男子にとってはつらいかもしれないとは思う。

「そりゃ、寮生は親からおこずかいは多少もらうものだ。でも弁当を買うよりおこずかいはなるべくとっておきたいものだろう?」

ニコラスが冷静に指摘する。

「なるほど、確かにある意味厳しい罰かもしれない」

アルトが同意する。場の雰囲気にあてられたともいう。アルトはちょっと作戦に参加したくないなあと思い始めていた。

念話は感情が伝わることもある。感情が伝わったりする不安定な魔法の為にあまり使われていないのだ。

「大丈夫だ。うちの占い師のものによると、脱出成功率は八十パーセントだ」

ウィルがアルトの気持ちを感じ取り、言う。

「自称占い師のやつの、な。あまりあてにはならんけどな」

ニコラスがフォローにならない追加情報を教えてくれる。いろいろな寮生がいるのだな、と知り、アルトは少し遠い目になる。

「とにかく、まずは行くぞ。何事も始めるのが肝心だ」

ウィルが言い、靴を片手に、部屋の扉をわずかに開ける。名言のように言っているが、やっていることは寮の規則違反である。

「監視係、どうだ?スリーピィの動向は?」

ニコラスが念話を通じて誰かに聞く。

「念話感度よし、スリーピィは階段下で眠っている」

「監視係?」

アルトがニコラスに頭の中で聞く。自分は靴を手にして、ニコラスの後に続く。

当然だが消灯後の廊下は暗い。

だが、先にある階段の上あたりに魔法灯が見えるので、そこまで暗くない。おそらく暗い中、トイレに立つときに生徒がケガしないように配慮したものだろう。そこまで明るくないオレンジ色の足元を照らす灯りだ。

「獣人の生徒を一階の、寮母さんの部屋に続く扉の向かいの部屋に置いているんだ。彼は獣人だから耳がいい。寮母さんは契約魔獣を持っている。スリーピィという巨大な黒い犬の魔獣だ。それの動向を探るのが目的だ」

ニコラスが念話で教えてくれる。

「だけど、寮の部屋はくじ引きで決まるって聞いたけど、その割に準備が良すぎないか?」

暗い廊下を、ウィルとニコラスの後に続きながらアルトが聞く。

「もちろん、くじ引きの段階から勝負は始まっている。寮の脱出がいつでもできるように、人員を配置済みだ」

ウィルが偉そうに言うがあまり褒められたことではないぞ、それ、とアルトは内心つっこむ。

「くじ引きを逆手にとって、透視魔法の使い手に合図をさせて、くじを引いたんだ。なかなか大変だったよ」

ニコラスがこともなげに言うが、それはつまりかなり高度な魔法を使っている。

特に透視魔法なんかは一般に公開されていない魔法だ。つまり生徒がルーンの呪文構築により一から作り上げた、ということだ。

「地味にすごいな」

アルトが想像していたより、寮の脱出にかける寮生たちの行動力と団結力は高かった。アルトが肝試しをするためだけにそこまでしてもらうのは気がひける。

ウィルたちは、三階から二階への階段の前で立ち止まる。

「アルト、だめだ一度とまれ」

階段にそのまま踏み出そうとするアルトをウィルが止める。

アルトは慌てて、階段に乗せそうだった足をひっこめる。

「この階段の段には魔法のトラップがかけられている。前回の脱出作戦はそれで失敗した」

ニコラスが言う。

「じゃあどうしようもないのでは?」

アルトが言う。無理ならこの脱出作戦も肝試しも終わるのではないかと多少の期待を込めて。それをウィルが叱咤する。

「そんなに簡単にあきらめてはだめだぞ、アルト。何事もよく考えるのが大事だ」

「いや、これそこまで真剣に考えることじゃないだろ…」

アルトがつっこみを入れる。寮生たちは脱出作戦に力を入れすぎている。

「方法は簡単だ。手すりに乗って滑り降りればいい。階段に足をつけなければトラップは反応しない」

ややあきれているアルトにニコラスが教えてくれる。

寮の階段には手すりが付いている。なるほど、かなり太いし、生徒が一人乗ったくらいでは壊れないだろう、と思われる。

「じゃあ行くぞ」

ウィルが先に手すりに乗って滑り降りる。

「大丈夫そうだ!あとに続け!」

ウィルが念話で言ったそのとたん、寮内に音が響き渡る。サイレンの様な、心をざわつかせる響きの音だ。

「どう考えても、まずいだろう、これ」

アルトが思わず声に出して言う。幸い、警報音が大きくてアルトの声をうまくかき消している。

「しまったな、あの階段の前の灯りが魔法トラップだったようだ。魔法の発動光を魔法灯でごまかしていたな。さすがは寮母さん(超えるべき壁)だ。アルト、いいから、とりあえず下の階に行くぞ」

