第3話 狩りの始まり

 黒い影となり、音もなく暗がりの湖へと急ぐ。

 シルアの話では夕方までその湖を調べると言っていたらしいが私が待ちきれない。

 嗚呼、嗚呼、早く味合いたい。

 堕天使の娘がしばらく目覚めないと言うのなら、ゆっくり楽しんでも良いだろう。

ルイスは魂さえ手に入れば満足だし、シルアは肉体さえ手に入れば良い。

 ならば、しばらく私の影の中で、第2の腹の中で弄んでからジワジワと力を、知識を、能力を、記憶を、声を奪って抜け殻にしてから魂と肉体には手を出さずに瘴気で満ちたあの部屋へ閉じ込めてしまおう。

 シルアは瘴気に犯された肉体が好みだし、ルイスは絶望に満ちて死を望む愚かな魂が大好きだ。あの部屋に閉じ込めておけば、よく熟成されるだろう。……嗚呼、そうだ。昏睡状態にしてしまえばもっと状態が良いな。

 そんなこんなと考えていると例のエルフ達が見えてくる。

 ……やはり、普通のエルフか。


「……やっぱり、見た事のない植物が多いわね、この森。」

「人間が忌み嫌う森みたいですよ、この森は。」

「へえ、そんな文献は見た事がなかったが……。」

「俺達は一時期人間から本を仕入れる為に街へ行った事があるんですよ。その際にこの森は人間には危険過ぎるって。」


 私が居る上に迷い易く、おまけに夜になるのも早く、とてつもなく広いからなぁ。


「へ~……。それは調べ甲斐がある。誰も入らなかった土地。ならば、誰も見つけていない新発見が……!!」

「もー。だからって変な事して怪我とかしないでね?」

「ああ、勿論!怪我したら満足に調べられないからね!」


 怪我したら満足に味わえん。


「では、私は先に周辺の警備を。」

「ええ、気を付けて。」


 ……何だ、あの護衛エルフ……女か。

 まあ、群れから離れたのから狩っていくのが狩りの基本。これだけ暗ければどれが私かなど分かるまい。

 他の3人のエルフの視界から完全に消えた護衛エルフにどんどん近付いていく。


「……でも、こんだけ大きな森だと覇者とか居そう……。」


 ここに居ます。


「……もっと、強くならなきゃ―――!?」

『残念、それは叶わないなぁ。』


 こういう時の為に用意してある骨の仮面を被り、四肢と口を影の触手で縛り、後ろから抱き着いてやる。

 嗚呼、勿論こいつの方が小さくなるように影で体を大きくして。


「―――!!?」

「……嗚呼、良い匂いがする。」


 これは、本当に上玉だ。護衛でこれか。護衛で、これだけの知識と力を。あの学者共……どれだけ美味しいのだろう。

 女の護衛エルフは私の中にどんどん呑み込まれ、涙を流す。

 フフ、その顔が見たい。その顔を、氷漬けにしてずっと見ていたい。


『後で、たぁーんと可愛がってあげるから。』


 呑み込み、また移動用の大きさの影に戻ると腹の中で抵抗しながらも私の微弱の酸と毒で苦しんでいるのが分かる。

 嗚呼……これだけ抵抗してくれるのか。可愛い。可愛くて、可愛くて、可愛くて仕方ない。まるで愛苦しい猫のようだ。

 ……少しだけ、楽しんでも良いだろう。まだ夕方まで沢山時間がある。少し、少しだけ。

 歩調を遅らせてあの湖に向かう。

 向かいながらも腹の中で影の触手を使って締め付けたり、体中をくすぐってみたり、少し記憶を奪ったり、喉を圧迫してみたりする。

 ……嗚呼……溜まらない。


『……クフフ。』


 湖に戻るとまだ愚かなエルフは研究を続けている。


「……あれ、あいつ帰ってこないな。」

「迷ったのかもしれないね……。行っておいで。僕達、一応少しなら魔法も使える。」

「ええ。少しくらいなら大丈夫。」

「……ああ、気を付けて。」


 あーあ、馬鹿な奴。

 また少し離れた所で捕らえ、今度は腹の中じゃなくて目に見える所で締め上げたり、少し腕を切ってその血を舐めてみる。

 嗚呼ぁあぁぁあ!!何故、何故こんなに甘美なのだ!!これは、我慢が出来なくなる奴じゃないか……!!

