12 行商人と私 (3)

 お酒に強い人がバタバタと倒れる、ですって…? どれだけ高いんですか! 最も度数の高いお酒で確か96度と言いますが、いえ、私もそんな高いものは飲んだことありませんし飲みませんし飲めませんけれども! そこまでは高くはないでしょうが、このお酒一体何度なんですか!?


「この龍殺しはな、蒸留を繰り返し最も高いアルコールの1歩手前のを使用してるんだ。確か7、80くらいだった気がすんな」

「道理で喉がピリピリするはずです。どこでこんなものを」

「企業秘密な」

「……まあいいですよ。飲めないことはないですから」

「そう来なくちゃなぁ!」


 もちろんただ話しながらというのは無粋だということで、ゲドが行商で回った世界の神様や商品についてを肴にして飲み続けた。

 お陰でユージンは色々と興味深い話を聞くことが出来た。

 様々な世界の様々な神様の話はとても面白いもので、ゲドの喋り方も相まってなかなかに楽しいものだった。

 他にも異世界の地に降りて掘り出し物を探す旅も聞けた。人との交流はやはり楽しいらしく、出会った人との話をする時はまるで自分の事のように喜び、自慢していた。

 しかし、何処の世界、何処の国に行っても、やはり何か思うところはあるようだ。


「どの世界の人間も、人間じゃねぇ亜人でさえも、確かな文明と歴史を持って生活しとる。それを見るのが、わしは好きなんだ。一人一人が持つ個性と考えが混じり合うことで発展していく文明ってのは、見ていて全く飽きねぇもんさ。だが、何処も彼処も何故貧民に対してあんな虐げられるってんだ。貴族や王族は、民を助けてこそのそれだろうが」

「確かに人の人生や営みというのは個人で違いますから、生まれや身分で差別され、虐げられて生きてきた人もいるでしょう。個人の考え方なんて千差万別です。しかし、同調圧力という言葉があるように、1人は優しくしたい…けど周りが虐げているのに1人だけ違うのは怖い、という人もいます。人は異常を好みません。白い布に墨汁が垂れてきたらそれを洗うように、1人だけ違うという異常を排除したがるものです。人は臆病ですから、大衆を敵に回すことはしません。だからこそ何も出来ないのです」

「わしは神の席を降りた。世界に干渉することも出来ん。間接にも直接にも手を出すことが出来んのが、何ともむず痒いな」

「しょうがないですよ。進んでいくその先に何があろうと、私たちは見ていかなければならないんですから。確かに根本を変えなければ何も変わらないでしょう。しかし、私たちに出来るのは、誰もが虐げられず、平等な世界になることを祈るだけです」

「…暗ぇ話はこれで終わりだ。まだ、付き合ってくれるか?」

「えぇ、お供しますよ」


 ……こんな話の後にどうかとは思いますが、このように沢山話せたことはとても幸運でした。


 話は長く続き、深夜2時頃になってようやく熱も冷め、ゲドはゆっくりとソファで寝てしまった。

 起こさないようゆっくりタオルケットをかけ、洗い物を片付けた後、ユージンも就寝に入った。


 * * *


「……っぐ…ん?」


 朝、ユージンは腹部に何かの衝撃を受けて目が覚めた。石のような、しかしどこか温かい。


「こ、これは…!!」


 そのの正体がわかると、ユージンは急いでゲドを起こした。

 余程お酒が回ったのか軽い揺さぶりでは起きず、更に何度呼んでも起きなかった。


 あまり会ってすぐの人にはやりたくはありませんが……。


「ゲドさん、すみません!」

「ンガッ!?」


 バチーンと左頬をビンタするとゲドは、目を丸くして飛び起きた。彼の頬は微妙に赤くなってはいたが、手形は残ってはいなかった。

 どうやらゲドは、ユージンが思っていたよりも頑丈らしい。


「な、何だァ!?」

「すみません、なかなか起きてくださらなかったもので」

「だからって…ってて…ビンタはねだろう」

「すみません、本当に早く起きてほしかったもので」

「何があった」

「はい、見てください、このを」


 今朝の衝撃のとは、フェレイルから貰った神獣の卵だった。

 ユージンはゲドに何があったのかを説明した。

 前日までは何の変化も無かった。しかし、衝撃に起こされ何が当たったのか見てみると、その卵が勝手にユラユラと揺れてユージンに突撃したのだ。


「私、動物の育成などしたことがなかったのですが、卵生の動物の卵とはこんなに激しく動くんですか?」

「いや、滅多なことじゃなきゃ動くこたぁねぇ。時々意志を持つ卵がエッグモンスターになるこたあったが、こりゃどう見てもただの卵だ。何の卵だこりゃ」

「私の相棒となる神獣の卵ですね」

「ほう、神獣か………は? 神獣!?」

「はい」

「……ユージン、よぉく聞け。この卵、近々孵化するぞ」

「ほ、本当ですか!?」


 ゲド曰く、神獣の卵は他の生物の卵と違い、孵化前になると卵内に溜まった孵化に必要な魔力エネルギーを卵殻に纏わせ、様々な箇所にぶつけることによって殻を破る時に必要なエネルギー量を少なくさせるそうだ。


「早くて今日中、遅くて明後日。くっそー、神獣の孵化の瞬間なんて滅多に見られるもんじゃねぇのに、昼前には出なきゃなんねぇなんてツイてねぇぜ」


 軽く手早く朝食を済ませ、ゲドは次の世界に行くための準備を始めた。

 昼食用にと朝食の残りのパンと野菜でサンドイッチを作って渡すと、とてもにこやかな顔で抱きついてきた。


 もちろん私には男性に抱きつかれる趣味などありませんので、丁重にお断りしていただきましたが。だってゲドさん、おじいさんですから。

 それに、ゲドさんは強いですから、強く抱き締められれば私の背骨がさよならしてしまうかもしれませんし。


「そう言えばだが、お前さんは大丈夫だったのか?」

「何がです?」

「わしの方が先に寝てしまったろ」

「ああ、全然問題ありませんでしたよ。グラスは洗いましたし、シャワーは浴びませんでしたが浄化系の魔法を使いましたから、私とゲドさんは綺麗になってますよ。それから寝ました」

「もしやお前さん…酒豪な上にザルか?」

「肯定したくはありませんが、酔ったことは無いですね」

「羨ましいな」

「そうですか?」


 作業をしながら話していたため、準備はあっという間に完了しゲドはまた別の世界への道を開いた。


「また来週な」

「はい、お待ちしています」


 ゲドはリヤカーをガラガラと引き、ワールドゲートを出ていった。


 そして、同時に卵にも変化が表れた。


 パリッと音が鳴り、卵にひびが入ったのだ。



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