ニコラスに言われてアルトは階段を走り降りる。こうなったら階段を普通に降りても変わりはない。音がしている分、足音も隠される。

そしてウィルが一足先に開けていた一番近い扉の中に、三人で逃げ込む。

「誰ですか!夜中に起きだしてきたのは?」

寮母さんの声が聞こえる。すでに怖い低い声だ。

「俺です。ちょっと、二階の人に、読み終えた小説を返そうと思って」

それに答える声がある。もちろんアルトたちではない。

「ジェイ!お前ってやつは!」「おとりになるつもりか」「自己犠牲か!」

頭の中の念話が称賛の声で満たされる。

どうやら、ジェイという生徒がわざわざ自分がトラップにかかったふりをしたらしい。肉抜きの刑を覚悟したうえで、アルトたちのために。

「同志、ジェイ。お前の犠牲は忘れない」

ウィルが感動的に言う。

「おうよ。俺の屍を超えていけ!」

ジェイのノリノリの念話が伝わってくる。

寮の脱出のためだけに。何が寮生たちをそこまで駆り立てるのか。アルトにはなぞであった。

「一応、全員いるか、チェックしますか」

さすがに寮母さんは勘が良かった。何か裏があるのではないかと気が付いたようだ。

「さすがにこれはまずいんじゃ」

アルトは顔を青くする。

別に肉抜きの刑は気にならない。しかし初日から寮の門限を破ったことを母親に伝えられたら大惨事である。母は怒るととても怖い。そしてクラウドナインのこの学校に入るのに自分はとても苦労したのだ。