 男が暴れるのも気にせず、更に縛り上げて首筋に噛み付く。

 その血があまりにも美味しくて、自らの腕で彼を抱いて、絶対に声も上げられぬよう、逃げられぬよう、身動き1つ取れぬよう影で蜘蛛の巣で絡め取るように縛りながら木にもたれかかるように座ってただただ味わう。

 嗚呼……まるで、時が止まるようだ……。

 気が付くと彼は貧血で意識を失ってしまっている。

 嗚呼、これ以上はいかん。知識と力を奪う前に殺してしまう。

 なるべく傷付けぬよう影の中に放り込み、立ち上が―――


「……ひっ。」


 声の方を見ると女の学者エルフが此方を見て震えている。傍にあの男の学者エルフの姿はない。

 ……嗚呼、最高だ。


『……其方から来てくれるとは思わなかった。』


 彼女が悲鳴を上げる前に私と彼女を中心とした影の結界を張り、閉じ込める。


「ば……化け、物。化け物……!!」

『幾ら叫んだ所で一緒さ、愚かなエルフ。私はこの森の主、カルストゥーラ=ルエンティク。蛇九尾さ。昔は魔王だ魔女だと囁かれ、いつしか人間“は”この森に立ち寄らなくなってしまってとても腹が減っているんだ。』


 ―――そう、お腹が空いている。


『あの2人はとても可愛い……。女の方は未だ抵抗を続けながら私が大好物の苦痛に歪む顔をしてくれているし男の方は静かに眠ってくれている。苦痛に歪む顔も、寝顔も、何方も大好きだ。さて……愚かなエルフ。』


 ジワジワと近付き、結界も小さくしていく事で逃げ場を減らしていく。


「嫌……嫌ぁ……!!」

『教えておくれよ、愚かなエルフ。君のお仲間は何人居るんだい?ハイエルフは?どれくらいの知識を蓄えている?私は能力や知識、力、そして血を主食としている。私の可愛い右腕は魂が大好きな大悪魔。私の可愛い左腕は肉体その物を主食としている。』


 君達は、もう逃げられない。


『1つ……私と遊ぼうか。』

「あ、遊び……?」

『そう、遊び。』


 愉しい愉しい愉快なお遊び。

 とうとう手と手が触れ合う距離。


『私は君達がこの森に居る間、他種族から守ってあげよう。飢餓からも守ってあげよう。この森は私の意志に従う。この森は私の一部。恩恵として、恩寵としてこの森に生える草木や果実、木の実も与えてあげよう。凍えぬ日々を。飢えぬ日々を。恐れぬ日々を。君達はただただ研究をして、生きて、子供を増やしてくれれば良い。』


 それだけで、私達はお前達が滅びるその時まで、心の渇きを癒せる。


「な……何が、何がお望みなの。」

『流石は学者、話が早い。』


 尻餅を突く彼女の動きを封じるように地面に手を突き、そのまま抱き着いてやる。


「(ビクッ)ひっつ……!!」


 嗚呼、ピクピクしてるその耳、可愛い。今度、エルフベースの人形でも作ってみるのも愉しそう。


『毎日、私に供物を捧げなさい。知識か、お前達の仲間か。嗚呼、血でも良い。』


 怯える彼女に抱き着いたまま、体重を少しずつ預け、先程から震えているエルフ特有のとんがった片耳に軽く噛み付いてやる。

 彼女はもう言葉も出せないくらいに怯えているらしい。

 嗚呼……甘美。


『お前達の集落の中心地の地下に、座敷牢を用意して、そこに白い着物で身を包んだお前達の仲間か、白い布で包んだ知識、又は血の入った試験管。それ等を毎日夜の12時から次の日の朝2時までの2時間、閉じ込めなさい。出来なければ適当にお前達の仲間を1人と知識を奪っていこう。』


 怯えて動けず、声も出せない彼女の服を少し捲って右脇腹に契約を刻み、呪いを刻む。


『先に捕らえたエルフ2人と3人も消えたのにも関わらず、まだ研究を続けるそこの愚かなエルフは貰っていく。死にたくなければ供物を捧げよ。何処へ逃げても、必ずその命を貰いに行くぞ。』

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