08 あなたは勇者ですから

「あ……アルスが…勇者だって?」

「はい。補足しますと、エルナさんは凄腕の魔弓士、ベインさんは魔拳闘士、アナさんは聖女になれるかもだそうですよ」

「「おおー」」

「ねえ、アルスやエルナやベインは確定みたいな言い方なのに、なんであたしだけ、なのよ」

「聖女は職業名ではありませんから」

「……あっそ」


 アナはいじけてしまったが、ユージンは構わず話を続けた。


「アルスさん、もう一度言いますが、あなたは勇者になるんです。その事をよく考えながら私の話を聞いてください」

「はい……」

「皆さんがこれから行く世界には魔物が蔓延っています。その理由は、近年魔王が現れたからです。そして勇者は、率先して魔物を倒して魔王を討伐しなければなりません。今までよりも危険になりますし、本当にいつ死ぬかわからないような状況にもなると思います。そんな時、1番危険で死にそうなのはどんな人ですか?」

「うえ、えぇ? えーっと、非戦闘職?」

「いいえ。確かに危険でしょうが、非戦闘職の方は大体が戦闘をしないでしょう。最も危険なのは、アルスさんやベインさんのような前衛職の方々です」

「え、そうなの!?」

「当たり前でしょ」

「言っとくけど、非戦闘職の回復術師である私も、一応杖術や攻撃魔法も使えるんだからね」

「そう言えばそうだった」


 アルスさん、あなたはもう少し勉強しないといけませんね。知識が足りなさ過ぎます。


「更に今この4人の中で最も死にやすいのは、アルスさんあなたです!」

「ウソ!?」

「嘘ではありません。ベインさんは力と技術が釣り合っていますが、アルスさんは釣り合いが取れそうなのに、変なものが邪魔をして力を発揮出来ていないんです。変なものとは、一体何だかわかりますね?」

「……ど、ドジと空振り…です」


 そこはしっかりと理解をしているんですね。


「そうです。その2つが直れば、あなたはちゃんと強くなれます」

「ほんとに?」

「本当です。信用が出来ないのであれば腕を折っても構いません」


 もちろん腕を折るなんて嘘ですが。痛いのは嫌です。


 アルスは真剣な顔で悩み始めると、周りにいたエルナたちが穏やかな顔でユージンの元に来た。


「ユージンさんありがとう。あそこまで真剣になってる顔は久々に見たわ。ちゃんと考えてるみたい」

「いい加減というわけではないが、今まで軽い気持ちでいた分を考えさせてくれるきっかけになってくれて、本当に礼を言うぜ」

「あたしからも礼だけは言っておくわ」


 それぞれからお礼言葉を並べられ、ユージンの胸に──顔には出ていませんが──ジーンと来た。

 と言うのも、仕事の後輩や先輩に礼はいわれども、忙しい社畜だったユージンには、なかなか子供に礼を言われるような機会など無いに等しかったからだ。通勤帰宅の時刻は子供とは完全にズレているし、デスクワークが主だったことから、外に出ることも殆ど無かったということだ。

 それにこれなので、ユージンには効果は抜群だった。


 頭撫でてよしよししたいです。

 あ、もちろんそんな気はないですよ? 邪な気持ちなど全くありませんから。

 あったらもう大変ですよ。

 私まで変質者になってしまいます。


「私の役目ですから。礼を言う必要はありませんよ。それに、大変になるのはあなた方ですよ」

「なんで?」

「勇者であるアルスさんを支えなければいけませんから。それに彼は男性ですから、彼の性格を知らない女性がうじゃうじゃと来ますよ? 女性であるエルナさんとアナさんが……特に、幼馴染みであるエルナさんが嫉妬の対象になりそうですね」

「女怖ぇ」

「なんであたしまで」


 アナもベインも少し青ざめていたが、1人だけ黒いオーラが見えてくるような笑を浮かべている人がいた。エルナだ。


「フフっ……心配しなくてもいいわよ。来るヤツ全員ぶっ潰せばいいんだから。そうすればいいわ。アルスに付いてくる変な虫は全て排除すればいいのよ」


 え、エルナさん、顔が怖いです。顔が犯罪者の顔をしています。

 アナさんも「ああそっか」と納得しないでください! 顔が怖いです!


「ベインさん、ちょっと…」

「ユージン、すまねぇが俺にはこいつらをどうすることもできない」

「そうですか…。ですが、せめて宥めるくらいはしてください。お二方が何をしでかすかわかったものではありませんから。一線を越えてしまえば後戻り出来なくなります」

「はあ、善処するよ」

「してください。あなたは短気ですが頭の良い人です。あなたは仲間の為に力を張れる方ですから、期待していますよ」

「お、おう」


 ベインに怖い顔をするエルナとアナのストッパー役を頼み、ユージンは視線をアルスに向けた。

 よく見ると、深く考え込んでいたアルスは、あまり使わない頭を使い疲れてしまったのか、いつの間にか寝てしまっていた。

 エルナたちもそれに気が付き、呆れたように溜息をつくとアルスの頬をビンタする。

すると、アルスは一瞬で目を覚ました。


「いたっ! …あ、あれ? 俺、寝てた!?」

「ええ、寝てたわよ。それで、考えはまとまったの?」

「……うん」


 どうやらしっかりとまとまったようですね。それはそれで何よりですが……本当に大丈夫ですかね。


「俺、もっと頑張る。頑張れば誰も死なないよね?」

「ええ、死亡率は下がりましょう」

「…ユージンさん、さっきはごめんなさい。もう一度お願いします!!」

「はい」


 アルスのやる気も元に戻り、その後もユージンとの訓練を再開し、エルナたちの協力のもとドジも空振りも回数が減り、何とか矯正が成功した。

 そして、《能力抹消》を使い能力を消すと、完全にドジと空振りが無くなった。


 ちなみに、すっかり忘れていた《罠誤作動》も消しておきましたよ。

 《罠誤作動》も、ドジによる副産物だったようですので、もう誤作動させることは無いでしょう。

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