「大丈夫だ。最終手段がある。ここでじっとしていろ」

ウィルが念話でもひそやかな声で伝える。

寮母さんは下の階から順番に部屋の扉を開けて中を確認する。

アルトはどうすることもできずに、息をひそめて逃げ込んだ二階の部屋にいる。三階に戻ろうとすれば再び魔法のトラップにかかるのが分かっている。だから逃げようがない。

緊迫した状態。

寮母さんの足音が近づいてくる。

そしてその扉が開く。ぱっと白い照明が室内を照らす。アルトたちは奥の端によっているが、隠れられるところはない。

見つかった。終わった。

とアルトは観念した。

だが寮母さんは部屋の中を見てから、うなずき、照明を消して、外に出る。

「……どうして寮母さんは俺たちに気が付かなかったんだ?」

アルトは安堵のため息をつく。そして今回もおそらく何か理由があるのだろうと気が付いた。間違いなく魔法だろう。

「俺が幻術で隠したんだ」

念話で声が伝えられる。その声は自信に満ちていた。この部屋の住人の一人らしい。

アルトが周囲を見渡すと、二段ベッドの上から手をふる寮生がいた。アルトには救世主に見えた。

「助かった。ありがとう」

「紹介しよう。彼はわが校随一の幻術使いだ。ちなみにアルトたちの部屋でもちゃんと寝ているようにしているから、安心するといい」

ウィルが自分のことのように誇る。

「幻術?でもこの部屋にいるなら、俺たちの部屋の幻術をかけるのは難しい、よな?つまり遠隔魔法か?」

アルトはレベルの高い魔法に驚く。遠隔魔法は、遠視魔法と組み合わせないと使えない。しかしその高度な魔法を何に使っているんだ、一体。

「そうだ。今までは遠隔では使えなかった。だから寮母さんも警戒していない。ばれるまでに使い倒さねば損だからな」

幻術使いはこのために魔法の腕を磨いたらしい。長年にわたる寮母さんと寮生の攻防を感じさせる。

「寮母さんが部屋に戻った」

監視係の獣人が念話で伝える。アルトは緊張から脱力する。

「じゃあ、二つ隣の部屋に行くぞ」

ウィルが動き出す。

「続けるんだな…」

アルトはしぶしぶ立ち上がる。ここまでしてもらっておいて、自分だけ裏切るのは嫌だった。

「大丈夫だ。後は簡単だから。階段を降りる必要もない」

ニコラスがアルトを安心させるように言う。

二つ隣の扉を開けると、生徒が二人、すでに準備をしていた。

「よし、三人ともこの円に入ってくれ。動かないでくれよ」

生徒の一人が言い。ルーンの呪文を唱える。

突然体が浮遊感につつまれる。

そして視界が白く染まる。あまりのまぶしさに目を閉じるが、光は消えない。魔法の発動光だ。

そしてアルトたちは別の部屋にいた。

寮の部屋は基本的にすべての配置が同じだ。別の部屋なのだと分かったのは、その部屋がガラクタであふれていたから。

部屋には向かい合った二段ベッドが両側のカベに並んでいる。その二段ベッドの片方の一階が何の用途に使うか分からないものでいっぱいだった。

「ここは?」

「今のは移動魔法。ここはひとつ下の階の部屋だ」

「今のが、移動魔法か?それも相当高度だよな?」

移動魔法は魔力を大量に必要とする。

人を一つの階ぶん下に送るだけでも相当な魔力量が必要なはずだ。特に洗練された定型のルーンの呪文を知らないなら、魔力の消費量も激しいはずだ。

「そうだ。あの生徒は一年のルーキーで一番の成長株だ。それでも三人を移動させると、魔力が尽きる。つまり、エネルギーダウンを起こす」

「エネルギーダウン?それってかなりつらいやつだよな。大丈夫なのか?」

アルトはその生徒のことが心配になる。エネルギーダウンは強い倦怠感と脱力感を出す。魔力の使いすぎの症状だ。

「もう一人生徒がいただろう?彼は回復魔法が多少使える。それで、魔力を回復しているはずだ」

ニコラスが安心させるように言う。

「ひどければ、寝込むかのもしれないが、一日ぐらいは我慢する。気にするな編入生」

回復でやや体力を取り戻したらしい、移動魔法の生徒が念話で伝えてくる。

「お…、おう。お大事にな」

アルトはそう言うしかなかった。

「後は外にでるだけだ。作戦の成功を祈る」

移動魔法の生徒から伝えられて、アルトは何が何でもこの作戦を成功させねば、という気になった。彼らはそこまでしてくれたのだから。

「で、どうやって出るんだ?」

アルトがウィルとニコラスに聞く。

「窓から出るんだ。ここは一階だからな」

暗闇の中、起きて待っていたこの部屋の寮生がこともなげに言った。

「でも、外は確か砂利がひいてあったよな?出たら足音がするんじゃないか?」

アルトが寮を見て回ったときのことを思い出す。

「そうだ。いい観察力だ。その通り。普通に行けばスリーピィ(寮母さんの魔獣)に気が付かれる。だから、これを使う」

待っていた生徒が取り出したのは一組の長靴である。

「フロートシューズ?か?懐かしいものだな。十センチほど浮遊するための魔具。一時期はやったけど魔力の消費が激しすぎたのと、十センチしか浮けないから、売らなくなったもの、だよな?」

アルトがそれが何かを知って言う。

「そのとおり!これは改造が施してある。何と!人二人分浮かすことができる」

寮生が胸を張って言う。それはすごい。すごいがそれがどう今の状況とつながるのかアルトは一瞬分からなくなる。

「彼は魔具技士の息子で、改造魔具を作るのが趣味なんだ」

ニコラスが生徒を紹介してくれる。

「二人分浮かすって、それ魔力の消費量が余計に激しくなるだけだろう?」

アルトがわけが分からず聞き返す。

「そうだ。このフロートシューズは一組しかない。フロートシューズは生産中止されて、なかなかレアな魔具だからな。これ一つを手に入れるのに苦労した。何軒もの面白い中古魔具屋(おもちゃ屋)を巡って、ついに手に入れたものだ!」

魔具技士の息子が力説する。無駄に行動力あるな、寮生たち。よく分からない感想がアルトの心をよぎる。

「つまり、一人がこれを履いて、人を抱えて往復するということだ!つまり、俺がフロートシューズを履いて、お前たちをグラウンドまで送る。お姫様抱っことおんぶ、どちらがいいかい?」

魔具技士の息子が聞いてくる。

「えっと、おんぶでお願いします…」

アルトはどちらも嫌だったが、とりあえずは選んだ。

「ちなみに改造フロートシューズは魔力を食う。フロートシューズの魔力クリスタルの代金は寮生全員がお金を出し合って買ったんだ」

ウィルが誇らしそうに言う。

「貴重なおこずかいを、このために…?」

俺も今度支払うべきだろうか?とアルトは悩む。自分だけ払わないのは少し良心が痛む。寮生たちは、親元から多少の資金援助はされている。だが決して裕福ではないはずだ。

「じゃあ、寮を出るか」

ニコラスが言い、三人は魔具技士の息子に運んでもらい、無事にグラウンドにたどり着いた。

なんだか、寮生たちのノリについていけず、先が心配になったアルトだった。

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